#36 証拠
調査の結果、刑務官から衝撃的な事実を知らされた。
「貴殿の言う通りだった。ヒ素が含まれた食品であることが、判明した。成分分析により、おそらくは王都から持ち込まれた毒のようだと推測される」
やっぱりとしか思わなかった。が、問題はそこじゃない。
どうしてそんなものが、私の食事に紛れ込んでいたのか?
「あの、なぜ私の食べる食事にだけ、あんなものが入っていたのですか?」
「それについては今、検証中だ。しかし、なんてことだ。容疑者の食事に毒を入れるなど、正気の沙汰ではない。だいたいここは、軍司令部の中なんだぞ? どうしてこの王都に出回っているヒ素毒が混入されているんだ」
憤慨する刑務官だが、それは私も同じ気持ちだ。いや、むしろ命を奪われそうになった分、私の方がより深刻に受け止めている。
「ともかくだ、今度は安全な食事を持ってきた。それは保証する」
そういって、新たな食事を手渡される。パンとチーズは変わりないが、お椀に入っていたのはシチューではなく、スープだった。
つまり、これが本来のここの食事のようだ。私以外にも、軍規違反を犯して収容されている人が何人かおり、彼らは同じ献立の料理を食べている。が、私のものだけ、何者かによってすり替えられていた。
軍部内でも、相当な実力者が私を狙ったと見える。が、それ以上に不思議なのは、そのお椀が当社の製品であったことだ。
これによって、より確信したことがある。
そう、当社の中にも協力者がいるということの、何よりの証拠だ。その人物は、あのルベーロ伯爵と繋がっている。それはおそらく、間違いない。
その狙いは分からないが、何かを成し遂げるため、私が邪魔になったと見える。しかしだ、私一人を消したところで、何が成せるというのだ?
命を狙うならば、もっと偉い人じゃないのか。例えば、宰相閣下や陛下といった、そういう人たちを……
と、考えたところで私はふと、思い出す。
そういえば私、陛下や宰相閣下の命を、結果的に守り抜いた実績がある。
つまり、私がいる限り陛下や宰相閣下といったこの王国の頂点に立つ人々の命を狙うことができない、と思われているのかもしれない。いやあ、運良くそうなっただけであって、私が阻止したわけじゃないんだが。
いくらなんでも、かいかぶりすぎだ。が、あのルベーロ伯爵の私への態度の悪さ、男爵家を乗っ取っただの、小娘だのと罵っていたのは、まさに私のことを疎ましく思っていたことは、つまりはそう思われていたからか?
にしてもだ、その伯爵と軍内部の人が、どういう経緯や理由で結託したのかは分からない。が、何か利益になるような話を持ち込まれたのかもしれない。もしも伯爵が陛下を狙い、王朝をひっくり返そうと企んでいるとするならば、そのたくらみに協力すれば、その軍人は新たな王朝で貴族の座をいただくことだって可能になるだろう。
しかしだ、どうしてそこに、我が社の者が入り込む必要がある?
が、そこでふと思いついたことがある。
もしかすると、今回の密輸、これが最初というわけではないのではないか?
すでに何度も、あの伯爵家には「兵器」が運び込まれた。言われてみれば、私を狙撃したというあの狙撃銃だって、軍に登録されていない非合法な銃だったと判明している。
もしかすると、我が社はすでに「密輸」に加担していた可能性がある。しかし、一体誰が?
ともかくだ、今回はその密輸を上手く利用して私を貶め、こうして私はまんまと囚われてしまった、というわけだ。これまでの密輸の罪も、ついでになすりつけられるかもしれない。
しかも、捕まった先である「安全」なはずの軍司令部で、命まで狙われる羽目になった。
だが、私があの毒に気付いたのは、たまたま一昨日に律君から特殊コーティングの話を聞かされたことがきっかけだった。それは、こんな会話だった。
◇◇◇
「そういえば、貴族はよく、銀食器を使いますよね」
唐突に、律君が私にそう語った。
「それがどうしたの? 単に贅沢のために、そういう高価な食器を使いたがっているというだけの話じゃないの?」
「いえ、そうじゃないんです。ちゃんと理由があるんですよ」
「どんな理由があるというのよ」
「銀食器って、毒が入ってると、変色するんですよ」
「えっ、毒!?」
「そうなんですよ。ヒ素の入った食べ物が銀食器に触れると、黒く色付くんです」
「うわぁ……てことは、毒殺されるのを防ぐために、わざわざ、銀食器を?」
「正確に言うと、ヒ素ではなく、ヒ素と一緒に混じっている硫黄成分に反応して色が変わるんですけどね」
「でもさ、何だって急にそんな話をするのよ」
「実は、僕がとある貴族に食器やスプーンを売ろうとしたんですけど、銀食器じゃなきゃダメだと言われたんです」
「ああ、そうか。うちの食器じゃ、さすがにヒ素毒には反応しないもんね」
「いえ、そんなことないですよ」
「えっ、そうなの?」
「うちの特殊コーティングは、この王国に出回っている硫黄成分を不純物として含むヒ素毒に触れると、緑色に変化するんですよ」
「はえ~、そうなの?」
「だから、僕はその貴族にそれを話したんです。うちのも銀食器同様、毒を見分けられるんです、と。するとその方は、たくさんの食器を買ってくれましたよ」
「だけどさ、そんな話、普通は誰も知らないでしょう」
「そりゃあそうですよ。だって、うちの星じゃヒ素を混ぜられるなんてことは起こりえないし、それに本星には純粋なヒ素しかないため、うちの食器が変色することがないんですよ。これは、銀食器でも同じですけどね」
「……にしても、そんなことまで知ってるんだ。律君、どんだけ製品マニアなのよ」
「でも倉田さん。今度、食器を売り込むときに使えますよ、この話は」
◇◇◇
まさか、あの時のたわいもない会話が、私の命を救うことになるとは思わなかった。律君、ナイスだ。
だけど、私はまだ、助かったわけではない。
依然として、檻の中だ。油断していると、食べ物に毒を混ぜてくるほどだ。ここにいる限り、何をされるか分からない。
井上大尉がここは安全だと言っていたが、そうとも限らないな。
うう、早くここから、出してほしい……
そう思いながら私は、その薄味の味気ないスープをすすり、やや乾いたパンを食べる。うん、これは確かに、毒が入っていないな。身体は、なんともない。
まったく、食事もおちおち摂れやしない。このままだと明日の朝食では、本当に殺されてしまうかもしれないぞ。
◇◇◇
「ああ、くそっ、どうしたものか」
鈴木 律に託したあの支社内のデータに、怪しいものは見つからなかった。そうなると、井上大尉にはもはや打つ手がない。
「……いや、もう一人いるぞ」
アーシャさんがそう告げる。
「えっ、誰ですか?」
「タイガーという者だ」
「タイガー?」
「あの、アーシャさん、もしかして、中村さんのことですか?」
「そのような名であったか。とにかく、そのタイガーならば何か、探れるやもしれん」
アーシャは立ち上がり、再び支社へ向かおうとする。が、鈴木 律が止める。
「それはちょっと、危険かもしれませんよ」
そう言い出す律に、アーシャは尋ねる。
「どういう意味だ!? もはや、残るはそのタイガーしかおらぬであろう」
「考えてもみてください。あの方は、本社から送り込まれた人物ですよ。ということは、本社側に強力なコネクトがある。その点では雄二支社長も同じですが、あの中村さんはいつも、夜遅くまでいつもパソコンを覗いていたんです」
「……つまりリッツよ、お前はあの、タイガーが怪しいと?」
「僕と倉田さんを除けば、残るは二人。中村さんがその密輸とやらに、からんでいる可能性は非常に高いですよ」
それを聞いた一同は愕然とする。あの支社には、もう二人しか残っていない。しかも、どちらにも本社内にコネクトがある。
だから、迂闊に美優のことを明かすわけにはいかない。かえって、井上大尉にまでとばっちりが及ぶかもしれない。
「ではどうする。いっそ、支社長とやらに尋ねるか」
「いやあ、アーシャさん、支社長だって怪しいですよ」
「だな、どう考えても、ミューのことを嫌っておるようであったしな」
「だけど、あの人が貴族と結びつくとはあまり、考えられないんですけどねぇ」
「そうなのか?」
「だって、まったく営業に出ないで、ただ支社長席でふんぞり返っていた人ですよ。しかも、定時になったらさっさと帰ってしまう。そんな人が、貴族と結託するなんて考えられないですよ」
「だが、かつてミューを追いだそうとしていたことがあっただろう」
「そういえば、そんなことがありましたね」
「そうだ。何を怨んでのことか知らぬが、やつはミューのことを嫌っていることは確かだ」
「しかし、嫌いだからというだけでは、証拠にはなりませんよ」
そんな会話を、井上大尉は黙って聞いていた。
「いや、やはりここは、中村殿とやらに接触しよう」
「えっ、いや、井上大尉さん、それはあまりに危険では……」
「たとえ中村殿が密輸の張本人であったとしても、いや、そうであったならなおさら、接触した方がいい。馬脚を現す可能性がある」
この井上大尉の半ば強引ともいえる手段に、一同は一瞬、言葉を失う。
「……いや、その通りかもしれぬな。虎穴に入らずんば、虎子を得ず。まさに虎と呼ばれる男であるからな、飛び込む価値は、あるやもしれぬ」
このアーシャの意味不明な一言で、一同の意は決した。
定時が過ぎ、支社長が帰る。今は中村と、アミラだけが支社内に残っている。
大型の成型機が置かれた工場のすぐ脇に作られた小さな事務所には、ひたすらパソコンに向かって何かを打ちこんでいる中村 大河の姿があった。
「中村さん」
そんな中村に、鈴木 律が声をかける。
「なんだ、鈴木君か。どうした」
「どうしたって、倉田さんが……」
「知っている。軍司令部に、武器密輸の疑いで捕まっているんだろう?」
「その通りです。それに関して、二人の客人が参りまして」
「二人の客人?」
律がそう、中村に告げると、その二人が支社内の事務所に入ってきた。無論、アミラも立ち上がる。
「タイガーよ、ミューが囚われていることを、知っておるのだな」
「支社長から聞かされましたよ。やつは懲戒解雇だと、先ほどまで叫んでましたから」
「あれ、支社長、そんなこと言ってたんですか?」
「お前が外に出ている間に、私にそう叫んできたんだ。で、二人は私に、何用で?」
もしかしたら、美優を貶めた者の一人かもしれない。そんな男に、こう切り出すのは危険ではないか?
が、軍人である以上、危険を承知で飛び込む覚悟は、できている。
井上大尉は一言、こう尋ねた。
「この会社に、武器の密輸に関するデータがあるはずです。それがあれば、美優さんの身の潔白を証明できるのです」
一瞬、中村の顔がこわばる。それを見た一同は、何かを察する。
やはり、こいつも「敵」だったのか、と。
「はぁ……」
ため息を吐く中村に、アーシャが叫ぶ。
「おい! 一人の無実の者が、囚われているのだぞ! 何をため息など吐いている」
そしてアーシャは怒りのあまり、左手を突き出す。
「正直に申してみよ。もしやそなたが、ミューを貶めた者の一人か!?」
詰め寄るアーシャに、中村は意外に冷静に、そして淡々とこう語った。
「いえ、そうではありません。むしろ逆です。でも、もうちょっと証拠がそろってから、あなた方に相談しようと思っていたんですけどね」
意外な一言だった。しかし、炎の魔術を使うアーシャを前に、実にマイペースで、堂々とした態度で答えてみせる。
「ちょっと待ってください、証拠って……」
「ああ、井上大尉、お会いするのは初めてでしたかな。とにかくこれを、ご覧ください」
そういって、中村は紙の束を渡した。
「これは……」
「後方支援担当のあなたなら、ここに書かれたコードの意味が分かるでしょう。これは、当社の荷物に紛れて運び込まれた、兵器の一覧ですよ」
「まさか、中村殿は密輸の事実を集め続けていたと、そう言いたいのか?」
「そうですよ。そして、これらはすべて社長の息子、本社にいる寺田 雄一氏と、その弟の雄二支社長の間でやり取りされた、裏注文の数々です」
その紙の束には、送付先と仲介者の名も書かれていた。それぞれ、井上大尉の知っている名前ばかりだった。
それは、「ルベーロ伯爵」、そして山本中佐指揮下の人物の名前。
ここでようやく、井上大尉の中でつながった。ルベーロ伯爵、山本中佐、そして寺田 雄二支社長。この三人が、結託していた。
ルベーロ伯爵は、王座転覆を狙っていることは、軍も把握していた。そのために、大量の小銃を密輸していたようだ。そして山本中佐がそれに関与していたのは、おそらく伯爵の願望が敵った暁には何らかの爵位を求めるつもりだったのだろう。そして支社長、この男は以前から、美優のことが邪魔でならなかった。
本社では、営業成績の挙げられない底辺社員。だが、未開の星に送り込んでみれば、突然、本社をも上回るほどの注文を得た。その実績に相乗りし、名を上げてやろうとやってきた雄二は、美優の評判と、おっかない騎士団長に阻まれてしまう。おまけに、彼の常識がここではまるで通用しない。
この三人がどのような経緯で出会ったのかは分からない。が、互いの利害が一致した。結果的に、陛下や宰相の命を助けたとされる美優は、ルベーロ伯爵にとっても山本中佐にとっても、邪魔な存在だ。さらに、雄二は美優を追い出したがっている。
最初から、陛下を狙っていれば、その願いはかなったかもしれない。が、どういうわけか底辺社員の排除という目先の目標にこだわったあまり、かえってこの三人の悪事が表沙汰となった。
「実は、社長の命で、私はここにきて調査を続けていたのですよ」
「社長の、命?」
「はい、大佐殿。寺田 良一社長は、自身の二人の息子がなにやら奇妙なものを輸出していることに、うすうす気づいていたんですよ」
確かに中村は、本社とつながっていた。だがそれは、社長だった。その社長が、二人の息子の動きが怪しいと感づいた。そこで本社内でも極秘調査を行うと同時に、支社には中村を送り込んだ。
「ところが、二人の通信文にはかなり難解な暗号がかかっていて、なかなか解けませんでした。が、雄二支社長が先日、腹を壊し、トイレに駆け込んでたことがあったのですよ」
「ああ、ありましたね、そんな日が」
「どうせルベーロ伯爵家の食事で変なものでも食わされたのでしょう。しかし、その席を外している間に、暗号解読用の秘密鍵をパソコンから奪い取り、そしてそれを使ってようやく暗号解読が可能になった」
「……それが、この一覧というわけか」
「あと五分の一ほど、のこっているんですけどね。ですが、一番最後のものはまさに倉田君の注文を書き換え、送り込んだあの中型のビーム兵器の注文書です。これさえあれば、倉田君が釈放されるのは間違いないでしょう」
敵どころではなかった。とんでもない味方だった。一同は、中村の行動を知って己を恥じる。
「いや……我々はあなたを疑ってました」
「構いませんよ。それも、役目の一つですから」
「役目?」
「あなた方と親しい関係だと知れたら、私は支社長から疎まれてしまう。だから私は倉田君を尾行するかのような行動に出たり、支社長とうまくやっているようなそぶりを見せていたのです」
「にしては中村さん、時々、支社長に苦言を言ってませんでしたか?」
「鈴木君、ただのイエスマンの方が、かえって疑われやすいんだよ。時々は、そういう態度も見せなければだめだ。だいたい、私は本社にいた時は空気読まずのマイペース男として知られていたようだから、余計にその態度を変えてはいけないだろう」
ああ、なるほど、悟られないために敢えて、そういう態度を取っていたのか。にしても、マイペース男どころではない。会社の、それも支社長の端末から重要な暗号鍵を奪い、暗号を解読までした。
相当に、できるやつだ。一同はそう思ったに違いない。
「ところで、あなたのしたことは社内規約違反ではないのですか? そんなことをばらして、大丈夫なのです?」
そう井上大尉に言われた中村は、こう答える。
「ですが、社長の命令で動いてましたからね。しかも、悪事を内部告発するためにやったこと。現にこれだけの物的証拠があるのですよ。私が何かに問われることなど、あると思いますか?」
まるで動じないこの男に、皆が感心する。いや、今はそれどころではない。
「とにかく、これをもって美優さんを救い出さねば!」




