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#35 奔走

「美優さん!」


 私は、面会用のガラスで仕切られた部屋に通されて、そこで知った声を聞く。私も叫ぶ。


「い、井上大尉!」


 でも、本当のことを言えば、こんな姿を見られたくなかったな。デートの翌日に、いきなり囚人服に身を包んだ姿をさらすことになるなんて。しかも、無実の罪で。


「ええと……すいません、私、どうやら何かやらかしちゃったようで……」

「そんなはずはない! だって、あなたには今回のようなことをできるほどの力も理由なかった! 尋問官からの報告を見ても、明らかに矛盾だらけだ」

「で、でも……それでも私、出してもらえないんです……」


 もう私は半泣きだ。誠心誠意、この王都の人々や会社のために尽くしてきたというのに、こんな理不尽なことをされるなんて、なんて運が悪い。

 そんな私に、井上大尉は座って、冷静にこう告げた。


「こう考えるんだ。しばらくの間、軍の保護下に置かれたと、そう思ってもらって構わない」

「えっ?」

「どうやら、あなたを陥れようとしている勢力がいる。以前も少し、話した通りだ」


 私は、貴族と軍、そして我が社に怪しい動きがあるようなことを告げていた。それを口にしようとした時、井上大尉は自身の口に人差し指を当てる。

 つまり、それ以上は話すな、ということか。


「ともかく、兵器が民間の荷物とはいえ無許可で運び込まれたということは、しかるべき組織内で何かが起きた、ということだ。それが証明されるまで、あなたはむしろ、ここにいた方が安全だ」

「た、大尉……」

「大丈夫だ。僕があなたの無罪を、証明してみせる。だから、信じて待っていてくれ」


 そう大尉が告げると、背後に立つ刑務官が大尉にこう告げる。


「時間です、大尉」


 そう告げられた井上大尉は、軍帽を被る。そしてすこし笑みを浮かべつつ、私に軽く会釈をして、そして扉を出ていった。

 また、一人になった。だけど、大尉はむしろここの方が「安全」だと言った。ならば、信じて待とう。それしかない。

 実際、私に後ろめたいことなんて、何もないのだから。


◇◇◇


「どうであったか、ミューは!?」


 アーシャが、司令部から出てきた井上大尉に問いかける。すると大尉はこう答えた。


「落ち込んではいましたが、大丈夫です。少なくとも今回の件、あまりに矛盾が多すぎて、しかも雑過ぎる。おそらくは自身の息のかかった尋問官を使って都合のいい偽の報告書を作らせて、それで本星送りにするつもりだったのでしょう。が、それは僕の権限で、阻止できた」

「だが、相手は上の階級の者であろう。どう対抗するのだ?」

「証拠です」

「証拠?」

「そう、証拠さえつかんでしまえば、すなわち、あの荷物を手配した者が美優さんではなく、山本中佐らの手によるものだという決定的な証拠をつかんでしまえばいいんです」

「そうか。では、その証拠とやらは、どこに?」

「少なくとも、軍関係のデータは探りましたが、民間の品までは記録されてませんから、怪しい記録はなかったですね」

「だが、あの星の間を渡る船の記録とやらは、残っているのであろう」

「民間データも調べました。が、少なくとも、兵器の密輸を裏付けるデータがありません」

「手も足も出ない、ということか」

「いや、一か所だけ、証拠のありそうな場所があります」

「一か所だけ? どこだ、そこは」

「美優さんの会社である、株式会社テラダですよ」


 それを聞いたアーシャはいきり立つ。


「おのれ! ならばその会社ごと、我が炎魔術で粉砕してくれようぞ!」

「ま、待ってください! そんなことをしたら、あなたが犯罪者になってしまいますよ。それに、証拠まで消えてしまう」

「うっ……そ、そうであったな」

「ともかく、あの会社内のデータにアクセスできそうな人物に頼み、探るしかありませんね」

「誰に頼むというのだ?」

「実は、アミラ殿に頼んでみたのですが、彼女にはそれほど権限がなく、あくまでもその日の注文データしか見られないそうです。納品データに至っては、閲覧する権限すらないとのこと」

「うう……だ、だが、リッツがいる」

「ああ、鈴木 律さんのことですか。そうですね、彼ならばある程度、探れるかもしれません」


 そこで二人は、あの支社に向かう。そこにちょうど、鈴木 律が営業から帰ってきた。


「ちょっといいかな」


 美優の一つ歳下の後輩である鈴木が、突然、軍の士官に呼び止められる。しかも、騎士団長まで一緒だ。

 ただ事ではないと、彼自身察する。


「えっ、倉田さんが捕まった!?」

「しーっ、声が大きい」

「す、すいません……」


 ショッピングモール内の、仕切りのある喫茶店の一席で、三人は話す。まだ鈴木 律は倉田 美優が軍に囚われていることを知らなかった。


「し、しかし、何をやらかしたのですか。軍に捕まるだなんて、相当なことですよ」

「やらかした、というより、はめられたと言った方が正しいだろう」

「具体的に、どういう容疑なんですか?」

「兵器の密輸だ」

「えっ、密輸?」

「そうだ」

「いやあ、そんなの、考えるまでもなく無理でしょう」

「そうだ。無理だ。本社側と本星の軍に協力者でもいない限り、そもそも武器を輸出すること自体、できるはずがない。後方支援の者だからこそ、それは分かる」

「そうですよねぇ、こう言っては何ですが、本社じゃ美優さん、営業成績最下位の底辺社員ですからね。普通に考えて、そんな社員に協力しようだなんて思う人が、本社にいるはずがないですから」

「だが、問題はそこなんだ。『ない』ことを証明する。悪魔の証明と呼ばれるほど、無理難題な事でもある」

「そ、そうですよね。それならば、『ある』ことを証明する方がずっと確実ですからね」

「その通りだ。で、鈴木殿に可能な限りのデータを探ってもらいたい」

「はい、では支社に戻り、可能な限り探ってみます」


 こうして、鈴木 律にすべてが託された。本来ならば軍が介入し、テラダのメインデータベースの開示請求をかけ、そのすべてを明らかにすべきところだろう。だが、それを行うには証拠がなさすぎる。強制執行には、それなりの根拠が必要だ。ただ、テラダの荷物から、密輸品が出たというだけでは証拠としては不十分過ぎる。

 もう一つ、確たる証拠が必要だ。


「……遅いな」


 近くの貸事務所にて、鈴木 律が来るのをただひたすら待つ二人。だが、すでに数時間経っているのに、なかなか戻ってこない。

 考えてもみれば、入社して二年の新人同然の人物だ。かなり知識はあるとはいえ、会社のコンピューターの深層部分にまで到達できる権限はないし、それをやったら「セキュリティ違反」として会社から処分されてしまう。

 だから、彼の及ぶ範囲内での探索となる。が、待てど暮らせど、現れない。

 が、まさに日が西に傾いたとき、律は現れた。


「どうだリッツ、何か見つかったか!」


 アーシャは律に問う。が、律はこう答えるのみだった。


「僕の見る限りでは、それらしいものは見当たりませんでした」


 それを聞いて、二人は愕然とする。

 この時点で、彼らは打つ手が、なくなってしまった。


◇◇◇


 ここにいれば、大丈夫。

 その言葉を信じ、私はひたすら、待つことにした。

 にしても、独房というところは、嫌なところだな。外には監視員が常時いて、鉄格子を隔てて丸見えの部屋、トイレすらも丸見えだ。

 全てが丸見えの中、ただひたすら私はその恥辱に耐えて、待つしかない。

 窓のない部屋だが、時計はある。すでに日が暮れている時間だということは、その時計のおかげで分かる。

 もしかすると、井上大尉は、そしてアーシャさんや他の仲間も、私のためにまだ走り回っているんだろうか? そう思うと、いたたまれない。

 それに比べて、私は檻の中。無力だ。

 そんな無力な私に、食事が出てくる。


「夕食だ」


 私は、檻の下の隙間から入れられた食事を受け取ると、それを小さなテーブルの上に置く。

 出てきたのは、実に味気ない料理ばかりだ。硬そうなパン、銀紙にくるまれたチーズ、そして、銀色のお椀に入れられたシチュー。

 そのシチューも、正直言って食欲をわかせてくれるようなものではない。何やらどんよりした、まるで王都の安い料理屋で作られたような代物だ。栄養はあるのかもしれないが、味のことまでは考慮してくれてなさそうなシチューであることは一目瞭然だ。

 そんなシチューに、私はスプーンを入れる。

 そういえばこのお椀だけ、当社の製品だな。表面の光り具合で、その特殊コーティングが当社製のものであることを示している。

 私は、多くの自社製品を見てきた。だからこそ、ひと目で自社製品か否かが分かる。他のパンやチーズの入った皿は、うちの製品ではない。そこらの安い鉄器だ。なぜこのお椀だけ、うちの会社の品が使われているのだろうか?

 と、思ったその時、私は異変に気付く。

 そう、特殊コーティングの表面が、少し緑色がかっている。

 私は、叫ぶ。


「刑務官さん!」


 いきなり監視員である刑務官は、私の叫び声に反応する。


「なんだ、どうした!?」

「これ絶対、毒が入ってますよ!」

「なんだと? なぜ、そんなことが分かる!」

「このお椀だけがなぜか、当社の製品です。が、その当社製品自慢の特殊コーティングが、やや緑色に変化しているんです!」


 刑務官が、私の差し出したお椀を見る。確かに、薄い緑色になっているのが刑務官にもわかった。

 それ以上に、刑務官は違和感を抱く。


「おかしいな……今日はこんなメニューだったか? しかもこのお椀、ここで使われてるものではないぞ」

「と、とにかく、調べてみてください! 我が社の特殊コーティングは、ヒ素毒の含まれた液体に触れると、緑色に変色してしまうんです! つまり、そういうことなんです!」

「わかったわかった、とにかく、分析に回してみよう」


 とんでもないものが、私の夕食に含まれていた。が、それがたまたまなのか、それとも何か理由があるのか、我が社の製品が使われていたおかげで助かった。

 しかし、これでは夕食もろくに口にできない。どうなってるんだ、この司令部内は。

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