#32 デート
あの事件から、一週間が経った。
私は営業の合間、レイバン宇宙港の街の中の病院に通う。が、今日、晴れて井上大尉は退院となった。
とはいえ、まだ完治したわけではない。左腕を動かそうとすると、まだ痛むようだ。
「いたたた……」
「大丈夫?」
「ああ、これくらいなら、大丈夫」
しかしまあ、暗殺者の狙撃銃を食らってよくこの程度で済んだものだと思う。左肩といっても、皮膚の表層を削り、やや骨の表面にまでその熱が達した。すぐさま再生細胞技術を用いてその骨と皮膚の一部を作り出し移植したから、思いの外、早く治った。
治ればほぼ元通りだが、一週間やそこらでは治らない。利き手ではなかったことは幸いだったが、両手が自在に使えないというのはあまりにも不便だ。
と、いうことで、休日に私は、井上大尉の片腕の分を補うため、買い物に付き合うことにした。
「大尉殿、参りましたよ。ショッピングモールでいいですか?」
井上大尉が住んでいるのは、宇宙港のすぐそばにある、軍の高層宿舎の一室だ。が、やってきたのは、私だけではない。
「イノーエ様、私、アミラもお供いたします」
「ミュー様のお命をお守りいただいたお方に尽くすのも、メイドの務め。私もお供いたします」
なんと、アミラと、我が屋敷で唯一のメイド、カロルまでついてきた。三人で来ることなかったのに。
「申し訳ない。僕がこんな怪我をしなければ……」
「いえ、怪我をしたからこそ、私は無事だったのです。ですから、その恩返しですよ」
「は、はい」
「それじゃ、行きましょうか」
そういいながら、無人タクシーを拾って、ショッピングモールへと向かう。
で、その入り口に着く早々、カロルが奇妙なことを言い出した。
「この場にて、皆が同じ場所に向かうのは不便というもの。アミラはこの一覧にあるハミガキや歯ブラシ、その他の生活用品を。そして私は、食料品を中心に買いにまいります」
「おっしゃる通りです、カロル殿」
「では、まいりましょうか」
という具合に、カロルが仕切り始めたのだ。
「ちょ、ちょっと待った、カロル!」
「なんでしょうか、ミュー様」
「なら私は、何をすればいいの?」
「イノーエ様と共に、お茶でも召し上がっておいてください。あ、お勧めは三階の真ん中にある喫茶店で、そこのクリームパンケーキは絶品にございます。特に、休日は……ということで帰りは、そこで待ち合わせということでお願いします。では」
そう言い残すと、アミラとカロルは共に奥の食料品や生活用品の売られた売り場へと足早に消えていった。にしても、カロルよ、いつの間にそんな喫茶店のことを調べたのだ?
で、残された二人は、呆然と立ち尽くす。
「……とりあえず、三階に行きましょうか」
「はい、そうですね」
カロルにああいわれてしまった以上、三階のその喫茶店に行くしかあるまい。その他の店に向かえば、すれ違うことになりかねない。買い物をすませば、二人ともそのカロルお勧めの店に来るつもりと言っていたし。
で、三階までエスカレーターで登ると、ほぼその正面にカロルの言う喫茶店が現れた。私と井上大尉は、二人でその店に入る。
「いらっしゃいませ、お二人ですか?」
「あ、はい」
「今なら、クリームパンケーキの『カップル割り』をしてますが、いかがいたしましょう? 二人別々に頼むより、二割安くなりますよ」
えっ、カップル割り? まさか私と井上大尉が、カップルに見えるってこと?
「ええと、その……」
「はい、じゃあカップル割りでお願いします」
私は動揺していたら、井上大尉があっさりとその店員に答えた。その時の店員の笑みは、どこかいやらしさが読み取れる。
「せっかくのサービスなのですから、使わせていただきましょう」
うーん、井上大尉にとっては、割引きになることは「作戦」の一環なのだろうか? 軍人という人種は、ある意味では手段を選ばない。事態が有利になるものであれば、積極的に躊躇なく、それを取り入れる。
せっかくカップルに見られたなら、それを利用してしまえと、そう考えての即答だったのか。それとも……カップルに見られて、舞い上がってしまったのか?
いや、まさかね。
◇◇◇
「カロル殿」
「なんです、アミラ」
「なぜ、お二人だけを喫茶店に行かせたのですか?」
「分かりませんか?」
カロルは、アミラの疑問に、逆質問をする。が、さすがのアミラも、その意図を理解できないでいる。
「単純な話です。我がボアルネ男爵家が存続するためには、ミュー様にお相手を見つけていただき、子をなしてもらわねばなりません」
「まさか、イノーエ様を……」
「あのお方、ただものではありません。まさに、貴族の当主にふさわしいお方とお見受けしました。となれば、なんとしてでもイノーエ様にはミュー様のお相手となっていただくには、十分すぎるお方かと」
「な、なるほど、お家存続のため、とおっしゃるのですね」
「その通りです。しかもあのお店は、休日には『カップル割り』と称して、恋仲となった者同士を意識させ挑発する『仕掛け』がございます。今ごろはお二人とも、その術中にはまったことでしょう」
「なんと、そこまで考えての、今日の買い物でございますか」
「その通りですよ、アミラ。ところで……」
「なんでしょう、カロル殿」
「……ミュー様が遅い日は、ぜひ、私の部屋に、いらしてはくれませんか?」
「むふふ、構いませんよ。我が技のすべてを、カロル殿に捧げましょう」
「楽しみにしておりますよ、アミラ」
ほくそ笑む二人は、それぞれが買い物かごを片手に、並んで買い物に向かった。
◇◇◇
「はい、本店自慢の、クリームパンケーキでございます!」
はい、来ました〜、カロルお勧めのパンケーキが。
しかしそれは、まったく想定外の形でやってくる。
そう、二人分、確かに二人分なのだが、それが一枚の皿に載ってやってきた。
しまった、「カップル割り」というのは、つまりはカップル仕様にされる、ということでもあるのか。まったくもって、盲点だった。
「……あ、あの、食べましょうか」
「そ、そうですね。いただきましょう」
たどたどしい二人は、まずパンケーキにナイフを入れる。が、そこで問題が生じた。
そう、右手にフォーク、左手にナイフを持つのだが、井上大尉は左手が思うように使えない。パンケーキ相手とは言え、まだ力が入らない。少し重いナイフを、思い通りに動かせないと見える。
「あ、大尉、私が切ります」
「いや、でも……」
「大丈夫です。これでも調理器具メーカーの社員ですから、上手くこなして見せますよ」
などと大言を吐くが、別になんてことはない。柔らかいパンケーキをただ、すーっと切るだけだ。
そしてそのひとかけをフォークで刺し、大尉の口に運ぶ。
「はい、どうぞ」
「ええーっ」
どうしたんだろう。大尉がやけに遠慮気味だ。私はこう告げる。
「あのカロルが、特に食にうるさい我がメイドのカロルが、絶品だと言い切ったパンケーキなのです。間違いなく、美味しいに違いありません」
「あ、ああ、そうだね」
そう大尉殿は答えると、やや遠慮気味にパンケーキに食らいつく。
「……うん、確かに、これほど芳醇でほどよい甘さのパンケーキは、初めてかもしれない」
「やっぱり、美味しいんですよね! では、私も……」
そういって、私はもうひとかけのパンケーキを口に入れる。
パンケーキ自体に浸み込んだメイプルシロップに、表にかけられた甘さ控えめなクリームの濃厚な味が、口の中一杯に広がる。大尉が「芳醇」と評したのも、分かる気がする。
「ほ、本当に美味しいですね! さすがはカロル、にしても、よくこの店のことを知ってましたね」
まあ、買い物をよく頼んでいるから、時折、休憩がてら、寄っていたのだろう。その甲斐あって、井上大尉ととても良い時間を過ごしている……
と、そこで私は、自身の行動を振り返る。
あれ、私、今、とんでもないことをしなかったか?
そういえば、ナイフで切った後に、私のフォークを使いそのパンケーキを大尉の口に運んだ。そして、そのまま私は自身のフォークで、自身でもパンケーキを食べた。
あれ、これっていわゆる、間接キス……
気づけば私も、そして大尉も、顔が真っ赤になっていた。ここに血圧計があったら、そいつはとんでもない数値を叩き出していることだろう。
が、私は敢えて、それを押し通す。
「さ、二口目です! よろしいですか!?」
「え、ええ、いただきます!」
毒を食らわば、皿までという。間接キスで食らわば、皿一杯に載せられたこのパンケーキすべてを、私の手渡しで大尉と共に食べようじゃないか。
「いやあ、美味しかったね……」
「ほ、ほんとですね、美味しかったですね……」
今思えば、大胆なことをしたものだと思う。これじゃまるで、デートじゃないか。
「あ、あの、大尉。思わず私、大尉の気持ちを考えずに……」
「いや、そんなことないよ! とても美味しかったし、その……美優さんの優しさに触れることができたかな、と」
……悪くない反応だな。何だろうか、この胸の奥から込み上げるこの温かさは。
そんな私の気持ちの高揚感にとどめを刺すように、大尉がこんなことを言い出す。
「あの、よろしければ、手をつなぎませんか?」
そういいながら、大尉は右手を差し出してくれた。一瞬、心臓が爆発するかと思った。
「そ、そうですね、はぐれちゃうと、大変ですし」
そういいながら私は、大尉の右手を握る。大きくて、硬い手だ。何とも心強い。この手で、私の命を助けてくれたのか。
一方で、大尉の方は、まるで私の手の感触を確かめるように、時折さすりながら握ってくる。そんなに私の手、さすり甲斐がある手なのかな。
と言いながらも、そういえばあの店が待ち合わせ場所だから、動いちゃダメだったんだ。私と井上大尉は互いの手の温もりを感じながら、カロルとアミラが現れるのを待つ。
しばらくすると、二人が現れた。なんだか、多めの荷物を抱えて近づいてくる。
私と大尉を、ほくそ笑むように見つめながら。
「買い物は終わりました、ミュー様」
「あ、はい、ご苦労さま」
「いえ、こちらも思いのほか、進展が会ったご様子で、ボアルネ男爵家のメイドとして、実に仕掛け甲斐がございました」
「は?」
「いえ、何でもありません。では、イノーエ様のご宿舎に戻りましょうか」
さて、その日の夕方は、カロルの手作り料理が振る舞われる。大量の食材を買い込んでいたが、多くはタッパーを使って冷凍にして貯め置き、左手が使えない間の食事まで準備してくれたようだ。
が、大量のシチューばかりを冷凍にして貯め置くということは、この先、井上大尉はひたすらシチューばかりを食べ続けることになるのか。
だが、そのシチュー自体は絶品の味だ。
「いかがでございますか、イノーエ様」
「うん、いい味だ。これほど濃厚で、しかも野菜と肉のバランスが微妙に良くていい感じだね」
「その通りでございます。こちらの最新の食材に加え、ボアルネ家に二百年もの間、伝わる黄金比にて肉と野菜、そしてシチューの味と香辛料を整えたのでございます」
うーん、とんでもない歴史ある食事なんだなぁ。でも確かにカロルの作る料理はいつも、途方もなく美味い。そして毎回、今のように二百年がどうのと言っている気がする。
そんな温かな食事を終えて、私は大尉の宿舎を後にする。
「今日は本当にお世話になりました。ところで美優さん」
「はい、なんでしょう、井上大尉?」
「その……今度は二人だけで、今日の店に行きませんか?」
帰り際に、私はデートの誘いを受けてしまった。うーん、相手は軍人だ。何か策略でもあるのだろうか。それともまさか……いや、まさかね。
私自身、女として見られているという自覚がなかった。髪はいつもボサボサだし、背は低いし、胸は小さい。歳下からも、幼く思われるほどの容姿だ。
が、私自身、この時はまだ、気づいていなかった。
そう、井上大尉が私を呼ぶその呼び方が、いつの間にか変化していたことを。




