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#5 教育

「戦列を組め! 全騎、かかれ!」


 どうして、こうなった? 私は当社のフライパンを抱え、突進する百騎の騎士たちと共に、バハナ王国の騎士団、魔術師隊に突撃する羽目になった。

 その最中、私はスマホを取り出し、電話をかける。相手は、軍司令部の受付だ。


「あ、あの、私、株式会社テラダで営業をしております、倉田と言います!」

『はぁ……その倉田さんが、宇宙軍司令部に何の御用です?』

「い、今、アルトマーレという国境近くの街の外れにいるんですが、そこでバハナ王国軍とアレッシア王国軍の軍事衝突が始まってしまいまして!」

『ええーっ、あ、いや、承知しました。直ちに停戦のため、アルトマーレへ部隊を派遣します!』


 スマホで連絡したが、すでに両者は戦闘に入ろうとしている。まさに私は今、戦場の真っ只中にいる。

 本来ならば、こんなことをするためにこのアルトマーレを訪れたのではないのだが、思わぬ「敵襲」を受け、私まで駆り出されてしまった。

 が、フライパンひとつで、何をしろと?


◇◇◇


 少し、時間を遡る。

 私は、国境沿いの街であるアルトマーレを領地とするコルヌアイヌ辺境伯家から、四百もの鍋とフライパンの受注を受け、それを送り届けるとともに、手入れ方法を教えるためにはるばる、アルトマーレまでやってきた。


「そんじゃ、帰りは気をつけなよ」


 あのトラックの運転手さんとも、随分と仲が良くなった。荷物を下ろすと、王都の方へと戻っていく。帰りはアーシャさんの馬車に乗せてもらう予定なので、私は単身、残ることとなった。まもなく、アーシャさんも現れるはずだ。

 が、現れたアーシャさんは、百人もの騎士たちを伴ってぞろぞろと近づいてくるではないか。

 皆、馬に騎乗し、アーシャさんも馬車には乗らず、馬で現れた。その後ろから、何台もの馬車を引き連れている。おそらくだが、武器の類か、あるいは野営の道具か何かだろうと思われる。

 というか、戦う気満々過ぎないか?


「あ、あの、アーシャさん、これは一体……」

「おお、ミューか。ここらはバハナ王国軍がしょっちゅう攻め入ってくる場所ゆえにな。王都騎士団総出で参った次第だ」


 えっ、こんなのどかな田舎街なのに、そんな物騒な場所だったの? そういえば、こんな辺境の地だというのに、四百個もフライパンや鍋が売れた。まさかとは思うが、その戦に備えての発注だったというのか。

 ヤバい、こんなことなら、さっさと手入れ方法を誰かに伝授して、トラックに乗せてもらって帰れば良かった。それを痛感することになるのは、この時からわずか一時間後のことだが、この時は知る由もない。


「あのぉ、アーシャさん。この調理器具の手入れ方法を皆に教えたいのですが」

「おお、そうであったな。ならばコルヌアイヌ辺境伯様の料理長と数人の料理人を集め、いつものように始めるとするか」


 すでに王都では、いくつかの貴族家で手入れ法の教育をしている。特別な洗剤とスポンジを買い続けないといけないものの、これまでの鉄材剥き出しの調理器具に比べたら、ずっと手入れが楽になったとの評判だ。故郷の星では手入れの厄介さが嫌がられたが、ところ変われば、である。

 さて、まさに料理長や料理人たちが集まろうかというときに、一人の兵士がアーシャさんに駆け寄ってきた。


「申し上げます! バハナ王国の手勢およそ二百人が、国境の河を越えました!」

「なんだと!?」

「このアルトマーレを目指していることは明白! 直ちに兵を向けるべきです!」


 急にきな臭い話になってきたぞ。これってつまり、ここが戦場になるってこと?


「敵は今、何処か!」

「はっ! 先ほど、林の中路に入り、進撃中の模様!」

「そうか……」


 まもなくここは、戦場になる。私のような平和ボケした民間人がいていい場所じゃない。


「よし、我が騎士団よ、これよりあの山を登る!」


 ところがだ、この女騎士団長は突然、林の脇にある小高い山を指差して、こんなことを言い出した。


「カライ様、山に登って、いかがなさるおつもりで?」

「決まっておろう、山の上から、林を抜ける敵軍の側面を突く。予想外の襲撃に、奴らは怯むはずだ」

「承知しました!」

「コルヌアイヌの兵たちは、街の門の入り口を固めよ! これよりバハナの奴らを、我々が追い詰める! 隙を見せたその時に、突撃するのだ!」

「はっ、承知仕った!」


 周囲はどんどんと戦いの空気へと変わっていく。あの特殊コーティングの鎧を身につけて、皆が山を登り始める。

 が、私はどうすればいい?


「あ、あの、アーシャさん」

「なんだ」

「私は、その……街の中にいればいいですか?」

「何をいうか。そなたにはその武器があるではないか」


 それは、たまたま持っていたフライパンのことだ。ちょっと待って、これのどこが武器なの?


「行くぞ! 我に続け!」

「おおーっ!」


 士気の高い騎士団が、一斉に声をあげる。そして、あの山の山頂めがけて進み始めた。私も、その合間に挟まれたまま、前進する。

 フライパンだけを片手に、何をすればいいというの? ともかく今は、騎士団の背後に回って、なんとしてでも戦闘を避けなければ……


◇◇◇


 で、目前に敵の騎士、二百騎を目にした途端、王都騎士団は突撃を開始した。


「抜刀!」


 走り降りる騎士団長の号令で、一斉にその剣を抜く。私は……とりあえず、フライパンを両手で構えた。

 ともかく、軍に停戦要請はした。あとは、一刻も早くここに到着してくれることを願うばかりだ。

 しかし、その二百騎の敵は、普通の敵ではない。

 その中の何十騎の左手から、炎の球が顕現し始めていた。


「……我が炎の精霊よ、我の左手に炎の刃を顕現し、卑劣卑怯なバハナの兵どもを粉塵と化すのだ!」


 アーシャさんが詠唱を唱える。周囲でも、何人かが詠唱し、炎の球を作り出している。

 ひええっ、騎士団同士の戦いって、魔法も使うの? そんなの、聞いてないよ。

 だが、今さら逃げようがない。ともかく私はフライパンを両手で握りしめ、あちらの炎魔術に備える。

 多数の炎の球が飛んでくる。一方で、こちらの炎もあちらを捉える。

 私の目の前には、幾つもの炎が飛んできた。が、その私の前に、一人の騎士が立ちはだかる。

 その炎は、その騎士の鎧を捉えた。が、特殊コーティングが、その熱い炎をいとも簡単に弾き返す。


「噂通りであったな、さすがは特注の鎧だ!」


 歓喜するその騎士は剣を抜いたまま敵陣列側面に向けて走り込んでいく。だが、球は全て弾き返したわけではない。一つの炎が、私めがけて飛んでくる。

 ところで、私は高校時代、テニス部だった。

 めっぽう強かったわけではないが、弱いわけでもない。地方大会の準々決勝まで進んだことがある。

 今、飛んでくる炎の球は、テニスボールよりも大きな球だ。あれを打ち返すことなど、造作もない。そう思った私は、握ったフライパンをテニスラケットのごとく握り、両足を踏ん張らせてそれを打ち返した。

 重い。テニス球とは比べ物にならないほど重い球だ。打ち返したというより、上に弾き飛ばしたといった方が正しい。その球は空を目掛けて弾き飛び、やがて森の木々にぶち当たる。

 木に燃え移るかと思いきや、思ったよりも木というものは燃えにくいらしい。葉っぱを焦がしたのみで、幹や枝はやや黒焦げを見せる程度で済んだ。

 ああ、なんとかなった。と思ったのも束の間。さらに炎の球が、幾つも飛んできた。

 テニスならば、当然だが一つの球しか飛んでこない。だが、私の目前には七、八個の炎のボールが弧を描いてこちらに飛んでくる。

 なんだこれ、スポ根漫画じゃないんだぞ。こんなもの、全部打ち返せというのか?

 たった一つを弾き返すのも苦労したというのに、これだけの数を相手にするなど、正気の沙汰ではない。私は左に逃げる。が、それでも全てをかわし切れるわけではない。

 避けられない炎を、私は渾身の力で弾き返した。もっとも、それは上方に弾け飛ぶだけで、打ってきた相手に向かうわけではない。


 が、ふと遠くの敵の陣列に目を映す。


 アーシャさんの騎士団たちが放ったいくつかの炎の球が敵兵に当たり、鉄の鎧を溶かし燃え上がらせている。一方のこちらの騎士団はといえば、敵の放つ炎を特殊コーティングの鎧で弾き返している。

 ああ、魔法の炎って、とんでもない熱なんだ。敵だって相当分厚い鉄板の鎧を着込んでいるはずなのに、そんな鉄を溶かして貫いたのだから。

 それ以上に私は、その光景の凄惨さをかみしめていた。あの炎の中には、敵兵とはいえ人がいる。それが、あのように生きたまま燃えている。もがき苦しみ、やがてその場に倒れて命尽きる。

 映画などで戦いの場面を見たことはある。が、実際に命を奪い合う光景を見たのは、これが初めてだ。私の足の震えが、止まらない。

 とんでもないところに、来てしまった。


 しかしだ、敵はこちらの倍の数。いくらこちらが特殊加工の鎧を身につけているからといって、相手は数にものを言わせて突っ込んでくる。やがて、剣同士の鍔迫り合いが始まる。


「怯むな! 勝利は我らにあり!」


 そう叫ぶアーシャさんも、剣で次々と敵兵を倒していく。恐ろしい太刀筋だ。鎧の継ぎ目をめがけて剣を立て、相手を切り刻んでいく。バッタバッタと音を立てて倒れる敵の騎士たち。

 そのおぞましい光景に驚愕していると、敵兵の一人が、騎士団らを超えて私のところに迫ってくる。

 しまった、見つかった。私は慌てて逃げようとするが、その騎士は大きな剣を振り下ろしてくる。咄嗟に私はそれを、フライパンで受け止める。特殊コーティングのおかげで、剣が滑って私の左脇に逸れる。

 な、なんとかかわしたぞ。が、その騎士は、今度は剣を前に突き出してきた。そして、私めがけて突進してくる。

 再び私は両手で、フライパンを構える。が、その剣を受けた瞬間、あまりの力にフライパンを突き飛ばされてしまう。もはや、身を守るものはない。丸腰になった私に向け、再度、剣を突き出し、その敵兵は突進してきた。

 ああ、こんなところで私の命は尽きるのか。思えば、よく戦った方だよな。突進してくる全身鎧姿の敵の騎士の姿が、スローモーションのように見える。その間、小さい頃の思い出や、高校、大学に合格した瞬間の喜び、そしてなんとか果たした就職先で怒鳴られる毎日の光景が、走馬灯のように脳裏を駆け巡った。

 が、その時だ。

 私と騎士の間に、何やら巨大な壁のようなものが立ち塞がる。

 それは、巨大な手だ。二本の巨大な指がその剣を挟み込み、やがてそれをへし折った。私は、上を見上げる。

 ああ、間に合った。

 そう、それは軍の人型重機だった。騎士の突進を、そのロボット兵器の巨大な手が守ってくれたのだ。私はこの強運に、感謝せずにはいられない。


『この周囲にいる両軍に告ぐ! 直ちに戦闘を中止し、双方、後退せよ! 聞き入れられない場合、こちらのビーム砲の一撃で粉砕する!』


 一機の人型重機が、拡声器で呼びかける。そしてその右腕につけられたビーム砲が一発、放たれた。

 誰もいない林の奥の木々を、軽く数十本、吹き飛ばしてしまった。それを見た敵兵とこちらの騎士団は、唖然とする。


「星の国の軍が出張ってきたか。後退する!」


 アーシャさんの一言で、騎士たちは山の中へと後退し始める。敵も、林の道を戻っていく。

 私は、弾き飛ばされたフライパンを握りしめて騎士団の後を追う。やがてアルトマーレの街へと戻ってきた。

 その上空には、強襲艦が三隻ほど、浮かんでいた。私の要請に応じて、軍が派遣してくれたのだ。予想以上に早くやってきたことに、感謝してもしきれないな。

 とまあ、散々な目に遭った。が、話はここで終わらない。


「なんと、本当にこのフライパンが、あの炎の魔術を弾き飛ばしたのですな!」

「うむ、その通りだ。このミューと申す者が、まさに魔術師の放った炎を打ち返しておったであろう。さらに、敵騎士の剣をも弾き返したというぞ。証人は、そこにいるコルヌアイヌの斥候兵たちだ」

「うむ、確かに我は、ミュー殿がフライパンで炎や剣を弾き返すのを、この目ではっきりと見た」

「おおーっ!」


 私の必死の抵抗の話を聞いて、歓喜する料理人たち。なんだ、この盛り上がりようは。私はその料理人たちに応えるように、こう告げた。


「こ、このフライパンはですね、多少の刃物や火にあたっても、ご覧の通り、つるつるのピカピカを保ってくれるものなんです。汚れも、さっと水洗いで簡単に落とせます」

「おおーっ!」


 実に士気の高い人たちに向かって、私は今、営業している。これほど興奮状態の中で、自社製品を売り込んだのは初めてのことだ。


「た、ただしですね、七日に一度だけ、手入れが必要です。それはこの洗剤のキャップ一杯分を、この特殊なスポンジにつけて、そしてですね……」


 で、このまま私は、手入れ方法の教育を始めてしまった。あの炎と大剣を受け止め、汚れ傷ついてしまった私のフライパンは、その洗剤をつけたスポンジで磨き上げ、そして水をさっと流す。汚れや傷はすっかり消えて、あの輝きを取り戻した。


「素晴らしい!」

「なんというフライパンだ!」


 口々に、騎士や料理人が褒め称える。地球(アース)七八八ではむしろ、面倒な手入れと忌み嫌われたこの手入れ講座が、今や大歓声に包まれている。

 ああ、今度こそは死ぬかと思ったけど、こうして命は助かり、今や英雄のように扱われている。命をかけた甲斐があったというものだ。

 もっとも、私は王都レイバンに戻ると、軍司令部から呼び出される羽目になった。いわゆる事情聴取だが、実質的には私への叱責である。なぜ戦いが始まる前に通報できなかったのか、そしてなぜ、民間人でありながら騎士団と共に行動していたのか、と中年の士官から怒鳴られた。

 が、そこは万年最下位の営業部社員だった頃と同じ手で、その場をかわす。怒りの形相の士官を前に、私は少しもひるむことなく微笑むと、こう答えた。


「はい、申し訳ありません。以後、気をつけます」

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