#29 特需
「貴殿が、あの噂のミューか。こうして顔を合わせるのは、初めてであるな」
私は今、極度に緊張している。そりゃそうだ。目の前には、新たに国王陛下となられたエノワール陛下と、フーコー宰相閣下がおわす。
一方、その場にいたのは私だけではない。アーシャさんも私と並んで、二人の前で屈み、言葉を受けている。
「あのような荒くれ公爵に、危うく宰相の座を奪われるところであった。貴殿が最初に手を挙げられたあの勇気、そしてあのジョセフ・デ・ダルクを討ち取った騎士団長の忠義、実に見事な連携であった」
全然、連携はしてなかったですけどね。どちらかというと、私にとってはダルク公爵があのような動きに出ること自体、予測不可能だった。
しかし、不自然に思うこともある。どうしてダルク公爵は騎士団長という相手がいながら、短刀一本で挑んだのだろう。その程度で敵う相手ではない事くらい、すぐにわかりそうなものだ。破れかぶれになった者は、そういう冷静な判断力すらもなくしてしまうのか。
「さて、貴殿らのその恩に、報いねばならぬな」
と、突然、陛下がこう仰られる。そして、まずはアーシャさんにこう告げる。
「アーシャ騎士団長、貴殿は騎士の称号をすでに得ているが、これを機会に其方に男爵号を与えようと思う。これより『カライ男爵』と名乗ることを許す」
「はっ! ありがたき幸せ!」
「うむ、貴殿も騎士団長でありながら、貴族の称号を得て子々孫々、我が王国を守れ。さて、ミュー・ド・ボアルネ男爵の方であるが」
「は、はい!」
そういえばアーシャさんは騎士団長でありながら、貴族の称号を持っていなかった。事実上、男爵相当の扱いではあったようだが、このほど正式に男爵と名乗ることになった。
と、そこまでは至極真っ当な話だ。問題は、私は何を受け取ることになるのか、ということだ。すでに男爵の位は得ているし、これ以上の特別な何かを、私自身は望んでいない。
と、そう思っていたが、予想外のお言葉をいただいた。
「貴殿の勤めているテラダを、我が王室の御用達としたい」
なんと、我が社を王室御用達にとのお言葉をいただいた。これは、大変名誉なことだ。私はつい、こう答えてしまう。
「ま、毎度ありがとうございます! これからも、弊社をご贔屓に!」
うん、陛下に対して言う言葉じゃなかったな。これは王宮を出た辺りで後悔した。
とはいえ、そんな緊張の場をどうにかやり過ごし、支社長に報告する。当然、支社長は満足している様子だ。
「そうか、いや、私も頑張った甲斐があったというものだ。まさか、王室から直接認めていただける存在にまでのしあがるとはな」
うーん、支社長って何かしたんだっけ? まあいいや、いつも不機嫌だから、機嫌がいいことは問題ない。私の給料も、少しは上がるだろう。
が、そこに一言、異を唱える者がいた。
「支社長、今度のことは、倉田君が宰相の座を巡る政争にて最初に挙手を行い、それによって多くの貴族が同調した。そのことに対する恩義として、我が社を選んでくださったんですよ」
そう進言したのは、中村さんだった。が、支社長は少し不機嫌そうな顔で、こう答える。
「何を言っている。ただ手を挙げただけのことではないか。それ以前からの、普段の信頼の積み重ねがあってのことだ。勘違いしてもらっては困るぞ、中村君」
「あ、はい、そうですね、普段からの積み重ね、ですか」
そういうと、中村さんは黙ってパソコンに向かって事務作業に戻る。それっきり、特に支社長に対して何かを告げることはなかった。
せっかく機嫌がいいんだから、何も言わないでほしいなぁ。気持ちは分かるけどね。でも、支社長がいう「ただ手を挙げただけのこと」の裏側にあるあの切迫感、緊張感を伝えることなんて出来やしない。
ともかく、私は久しぶりに営業に向かう。向かった先は、アンリ様だ。
「兄上……いや、陛下より注文が入った。盾を一万枚。できる限り早く、納品してほしいとのことだ」
「えっ、盾、ですか?」
「戦用ではない、この王国に貢献したものに与えられる、いわば賜り物だ。騎士団に、今回賛同を示した貴族とその配下の者たち、彼らに対し、その恩を報いたいとこのことだ。この通り、三種類の盾があるから、これと同じ形のものを、貴殿の社にて作ってもらいたい」
「は、はい! 承りました!」
とんでもない量の注文が入った。ありがたい限りだ。まさに特需だな。しかも、他の貴族からも呼び出しがかかる。
「ミュー殿、此度の件で我が家は安泰となった。ぜひ両手鍋とフライパンを二百づつ、領民の分も合わせて注文したい」
「はい、毎度ありがとうございます!」
で、さらに王都にあるという大きな料理店や宿にも呼ばれる。
「栄えあるミュー様のフライパンを十個ほど、我が店にも取り入れたいと考えております」
「はい、ですがつい先日、四十ほど納品したばかりかと思いますが」
「実は、王都の隣街であるバチスタにも支店がありまして、そこに使わせたいと考えているのです」
「そうだったのですね、毎度ありがとうございます!」
とまあ、とんとん拍子に注文が舞い込む。
「よかったな、ミュー」
「はい、たくさんの注文をいただけました」
「ところでミューよ」
「はい、なんでしょう?」
「どうして今日は、タイガーが一緒なのだ?」
途中、合流したアーシャさんとの会話の中で指摘された通り、今日は中村さんが一緒に回ってくれている。が、時折、商品の説明をするだけで、特にでしゃばることもなくただ、私のやりとりを見守っている、そんな感じだ。
「いえ、私は倉田君……っと、王都内ではボアルネ男爵とお呼びしなくてはならないな。その男爵様より、この王都での営業を学ばせてもらっているのですよ」
「うむ、なかなか殊勝な心掛けであるな。こやつ、こう見えてもなかなか機転と気配りが良く、それでいて大胆だ。皆が慕うのも当然であろうな」
「そのようですね。いや、実に学ぶべき事は多いですな」
今回の特需がなければ、営業成績という点ではすでに中村さんの方が上だった。というより、私が築いた貴族の販路の半分以上を、中村さんに引き取ってもらったというのが大きい。
私に劣らず、中村さんも評判はいいと聞く。一見するとマイペースながら、懇切丁寧な対応で、しかも私などよりも自社製品に対する知識量が多い。私などは商品知識が乏しいから、時々、律君を引き連れては新たなる調理具——例えば、小麦の粉挽機など——も受注しているようなありさまだ。それに比べれば、中村さんは私と律君を足しても余りあるほどの実力がある。
いずれにせよ、我が社は調理器具メーカーとしては、すでにこの星でトップシェアを確保しつつあった。
私一人、放り込まれた時は、ここまで成功するとは思ってなかったなぁ。当社としてももはや、こちらの方が主力となりつつある。本星はただ、アレッシア支社に品を送るだけの生産工場としての役割だけだ。大規模な生産工場の移転も、視野に入りつつあるとの話もあるようだ。
そういうこともあって、今後は営業マンを増やしてくれるといいんだが。しかし、それに関しては、中村さんはかなり慎重な意見を支社長に進言している。というのも、こちらと我々の本星とでは、あまりに文化や風習が違い過ぎる。向こうで成績が良い営業マンだからといって、こちらで同じ働きができるというわけではない。中村さんはその点、慎重だった。だから最初のうちは、私と共に行動をしていた。
だが、今はもう自律的に営業を進められるほどに、こちらの文化に馴染んでいる。私などよりも、遥かに柔軟性が高い。
そんなお方が、今さら私と共に行動しようだなんて、どうして思ったのだろう?
にしても、「柔軟性」か。
中村さんと比べたら、私にはそういうものはない。どちらかというと、私は「守り」に固執する性格だ。
自社の製品は、良しも悪しきも知ってもらわないといけない。製品を使ってもらう人には、それを納得してもらわなくてはならない。
そして先日のあの出来事。
そう、宰相閣下は、陛下のご意向通り、これまで通りの慣習に倣ってもらわなくてはならない。
私に、信念などない。ただ、その場を守りたいという一心、ただそれだけだ。
かつて、アーシャさんと対峙した時も、「守り」の一心でそうしただけにすぎない。
思えば、宰相閣下を慣習通りにフーコー公爵家へ移譲したことに賛同し、手を挙げたこと。あれは本当に、正義だったのか。
単に、私の「柔軟性」のなさが、それを導いたにすぎないのではないか。
中村さんはそれを気にかけて、再び私に付きまとうようになったのではないか。
考えてもみれば、私は本社にとって、かなり危険な人物だ。運が味方し、あれよあれよという間に貴族の称号まで得て、裏も表も、王国のかなり深いところにまで入り込んでいる。
もしかして中村さんは、単なる営業マンとして送り込まれたわけではないんじゃないかな。
そう、もっとも考えられるのは、私の「監視役」だ。実際に、そういう節はある。
うーん、だからと言って、私は中村さんを前にして、立ち居振る舞いを変えることなどできない。
そう、私には柔軟性がないからだ。
なるほど、私の給料が下がった理由が、なんとなく見えてきたような気がするな。
とはいえ、今回の一件では、会社にとっては千載一遇のチャンスだ。これほどの特需を得て、期待をいただいて、応えないわけにはいかない。
「はぁーっ……」
すでに夜の八時を回っていた。大量の受注を本社に発注し、それを五日後には運んでもらえるよう、手配した。
「お疲れさん」
そんな時、紙コップに入ったコーヒーを、私に手渡しつつ声をかけてくれたのは、中村さんだった。そんな中村さんは、同じく事務作業を続けているアミラにも同じくコーヒーを渡している。
「おかげで、なんとか注文を捌けそうです」
「そうだね、倉田君のおかげで、ついに王国の信頼を得ることができた」
「そ、そんな事はないですよ。私はただ、必死に営業していただけで。それに今では、中村さんの方が営業成績がいいじゃありませんか」
「それは、倉田君の築いた下地があったからこそだ。それがなければ、私はここまでの成績を上げることなんてできなかった」
「そうですか? 中村さん、貴族の間ではとても親身だと評判ですよ」
そう私が、中村さんに返す。すると、中村さんはこう答えた。
「貴族の方々が、君にそう話してくれるということは、それだけ君を信頼できる人物だと認められているっていう事だよ」
なんだかよく分からないけど、多分、褒められた。ここにきて、心の底から苦労が報われたと感じた、そんな一言だった。
「うう……そう言っていただけるだけで、私は明日からも頑張れます……」
「お、おい、泣く事はないだろう! 私はただ、事実を言っただけだ」
「あらら、ミュー様を泣かせてしまうとは、タイガー様はなんと罪深いお方で」
「あのなアミラ、そういうつもりはなかったんだけどね。私はただ、事実を言い並べただけだ」
営業部にいた時には、ただのマイペースな営業マンという認識だったが、こんなに優しい言葉をかけてくれる方だったんだ。私はなんだか、温かいものを感じる。
監視役かもしれない相手だと分かっていても、こういう言葉は身に染みる。
一方で、支社長は定時になるとさっさと帰ってしまう。この静まり返った夜の支社で、私はコーヒーと共に、励ましまでもらえた。
ちょっと得体の知れない中村さんだが、今の言葉を糧に、明日も頑張ろう。
さて、その翌日に、今度は軍司令部から呼び出される。
そもそもだが、軍司令部から呼び出される事自体、あまり好ましい事じゃない。悪い話ばかりではないのだが、司令部に呼び出されるときはたいていの場合、何か問題が起きた時だ。
が、今回はちょっと、違った。
「先日の件を受けて、イエーレに軍の教練場を置こうと考えている」
わざわざ、呼び出すほどのことかなと思うような内容だった。が、軍の立場としては、こう言うことだった。
「よりにもよって、軍施設のある場所で隣国の兵士らの侵入を許してしまった。倉田殿にも、要らぬ心配をかけてしまった」
「は、はぁ」
ちなみにここは、司令部の上層階。すなわち、それなりの機密事項が扱われる場所だ。そんなところに、特に機密とまではいえない話をされた。
「すでに軍には土地の利用に関し契約済みですので、教練場を置いていただくことはわざわざことわりをいただく必要などありませんよ」
「いや、そういうわけには行かない。貴殿には是非、その教練場の立ち上げを見届けてもらいたい」
と、井上大尉からも告げられる。それは構わないが、そんなこと、わざわざ軍司令部の、それも将官のいる前で私に確認することなのか? 電話一つで、済ませればいいだけのことじゃないのか。
が、井上大尉が少し、不穏なことを言い出す。
「あなたにとっては、大きな事件だった。が、軍にとってあのパニッシュ王国の侵入は、それ以上の別の何かがあると考えている」
ただの教練場の話が、なんだか少し不穏な雰囲気になってきた。私は尋ねる。
「あの、大きな事件以上の何かって、何のことですか?」
「申し訳ない、それ以上のことは、今は言えない。だが、一つだけこの場で話しておきたいことがある」
なんだろう、ただの教練場の話というわけではないぞ。軍の、それもかなり上層部に関わる何かが、まさに私に語られようとしていた。
が、しかしだ、これがまた意味不明なことだった。
「戦艦『長島』が抜け、あのドックがもぬけの空の状態の時に隣国が兵を進めたことは、偶然ではない、ということだ」
……は? どういうこと? 偶然じゃない?
「あの、それってつまりは、パニッシュ王国軍が、事前のその日のことを知って動いていた、と?」
「今は、それ以上は言えない。だが、貴殿にはいずれ、真実を知らせることになる。だがその事実に対し、我々もまだ確実な証拠を得てないことだから、それ以上のことが言えないという、ただそれだけのことだ」
会話というものは、双方がある共通の認識を持ち、それを確認し合う作業でもある。が、これほど認識の噛み合わない会話をしたのは初めてだ。
しかし、だ。一つだけわかったことがある。
それは、軍部を揺るがすほどの何かが、起きているということだ。
それを確かめるために、どういうわけか私は、教練場の立ち上げに参加する必要があると、そういうことのようだ。
うーん、さっぱり分からない。一体、軍は何を隠している?




