#6 洗礼
どういうわけか、その日を境に注文が激増した。
それまでのお客は、辺境を領地に持つ貴族ばかりだったが、私の「武勇伝」が伝わるや、王族や王都周辺の貴族たちも当社の調理器具に目をつけ始めた。
いや、理由は分かっている。
剣を弾き返し、炎の魔法にも耐えられるとんでもない調理具がある。バハナの兵はその調理具と特製の鎧に恐れをなして逃げ帰った。いや、実際は軍が介入したから総合撤退したんだけどね。しかし、やや誇張が過ぎるその噂は、瞬く間に王国中に広がった。
こうなると、私一人では捌ききれない。宙外担当部長に泣きつくように、私は増員してもらうよう頼み込んだ。
本社としても、もはや無視できない事態になっていた。すでに地球七八八本星での売り上げよりも、こちらの方が上回っている。毎日、数千個もの注文が舞い込んでくるのだ。作っても作っても、運んだそばから売り切れていく。本社の売り上げの数倍もの製品を、私一人だけでこのひと月ほど、捌き続けているのだ。
もはや営業部のどの営業マンよりも、いや、その営業マンたちの売り上げの合計よりも私一人の売り上げの方が優っている。底辺営業社員だった私が、今や株式会社「テラダ」の救世主となってしまったのだ。こうなるとさすがの本社も、本腰をあげざるを得ない。
本社も、大胆な決断を下す。三人の人員に、生産用の重力子プレス機を一台、そして輸送トラックを二台と運転手を、こちらに送るというのだ。そのために、ちょうどこちらの街で売り上げが落ちて潰れかけていたコンビニの土地を買い取り、そこに支社を作ることとなった。
夢でも、見ているのだろうか?
少なくとも、命懸けのあの営業活動は、無駄ではなかった。そして人々は皆、私が売ったフライパンや鍋を、こう呼ぶようになっていた。
「ミュー・フライパン」「ミュー・ポット」と。
いつの間にか、私の名前がまるでブランド名のように広がっていった。
もっとも、喜んでばかりもいられない。おかげで私は、休む暇もない。ここ一ヶ月余りの間、休む間もなく毎日、営業や手入れ方法の説明をし続けていた。
「うーん、うーん……」
それが祟って、ついに私は高熱を出して倒れてしまった。
「情けないやつだ。鍛え方が足りないのではないか?」
などと辛辣なことを平然と口にするのは、アーシャさんだ。
「は、働きすぎたんですよ。だから私の星では、労働基準法というのが、あってですね……」
「まったく、身体を鈍らせるだけの決まりに頼るとは、ダメな証拠だ。鍛え直さねばならんな。が、その前にまずは休み、その病を治せ」
優しいのかブラックなのか分からないこの女騎士団長は、私にそっと布団をかけてくれた。
「にして、アーシャさん。今日は珍しい格好ですね」
そんな私だが、看病に訪れたアーシャさんにこう返す。
「仕方がないだろう。この街に入るため、騎士の姿では通せぬと言われたからな。となれば、このような格好にならざるを得ないだろう」
そう、今のアーシャさんは胸元が大きく開いた、赤いワンピース姿に身を包んでいた。騎士団長として社交界に出るための服装だそうだ。いつもは後ろで荒っぽく縛り付けていたポニーテールの髪型も、今日はスラリとしたストレートヘアーだ。
しかし、こうしてみると筋肉質ながらも、なかなかの美形だな。胸も大きいし、間違いなくこの街では目を引いたことだろう。アーシャさん、騎士なんてやめてショッピングモールのモデルとしてデビューした方がウケるのではないだろうか?
「やれやれ、それにしても剣がないと不安なものだな。仕方あるまい、このフライパンを借りるぞ」
ところがだ、そんなアーシャさんはといえば、その姿が不服でならないらしい。何を思ったのか、腰紐にフライパンを挿す。このアンバランスな姿が、なんとも滑稽だ。
が、今の私にそれを笑う元気もない。口元を緩めるのが精一杯だ。
「にしても、なんだこの住処は。食材がまるでないではないか。そもそも、鍋やフライパンを売ってる者が、なぜそれを使わず暮らしている!」
そんなアーシャさんだが、せっかくの端麗な姿格好に似合わず、口から発せられる言葉は通常運転だ。ストレートに辛辣だな。
「いや、だって……私、こう見えても結構、大変なのですよ。皆様の注文を夜のうちに発注して、それを送り届けてもらうための輸送トラックを手配したり……」
「なんだ、そのようなこと、メイドを雇い、やらせればいいではないか」
あのですねぇ、そんな便利な人、私にはいませんよ。だいたい、私が会社にとっては良いメイドか家政婦のような扱いなんですから。
「まあ、こんなことであろうと思っていた。だから、ほれ、ショッピングモールとやらで食材を買ってきたぞ」
ところが、である。驚いたことに女騎士団長ともあろうお方が、なんと野菜やチーズを買い込んできた。
「厨房を借りるぞ。まったく、ここのコンロはまるで使われた跡がないではないか」
などと文句を言いながらも、鍋に水を張り、手慣れた手つきで包丁で野菜を切り始めた。
「えっ、アーシャさんって、料理作れるんですか?」
「簡単なものならな。剣の修行には、包丁さばきが良い鍛錬になる。だから時折、こうして料理を嗜んでいるのだ」
驚いた。豪剣を振り回し、炎の魔法を放つだけのガサツな脳筋女騎士だとばかり思っていたが、今はその姿格好に見合った行動をしている。人参やジャガイモの皮を剥いては切り刻み、チーズや調味料を混ぜ合わせて何やら料理らしきものを作っている。
で、私の寝ているベッドに、それは運ばれてきた。
「キャロットラベと、ジャガイモのガレットだ。それから、冷蔵庫にあったティーも持ってきたぞ」
ああ、温かい。それは温度的なものではなく、人の手の温もりからくる温かさだ。そんなものを、この料理からは感じられる。
それを見て私は、思わず涙した。
「おい、ミューよ! そんなに嫌いなものだったか!?」
「い、いえ、違うんです。私、こんな温かい料理を作ってもらったの、とても久しぶりすぎて、つい……」
アーシャさん、案外立派なお嫁さんになれるのではないか? どうして剣ばかり振るい、戦いに身を投じてばかりいるのだろうか。これほどの手料理が作れるくらいだから、私なんかよりもはるかに高い女子力を持っている。
「ミューよ、お前、そういうものは自分で作るものだ。いつまでも他人が作ったものばかりに頼るでない。鍛錬が足りんぞ」
相変わらず手厳しい口調だが、そんなお方の料理の味が、私の五臓六腑に染み渡る。ティーの方はただの市販のペットボトルに入った既製品だが、料理一つでティーの味わいすらも、これほど変わるとは思わなかった。
「美味い、美味いです」
「そうかそうか、よかった。さっさとその病とやらを吹き飛ばせ」
相変わらず容赦のないセリフを投げかけるアーシャさんだが、それでも私はかつてないほどの温かみに包まれていた。
思えば、この星に来て二度、命の危険にさらされた。その最初の一度目は、まさにこの料理を振る舞ってくれたこのお方に殺されかけた時なのだが、その時の縁が今、この料理となって現れている。縁というものは、不思議なものだ。
そんな手料理の温もりのおかげか、翌日にはすっかり元気を取り戻す。
「なんだ、風邪なんぞ引いて。そんな奴が、よくもまあこの星であれほどの製品を売り捌いたものだ」
ところがだ、その新たにできた「支社」に出向いてみれば、一人の営業マンが私がくるなり、私に冷徹な言葉を投げつけてくる。
「あ……あの、本社から昨日、来られたという……」
「そうだ。営業部で成績トップの寺田だ。俺が来たからには、お前以上に我が社の製品を売り捌いてみせる」
寺田 雄二。営業部では、部長補佐という立場だった。歳は三十。その姓からも分かる通り、株式会社「テラダ」の社長の次男だ。営業成績は良く、長男である雄一を差し置いて、次期社長となるであろうと言われるほどのお方だ。
そんなお方が、なんとこの星に乗り込んできた。明らかに、私の築いたこの星での人脈を奪い取り、自らがこの星での当社製品を売り捌いて私を出し抜こうと企んでいる。そういう野心が、見え見えだ。
もっとも、社長の次男と張り合おうなどとは思わない。あと一人、社員が来ることになっているが、先にこの雄二さんが到着したというわけか。ちなみに、肩書は「支社長」である。つまり、管理職が先に来てしまったというわけか。
「よ、よろしくお願いします」
「ふん。で、お前のパトロンである女騎士は今、どこにいるのだ?」
ああ、早速、アーシャさんと親交を深めて売り上げを伸ばしてやろうと、そう企んでいるのか。私は答える。
「このあと、こちらの時間で十時には、門の外で会う約束になってます」
「そうか。ならば、俺を案内しろ」
三年目の平社員と、次期社長と噂されるほどの腕利きの営業マン。その立場は、天と地の差だ。だが、そうは言っても私には、命懸けで切り拓いた市場だ。なんだか、後からやってきてこの上から目線な口調は、どうにも看過できない。
と言って、逆らえるわけもなく、私は門の外までタクシーで向かい、門から出たところの石畳の路地の交差点で、アーシャさんの姿を見つける。
「おお、ミューよ、元気になったか」
「はい、おかげさまで」
和やかな笑顔で、私を迎え入れてくれるアーシャさん。が、そんな女騎士団長に、あの営業マンが取りすがろうとする。
「これはこれは、アーシャ・カライ様ですね。弊社の倉田がお世話になっております」
私とは、まるで態度が違う。明らかに、アーシャさんとの親睦を深めようという振る舞いだ。が、アーシャさんはこう答える。
「誰だ?」
そこで私は、すかさずこう返答した。
「あの、本社からいらした寺田支社長で、私の上司に当たる……」
「ああ、ミューの手下が、ようやく参ったのか」
このアーシャさんの言葉を聞いた雄二さんは一瞬、顔面を引き攣らせつつもこう答える。
「いえいえ、私はこのアレッシア宇宙港支社の支社長として赴任しており、倉田は私の部下になります」
それを聞いたアーシャさんの顔が、急に曇る。かと思えば、腰から剣を抜いて雄二さんの喉元に突きつける。
「おい!」
「は、はい!」
「ミューの上に立つものということは、我が剣に炎魔術を打ち返せる者であると、そう考えても良いのだな!」
「い、いえ、滅相もございません。私は民間人ゆえに……」
「ミューは片手鍋一つで、我が剣と魔法を弾き返した。そして先日は、バハナ王国軍の魔導騎士たちともフライパン一つで立ち向かった。それだけの働きをしたからこそ、私は一目をおいている。それを丸腰で現れ、命懸けでこの王都中に名を馳せたミューを手下呼ばわりするなど、言語道断! 立場をわきまえよ!」
言葉を失った社長の次男の前で、アーシャさんは剣を納める。そう言われてみれば、このお方はこれから自社の製品を売り込もうというのに、その商品一つも握ってはいない。私はといえば、片手鍋を携えている。これは売り込みのためというより、護身用といった方が正確なのだが。
ともかく、こちら側の世界がどのようなところか。この雄二支社長も理解しただろう。そのためには、アーシャさんに剣を向けられることは、通らねばならない洗礼のようなものだ。
「では、参るとするか。今日は王族の一人で、アンリ・フランソワ・アレッシア様のところへ向かうぞ」
「えっ、王族ですか!? しかも、アレッシア姓を名乗られているということは……」
「うむ、国王陛下直系の王族の方、ということだ。是非とも『ミュー・フライパン』を所望したいとのことだ」
こちらは中小企業の社長の次男だが、あちらはこの星の大国の王子ときた。私なんぞがしゃしゃり出て、良いものだろうか?
しかし、私以上に不安を抱えているのは、どう考えてもこの次男の方だった。




