#38 結託
「なんか、信じられないなぁ」
「ん? 何がだい?」
「こうして、井上大尉とまた、デートできてることが、ですよ」
私と井上大尉は、ショッピングモールの散開にある例の喫茶店で、「カップル割り」を使って、あの二人一皿の絶品パンケーキを互いのフォークで相手の口に運んでいる。
私のフォークが、大尉の口にひとかけのパンケーキを運ぶと、今度は大尉が私の口にパンケーキを運んでくれる。これほどのバカップルになるとは、ついひと月前までは考えてもみなかった。
あの事件から、一週間が経った。事件の全貌が、ようやくわかってきた。
ルベーロ伯爵は元々、あの王族のシャルテロー家の派閥だった。が、王座転覆に失敗し、シャルテロー王朝の夢が破れた。ならばと今度はダルク公爵家の宰相擁立に携わる。が、これも失敗。で、今度は騎士団が反乱を起こすとの噂を聞きつけ、不平貴族らをまとめてその反乱に乗じようとする。が、これもまた失敗した。
この時、反逆者はすべて捕まったと思われていた。が、ルベーロ伯爵だけは巧みに逃れ、あたかも最初から陛下側にいたようにふるまい続けていたという。が、内心は、無念の内に敗れていったシャルテロー家をはじめとする王族、貴族らの恨みを一身に抱えていた。
無論、陛下を亡き者にしようとしたのは本当だ。が、すでに同胞はおらず、孤軍奮闘。密輸した武器で戦って陛下を亡き者にしたところで、軍によって制圧されてすぐに殺されて終わるだろうことも知っていた。が、それでも差し違える覚悟で兵器を密輸し、蜂起するつもりだった。
が、その前に、私に矛先が向けられる。宇宙から来たただの小娘が、男爵家を継ぐというその事実の方が、新たなる陛下よりも腹立たしく思っていた。ただ殺したのでは、悲劇のヒロインとして祭り上げられてしまう。ならば犯罪者の汚名を着せ、その名誉を奪い去った上で消してしまおう。伯爵はそう考えた。
だから、私を無理やり捕まえた上で、容疑が不十分なまま毒殺してしまえば、犯罪者のまま爵位も奪われ、一矢報いることができる。その程度の考えで、私を捕らえさせたようだ。
で、一方の山本中佐だが、彼は優秀な参謀だった。が、上層部のあまりの腐敗ぶりに嫌気がさしていたようだ。本当に腐敗していたかどうかといえば、井上大尉いわくそこまでではないとのことだが、少なくとも中佐とその一派はそう感じていたようだ。そこで、同調する部下の何人かと共謀して上層部一掃を企てる。そんなときに出会ったのがルベーロ伯爵であり、また居酒屋で愚痴っていた雄二支社長だった。
そこで、山本中佐は一計を案じる。武器の密輸に軍とは無関係なこの中小企業を使えば、軍のチェックもすり抜けてことがなせる、と。
さらに私を捕まえ、夕食に毒を混ぜて亡き者にするという作戦自身も、彼が思いついたもののようだ。他にも、パニッシュ王国に軍の不在を知らせ、イエーレを攻めるよう促したのも、騎士団を遠ざけるための山本中佐一派の策略と分かった。その間にルベーロ伯爵が陛下を狙う機会を作ろうとしたが、思いのほか早く片付いて騎士団が戻ってきたため、その機会を失う。この一件でルベーロ伯爵が陛下と刺し違えると覚悟したときも、彼は自らと雄二さんの権限を利用して武器の密輸を行った。
王国内で大きな反乱が起きれば、今の軍部が責められる。当然、その責任を受けて上層部は大きく変わることになる。それが彼の狙いだった。
が、一つ障害があった。当然だが、武器の密輸に関与したことがばれる可能性があった。パニッシュ王国軍が不在を狙って急襲してきたあたりから、軍内部の者の関与が疑われ、調査が始まっていたことを知る。このため、彼らは私を「密輸の実行犯」と仕立てて、その濡れ衣を着せようとした。
その嫌疑を暴かれる前に私を始末すれば、濡れ衣を着せたままにできる。その間にルベーロ伯爵にことを成就させれば、有耶無耶にできると考えた。
単なる思いつきで、私を狙ったわけではなかった、ということだ。そんな策謀を考えていたとは。
しかし、こう言っては何だが、作戦参謀にしては詰めが甘すぎた。この時点ですでに後方支援部隊が動いており、山本中佐自身が何かを企てていることを察知されていたことを、本人は知らずにいた。また中佐の周辺で奇妙な武器の手配が確認されたことで、それで軍上層部すらも動いていたことも知らなかったようだ。
結局のところ、私が運よく毒殺されなかったこと、そして中村さんの提出した決定的な証拠が、すべての計画を露呈させた。ちなみに雄二さんはと言えば、単に密輸の片棒を担がされただけだ。が、私自身に対し、快く思っていなかったことは間違いない。だから密輸に協力もしたし、私を貶める策にも当然、乗ってきた。
よほど私が、本社を上回る売り上げを伸ばし、さらに男爵の位まで得たことが腹立たしく思っていたらしい。だから本社には、私の売り上げの多くは雄二さんの営業のおかげだとされて報告していたようだし、私が貴族になったことすらも知らせなかった。もちろん、私が王族や貴族、そして裏社会にまで王都のあらゆるところにネットワークを築いていたことなど、本社が知るはずもなかった。全部、支社長の手柄とされた。そりゃあ、給料下がるわ。
ところがである、ワンマン社長のあの良一社長が、長年の勘で何かおかしなことが起きていると察する。このワンマン社長、やることは無茶苦茶だが、現場に出向いてそれを肌感で感じ取るのは人一倍、強かった。
一代で、中小企業とはいえ、会社を興したお方だ。徹底した現場主義で、雄二さんを問い詰める時はわざわざ現地までやってきて、怒鳴り散らした。
ブラック企業の社長である。まともであろうはずがない。が、こうした一面もあるということだ。何よりも、現地での状況を視察して、私の功績を高く評価してくれた。
もっともそれは、会社への貢献したことへの評価ではあるが。
だが、おかげで今の私は動きやすくなった。
「頼りにしてますよ、ミュー様」
そう、王都のあちこちの店から声を掛けられることが多くなった。まあ、みんなそれぞれ、思惑があるのだろうけれど、それでも私への信頼が、彼らと私を結び付ける。
一方で、悪しき結託は、あっさりと潰された。
「こんな時に、話すことじゃないけどさ。一応は当事者だったから、伝えておかないとと思って」
と、井上大尉が突然、私にこう話し始めた。
「何のことですか?」
「うん、山本中佐のことなんだけどさ」
「そういえばあのお方、どうなりました?」
「さすがに武器の密輸を企て、国家転覆に加担したと分かったため、中佐以下、十名が銃殺刑と決まった」
一瞬、私の頭の中が真っ白になりそうになった。何とも苛烈な処置だ。だが、一方でこの人は、私を殺そうとした。その報いと考えれば、当然のことか。
が、私はパンケーキをひとかけ、フォークで刺すと、それを大尉の口に放り込む。
「んぐっ!」
「そういう混み入った話は、後にしてください! デート中なんですから」
「……わ、分かった分かった、ごめん」
もっとも、私はルベーロ伯爵のその後も知っている。それは、アーシャさんから聞いた。
あちらも同様に、苛烈な処分だ。お家は断絶、そして伯爵本人は、アーシャさんの剣で首をはねられたという。
もっとも、伯爵には共感できない。最終的に、密輸した兵器で陛下と刺し違える覚悟だったというから、どのみち、死ぬつもりだった。
家族はなく、独り身だったこともかえってこの自暴自棄に走らせるきっかけとなった。妻も子供も流行り病で亡くし、一人、伯爵家を背負い続けてきた。そんな境遇が、危うく新たな陛下を亡き者にするところだった。
そして雄一さんと雄二さんだが、まとめて本星の刑務所送りとなった。国の反乱に関わったため、相当罪は重く、死刑こそ免れたものの、即刻終身刑を言い渡された。特に雄二さんは、私への嫉妬と減給、そして濡れ衣を着せるようなことをしなければ、今でも支社長を続けられただろうに。
変な話になるが、先に私に矛先が向いて、幸いだった。それが結果的に、陛下と王国を救う事になった。
さて、王都は再び、平和を取り戻した。井上大尉とデートが気軽にできるほどには、平和だ。
だが、支社の方は決して平和ではない。いくら雄二さんが悪事に手を染めたとはいえ、支社長なしにただ闇雲に営業活動を続けると、いろいろと支障が出てきた。
自由に動き回れるのは良いのだが、いろいろと決済すべき項目が溜り、いちいち本社にお伺いを立てていると業務が滞って仕方がない。
が、それを見かねて、ついに本社から新しい支社長がやってきた。
「おう、久しぶり」
現れた人物を見て、私は一瞬愕然とした。
そう、その人物こそ、私が営業部から宙外担当部に移った時に顔を合わせた、あの宙外担当部長だった。
「ええと、部長、じゃない、支社長。私は何をやれば……」
「あ、いいよ、決裁はやっとくから、他は任せた」
まあ、決裁だけはやってくれるから、それはそれで助かるのだが、どうにもだらしがない人が支社長としてやってきてしまった。
が、それでも何とか無難に、会社は回っている。
相変わらず、残業代は出ないが。




