#2 王都
ああ、とうとう、着いてしまった。
まだ薄暗いアレッシア宇宙港のロビーで、私は立ちすくむ。これからどうしようか、と。
ともかく、まずは住居に行こうと、宙外担当部の部長からもらった紙を開き、その住所へと向かう。
そこは、高層アパートの十五階の、小さな部屋だった。といっても、ワンルームではなく、二つ部屋がある。「矢方」に住んでた時の方が、ずっと狭い住処だった。しかも、家賃は会社持ち。無論、その分、少しでも多くの製品を売り込み、市場を切り開くという責務を背負わされる羽目になるのだが。それほどの重責に見合った住まいとは言えないな。
部屋に荷物を置き、明け方すぐに日用品を近くのショッピングモールで買った後、壁の外に出てみることにした。どのみち、明日以降は「営業」に向かわねばならない場所だ。まずは視察だ。
そこで昼頃に、私は壁の外に出た。
そうそう、我々、地球七八八から来た人々が住む街は宇宙港に隣接しているが、その街と王都レイバンとは、高さ三十メートルの壁で区切られている。その理由は、実に単純だ。
あまりにも文化が違いすぎる。貴族の馬車を不用意に横切れば、護衛の騎士に首を斬られるのが当たり前というのがこの王都の常識だ。それほど文化が違う場所では、この高い壁だけが我々を守ってくれている。
が、私はそのせっかくの守りの壁を乗り越えて、その先にある「非常識」な街で、我が社の製品を売らねばならない。しかし、どうやって売ればいい?
そのきっかけを掴むべく、私は思い切って壁を乗り越えた。
持ち物は、手提げ袋ひとつ。その中には、我が社の製品の一つである、小さな片手鍋が入っている。別に今から売り込みに行くわけではないのだが、一種のお守りのような感覚でそれを持ち出した。
壁をまたぐと、そこはまさに「異世界」であった。
二頭立ての馬車が、目前の通りを横切る。平民階級と見られる人々はその馬車に道を譲り、急ぐように道の交差点を渡っていく。実に窮屈な世界だな。一方の私はといえば、やや青緑色の自社の制服姿で、ベージュ色の袋をぶら下げた奇妙な格好をしている。周りの人々は、それを冷ややかな目で見ている。うう、この視線に、まずは慣れなくてはならないのか。想像以上に私は異端視されている。が、ここで突っ立っていても何も得られない、せめてこの王都の真ん中にある広場まで行こう。ちょうど宇宙港に入港寸前に見えた円形の広場が、私の目に焼き付いている。あそこならば、もしかすると我が社の製品を必要としてくれる人がいるかもしれない。
と、なんとか気持ちを奮い立たせて足を進めるのだが、やはり奇妙なものを見られているようなあの視線には、どうにも慣れない。道の端を歩けば、この王都における平民と呼ばれる人たちと接触しそうになるため、自然と道の中程へと寄ってしまう。
が、それがいけなかった。
そこに、猛烈な速度で馬車が突進してくる。慌てて避けようとするが、私が避ける方になぜかその馬車が曲がってくる。ちょっと待って、なんで私のところに突っ込んでくるの? 同じ方向に避けないでよ。おかげでその馬車は私の前で止まり、バンと音を立てて馬車の扉が開く。
中から現れたのは、鉄製の鎧に、腰には細い剣をつけ、長いブロンドの髪を靡かせた、いかにも「女騎士」といういでたちの人物だった。その女騎士さん、私を睨みつけるや、こう言い放つ。
「怪しいやつ、お前、あっちの街の者だな!」
えーっ、壁向こうから来たというだけで、怪しいやつ扱いなの? すでにここに街ができて四ヶ月以上は経っており、もうあちらの住人は認知されているものだと思っていたのに、いきなりの拒絶である。
「は、はい、私は宇宙港の街から来た、株式会社テラダから派遣されたばかりの営業社員でして……」
「よりにもよって、平民風情、しかも異国どころか遠くの星から来たという卑き者が、我が前に出てくるとは無礼千万!」
そう言いながらその女騎士さん、なんと、腰の剣を抜いてきた。
「我が名は、アーシャ・カライ! 我がアレッシア王国の騎士団長にして魔術師である! 死ぬまでの僅かな間、覚えておいてもらおう!」
いきなり、名乗りを上げてきた。なんとこのお方、女騎士でありながら、騎士団長だといった。しかも、魔術師? てことは、魔法も使えるってこと?
そんなことよりもだ、到着した初日に、私の人生はいきなり幕を下ろすことになってしまった。女騎士が抜いた剣を掲げ、大きく振り下ろすその様を見て、私はそう覚悟した。
が、咄嗟に私は手提げ袋で顔を覆い隠す。振り下ろされた剣は、その袋を切り付ける。袋自体は切れるが、中の特殊コーティング加工の施された当社の片手鍋は、その剣を弾き返す。
偶然だったが、しかし一方で我が社の焦げ付きを防いでくれるコーティングは、あの騎士団長の剣すらも弾き返してくれた。本来の使い道ではないが、ともかくその特殊加工のおかげで助かった。
が、そのことがかえって、女騎士団長を怒らせる。
「お、おのれぇ、そのような厨房の小道具の如きもので、我が剣を弾くとは……」
いやあ、そんなつもりはなかったんですけどねぇ。弾いちゃったんですよ、我が社の鍋が。なにせつるっつるのコーティングが自慢ですから。するとその女騎士さん、今度は何を思ったか、左手を前に出す。
そして、意味不明なことを口走る。
「……我が炎の精霊よ、我の左手に紅蓮の炎を顕現し、無礼なる者にその灼熱にて命の
償いを執行せよ!」
何を言い出すのかと思いきや、その左手から、何やら赤いものが出現する。それは徐々に大きくなり私に向かって放たれた。
そうだ、そうだった。そういえばこの人、さっき自分のこと、魔術師だと言っていた。言われてみればこの星には、魔法というものが存在して、炎やら水やらを放つことができると出発前に聞いた。が、それを実際に目にするのは、これが初めてだ。
そして、これが最後になるだろう。
が、私は咄嗟に片手鍋を掲げる。
その炎の球は、まさにこの鍋を目掛けて飛んできた。
両手で鍋の取っ手を支える。強烈な衝撃が、私の身体をずるずると後方に押し返してくる。
だが、その炎はこの鍋を貫けない。この鍋に施された特殊コーティングは、鉄の融点を越える千二百度まで耐えられる設計になっている。炎がいかほどの温度かはわからないものの、鉄を溶かすくらいの温度はあるだろうと推測できる。この鍋を見て、鉄の盾だと思ったからこそ放ってきた魔法だ。ならば、鉄を貫くほどの何かがなければ、このような魔法は放たないはずだろう。
そして、我が社の鍋のコーティングは見事、その炎の魔法を弾き返した。石畳の道の上に弾かれ、その場に黒い煤を残す。
二度の攻撃を弾かれた女騎士は、唖然とした顔で私の前に立ち尽くす。それを見た私は、ハッとした。
そうだ、営業だ。これはまさに、営業のチャンスではないのか。
そう思った時、不思議とこの製品紹介の一文を、私は語り出していた。
「へ、弊社の鍋は特殊コーティング加工がされてまして、鉄をも溶かす温度にも余裕で耐えられ、焦げ付かず手入れが簡単、大変便利な製品になっております」
「て、鉄を溶かす温度に、耐えられる……だと?」
「は、はい! さ、さらに傷にも強く、激しい調理にもその利便性が損なわれない、そのような製品となっております!」
「つまり、私の剣も炎の魔術すらも、簡単に弾き返すことができると、そのように言いたいのか?」
「そ、そのようですね。ですが、料理に用いれば、これほど頼りになる調理器具はないかと」
すると、アーシャと名乗るこの女騎士さん、私の右手をぎゅっと握りしめてきた。
まずい、ここまで寄られたら、もう鍋では防げない。まさか、私の右腕から斬り落とそうとしているのか?
うわぁ、そういうじわじわと苦痛を与えられるの、やだなぁ。どうせならひと想いにブッ刺してくれないかなぁ。
そう思っていた私に、なんとこの女騎士さんは、とんでもないことを言い出した。
「おい、鍋売りよ!」
「は、はい!」
「この奇妙な金属を用いて、鎧を作ることはできぬか!?」
「ええーっ! よ、鎧ですか!?」
なんだこの女騎士、想定外のことを言い出したぞ。この特殊加工を使った鎧を作れないかだって?
「い、いえ、そのようなものは……」
そんなもの、簡単に作れるわけがない。が、今、それを言ったら、私はただこの場にて斬り捨てられるだけだ。それにだ、本社に頼めば検討してくれるかもしれない。
考えてもみろ、この女騎士さん、騎士団長だと言っていた。ということは、部下がいるということだ。何人くらいいるのかわからないが、数十人はいるだろう。その程度の特注なら、当社でも受けてくれるはずだ。
「あ、あの、作ることは可能です! ですが、ちょっと待ってもらえませんか!?」
「そうか、私の炎の魔術すらも弾き返すこの鍋の如き鎧を、作れると申すか!」
「はい! ですが、条件があります!」
「条件?」
「へ、弊社は特注品を受けるためには、既存の製品、つまり鍋やフライパンをいくつか売らなくてはならないのです」
当然だが、いきなり特注品を作ってくれるような会社ではない。ある程度、市場が確保できたならば、鎧でも剣でも何でも作ってくれるだろう。しかし、あくまでもこの王都が「市場」とならなくては受け入れてはもらえまい。
「……つまりそなたは、その鍋をいくつか売らねば鎧を作れぬと、そう申すのだな?」
「は、はい、おっしゃる通りです」
「分かった。ならば私の伝手で、その鍋をたくさん売れるようにしてやろう。その代わり、我が鎧のこと、頼んだぞ」
なんてことだ。初日でいきなり、販売ルートの確保が叶ってしまった。私は思わず、有頂天になる。
だが、次の瞬間、私は決して忘れてはならない「矜持」を思い出す。
「と、ところで、この鍋に使われている特殊加工ですが、実は問題がありまして」
「問題? なんだそれは」
そう、いいことばかりを並べ立ててはダメだ。肝心なことを伝えずして商品を売れば、それが失望に変わる。
ましてや取説などというものが読めない相手だ。ここはたとえ命を失うことになっても、きちんと「欠点」を伝えなくてはならない。
「あのですね……この特殊加工の製品は、弊社が販売する特殊な洗剤とスポンジを用いて手入れしなくては、あっという間に効果が落ちてしまうんです。手入れが、大事なのですよ」
そうだ。お客様からの苦情、ナンバーワン。それは「長期に焦げ付かない製品だと聞いて買ったのに、話が違う!」というものだ。その原因は、正しい手入れをしていなかったからなのだが、それを怠ると、あっという間にごく普通の鉄鍋に戻ってしまう。
が、その女騎士さんからの返答は、意外なものだった。
「なんだ、そんなことか。魔法の道具であるがゆえ、手入れに手間がかかるのは当然であろうな」
なんと、欠点をなんとも思わない。当然とまで言ってのけた。
「ともかくだ、私のを含め百着、この特殊な鎧を手に入れたい! これさえあれば、我が王国騎士団にとって、周辺国の騎士や魔術師など恐るるに足らずだ! よし、今からこの鍋とやらを大量に売り付けるぞ」
「えっ、ひ、百着も!? というか、その前に、今から売り込みするんですか!?」
「当然だ。一刻を争う事態だからな。行くぞ!」
「ひえぇぇぇっ!」
地球一一三〇到着初日。
私は自らの命を狙われ、それがきっかけで、自社製品の売り込みをする羽目になった。




