#39 発展
なんやかんやで、あれから七か月ほどが経った。
平和な毎日が続く。地上でも、宇宙でも。
「なんだぁ、この野郎!」
「んだとぉ、やるかゴルァ!」
せいぜい、王都内で昼間から酔った男同士が、路上で喧嘩をおっぱじめる程度だ。
「おい! この王都で争いごとを始めるとは何事か!」
「ぐえっ、き、騎士団長様!」
そんな二人に向かって、剣を握ったアーシャさんが叫ぶ。その姿に威圧されたその男たちは、大慌てで逃げ出した。
その程度のことなら、アーシャさんの一喝で握りつぶすことができる。
うん、今日も平和だな。
「ところで、ミューよ」
と、剣を収めつつ、アーシャさんが突然、私に尋ねてきた。
「なんでしょう?」
「お前、イノーエとどこまでいっているのだ?」
うっ……まさか、アーシャさんからそんな事を聞かれるとは思わなかった。
「う、うまくやってますよ」
「うまくとは、具体的にどんな風にだ」
「そりゃあ、ショッピングモールで一緒にお買い物して、パンケーキ食べて……」
「そんなこと、半年以上前からしとるだろう。その先の話だ」
「ええー……って、そんなことまで言わなきゃいけないですか?」
「噂によれば、屋敷にイノーエが泊まることもあると聞いておるぞ。しかも、すでに婚約済みで、近々、結婚式とやらを行うとか」
「ちょ、ちょっと待ってください。それ、まだ内緒だったはずなんですけど、誰から聞いたのですか?」
「やはりそうか。まあ、王国騎士団を、甘く見ないことだな」
平和だったはずの王都なのに、ここだけ一気に不穏な空気に変わる。
「じ、実はですね、四か月後に、結婚することになっておりまして……屋敷でこじんまりと、知り合いだけで結婚式をやろうと思ってて、段取りが決まったら話そうと思ってたんですけどね」
「やはりな。で、どうするんだ」
「どうするとは?」
「決まっているだろう。イノーエはボアルネ男爵家の当主となり、お前は嫡男を産んで跡取りを定め、それから……」
「ああ、ちょ、ちょっと待ってください! そんな先のことまで考えるんですかぁ!?」
「当たり前だ。貴族家を継いだのだぞ、それくらいの覚悟がなくてはならん」
この人は王国騎士であり、今はカライ男爵家の当主だから、王国貴族でもある。そういうことを考えるのは、こちら側では当然のことなのだろうけど、私はそこまでは考えていない。
「そ、それをいうなら、アーシャさんだって貴族家の当主ですよね。ちゃーんと先のことを考えていると言えるのですか?」
「うむ、それなんだがな」
「えっ、まさか、お相手ができたのですか!?」
色恋沙汰とは、まったく無縁と思われていたアーシャさんの口から、なにやら微妙な一言が飛び出した。にしても、こんな脳筋騎士団長に釣り合う男なんているのかな。
「……実はな、最近、タイガー殿とよく、買い物に出かけておるのだ。お前のあの一件以来、なぜかやけに関わることになって、気づけば喫茶店だの、遊技場など、様々なところへ一緒に出向いておる」
うわぁ、それは知らなかった。つまり、相手は中村さんってこと? しかもアーシャさんと中村さん、デートまでしてたのか。うーん、釣り合ってるような、釣り合ってないような。
「ちょーっと伺いますけど、アーシャさん、中村さんのどんなところがそんなに気に入ったのですか?」
「そうだなぁ、あの、何事にも動じない豪胆さだ。騎士として訓練を受けていても、あれほど肝の座った者はそうはおらぬ。まさに貴族家当主として、ふさわしい男だ」
「あれぇ? てことはもう、婚約までされてるんですかぁ?」
「い、いや、残念だが、そこまでは……それで、お前のを参考にしようと考えて尋ねたのだが」
「いいですよぉ、いくらでも教えてあげますよ。ですが、その前にお聞きしたいんですけど、どこまでいったのですかぁ?」
「お、おい! お前! そういうことを、こんな場所で尋ねるか!」
いや、さっきあなた自身が私に尋ねてたじゃん。私ならよくて、自分はダメだなんて、通らないでしょう、そんな理屈。
「まさかとは思いますけど、お屋敷にも招いちゃったりしてるんですかぁ?」
「そんなことは……まあ、二、三度ほどは、な」
ふうん、結構、可愛いところがあるじゃないか、アーシャさん。鎧姿のまま、顔を真っ赤にするアーシャさんが見られるなんて、思ってもみなかったな。今日はいじり甲斐がありすぎてたまらない。今夜の飯が美味くなりそうだ。
「と、いうことは、いずれ中村さんがカライ男爵家当主となって、それから何人子供をおつくりになる予定なのですか?」
「おい! そんな先のことまで考えるのか!?」
「さっき、私におっしゃったことじゃないですか。王国貴族ならば、当然だと」
「うっ、いやまあ、そうだが……」
うわぁ、今日のアーシャさんは、実に面白い反応するなぁ。こんなシチュエーション、アーシャさんと出会って初めてじゃないか? このやりとりだけで、ご飯一杯いけそうだ。
そうか、アーシャさんと出会って、もうすぐ一年になろうとしているのか。出会いは正直、最悪だったが、あの時、私の持っていた鍋がアーシャさんの剣と魔法をはじき返したことが、全ての始まりだった。
陛下はもちろん、上王様、アンリ様とイゾルデ様とも交流が続いている。と言っても、アンリ様とイゾルデ様は今、地球七八八へ出かけているところだ。
今ごろは二人とも、私の故郷でもある矢方にたどり着いているところだろう。新旧の文化が入り乱れる、古都の街。それを見てお二人は、何を思われるのか。
「おう、今日も騎士団長様とミュー様はご一緒か」
ふと、声を掛けられる。気づけばそこは、広場の端にあるあの「アクセル」のお店。そこに珍しく、マルチェロさんが立っている。
「店の前に立ってるなんて珍しいですね、マルチェロさん」
「まあな、なにせ裏社会はどんどんと縮小されている。あちらでやれることも減ってきてるからよ。まあ、それだけ王都が落ち着いてきているって証拠だな」
そうか、そういう事情もあるのか。言われてみれば、マルチェロさんのいた裏社会は、徐々に人が減っている。いずれあのあたりは再開発される予定とのことだ。そりゃそうだ。貴族らの権謀術策もなくなりつつあり、代わりにこの王都にも我々の文化や技術が入り始めている。
さて、街を歩いていると、アーシャさんの鎧の奥から、なにやらブーブーと音が鳴る。スマホのバイブの音か。
「おっと、ちょっと失礼」
すかさずスマホを取り出し、電話に出るアーシャさん。
「なんだ、タイガー……ああ、そうだ、今、ミューと一緒にいる……えっ? 今からそっちに? 分かった、すぐ行く」
なにやら中村さんから呼び出しを受けたようだ。
「あれ、中村さんから呼び出しですか?」
「ああ、そうだ。新たな貴族家を開拓したいそうだが、私と一緒の方が都合がいいというのでな」
「そうですね。で、その後は、お楽しみですか」
「お前なぁ、ひと言多いんじゃないのか? お前だって、人のことは言えんだろう」
そう告げると、足早にアーシャさんが去っていった。
が、しばらく歩くと、私は別の人物と出会う。いや、正確には落ち合う約束をしていた。
「井上大尉、お待たせ」
そう、これから私は、軍司令部に出向き、調達品の打ち合わせをすることになっていた。だから、大尉と王都のとある交差点で会うことになっていた。
「さ、美優、行こうか」
「はい、大尉」
「……あのさ、もうそろそろ、『大尉』は止めないか?」
「えっ、でも今は、仕事中だよ?」
「それはそうだけど……せめて、軍司令部に着くまではいいと思うんだけど」
「じゃ、じゃあ……遥人……」
「うん、いいね。その美優の妙にいじらしいところ、可愛くて僕は好きだよ」
うう、今度は私がいじられ役か。くそっ、なんかアーシャさんの分を、やり返された感じだ。
「えっ、もうアーシャ殿には知られていたのか?」
「そうなのよ、どこから漏れたのかなぁ」
そこで私は遥人に、結婚式のことがバレていた話をする。不思議なこともあるものだ、この二人と、他は私の親族しか知らないはずなのだが。
などと悶々としながら、私と井上大尉……じゃない、遥人と共に、私は軍司令部へと向かった。
正直、この建物にはあまりいい思い出がない。なにせ、独房にまで放り込まれた経験があるからな。しかも、殺されかけた。あれは、ブラック企業に務める私にとっても最大の黒歴史だ。
が、今日は対等な交渉相手としてやってきた。別に武器を扱っているわけではないが、軍といえども、調理器具の需要はある。それを、我が社の物を使ってもらっている。
当初は王都の貴族相手に売り出していたんだけど、気づけば軍や、そしてショッピングモールにまで店を構えられるようになった。手入れが大変だが、その分、使い勝手が良い。王国貴族も認めた品であり、王室御用達の紋章を使うことも許された、株式会社テラダの名は、今やこの王国をも飛び越え、隣国にまで広まっている。
支社も人員が増え、あの狭い事務所から、雑居ビルのフロアを三つも借りるまでに成長した。かつて裏社会で奴隷とされて売られていたあの二十人も、今や会社を支える重要な労働力となっている。
ちなみにアミラはといえば、気づけば結構な事務員に成長している。出張旅費などの経費管理に、給与管理も任されるほどだ。もちろん、大半がAIの力を借りているものの、それを潜り抜けて不正な額を請求する輩がいる。その手の不正を、アミラは見逃さない。
「ソータ様、この宿泊費、ちょっとおかしくないですか?」
「えっ、だってAIはOKだって……」
「いくら何でも、一泊二日で帰ってきたはずなのに、宿泊費を二度も計上するなんて、おかしいじゃないですか」
「うう、実はもう一泊、私的利用でしてました、はい……」
とまあ、AIの穴を上手く突いてくるやつがたまにいるが、そういうのをアミラは見逃さない。
この調子で、会社も順調。私もほとんど残業なしで帰れるようになった。もちろん、アミラも一緒に帰る。
「おかえりなさいませ、ミュー様」
屋敷に戻ると、いつものように執事と、メイドのカロルが出迎えてくれる。
「ただいま」
「ところでミュー様、本日、お客様がお見えになっております」
「えっ、客?」
「あー、やっと帰ってきた―、美優姉、久しぶりー」
「ええーっ、美央、なんであんた、ここにいるのよ! って、あんた、大学はどうしたのよ!」
「今、長期休みだよ。ほら、私が最初にここに来た時からもう一年、経ってるじゃん」
ああ、そうだった。そういえば大学も休みに入る時期だ。
「久しぶりに来た屋敷だけど、相変わらずここ、おっきいねー」
「そりゃあ、男爵家の屋敷だもん」
「ふーん、そういえば美優姉、改めて思うけど、男爵様なんだよねー」
「未だに、その自覚はないけどね」
と、そこに井上大尉……じゃない、遥人までやってくる。
「お邪魔します。って、あれ? もしかして、美央さん?」
「あー、大尉、久しぶりー」
突然の来客で、驚く遥人。そりゃそうだ。まったく、連絡くらい寄こせよと思う。
「……まさかとは思うけど、あんた、ここに泊まるつもり?」
「あたりまえじゃん、こんなにたくさん部屋のある屋敷持ってて、泊めないなんてひどいー」
「分かったから! いちいちそういうこと言わない」
「だったら素直に泊めてよー。あ、そうだ、アミラさ、久しぶりにマッサージ、してよ」
「よろしいですよ」
「いいえ、ミオ様、アミラは私との約束が入っておりますので」
「えー、アミラさー、カロルさんまで手なずけちゃったのー?」
「それならば、二人まとめて、というのはいかがでしょう?」
「ま、まあ、それならば……」
「いいねー」
なんて会話してるんだ、この三人は。まったく、遥人が唖然としているじゃないか。
「で、今夜は、美優姉は遥人さんと、お楽しみなんだー」
さらに余計なことを言いやがる。
「あのねぇ、遥人と私は四か月後には……」
「分かってるってー、ちょうど復活祭の休みに合わせて、式やるんだよねー」
「そうなの。だから別に、いいの」
「そういえばさー、アーシャさんや会社の人たちは美優姉のあのこと、知らなかったみたいだから、知らせておいたよー」
「えっ、知らせたって、何を?」
「美優姉の、結婚式のことー」
あー、こいつかぁ。内緒にしてた式のことばらしたの、こいつだったのかぁ。
「ちょ、ちょっと! あと一週間、内緒にしてって、そう知らせたでしょう!」
「えー、そうだったっけー?」
ダメだ、こんな適当なやつに事前に知らせるんじゃなかった。まあ、今さら隠しても仕方がないことではあるのだが。
「やれやれ、また王都が騒がしくなってきたね」
「二週間はいるってさ。美央のやつ、せめて本星を出る前に、連絡ぐらいくれればいいのに」
「怒ってばかりだと、せっかくの可愛い顔が崩れちゃうよ」
「か、可愛いだなんて……」
「そうそう、怒ってばかりいないで、可愛い姿を見せてよね……」
遥人は軍人というだけあって、なんというか攻めるのが上手い。後方支援担当がもったいないほどだ、と思っていた。が、例の有能な山本中佐が抜け、作戦参謀が足りなくなった。そこで遥人、すなわち井上大尉が、その山本中佐の代わりとして作戦参謀に就任することになった。今はその前準備の教育を受けており、それが終わり次第、転属だ。
そして同時に、少佐への昇進が決まっている。
そんな彼は今、まさに私と共に同じベッドの上にいる。
さて、その翌日。相変わらず、仕事だ。私は支社に出向く。すると、久しぶりに支社長に呼び出される。
「まずは、結婚、おめでとう」
唐突に、支社長から告げられる。
「あの、結婚は四か月後ですが」
「もうほぼ、同棲してるんだろう? 結婚してるも同然じゃないか。とにかく、おめでとう」
適当な支社長だなぁ。大丈夫かしらん、この人。いつも思うが、それでも順調に支社は順調に成長を続けている。
で、そんな支社を束ねるマイペースで適当な支社長が、こんなことを言い出す。
「まさに営業最下位の倉田君のおかげで、当社の売り上げが飛躍的に伸びるなんて、初めて会った時は思いもよらなかったな。改めて、礼を言わねばならないな」
ひと言、余計な言葉が入った気がするが……まあ、いいか。とりあえず、お礼を言われたのは、かつての当社からは考えられないほどの進歩だ。
が、支社長は続けてこう言い始めた。
「しかしだ、そんな倉田君の、最近の営業成績がやや落ち気味だぞ。結婚に浮かれている場合ではないんじゃないか?」
それを聞いた時、私はカチンときた。そもそも支社長が先月、私にこう言った。「王都での営業のノウハウを他の営業マンに伝えるため、バックアップに回ってくれ」と。それで私の営業成果を、他の営業マンに譲っている、というのが実態だ。
それを言い出した本人が、そのことを忘れてこんなことを言い出すなんて……ムッとする気持ちが湧いてくるが、こんなところで逆らったところで、あまり意味はない。
だから私は笑みを浮かべて、いつも通りこう答える。
「はい、申し訳ありません。以後、気をつけます」
(完)




