#1 異動
「倉田君、また最下位じゃないか。やる気はあるのか、やる気は! ああ!?」
営業部長に怒鳴られるのは慣れている。鬼の形相の部長を前に、私は頭を掻きながら、笑顔でこう答える。
「はい、申し訳ありません。以後、気をつけます」
いつものことだ。無論、やる気も怒りも、ないわけではない。だが、結果が出ていないのは事実だ。
営業というものは、いかに自社の製品が優れているか、それを売り込まなくてはならない。が、私はどうしても自社製品の優位点と同時に、欠点までも話してしまう。ひと言で言えば、馬鹿正直だ。それを組んで敢えて契約に及んでくれる会社もあるが、多くの方は欠点の部分を聞いた途端、導入する気が失せる。
元々私は、お客様関連部、すなわち製品の苦情や問い合わせを受け付ける部署にいた。そんな話は聞いていない、そういう声をたくさん耳にした。つまり、事前に当社の製品の良いところだけを聞かされ購入したものの、思いもよらない事態が起こってそれが苦情につながる。そんなお客様に懇切丁寧に謝罪しつつ、クレームを言われるお客様に対処方法や、あるいは返品対応を受け付けてきた。
そんな粘り強さが評価されたのか、それとも単なる気まぐれか、私は入社して二年で営業部に回された。自身の製品を扱う店頭に出向いてはお客様に製品の説明をすることもあれば、お店そのものに自社製品の取り扱いをお願いすることもある。
ちなみに、わが社が売っているのは、圧力鍋や包丁といった、調理器具だ。
見た目は、とても奇麗な製品だ。ピカピカの銀色で、食材がこびりつかない表面加工が施された逸品。他社の製品と比べて、その表面加工の効力が持続することが最大の売りだ。
が、実は大いなる欠点がある。
その効力を持続するためには、特殊な洗剤と専用スポンジを用いた、週に一度ほどの定期的な手入れが必要だ。そこを説明しないで、取説任せにして売っている営業マンが多い。おかげで、取説をよく読まなかったお客様から多数の苦情が寄せられる。
「取説に書いてありますので」などと言い逃れるのは簡単だが、それはあまりにも不誠実だ。こういうことは最初からきちんと説明するべきことであって、その上で当社の製品を扱っていただくことこそ本当の誠実さというものだと、お客様対応をしているときから私は常々思っていた。長い目で見れば、その方がいい。その信念は、お客様からの多量の苦情を聞かされたからこそ強く感じる。
そんな私が、お客様対応から営業部に回された。当然、この「欠点」、すなわち後の手入れの面倒さも合わせて語る。納得していただけたお客様だけが、あるいはその製品の良し悪しを理解されたお店だけが、当社の製品を仕入れてくれる。
しかしだ、世の中、欠点があると聞いておいそれと導入してくれるお客様や店など少数派だ。むしろ、断られることが多い。当然、営業成績は他の営業マンと比べるまでもなく低くなる。
だからこうして毎月、営業成績が発表される度に、私は営業部長に怒られる。
でも、次回から頑張ります、とでも言わんばかりに笑顔を見せておけば、この部長の怒りもその内おさまる。いつも、そうやってかわしてきた。
が、今回は違った。
「さて、倉田君。君が営業部に来てちょうど一年になるが」
ああ、そうか。ここに来てもう一年も経ったんだ。そう思っていた私に、営業部長がとんでもないことを言い出す。
「明日付をもって、営業部から異動してもらう。異動先は、宙外担当部だ」
「えっ、ちゅ、宙外担当!? なんですか、その部署は」
「つまりだ、早速ではあるが、地球一一三〇へ出向き、そこで当社の製品を売り歩いてもらうことになった。そういうことだ」
まったく予期せぬ異動だ。しかも、そういうことは引き継ぎもかねて、ひと月前には話すものだろう。なぜ、明日なのか?
「あ、あの、引継ぎは……」
「最下位営業の君から、何を引き継ぐというのかね?」
ぐうの音も出ないほどのド正論に、私は思わず言葉を詰まらせる。そんな私の表情を見て、部内の皆が嘲笑のまなざしでこちらを見つめているのが分かる。
「と、いうことだ。今日の業務はもういい。すぐに地球一一三〇に出発できるよう、今日中に宙外担当部へ出向き、現地の状況を聞いておくように。数日以内に、あちらに向かってもらうことになっている」
地球一一三〇とは、つい半年前に発見されたばかりの星だ。聞けば、剣や槍、それに魔法で戦う野蛮で神秘的な星だという話を、様々なメディアから聞いてはいた。が、まさかそこへ、私が行くことになろうとは。
「がんばってねぇ、美優さん」
同僚の、心ない見送りを受け、私は微笑みつつ手を振り、営業部のオフィスを出た。もう、ここに戻ることはないな。そう思いながら、私は異動先に向かう。
宙外担当部、それはこの営業部の一つ上のフロアにある。エレベーターで昇り、私はその部署の入り口に立つ。
宙外担当部とは、早い話が宙外、すなわち我が地球七八八の外の星へ我々の製品を売り込むという部署だそうだ。いや正確には、営業だけでなく、現地での発注から輸送まで、あらゆる業務をこなすという、まさにブラックな部署であろうことは容易に想像がつく。
我々の会社は、調理器具メーカーだ。が、文化も食材も異なる星で、調理器具だけを売るのは無理というものだ。だから、食材やガスコンロや電気を使うためのインフラ、そして調理方法はもちろん、衛生観念やマナーなども教えなくてはならないという、とんでもなくクソ忙しい部署だろう。
売る相手は、剣や槍どころか、魔法まで使うという星の住人だと言うではないか。そんなところに、これから私は放り込まれるのか? 果たして生きて帰れるんだろうか。
「やあ、君が倉田君か」
その宙外担当部のドアをくぐると、七つほどの机が並ぶだけのこじんまりとした部屋に入る。そこにいたのは、部長らしき人物がただ一人。その他の席には、誰も座っていない。
「忍耐強くて、あらゆるトラブルに強い人材が欲しいと頼んだら、営業部が君を推薦してくれたよ。わが社の大いなる発展のため、明日といわず今日からこちらによこすよって言われててね。いやあ、ありがたい話だ」
なんてことだ、私の優位点だけを伝えて、営業成績の悪さという欠点をまったく伝えていないな。まさしく、あの営業部らしい情報伝達だ。
「あ、あの、それで私、何をすれば……」
「そうそう、これから君に向こうでやってもらうことを話すよ。まずは明後日の便で地球一一三〇へ旅立ってもらい……」
そこで聞かされた話は、こうだ。出発は明後日、三日の行程で、およそ三百光年離れた地球一一三〇にあるアレッシア王国の王都レイバンに併設された宇宙港の街へと向かう。
アレッシア王国とは、あちらの星では強大な国家の一つらしい。その王都レイバンの人口はおよそ四十万、向こうの星としてはかなりの大都市だという。で、私の仕事はやはり、自社製品とそれに関連する製品の売り込み、並びにその使用方法の伝授だ。
「あ、あのぉ、現地には何人くらい、当社の方がおられるのでしょうか?」
いきなり明後日に行けと言ってるくらいだ。何の人脈もなく、どこに行けばいいのかすらも分からず放り込まれるはずがない。現地の担当と合流して、協力しつつ事に当たれと、私はそう思っていた。
が、この宙外担当部の部長はたった一言が、私をどん底に陥れた。
「何言ってるの、君一人で、王都レイバンの市場を切り開くんだ」
思えば、中小のこの会社に、何人も送り込めるほどの余力などあろうはずもなかった。席が七つあるが、これは単に七つの席を作ったというだけで、この宙外担当部には部長がたった一人しかいないということだろう。で、私はこの部の二人目ということだ。しかもこの部長は、あくまでもこちら側から現地の注文を受けるだけの役目の人だ。
新たな星の、新たな市場を切り拓く。そのチャンス到来に、社長の思いつきでついひと月ほど前に急遽作られた部署だった。そんなところに、人などいるはずもない。
「現地の住まいは手配しておいたから、頑張ってね。期待しているよ」
愕然とした私の肩を、ポンと叩く部長。しかし私はまだ、現実を受け入れられない。
私の名は、倉田 美優。歳は、二十五歳。
大学を卒業したものの、ちょうど不景気の真っただ中、他社の面接ではことごとく落とされて、ようやく入れたのがこの中小企業、株式会社「テラダ」だ。入社して、早三年となる。
そんな入社して三年の私が、たった一人で三百光年も離れた星へ、足を踏み入れ、自社製品を売り込むことになった。
さて、あっという間に二日が経ち、私は民間旅客船の中にいた。荷物は、カバン一つ。
『まもなく当船は、地球一一三〇に向けて出港いたします。到着予定時刻は三日後、現地時間で午前四時三十分。予報ではやや雲が出るものの、概ね晴れ。気温は最低気温七度、最高気温十七度の予想。なお、緊急事態の際は当船乗務員の指示に従い……』
およそ三日を過ごすとは思えないほどの狭い座席に座る。とはいえ、電車なら二席分の広さはある。が、その狭い空間でこの三日間を過ごせとは、なかなか酷な話だ。くそっ、うちの会社の社員がかかってると言いながら、ケチってエコノミークラスにしやがったな。
やがて、ズズズズという重苦しい機関音の後に、上昇が始まる。窓の外から、これまで過ごしてきた我が国の古都である「矢方」の街を見下ろす。
ああ、ちょうど当社が入居している古臭い雑居ビルが見えた。高度を増すごとに、周囲のビル群含めて徐々に小さく見える。遠く離れていくちっぽけな自分の会社を見下ろし、心細いとか、名残惜しいとか、そんな感情は今の私には湧いてこない。
生きて、ここに戻ってくることはあるのだろうか?
不安なんてひと言で、済ませられるような心境じゃない。身の危険しか感じられない。どうして私一人で、あのちっぽけな会社の命運を背負わされたのか。思えば、無茶苦茶な話だ。
今思えば、異動の話が出た時点で会社を辞めればよかった。コンビニや飲食店でバイトして細々と暮らす方が、まだマシだっただろう。が、そんな判断をする間もなく、私は三百光年離れた先の異界の星へと旅立つこととなった。
さて、私の新たなる人生、いや、もしかしたら人生の終末を迎えることになるかもしれないその地球一一三〇という星へ降り立ったのは、予定通り三日後のことだった。




