#31 治療
……茶色い天井が、見える。
ああ、そうだ。僕は、撃たれたのだったな。ギリギリかわしたつもりだったが、相手はやはり、プロだった。僕のわずかな動きを、完全に読んでいた。
だが、妙だな。それほどのプロが、なぜ最初の一撃で美優殿を狙い撃てなかったのか?
いや、考えるまでもないな。あの宿に使われているガラスは、分厚い上に表面が滑らかではない。つまり、歪みが大きかった。それでは正確に当てられない。
ガラスが割れてからの二発目はどうやら、あの騎士団長の剣ではじき返されたようだ。そして三発目は、狙撃手を狙おうとする僕に咄嗟に狙いを変えた。
僕は美優殿の代わりに撃たれたことになる。つまり、ここは死後世界か。
いや、僕はまだ、生きている。そう認識させてくれたのは、僕の顔の前に見知った顔が現れたからだ。
◇◇◇
「井上大尉!」
私は、うっすらと目を覚ました大尉に叫ぶ。やや虚ろな目ではあるが、意識を取り戻したようだ。
「ああ、美優殿……怪我は、ないですか?」
私のことよりも、まず自分の怪我を心配すべきではないのか。私は思わず返す。
「私は大丈夫です! 怪我、してません! むしろ大尉さんの方が今、左肩を撃ち抜かれて出血して、大変なことになってるんです!」
すると大尉は、自身の左肩を見た。すでに処置され、包帯が巻かれていたその左肩の腕の方には、点滴が刺さっている。
昨晩までは輸血だったが、今は生理食塩水に変えられている。昨晩、ほんの少しずれていたら心臓を撃ち抜かれていたと、衛生兵の一人がそう言っていた。
私を守るために、この大尉は身体を張って私とアーシャさんを守ってくれた。私は大尉の右手を握りながら、こう告げる。
「ですから、今はおとなしく寝ていてください」
「あ、はい。あのぉ……」
「なんでしょうか?」
「……実はですね、僕。女の人にこれほど強く手を握られた経験がなくてですね、その……何というか……」
ん? 手を握る? そこで私は思わず、我に返る。
言われてみれば、私は大尉の手を思いきり握りしめていた。相手は怪我人だというのに、なんてことを。
「ああ、すいません! 私、会社でも周りを見ないやつだと、散々言われてますんで、つい……」
「あの……そうではなくてですね。これほど柔らかくてぬくもりのある手で握られたことがなくて、なんだか心地よいなぁと、そういいたかっただけなんですが」
えっ、私の手が、心地よい? そんなことを言われたのは、初めてだ。なんだか急に、顔が熱くなる。
女性として見られた経験は、おそらく初めてだからだろうな。
「そ、それじゃあ、もうちょっとだけ、握ってましょうか?」
「はい、お願いします」
私はこれでも営業マンだ。顧客が望むならば、できる限りその要望を叶えることが役目というもの。だから私は、大尉の手を再び握る。
初めて出会った時は、正直言って、どこか冷徹な感じの方だった。井上大尉が私に接近したのだって、王室に接近するためだった。そして私が領地を手に入れるや、そこに軍施設を作るため私に接近してきた。いわば、軍の利益のために私を利用していた。そういう関係だと、割り切っていた。
が、昨晩はどうか? 私の命を守るべく、自らの命を顧みず、守ってくれた。アーシャさんも剣は折られてしまったものの、その命は健在だ。
剣は作り直せるが、命はそうはいかない。だから、命が奪われなかったことは幸いだった。
「でも、美優殿は寝ていないのではないですか?」
「そうですけど、こう見えてもサービス残業上等な終業時間無限大な中小企業で鍛えられてますから、この程度はへっちゃらです!」
「それは、頼もしい」
少し笑顔を見せる井上大尉。私はなぜか、その笑顔に少しドキッとした。こんな気持ちになるのは、初めてだ。
「おう、目覚めたか、イノーエとやらよ」
と、そんなところにアーシャさんがやってくる。カーテンをサーッと広げ、私が井上大尉の手を握っているところを見られる。
「……っと、お邪魔だったかな? では……」
「ああ、ちょ、ちょっと! アーシャさん、行かないで、待ってください!」
アーシャさん自身、昨晩は寝ずに周囲を警戒し続けていた。そんな人を返すだなんて、私にはできない。
「いや、お前、せっかくいい感じのところを邪魔されても平気なのか?」
「何言ってるんですか! アーシャさんだって、井上大尉に救われた一人ですよね?」
「うむ、そうだったな。昨夜は助かった、本当に礼を言う」
そういうと、アーシャさんは膝をついてかがみ、頭を下げ、大尉に礼を言う。
「き、騎士団長殿、頭を上げてください。小官はただ、軍人としての責務を果たしただけですから」
「いや、私とて軍務を担う者として、昨夜の暗殺を阻止できず、無力であった。そなたに礼を述べる他ない」
「相手は、こちら側の狙撃手です。残念ながら、たとえ伝説の剣であったとしても、敵う相手ではありませんでした。それでも、その剣の魔力が二発目の狙撃を反らし、美優殿を守ったのです。決して無力だったわけではありません」
そうだ、それを聞いて私は、大尉に問うた。
「あの、井上大尉!」
「は、はい」
「昨日、内部がどうのこうのと言ってましたよね! つまりこれは、相手が誰かということが分かった上でのことだったのですか!?」
私が問いただすと、井上大尉はこう答える。
「狙撃犯が、捕まった。というか、僕の放った一撃で即死だった。その身元は割れているし、彼が直前まで誰とやりとりしていたか、調べているところだ。ゆえに、その犯人に目星はついている」
そう語る井上大尉に、私は続けざまに尋ねる。
「それじゃ、相手は誰なんですか!?」
「いや、まだそれは言えない」
「なぜですか!」
「ちょうどいい、株式会社テラダの社員と、そして王国騎士団長がいる。お二人には、このことだけを知っておいてもらいましょう」
この怪我を負った軍人は、また意味深なことを言い始める。
「この一件、単なる軍内部だけの話だけではない。主に三人の人物が、関わっています」
「えっ、三人?」
「そう、我が軍から一人、王国貴族に一人、そして……言い難いことですが、おそらく株式会社テラダの内部の者が一人、です」
それを聞いた私は、思わず後頭部を殴られたような衝撃を覚えた。昨日の暗殺は、単一の犯行ではなかったと知ったからだ。
「へ、弊社に、私を狙っている者がいると、そうおっしゃるのですか?」
「そうです。理由は分かりませんが、軍では成し得ないことを、民間業者を介することで可能になることもある。今回使われた狙撃銃も、あなたの会社の製品の中に紛れて送られてきたものとの調べがついてます。実は以前からテラダの輸送品重量が毎回、少し重いことがあることを、軍の調査で判明してます。ただ、重さだけでは証拠にならない。とはいえ、不自然な輸送品はテラダ社のものだけなんです」
「で、でも、狙撃銃なんて、軍にいくらでもあるじゃないですか」
「軍の管轄にある武器はロックがかかっていて、司令部の許可がないと使用できない仕組みなんですよ。だが、軍の管轄外の銃となれば、話は別です」
「ですが、昨夜、その軍の関係者だった一人は、死んでしまったんですよね?」
「いや、その狙撃犯は単なる実行犯であり、しかも軍関係者ではなかった。主犯はまだ、生きてますよ」
「それじゃあ、すぐに捕まえて……」
「そうしたいのはやまやまですが、残り二人との接点が明らかになるまでは、まだ捕まえられませんね」
「そ、それじゃまた、私や井上大尉、そしてアーシャさんは狙われることになるのですか?」
「いや、大丈夫ですよ。今回の一件で、さすがに軍も総力を挙げて捜査を開始します。今回のようなことは、起こらないでしょう」
なんだか、うやむやにされてしまった。が、とんでもない事実が発覚する。
今回の一件は、私を狙ったもの。それはここに軍事施設を作らせまいとするために、行われたことだという。
だからこそ、今日の契約を阻止するため、私が狙われた。
ついでに言うなら、どうして私の会社が関わっているのかといえば、本星ではあまり知られた会社ではないためだ。それゆえに、軍のマークから逃れやすい。
そのわりには、流通量が多い。ゆえに、今度のようなことを計画する上で武器を密輸するには都合がいい。実際に、今回の狙撃銃のみならず、多くの武器が我が社の便に混じって運び込まれていた。
貴族の側の狙いは、おそらくは王朝転覆だ。ゆえに、この地の軍事施設の穴を突いて、隣国に攻め込ませた。
軍民、そして貴族。この三者が何らかの利害で結託し、今回の事件を引き起こした。
そして、さらなる大きな騒乱の種を抱えている。
「まさか、我が社がそんな恐ろしい話に絡んでいたなんて……」
私は落胆する。せっかくこの星で必死に頑張って鍋やフライパンを売り歩いた結果、それが利用される結果になるなんて。しかも、私の給料まで下げられていた。納得がいかない。
しかし、犯人は誰だ? 律君か? いや、彼がそういうことをするとはあまり考えられない。だいたい、律君の発注はほぼ私が目を通している。となると、考えられる人物は二人しかいない。
中村さんか、支社長だ。
特に、中村さんが怪しい。あの人は無言で黙々と仕事をしている。営業に行かない日も、遅くまで残業して何かを打ち込んでいる。おまけに、時々、私を監視するかのようについてくる。まるで、私の行動を、把握せんとするかのように。
でも、あの中村さんがまさか……だが、犯行というのは、予想もつかない人物がなすことが多い。まさかあの人が、という温厚な人が犯人でしたという事件は星の数ほどある。
しかし、だとしたら、中村さんの狙いは何だ?
貴族は分かりやすい。今までもそうだが、権力、特に王座簒奪というのは王族にとっても貴族にとっても、魅力的なものらしい。動機としては、非常に単純明快だ。
が、我が社の社員、そして軍部が絡む理由が見当たらない。
それが分からない限りは、しばらくの間、泳がせるしかないと井上大尉は言う。
「王位が変わったばかりだというのに、まだ陛下を狙おうというものが後を絶たないのか!」
アーシャさんが憤慨する気持ちも分かる。が、私にとっては、この一件に当社が関わっていたということが、一番ショックだ。
「なんでしょうね……私、必死になって鍋やフライパンを売り歩いてきたのに、それが仇になるだなんて……」
すると、アーシャさんはこう返す。
「何を言っている。お前は何も悪くはない。物売りであれば、物を売るのが仕事だ。そのことを、なんら恥じることなどないではないか」
相変わらず、この人はまっすぐだ。ストレートに、私の所業を肯定する。
「問題なのは、それを利用した輩だ。そやつこそ、白日の下にさらして叩きのめさねば気が済まぬ!」
アーシャさんは、本当にまっすぐだなぁ。私も、これくらい自信満々に生きたい。
だが、私はどうにももやもやする。
身内に、不届き者がいると聞いて、落ち着いていられるはずがない。
犯人は、何が目的なんだ?




