#33 制約
さて、そんな心温まる休日の翌日。
せっかくの気分を、一瞬で吹き飛ばすほどのひと言を、支社長から告げられる。
「倉田君、君の担当は、ルベーロ伯爵家のみとする」
いきなり告げられたこの言葉に、私は反射神経的に反論する。
「ちょ、ちょっと待ってください。今日はアンドレア家やその他、数家の貴族に納品が……」
「そっちは中村君に任せてある。だいたい、断りもなく自身の領地へ行って会社に顔を出さくなるような営業マンに、納期の厳しい仕事を任せられるわけがないだろう。だいたいお前も貴族なのだから、その立場を利用して未開拓の貴族家のところへ向かうのがいいだろう」
そう支社長は言うが、私は今のところ、一度も納期を遅らせたことはない。
領地に行ったその日であっても、井上大尉の見舞いに行った日であっても、納品すべき品があれば約束の時間までには出向き、届けてきた。そんなに私は、無責任じゃない。
ただ、支社長のみが、それを知らないだけだ。
「それは、中村さんに確認していただければ……」
そう私の働きぶりは、中村さんが一番、よく知っているはずだ。時折、私と共に行動するくらいだ。が、そう言いかけて、私は言葉を詰まらせる。
「ん? 何か、いいわけでもあるのかね?」
「いえ、なんでもありません……」
そうだった。あの狙撃事件で、もっとも関与が疑われる人物である中村さんに、私の身の潔白など証明してもらえるはずがない。
たとえ、中村さんがその潔白を証明してくれたとして、そこには何か裏があるかもしれない。
少し、警戒せねばなるまいな。なにせ軍人が一人、撃たれているんだ。その実行犯と我が社の者が関わっているらしいと、軍は疑っている。私はそう考え、支社長の指示を受け入れた。
「ルベーロ伯爵か」
私は門の前で待ち合わせていたアーシャさんに、ルベーロ伯爵のことを聞いた。
「そのお方のこと、やはり御存知なんですか?
「うむ、どうにも鼻持ちならない貴族だ。実際、お前にはこれまで、紹介していないだろう」
「そうですね。私自身、会うのは初めてですし」
「まあ、会ってみればわかる。とにかく、嫌なやつだ」
様々な性格を持つ騎士たちをまとめ上げる騎士団長が、これほどまでに毛嫌いする相手だということは分かった。つまり、それなりに覚悟を持って接しろと、そういうことなのだろうな。
とにかく、私はルベーロ伯爵家へと向かう。
屋敷は、伯爵家に相応しいほど大きなものだ。格子の向こうには中庭が広がり、大きな門には門番が二人、立っている。
「何者か!」
その門番に、私は尋ねられる。
「ええとですね、株式会社テラダの社員で……」
「平民が来るところではない! 帰れ!」
「おい、いくらなんでも言い過ぎだろう!」
「騎士団長殿か。たとえ騎士の身分であっても、それなりのお方からの紹介状でもなければ通すわけにはいかぬ!」
「先日私は、『カライ男爵』の称号を得ている。男爵が直々に来たというに、門番風情がそれでも同じことを言うか?」
「だ、男爵、様!?」
「まだ分からぬようだな。私、アーシャ・カライは陛下より男爵号を賜った。貴族同士が会うことなど、門番ごときが拒められるはずもなかろう!」
そういいながらアーシャさんは、男爵の身分を示す紋章を見せつける。
「は、はい、おっしゃる通りです……」
「さらにこやつは、ボアルネ男爵家を継いだミュー・ド・ボアルネ男爵だ! 貴様ら、王国貴族が同じ貴族に挨拶に伺ったというのに、門番ごときでそれを拒むと申すか!」
「た、ただいま、お館様に、確認をしてまいります!」
うーん、さすがは騎士団長だ。その勢いで門番を圧倒してしまった。こうなるともう、我々を拒む理由が見つからない。慌てて屋敷へ向かって走る門番が、すぐに戻ってきた。
「お、お二人に、お会いに、なられるとの、お館様よりの、伝言です……」
ゼーゼーと荒い息をたてながら、我々にそう報告する門番。
「そうか。では、上がらせてもらう」
そう言って、颯爽と門をくぐり抜けるアーシャさん。私はその後を追う。
まったく、王族のアンリ様の王宮に入る時でも、これほどの騒ぎにはならなかった。手下ですらこの態度では、その上のお方がどのような人物か知れるというものだ。
で、広い応接間に通され、私とアーシャさんは、ここの屋敷の当主であるルベーロ伯爵様と面会することとなる。
どうにも、薄気味悪い家だ。それほど古い家というわけではないのだが、不思議と陰気臭さを感じる。壁の色調が青白いのが原因かもしれない。全体的に、あまり良い感性をお持ちのお方ではないな。
そんなことを考えていると、やがてこの応接の前に、その当主が現れる。
「わしがここの当主、シャルル・デュ・ルベーロである。男爵が二人、会いにきたと聞いていたが、女騎士団長に、さらに弱々しい女子が一匹とは、一体これは、どういうことか?」
うーん、アーシャさんが毛嫌いする理由がよくわかる。門番なんて、まだ序の口だったということか。
「あのーっ、私、ミュー・ド・ボアルネと申しまして……」
「なんだ、体良く陛下に取り込み、下民の分際で男爵家を乗っ取った者ではないか」
いちいち、言葉に棘のある人だなぁ。ブラック企業慣れした私でさえも、怯みそうになる。なので、言い換える。
「ええと、本日は株式会社テラダのいち社員として伺いまして、その、弊社は調理器具を扱うメーカーであり……」
「なんじゃ、貴族でありながら、さらに平民の肩書きを名乗るなど、恥知らずなやつじゃのう」
うっ。貴族と名乗れば罵られ、会社員の身分を名乗れば恥知らずと言う。ああいえば、こう言う。典型的なパワハラ貴族だな。
「ルベーロ伯殿、お言葉ながら、かの者は剣や魔法をも弾き返す調理具をこの王都に知らしめ、実際にそれを用いて幾多の敵を追い返した者にございますぞ」
「その程度の噂、耳にしておる。じゃが、こんな小娘がのう……」
「我が剣も、そして鉄をも溶かす我が炎魔術すらも、弾き返しました。それは私自身が、保証いたしましょう」
「なんじゃ、たかが調理具に負けたと認めるか、王国騎士団長よ」
矛先は、アーシャさんに向けられる。が、アーシャさんは涼しい顔でこう続けた。
「はい、認めます。ですが、私の剣と魔術は王国でも一、二を争うほどの強大さを誇ります。それが弾かれたとなれば、伯爵様の剣も魔術も通用せぬと、愚考致しますが」
「なんじゃと! わ、わしを小馬鹿にする気か!」
「いえ、事実を申し上げた次第ですよ、ルベーロ伯爵様」
ただ単に煽られるだけの存在ではない。実に堂々と、皮肉を皮肉で返すこの豪胆さ。もしも私が出会った最初の相手がアーシャさんでなければ、私は今ごろ、この厳しい貴族社会にもまれつつ、王都内で朽ち果てていたかもしれないな。
「……まあいい、ともかく、話ぐらい聞いてやる。ほれ、そこの簒奪男爵よ、さっさと用件を申せ」
うーん、ここまで歪んだ性格で、よくまあ貴族社会を乗り越えてきたものだ。まあ、こういう弱き者をボコボコに叩くタイプの人物は、どこにでもいるものだ。
「は、はい、我が社の調理器具は特殊コーティングによって……」
私は商品説明を始める。調理器具のみならず、大型の機械、大量の揚げ物や洗い物をこなす機械、それに自在に成形できる成形機も扱っていると言う話をした。
するとこの伯爵は、突然私にこう話す。
「ならば、その洗浄機とやらを一つ、もらいたい」
「は? せ、洗浄機でございますか?」
「なんじゃ、気に入らぬと申すか」
「い、いえ。ですが、こちらに弊社の鍋やフライパンはご購入いただけていないご様子。洗浄機だけ購入されても……」
「何を言うておるか。貴様の会社の扱う調理具ごとき、すでにいくつか保有しておる」
あれ? いつの間にこの伯爵家に、我が社の製品が売れていたんだ? まさか、中村さんか律君が、すでに売り込んだと言うのか。しかし、よくあの門番を突破して営業できたものだ。
「ともかくじゃ、洗浄機を一つ、貴様に注文してやる。直ちに仕入れよ」
「は、はい! 承知しました!」
ともかく、どうにか注文を一つ、得ることができた。というか、すでに開拓済みの貴族だと知っていたら、もう少し門番に説得のしようがあったというのに、どうして支社長は教えてくれなかったのか。
いや、もしかすると、中村さんが支社長に伝えていない可能性があるな。どうにも最近、中村さんが信用できない。無論、支社長もだが。
「まったく、自分より身分の低い者に対し、いつもあのような態度なのだ。だから、気に入らない」
アーシャさんはかなり不機嫌だ。それに付き合わせてしまったことを、私は後悔する。
「ごめんなさい、不愉快な思いを、アーシャさんにさせてしまって」
「構わぬ。第一、あの高飛車伯爵に一矢報いたではないか」
ああ、そういえば皮肉に対し、皮肉で返していたな。さすがのルベーロ伯爵もその後、言い返さなくなった。アーシャさん、ナイスだ。
「ともかくだ、注文した品を納めるという、もう一つの大仕事があるぞ。またあの調子で罵られることになる」
「ええ、そうですね」
私とアーシャさんは談笑しつつ、門へと向かった。そして私は、支社にたどり着く。
「なんだ、守備よく注文は取れたのか?」
「はい、洗浄機を一台、購入したいと」
「洗浄機? おい、あの伯爵家は我が社の調理器具を持っておらんのではないか? 洗浄機だけ買って、どうする!」
「そ、それが、我が社の鍋やフライパンをすでに所有していると、そのように申しておりましたが」
「そんなはずはないだろう! あの伯爵家とのやりとりがあったとされる記録はないぞ!」
「ええーっ!?」
「まあいい、ともかくその洗浄機が欲しいというなら、注文通り、送ろうではないか。これで少しは営業成績の足しになっただろう。んん?」
えっ、そうなの? だとすると、もしかしてどこかの貴族家から寄贈されたか、それとも奪ったか。
いずれにせよ、注文を受けてしまった以上、発注しなくてはならない。私は発注書を作成し、夕方のうちにそれを、支社長宛のメールに送ろうとする。
いや、待てよ? 我が社の鍋やフライパンを買った記録がないと言っていたな。だが、もしかすると中村さんが関わっているかもしれない。そう思った私は、中村さんのアドレスをCCに入れようとする。
いや……中村さんを巻き込んだことが支社長にバレると、後々うるさいことになるかもしれない。そこで私は、匿名共有のBCCに中村さんのアドレスを入れた。
この時のこの行動が、その後の運命を左右することになるなど、この時は思ってもいなかった。
◇◇◇
「そなたの言う通り、来たぞ、あの小娘」
薄暗い部屋の中、青白い壁際に、煌々と光るLEDライトの下で、二人の人物が向かい合って何かを話している。
「ええ、早速、私のところに送られて来ましたよ、注文書が」
「やれやれ、男爵家を簒奪した愚かなる小娘め。これが罠だとは、気づいてはおるまい」
「楽しみですな、三日後が」
「まったく、王座や宰相の座を狙った者がすべて、あの小娘によって、排除された。ゆえに、我らの謀の前に、なんとしてもやつを王室より遠ざけねばなるまい」
「王室どころか、この星からも追い出してご覧に入れますよ」
「じゃが、そもそもお主、あの娘がおらなんだら、この地に足を踏み入れることもできなかったのではないか? そう思えば、お主にとってはむしろあの者は恩人ではないのか」
「冗談ではありませんよ。あの者が王都で評判を得るばかりで、腹立たしく思うておりました。今回のことで、やつを追い込めます」
「そういえば、やつにも連絡せねばなるまいな」
「司令部の、あのお方ですか?」
「そうじゃ。やつがいてこその、今回の計画よ」
二人の話は、まだ続く。王国産のワインをかわしながら、その先の企みについて二人は語っていた。
美優はといえば、そんな二人の、いや、三人の陰謀にはめられていることなど、この時は知ることはなかった。




