#37 社長
「井上大尉!」
私は、周りに人がいるのも忘れて、思わず大尉に抱き着いた。
「良かったな、ミューよ」
「あ、アーシャさんも動いてくれてたんですよね」
と、今度はアーシャさんに抱き着いた。無論、アミラも尽力したと聞いたから、思わず抱きしめた。
「ああ、僕と中村さんには、抱き付かなくてもいいですからね」
「いくらうちがブラック企業だと言っても、さすがにこれはセクハラになってしまいますよ」
と、律君と中村さんが冗談を言う。が、私は二人に深々と頭を下げる。
「あ、ありがとうございます。お二人のおかげで、私、助かりました」
「いや、倉田さん、中村さんのおかげで助かったけど、僕は何も……」
「いやあ、それがね、律君の忠告がなかったら、私多分、今ごろ死んでたの」
「えっ、どういうことですか!?」
そこで私は、昨夜運び込まれた奇妙なシチューについて話す。
「軍部内で、そんな大胆な暗殺を仕掛けるなんて……井上大尉、建物内の防犯カメラには、犯人像は移ってないのか?」
「いえ、中村殿、それが残念ながら……相手は、その防犯カメラの死角を縫って侵入した、つまり、司令部に詳しい者、すなわち、司令部内部の者としか分かりませんでした。が、偶然にもそのシチューから、重要な証拠が見つかったのです」
「証拠?」
「ええ、そこに一本の髪の毛が入っていたんです。遺伝子調査の結果、山本中佐のものと分かりました。つまりそれは、山本中佐が運び込んだものだという、決定的な証拠です」
山本中佐? ああ、それが軍部内にいるとされる、伯爵の協力者の名前か。
「つまり、雄二支社長が自社の器で近くの店から適当な料理とヒ素毒を入手し、その中佐に手渡した。司令部内にて、中佐自らが美優さんの料理だけすり替えた。山本中佐ほどの人物であれば、監視カメラの死角くらい承知しているのでしょうね。そう考えれば、筋が通ります」
中村さんの推理に、井上大尉が納得する。
「その通りです。直ちに僕は上層部に打診して、内部調査を開始する。これだけの物的証拠がそろえば、大将閣下の権限で強制捜査が可能となる。すぐに行動します」
バタバタと、井上大尉の周囲が騒がしくなる。自身より上の階級の軍人を弾劾するのだ、それなりの証拠が必要となる。
が、すでにそれなりの証拠がそろっている。密輸のリストには、本星で関わったとされる軍人の名も記載されている。その軍人と山本中佐の関係がわかれば、彼を逆に告訴できる。さすがの軍部も、ひそかに山本中佐とその周辺を固め始めた。
「さて、こちらも終わりではありませんよ」
中村さんが、私に向かってこう告げる。
「そうなんですか? でももう軍も動いてますし、ルベーロ伯爵だってアーシャさんが陛下に進言して捕らえることになってますよ」
私のこの答えに、あらゆることに動じない中村さんが、落胆した顔を見せる。
「はぁ……あなた、自分の立場を分かってますか?」
う、めずらしく中村さんがお怒り状態だ。こんな中村さんを見たのは、初めてかもしれない。
「あ、ええと、こうして皆様のおかげで、無実が証明されて釈放されまして……」
「無事じゃないでしょう! あなたを罪に陥れた人物が、まだのさばっているということを忘れてるのか!?」
「あっ」
言われてみれば、そうだった。そういえば、私をこんな目に合わせた張本人の一人は、こちら側にいたんだった。
「さて、ルベーロ伯爵は王国に、山本中佐の件は軍に任せるとして、我が社のことは、我が社で片付けなくてはなりませんね」
そういいながら、私と中村さん、そして律君の三人は、支社へと向かった。
まさかこの小さな事務所に戻ってこられるなんて、思いもよらなかったな。そんな事務所にはいるや、あの不愉快な人物が居座っている。
「なんだ、中村君、今日はやけに忙しそうだな……いや、そんなことよりもだ! なぜお前と犯罪者が、一緒にいる!」
一人、支社長席にふんぞり返る雄二支社長が、私を見るなり怒声を上げた。だが、中村さんは動じることなく、淡々とこう答えた。
「あいにくと、倉田君は身の潔白を証明されて無罪になりましたので、ご覧の通り、出社させたまでですが」
「何を言うか! 密輸をしておきながら、のうのうと戻ってくるとは、支社長として許すはずがないだろうが!」
「ですから、その密輸が、倉田君のせいではないと証明されたのですよ。真犯人の、証拠によって」
「真犯人の……証拠だと……?」
一気に雄二支社長の顔色が変わる。明らかに、自分のことを言われている自覚はあるのだろう。が、支社長はとぼける。
「だ、誰のことだ、その真犯人とは?」
「おや、わざわざ私の口から申し上げねば、分かりませんかね?」
「分からん。なにをいっとるのかね、君は」
「そうですか。ではまず、こちらをご覧ください」
そういいながら、中村さんは例の紙束を支社長の机の上に置く。
「こ、これは……」
「当然、見覚えがありますよね、支社長。なにせご自身のみが持つ強力な暗号鍵を使って送信した、密輸兵器の発注書ですから」
「おい、まさか中村、お前……俺の暗号鍵を盗んだのか!」
「はい、盗みました」
「重大な社内規違反だぞ! お前、どうなるか分かってるんだろうな!」
「その前に、ご自身がどうなるかを考えた方がよろしいですよ、支社長」
「なんだと!?」
「その同じ証拠は、すでに軍上層部にまで渡っております。それゆえに倉田君が密輸には関わっておらず、代わりにあなたがそれを裏で行っていた。だから身代わりにされた倉田君は、釈放されたのですよ」
「おい……まさか……」
「お聞かせ願えないですかねぇ、支社長。なぜこんな物騒で民間企業が取り扱うことなどできないものを、たかが調理器具メーカーの支社長ともあろうお方が、密輸してしまったことを」
うわぁ、なんかおっかない。中村さん、さっきも怖かったけど、今の方がはるかに怖い。怒りの感情が、まるでどす黒い瘴気のように事務所内に蔓延し、息が詰まりそうだ。それほどの怒りを、今、支社長に向けられている。
が、さすがは支社長だ。そんな圧倒感に押されつつも、自身の持てる最後の力を振り絞る。
「く、クビだ……」
「は? 今なんと仰いましたか?」
「クビだと言ったんだ」
「ほう、どなたを?」
「そこにいる全員、三人ともクビだ! 社内規違反で、懲戒解雇だ!」
そう、支社長の権限である人事権、それを我々に向けて行使する。
つまり、この瞬間、私はこの会社をクビにされてしまった、ということになる。
まあ、仮にそうでなかったとしても、結局は支社長が捕まってしまうから、無職になっちゃうかもなんだけどね。
「そんな権限、あなたにはありませんよ」
ところがだ、中村さんは、支社長の最後の権限をも拒絶するひと言を放つ。
「そんなわけあるか! 支社長自ら、社内規に違反した者を懲戒免職すると言っているんだ! 誰が逆らえるというんだ!?」
「お忘れですか? この社には、あなたを上回る人物がいるのですよ」
「わ、私を上回る人物、まさか……」
往生際の悪い支社長が叫ぶ中、背後の事務所のドアが開く。そして、現れた人物が、支社長の声をも上回るほどの大声で怒鳴り返す。
「このバカ息子がぁ!!」
私は、振り返る。そして、ハッとした。
そう、その姿に見覚えがある。小さな会社だ。いくら底辺社員の私でも、知らないはずがない。
それは、雄二支社長の父親であり、そして株式会社テラダの社長でもある、寺田 良一社長だ。
「お、親父……いや、社長、どうしてここに!?」
「まったく、雄一共々、武器密輸などという馬鹿なことに手を染めおって。我が社の信頼を貶めて、どうするつもりかぁ!!」
「い、いえ、そんな、貶めるなどとは……」
「ここ最近、どうもおかしなことが起こっとると、薄々感じておった。奇妙なトラックが時折、我が社の倉庫を出入りしているとも聞いた。それを私が実際に目にして、それが軍事企業のものであると知った」
ああ、なるほど、それで社長はおかしいと思ったのか。社長は続ける。
「で、調べるとどうも雄一と雄二の間で、何かやり取りがされておると知った。私が雄一のパソコンをこっそり調べさせて、その中身を探るも、あるのは公開暗号鍵だけで、暗号を解読するためのキーがない。と、いうことは、解読用のキーは雄二の方にあるとにらんだ。そこで、中村君に探ってもらうよう依頼したんじゃ」
「な……もしかして、親父が、いや、社長が中村を?」
「当たり前だ! 社内で不正が起こっとる! ならば、それを正すのが社長としての役目だろうがぁ!!」
うんうん、まさにその通りだ。でも社長も、思いきり不正してますけどね。サービス残業の強要とか、パワハラとか、いきなり若手の私を有無も言わさず他の星に転勤させたりとか。
「で、中村君がついにその暗号解読鍵を見つけ出した。それも、お前の端末からな! それがどういうことか、わかっとるのかぁ!!」
「い、いえ、何のことやら……」
「とぼけるなぁ!! ルベーロ伯爵とかいう貴族に、武器を売り渡しておっただろうが! しかも、山本中佐とかいう悪徳軍人と手を結びおって!!」
「ひえええぇっ!」
「クビになるのは、おまえの方じゃぁ!! 支社長などという地位から、とっとと無職に、いや、前科者に叩き落としてくれる!! 恥を知れ、恥を!!」
「うわああぁ、ご、ごめんなさい、親父ぃ!」
「誰が許すか、この裏切り者がぁ!!」
建物全体が揺さぶられるほどの大声が、響き渡る。と同時に、雄二支社長は即刻解任され、そのまま無職となった。
しかし、やはりおっかないなぁ、社長は。「雷撃の良一」と言われたほど、社内でも怒鳴り散らすことで有名な社長だが、そんな社長のもとで、あの特殊コーティングが生み出された。
手入れは厄介だが、その代わり焦げ付かず、調理は楽々。そんな製品をあちこちに売りに回り、ついに古都に会社を構えるまでに成長した。
そこまでして大きくした会社だというのに、馬鹿な息子が二人、とんでもない失態をやらかした。しかも、いち平社員を貶めるというただそれだけのために、密輸をやらかし、軍を動かして私を檻に放り込んだ。その張本人が今、解雇を言い渡された。
この調子だと、雄一さんも当然、解雇されるだろうな。弟の雄二支社長に踊らされて、密輸にひと役、かっていたのだから。いや、解雇だけでは済まないだろうが。
と、そんな社長の怒鳴り声の直後、数人に軍人が銃を構えて入ってくる。銃口は、雄二元・支社長に向けられる。
「動くな! 武器密輸の容疑で逮捕、連行する!」
私があの時、やられたように、元・支社長は、そのまま装甲車に乗せられて、軍司令部へと向かって走っていった。
「はぁ……」
そんな息子の姿を見送った良一社長が、大きなため息を吐く。
「まったく、何があやつを変えてしまったんだろうな。昔はもっとたくましく、それでいて気の利く息子であったというのに……」
先ほどとはうって変わって、酷く落ち込む。
「社長。いずれ、軍によって取り調べが行われます。もうしばらくすれば、すべてが明らかになるでしょう」
「うむ、その通りだな。ところで、倉田君よ」
「は、はい!」
社長の矛先が、今度は私に向けられた。
「中村君から聞いたよ。この王都で、我が社の製品を売り歩き、多くの貴族や王族らを仲間にして、さらに男爵の地位まで得て軍の施設を誘致し、我が社の製品を軍にまで売り込んだと」
「は、はぁ……でも、私一人の力で、というわけではありませんが」
「何を言う。陛下に対する騒乱の際は、片手鍋を抱えて命まで張って立ちふさがったというではないか。我が社の製品を、そこまで信頼し、そしてその信頼を広げてくれた」
ああ、社長には伝わっていたんだ。でもならばどうして、給料下がったんだろう?
「そんな恩人に対し、あやつは嘘の報告を本社に送り続けて倉田君の給料を下げ、おまけに営業活動までさせなかったというではないか。おおかた、王都内で活躍した倉田君に嫉妬したのだろう。そんな狭量な感情をむき出しにして、売れ行きを支える者の足を引っ張るなど、およそ経営者の器ではないな、まったく」
憤慨する社長を前に、私はただその愚痴のような後悔のような言葉を、ただただ聞くしかなかった。が、最後にこう私に告げる。
「ともかくだ、給料は過去の売り上げにさかのぼって、見合う分だけ渡すことにしよう。これからも、頼んだぞ」
その言葉で、なんだか思わず涙が出てきてしまった。ああ、私の頑張りが報われた。そして、給料がもらえた。もっとも、記録が残ってないから、残業代までは出なかったけれど。
さて、雄二さんが捕まった後、続けざまに山本中佐と数名の関係者、そしてルベーロ伯爵までもが軍に捕まる。それぞれが、軍司令部内で尋問を受ける羽目になった。
密輸された武器も見つかる。狙撃銃多数、中型ビーム砲が十基、そして、防御シールドが二十台ほど。加えて装甲車や哨戒機の部品まで見つかった。後々、それを組み立てるつもりだったらしい。まさに、戦争でも起こすつもりだったのかと言わんばかりだ。
ともかく、一連の騒動はこうして幕を閉じた。




