#34 罠
さて、例のルベーロ伯爵の注文の品が届いた。これを、運び出さなくてはならない。
「重量チェックよし。洗浄機に、間違いないね」
律君と中村さんは、本来、私が抱えていた仕事をすべて引き受けて、王都を奔走している。一方の私は、ルベーロ伯爵家のみの担当となった。おかげで、以前ほどの忙しさはない。
まあ、これまでが働きすぎてたから、これはこれでいいのかもしれない。が、なんだか虚しいな。またあのパワハラ貴族に、怒られに行くのか。ともかく、私は注文の品をトラックに積み込み、ルベーロ伯爵家の屋敷へと向かう。
「何用だ、小娘!」
まったくこの門番め、三日前に私が男爵だと知っているはずなのに、アーシャさんがいないというだけで、やけに強きに出てきたものだ。主人に似て、嫌なやつだな。
「ルベーロ伯爵様に、お届け物を持ってきたのです!」
「なんだ、届け物か。通れ」
今回ばかりは、ちゃんとここに来た理由がある。こればかりは門番といえども、私を追い出すわけにはいかない。
「本当に、ここでいいのか?」
「ええ、これを中庭に下ろすようにと、伯爵様から言われてるので」
「いや、洗浄機なら、部屋の奥まで運んだほうがいいんじゃねえか? 屋外用の機械じゃないだろう」
トラックの運転手が、心配そうにそう私に告げる。が、当のルベーロ伯爵様がそうしろと言っている以上、そうするしかない。
この箱の表面には、封印が貼られている。本社の封印だ。これが破られていないということは、本社からここまで、誰もこの中身を見ていないという証拠だ。
支社の方で、勝手に注文の品を開けるわけにはいかない。だから、納品されたものは確実に本社から誰の手も触れず、入れ替えられることなく送られたという証明として、封印が貼られている。それを確認してもらった上で、顧客自身にその封印を切ってもらう。
とはいえ、間違いがあるかもしれない。このため、注文された品の重量を測り、その品が合っているかを運び出す前にチェックする。紛れもなくこれは、洗浄機の重さだった。
しかし、だ。私も納品前の昨日、洗浄機は屋内用だから台車で屋内に運び込み、そこで開封した方がいいと忠告した。が、ルベーロ伯爵は聞く耳を持たない。困ったものだ。
とにかく、中庭で荷を開けて、それで中身を確認してもらった上で中に運んでもらう。もはや、それしかない。
そうこうしているうちに、ルベーロ伯爵が現れた。
「来たか、小娘」
うう、また小娘呼ばわりだ。嫌な人だなぁ。が、私は笑顔でこう答える。
「注文の品を、お届けに参りました」
「そうか。ご苦労であったな」
「まずは、封印のご確認をお願いします」
私はこのパワハラジジイ……もとい、伯爵様に、封印を確認してもらう。
「うむ、確かに封は、破られておらぬな」
「申し訳ありませんが、こちらの方に封を開けていただきたく」
「やれやれ、面倒なことじゃな」
「それが、決まりなので」
そう言いながら、何人かの侍従を呼び、伯爵様は納品された洗浄機の封を切り、そして箱を開けた。
木製の木箱が、一気に開く。
が、次の瞬間、私は目を疑う。
届いたのは、洗浄機のはずだった。が、それとはまったく異なる機械が、そこにはあった。
誰がどう見てもそれは、軍用の機械だ。中型のビーム発射口に、充填タンク。これはどう見ても、武装だ。
そして、その周辺には、重さを合わせるための錘がいくつか置かれている。
どうして、こんなものが、我が社の荷物として届いたんだ? 軍用品なんて、扱ってないはずなのに。
が、唖然とする私に、さらなる試練が襲いかかる。
「動くな!」
突然、銃を構えた軍人が数名、私をぐるりと取り囲む。私は手を挙げる。
「株式会社テラダの、倉田 美優だな」
「は、はい、そうです!」
「本星より通報があった。中型のビーム兵器が、密かに密輸された形跡がある、と」
「は? ちょっと待ってください、私は洗浄機を頼んだはずで……」
「嘘をつくな! 現に、ここにあるのは洗浄機か!?」
ああ、なんてことだ。どう見てもこれは、その軍人のいう通りで、兵器だ。
しかし、そんなものがどうして、我が社の封印を施されて運ばれてくる?
それ以前に、なぜ軍人がここに? いくらなんでも、手際よすぎない?
「とにかく、軍司令部に来てもらう」
「えっ、ちょ、ちょっと、それはどういう……」
「いいから来い! 無許可の武器輸入容疑で、取り調べる!」
私は銃を突きつけられたまま、やってきた装甲車に乗せられる。その直前に、私はルベーロ伯爵の顔を見た。
明らかに、ほくそ笑んでいた。
この瞬間、私は「はめられた」と悟る。
◇◇◇
「なんだと! ミューが、軍に捕まった!?」
井上大尉に呼ばれたアーシャは、ついさっき起きた事件を聞きつける。
「詳しいことは、分かっていません。が、今、軍司令部内に捕らわれているそうです」
「ミューが、何をやらかしたというのだ!」
「それが、同じ軍組織にいながら言うのもなんですけど、何が起こったのかまったく分からないんですよ。ただ、僕のところに美優さんの情報が入ってきたのは、尋問されることになったからなのです」
「……なぜ、尋問されると、イノーエ殿に分かるのだ?」
「僕が、尋問室の使用許可を出す立場だからです」
「ちょっと待て、それならば、許可を出さなければ良かったんじゃないか!?」
「いいえ、逆です」
「逆? なぜだ」
「僕には、尋問官を選定できる権限があります。当然、相手は別の尋問官を推薦してきましたが、その相手の手の者である可能性が高い。決定権は僕にあるので、少なくとも彼らの思惑通りとはいかなくなるでしょう」
「それで、上手くいくものか?」
「はい、少なくとも相手は、僕が尋問室の許可を出していることまでは知らない。思惑通り、進むと考えているはずです」
「その相手とやらがよく分からんが、ミューを拘束できるほどの実力者なのか?」
「ええ、それなりの地位にある人物です」
「誰なのだ、それは」
「作戦参謀、山本 創志中佐。先日の艦隊戦での作戦立案で軍功を上げ、軍の中ではそれなりの実力者ですよ。今回の尋問室の利用申請にも、堂々とその名を載せて来ました。まさか、美優さんを知る僕が絡んでいるとは知らずに」
「そのソーシというやつは、我々でいうところの、騎士団長のような立場か?」
「そんなところです。が、軍部内ではいくら実力者といえども、権力の分散により不正が行えない仕組みがあるのです。なんらかの軍規違反である者を逮捕することはできても、逮捕に関わった者と尋問をする者とは、必ず分けられているのです。でないと、無実の罪をでっち上げることが可能となってしまいますから」
「なるほどな、その仕組みが、たまたま利用できたということか」
「ともかく、尋問官には、その山本中佐の指名した者以外を送る予定です」
「それで、ミューは助かるのか?」
「なんとしてでも、助けて見せますよ。僕の力の及ぶ限り、なんでもやってやります」
◇◇◇
私は今、狭く薄暗い部屋に座らせられている。ドアには、鉄格子付きの窓があるだけ。あとは壁だけ。外は見えない。
司令部に連れて来られるや否や、私は全身丸裸にされて、持ち物検査を受ける。制服は取り上げられ、囚人服のようなものに着替えさせられた。そして今、この奇妙な部屋にいる。
部屋の真ん中には机があって、向かい側には椅子がある。これから私は、尋問されることになっているそうだ。
だが、あんなものを私ごときが運び出せるわけがない。調達先すらも知らないものを運んだとされて、どうして私は罪に問われるのか。
などと、一人みじめに、この薄暗く静か過ぎる部屋で悶々と考えていると、不意にその鉄格子付きの窓のついたドアが開く。
「これより、尋問を始める」
肩の軍章をパッと見たところ、中尉クラスの人だ。大尉ならば白地に青い星が三つ並ぶところが、二つだけだ。佐官だとこれが、黒地に白い星となるらしい。
いずれにせよ、士官クラスが尋問に出てきた。生半可な取り調べでは済まないな。私は、覚悟する。
「報告書によれば、貴殿、倉田 美優は調理器具洗浄機と偽り、哨戒機搭載用の中型高エネルギービーム砲を密輸した、とされる。それは事実か?」
「届いたのは、本当です。私も驚きました」
「いや、驚いたことなど聞いていない。貴殿が密輸したものかどうかと聞いている」
「その前に、お聞きしたいことがいくつもあります」
「分かった。質問に答えよう」
「そもそも、その哨戒機搭載用のビーム砲というのは、調理器具メーカーの平社員でも注文できるような代物なのですか?」
「……いや、当然だが、軍の許可が必要だ。製造メーカーも限られており、その出庫もかなり制限されている」
「そんな代物を、この星に飛ばされて、さらに夜遅くまで残業させられている社員に可能だと思いますか?」
「……貴殿の会社の出社記録を確認した。毎日、定時帰りしているようだが」
「当たり前じゃないですか! うちの会社が、残業代を付けると思いますか!? タイムスタンプを切った後に、毎日、そのまま働き続けているです! サービス残業が当たり前の会社なんです! そんなことくらい、私のパソコン端末を押収して、稼働時間を調べてもらえば分かる話です!」
「わ、分かった分かった。で、質問は以上か?」
「いえ、まだあります」
「……まだ、あるのか」
「おかしいと思いませんか?」
「何がだ」
「だってあの荷物、封印されていたんですよ? それをルベーロ伯爵に確認してもらった上で、開封してもらったのです。もしも私が兵器を密輸するつもりだったとしたなら、伯爵家の前で降ろしてもらい、それを別の場所に持っていくはずじゃないですか! それをわざわざ伯爵様という別の人がいる前で広げるなんて、大馬鹿もいいところですよ! どう考えても、私以外の誰かの介入としか、考えられません!」
どうもこの逮捕は不当過ぎる。というか、あまりにも雑だ。私は正規の手順に則り、本社から開封されていないことを示す封印まで別の誰かに確認してもらった上で、開封している。となれば、あれは本社内で密封され、送られたものだ。
しかも、あれほどの兵器が中小企業の我が社が勝手に送ることなどできない。ましてや、本社より遠く離れたところに住む平社員が、だ。
「だ、だが、本社側に協力者がいたという線も……」
「私は、こう見えても社内では一番の低評価を受けている社員です! そんな底辺社員に協力し、わざわざこんな危ない橋を渡ろうという人がいると思いますか!?」
「……まあ、普通はいないだろうな」
「でしょ!? ですから、私はなんで捕まったのかが分からないんです! しかも、開封と同時に、まるで私の運んできた荷物が最初から密輸品だと分かっていたかのように、手際よく軍人に囲まれて……で、もう一つお聞きしたいんですが、少なくともルベーロ家には、軍人の方は常駐されていらっしゃるのですか?」
「いや、普通、貴族の家に我が軍の者が常駐していることはない。が、その軍人らの話によれば、ルベーロ伯爵家に、兵器らしきものが送られているという通報があったからだと聞いた。だから、あの場にいたと証言していたが」
「なら、軍がわざわざ伯爵家に展開している暇があったら、宇宙港を出発する前のトラックを止めればいいじゃないですか! なんだってわざわざ伯爵家まで出向いて、封印が解かれ荷物が姿を現すまで、何もしなかったんですか!」
「そ、それは、軍と言えども民間の品を勝手に開封する権利はないからだ。ゆえに、開封されるまでは手が出せなかった、ともいえる」
「そんなの、非破壊検査の方法はいくらでもありますよね!? 荷物を放射線撮影するだけで、その中身が洗浄機か兵器かだなんて、シルエットだけで分かりますよ! どうしてそんなこともせずに、わざわざ伯爵家で待機するという選択を取ったのです!」
「うーん、それはだなぁ……」
尋問官は困り果てている。そりゃそうだろう。私から見ても、矛盾だらけだ。尋問官にしても、どうにも腑に落ちないばかりのよう、報告書を何度も見直している。
「……貴殿の言う通り、どう考えても貴殿を武器密輸の犯人だと断定するには、いささか飛躍や疑問が多すぎる気がする」
「では、私は釈放されるのですか!?」
「いや、まずはこの尋問結果を上官に確認してもらう必要がある。疑いが晴れるまでは、しばらく貴殿は拘束されることになるな」
ああ、なんてことだ。せっかく疑いが晴れたかと思いきや、すぐには釈放してもらえないらしい。
で、鉄格子付きの部屋の中に、私は移された。何も悪いことなんてしてないのに、どうしてこうなった? これまで、ずっとサービス残業に耐えて会社を支えて来たというのに、これじゃ何のために頑張ってたのか分からなくなってきた。
が、ものの五分ほどして、鉄格子が開く。私は、ついに釈放されるのかと思い、立ち上がる。
しかし、残念ながら、そうではなかった。刑務官らしき者が、私に短くこう告げる。
「面会だ」




