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#3 受注

『構わんよ。何ならその鎧百着、すぐに生産して送るぞ。それよりもだ、初日でフライパンと片手鍋をいきなり千個づつ受注とは、そちらの方が驚きだ』


 その日の夜——本社では朝の十時だが——に私は宙外担当部の部長に今日起きたことを報告し、すぐに品を送ってもらうことになった。

 にしても、だ。今日は本当に大変だった。

 あの女騎士様、多くの貴族に顔が効くようで、私の持っている片手鍋を何人かの貴族のもとに訪れては、それを私に代わって売り込んでくれた。


「とんでもない物品であったぞ! 私の剣と炎魔術すらも跳ね返したほどだ! そのような調理器具を備えておけば、いざバハナ王国の魔術師団が攻めてきても、厨房に立つ者たちでそれを弾き返すことができる!」

「なんと、それは真でございますか!? カライ殿の剣と魔術すらも跳ね返すほどの調理具ならば、ぜひ我が領地に備えておきたい!」


 とまあ、確かにそれは事実ではあるのだが、それにしてもあまりに熱っぽく語るアーシャさんの勢いで、とんとん拍子で買い手が決まっていく。

 無論、私もただ売りつけるのは心苦しい。だから、必ずこう申し上げた。


「あ、あのですね、その代わりこの鍋の光沢を維持するためには、専用の洗剤とスポンジで、定期的に洗わなければならないという手間がですね……」

「なんだ、調理具の手入れに手間がかかるなど、当たり前のことではないか」


 ああ、そうか、こっちの鉄器はステンレスなんて便利なものはないんだった。放置すれば、錆びていく。むしろ洗剤とスポンジで週に一度、手入れするだけで、焦げも汚れも水洗いで落ちるといううちの鍋の方が、はるかに手入れが楽だそうだ。それは盲点だったな。

 とまあ、アーシャさんのおかげで、貴族家をたった三軒回っただけで、その受注量が千個に達した。明日もまだ他の貴族を訪ねるという。

 ちょっと下見程度に外に出たつもりが、いきなりの営業をする羽目になった。緊張状態が続いた結果、疲労がかなり溜まっている。が、急いでこのことは報告しないといけない。そう思い、私は自身の心に鞭打って本社に恒星間通信でつなぎ、すぐに今日の話を部長に告げた。


「で、ですが部長、鎧百着って、どうやって作るのですか?」

『スマホについている三次元測定の機能で、その鎧の型をとって送ってくれればいい。重力子成型機を使えば、どんな形状だろうと自在に作れる』

「いや、でも、そのようなイレギュラーな受注、受けちゃっても大丈夫なんですか?」

『こっちは不景気で、成形機の稼働率が下がっとるんだ。むしろ願ったり叶ったりだ』


 あー、そうなんだよねぇ。うちの星、今、不景気だから。でなきゃ私も、こんな人使いの荒い会社に入ることはなかっただろうし。


『ともかくだ、明日以降も期待しとるぞ。では』


 そう言って、部長は通信を終えた。リモート通信の画面がフッと閉じると、急に疲労感が襲いかかってきた。

 うう、ね、眠い。でもとにかく何か、食べなきゃ。帰り際にコンビニで買ってきた適当な弁当をレンジで温めて、それをサラダと共に食べる。

 調理器具を売り歩いてる者が、その調理器具を使わない料理に頼るということに大いなる矛盾を感じるが、とにかく今はそんな悠長なことを言ってる場合ではない。あとは歯を磨き、シャワーを浴びて寝巻きに着替えると、ベッドの上にバタンと倒れ込む。

 ああ、それにしても今日は大変だった。いきなり命を狙われたかと思えば、当社の鍋に助けられ、しかもそれが女騎士の心を動かし、そして二千個もの受注をたった数時間で得た。明日にも生産し、明後日に発送されるというから、その間に輸送業者を手配して、それから……

 などと考えているうちに、私の意識はそこで途絶えた。


 そして、翌朝。


「い、いけない! 日の出の後、鐘が二つなる頃までには、門の出入り口に行かなきゃいけないんだった!」


 遠くから、王都の大聖堂の鐘の音が一回、鳴り響いた。事前に調べた資料では、ここは一時間おきに三度、鐘を鳴らす。つまり二十分ごとに鐘がなる。

 ちょうど日が昇ったところだ。さっき、一度目の鐘が鳴った。ということは、あと二十分で門の出入り口に向かわなきゃいけない。私は慌てて製品サンプルをいくつか抱えて、それを手提げバッグに詰め込んだ後に制服に着替え、宿舎を出た。

 で、無人タクシーを捕まえて、大急ぎで出入り口に向かう。ちょうど二つ目の鐘がなる頃に、どうにか私は辿り着くことができた。

 門の前には馬車が停まっており、その前にはアーシャさんが立っている。


「おお、やっと参ったか。ならば行くぞ」


 にしてもアーシャさんは元気だな。私と同じ時間に帰っているというのに、このお方からはまるで疲労感を感じない。何をどう鍛えたら、こうなれるのか?


「お、遅くなりました……」

「うむ、何としてでも鎧を手に入れねばならぬからな。今日も幾人かの貴族家を回るぞ」


 と、この女騎士さんが言うと、私の腕を引いて強引に馬車に乗せ、御者が手綱を振って走らせる。

 その道中、私はとあることを伝える。


「何!? それは真か!」

「はい、鎧百着、すぐにでも作ってくれるそうです」

「ありがたい。で、職人はいつ来るのだ?」

「へ?」


 アーシャさん、またまた意味不明なことを言い出したぞ。


「あの、職人とは?」

「決まっておろう。鎧を作る職人だ。でなければ、どうやって鎧を仕立てると言うのだ?」


 ああ、そうか。こっちでは直接、板金職人とかけ合って鎧を作ってもらっているのか。理解した。

 なので私は、こう答える。


「簡単です。今来ている鎧の、形状データを取ります」

「形状データ?」

「はい、この機械でスキャンして、三次元形状を直接読み取り、それを本社に送信するのです。すると、全く同じ形状のもので、この鍋と同じ材質のものが後日、送られてくるという仕掛けです」


 そう言いながら、私はスマホを取り出す。それをまじまじと見つめるアーシャさん。

 しばらくの間、じーっとこの小さな端末を見つめていたが、ようやく口を開く。


「そういえば、貴族の間でもそのスマホとやらが普及し始めているそうだが、何ができるものなのだ?」


 ああ、そこから説明しないとダメなのね。そこで私は、このスマホの持つ機能を説明する。


「……つまり、ミューの言うところでは、遠くの者と文字や言葉のやり取りができて、たくさんの書物や動く絵画が見られて、さらにこの鎧の形すらも読み取り記憶し、送ることができる、と」

「はい、そんなところです」


 ちなみにだが、アーシャさんは私のことを「ミュー」と呼ぶ。本当は美優(みゆ)なのだが、その方が呼びやすいらしい。


「ならば早速、我が鎧をそのスマホとやらで読み込んでくれ」

「えっ、今からですか?」

「まだしばらくかかる。その話、にわかには信じ難いのでな。ともかく、目の前でやって見せてくれ」


 そう言いながら、アーシャさんは鎧を外し、座席に置いた。アーシャさんの鎧は、ちょうど胸の部分を覆う鉄製の板厚三ミリほどの構造だ。一枚の鉄板を、アーシャさんの身体に合うよう、職人が叩いて整えたものらしい。

 前後に分かれたその鎧を、一つづつ読み取る。馬車はガタガタと揺れるが、それでもスマホはその形状を正確に読み取ることができた。

 そして、それを画面上で映して見せる。


「おお! 確かに我が鎧の形が、ここに乗り移っておる!」


 指先で私はその三次元スキャンデータを回してみせる。前後に分かれた二つの鎧をそれぞれ、見てもらう。さらに私はそれを特殊コーティングされた材料に置き換えて表示してみせた。


「ちなみに、この鍋と同じ材料にすると、このような感じになります」

「うむ、美しい銀色に輝いておるな。実に良い」


 どうやら気に入ってもらえたようだ。よかったよかった。ならば、これを百着分製作してもらい、発注すれば……

 と考えた私に、残酷な現実が突きつけられる。


「では、これを百着作成して送ってもらうよう、本社に……」

「何を言う。これは私の鎧であって、他の者は全く異なる形だぞ」

「へ?」


 一瞬、私は凍りついた。そう言われてみれば、アーシャさんは女性だ。だから、胸の部分にしか鎧がない。その下にはチェーンメイル、すなわち鎖状の軽い防具を身につけている。

 想定外だった。当然だが、他の騎士さんは皆、男だというし、当然ながら体格も一人一人違う。と、いうことはだ。この作業を百回分やらないと、百着分作れないと?


「あ、あの、もしかして、百着とも、形が違うと?」

「当然だろう」


 ああ、あっさりと肯定されてしまった。私、この作業を百着分、やらないといけないの?


「これから貴族家を三家、回ってもらう。その後に、騎士団を全員集めて、その鎧の形を読み取ってもらう。今日は、それで行こう」


 ええーっ! きょ、今日中に百着分を読み取るの!? さらっと仰るアーシャさんだが、それがいかに大変なことかご存知ないのでは?


「あ、あの、まさか百人分の鎧を、今日中に全部、読み込むと?」

「当たり前だ。一日も早い方が良い。さ、そうとなれば急いで調理具を売り捌かねばならぬな。はっはっはっ!」

「ひえええっ!」


 高笑いしながらそう告げるこの女騎士団長は、鬼だ。まさに鬼畜だ。正気の沙汰ではない。

 が、昨日と同様に、貴族家を回っては私の持っている調理器具を見せつつ、売り込みに走る。今日だけで、千五百個の注文を受けることができた。

 にしてもだ、昨日も今日も、回った貴族家は三軒ずつ。どうして一つの家当たり、三、四百個も買う必要があるのだろうか?


「えっ、なぜ三百以上も必要かだと?」

「はい、いくら貴族のお方とはいえ、まさか三百個もの鍋やフライパンを使っているわけではないと思われるので」

「それは各家の領地に住む調理人にも分け与えるつもりだからであろう」

「えっ、領地の人たちの分も、買い付けるのですか?」

「当然だ。特に辺境を防衛する貴族家ともなれば、隣国のバハナ王国からの魔法襲撃に備えなくてはならない。調理人すらも魔法防御が可能となれば、我が国の辺境防衛にとってかつてないほどの強力な防壁となる」


 なんてことだ。この人、この調理器具をただの料理道具以外にも、魔法の防御用としての用途としても考えているようだ。恐ろしい発想だな。

 で、そのおかげで、鍋やフライパンが大量に売れたのは良かった。

 問題は、これからだ。


「皆よ、これより貴殿らの鎧を、このミューと申す者が一つ一つ測り、剣と魔法から身を守ってくれる強靭なる鎧を作ってくれることになった。皆、この者に鎧をみせるのだ」


 騎士団長の剣と魔法をも弾いた鍋を見せつつ、そう騎士たちに叫ぶアーシャさん。そして私は、その騎士たちの鎧を一つ一つ、測る羽目になる。


「ええと、ではまずこの番号札を持ってですね、それから測ります」


 一人一人の鎧は同じようで、ちょっとずつ違う。女騎士団長とは異なり、男の騎士たちは皆、ほぼ全身を覆う鎧を着込んでいる。このため、胴体、腕、頭、そして脚部のそれぞれのデータを読み取らねばならない。

 だが、それでは誰が誰のものだかわからなくなる。このため、引き換えように番号札を作ってそれを渡しておき、その同じ番号の鎧と引き換える、という方法を取った。これならば、間違えることはない。

 しかし、だ。それを百回ほど繰り返すこととなる。かかった時間は、四時間半ほど。気づけばすでに日は暮れており、私はふらふらになりながら門をくぐる。


「よし、明日もまた売り込むぞ!」


 なんだかよく分からないが、私よりもアーシャさんの方が鍋を売る気満々だぞ。どうなってるんだ? 私が偶然見せたあの命懸けの剣と魔法から身を守ってくれたあの鍋の威力が、よほど気に入ってしまったらしい。

 その日は宙外担当部長に百着分のデータを送り、さらに千五百個の鍋の受注を終え、眠りについたのはこちらの時間で午前一時のことだった。

 が、明日の朝六時には、また門の外であの女騎士団長と会うことになっている。

 私の身体、もつのかなぁ。

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