#28 騒乱
陛下が立ち上がり、一歩歩み出る。そこには跪き、深々と頭を下げるエノワール殿下がいらっしゃる。
並み居る貴族たちは、その様子を一段下の場所で並び、見守る。
私は爵位としては低めの「男爵」であるから、その列でもかなり後ろの方だ。しかも、他の貴族が男ばかりの中で、一人だけドレス姿だ。
立ち上がった陛下は、頭上の冠を両手で持ち上げ、それを目前のエノワール殿下の頭上に被せる。冠を受け取ったエノワール殿下は立ち上がり、そして皆の方を向く。この瞬間、エノワール殿下は「国王陛下」となられた。
冠を外された元・陛下はこの先「フィリップ上王様」と呼ばれる。その二人が並び立つと、一斉に王族、貴族らが拍手を送る。
王位継承、即位の儀は、滞りなく終えた。問題は、この先だ。
そう、まずは王位宣言が新しい国王陛下から行われる。
「我、エノワールは国王としての責務をまっとうし、アレッシア王国全土と民をさらに強固な存在とすべく尽力するため……」
新陛下の宣言が続く。まとめると、この王国の発展のために、政を怠らず、国の威信を高揚させ、さらなる高みに向けることを誓う、という内容だった。この宣言が、十分ほど続く。
が、問題はその後だ。
そう、この後に、新たなる宰相閣下の指名が新たな陛下から行われる。現宰相閣下より羊皮紙を受け取り、その封蝋を外し広げ、その分を読み上げ始める。
「ではこれより、新たなる宰相を決める。代々の先例に則り、宰相はフーコー公爵家当主の……」
と、そう言いかけた、まさにその時だ、貴族の一人が声を上げる。
「陛下! 我ら貴族らの多くは、その先例に異議がございます!」
なんと、ここで陛下に異議を唱え始める者が現れた。
そう、ダルク擁立派の貴族の一人だ。
だが、それはもとより、想定済みの事態だった。すでに新たな陛下も軍を通じて、この計画を聞いているはずだ。
「なんだ、申してみよ」
「はっ! 先例にしたがうこと二百年、しかし、その先例によって結果、二つの公爵家のみに権限ある重職の座が集中し、宰相の座の腐敗が進んでおるように思われます!」
随分と大胆な発言だ。が、その貴族はかまわず進言を続ける。
「なればここは、トゥールーズ公爵家、フーコー公爵家に加え、新たなる方を加え、刷新すべきであると、ご進言申し上げます!」
「ほう、それではだれがふさわしいと、卿は思うのだ?」
来た。するとその貴族は臆することなく、こう進言する。
「ダルク公爵家当主、ジョセフ・デ・ダルク様!」
ついに出た。ダルク公爵閣下を宰相に擁立するための第一声が、この瞬間出された。
その声に乗じ、一斉に拍手が沸き起こる。
「そうだそうだ! ダルク様は今や、トゥールーズ家、フーコー家よりも強大なお方!」
「ダルク様こそ、次の宰相にふさわしい!」
玉座の間は、騒然となった。もうこうなると、王族も陛下も止められない。滞りなく禅譲されるはずの宰相の座が、まさに想定外の公爵家に渡ろうとしている。
怒声のような声が上がる。よほど、トゥールーズ宰相閣下に不満を抱いている者が多いのだろう。この事態を受けて、騎士団が剣に手をかける。
「ここは即位の儀の場であるぞ! 陛下に対し断りもなく勝手に意見具申をしかけ、騒乱を巻き起こすとは何事か!」
アーシャさんが叫ぶ。が、怒声は止まない。
「我々貴族の側にこそ、宰相閣下を選ぶ権利がある!」
「そうだ! 騎士団ごときが、我らにたてつくな!」
いくら剣術や魔術に優れた騎士団といえど、自国の貴族に理由もなくその刃を向けるわけにはいかない。力ではなく、アーシャさんたち騎士団らは、剣ではなく言葉で圧される。
だが、この言い争いがヒートアップし、陛下や上王様へと向かえば、騎士団らがただで済ますはずがない。まさに、一触即発の危機だ。
が、ここで上王様が雄叫びを上げる。
「静まれぃ!」
この一喝で、場内が一斉に静まり返る。まさに騎士団らも、腰の剣に手を掛けんとするほどまで追い込まれたその玉座の間の騒乱が、先ほどまで陛下であった上王様の一言で鳴りを潜めた。
さすがは、長年の間、この国を治めた人である。
そんな上王様が、こう告げられる。
「長らく続いた伝統に異を唱えることは、本来なれば反逆の意思と捉えられかねない。が、その王国貴族らの言にも一理ある。ならばこの場にて、誰が宰相にふさわしいか、王国貴族らの意思で定めようではないか」
とんでもないことを言い出したぞ、上王様。が、その言葉に出席している貴族や王族の一同は、いずれも頭を下げてその意を受け入れたことを示す。
だが、しかしだ、そうなればダルク公爵閣下の宰相就任は、確実なものとなる。
なぜならば、私の見る限りでは、貴族の半数以上が擁立派に組していた。仮に私が反対に回ったところで、優位差はゆるぎない。
「では、そなたらの意を問う! 慣例通り、フーコー公爵家当主に宰相の座を譲ることに賛成の者は、その場にて挙手せよ!」
静まり返る中、上王様の声だけが玉座の間にこだまする。私は、決断に迫られる。
私はあくまでも「擁立派」のフリをしていただけの者だ。ここで手を挙げなければ、本物の裏切り者となってしまう。アーシャさんとは、本当に敵対することになる。
が、一方で私がこの場で手を挙げれば、多くの貴族を敵に回すことになる。いくら軍が護衛してくれるとは言え、今、この場に我が地球七八八の軍人はいない。場合によっては、つるし上げを食らうことになるかもしれない。
なんという、二者択一を迫ってくるんだ。
が、私は、覚悟を決める。
そうだ、私には道はたった一つしかない。
それは、正直でいること。営業マンの、基本中の基本だ。
そう思いながら、私は右手を高く上に挙げてみせた。
だが次の瞬間、想定外のことが起きた。
そう、私に続いて、次々と多くの貴族らの手が挙がったのだ。それは、場内を埋め尽くす貴族の中で並みのように伝播し、やがて半数を遥かに超える数へと変わった。
擁立派だと思っていた貴族らの多くが、実はそうではなかったということを示していた。まるで、私のように。
あれ、もしかして、擁立派のフリをしていたのは、私だけではなかったってこと?
それを見て、顔色が変わったのは玉座の近くに立つダルク公爵家当主のジョセフ・デ・ダルク様だ。
彼の描いていたシナリオが、まったく相反する形で現れた。これは、彼にとっても想定外だったはずだ。
それを見た上王様が、こう述べられる。
「明らかに、フーコー公爵家当主、カブリエ・ド・フーコーを指示する者の方が、多いな」
その上王様の言葉に対し、異を唱える者がいる。ジョセフ・デ・ダルク様だ。
「じょ、上王様! これは何かの間違いにございまする! もう一度、採決を!」
「何を言うておるか。元より、彼らはそなたを宰相にするつもりなど毛頭ありはしない」
そう告げられた上王様の言葉からは、やはり多くの貴族は上王様らによって、あらかじめ擁立派の「フリ」をしていたということに他ならない。つまり、私と同じだったということだ。
だが、互いにその事実を知らない。だれもが他の貴族の多くが「ダルク公爵の宰相擁立派」だと思っていたから、手を挙げることを躊躇していたに違いない。が、私が真っ先に手を挙げたことで、皆も覚悟を決めて挙手した、ということのようだ。
それを悟ったダルク様は、ついに暴挙に出る。なんと、腰から短剣を抜き、宰相閣下に向かって斬りかかってきたのだ。
このままでは、自身の立場が危うい。つまり上王様が最初から、ダルク公爵が宰相の座を簒奪しようと企んでいたことを知っていたことを、先の一言で悟ったからだ。
そこで破れかぶれになったダルク公爵様は、どうやら宰相閣下と差し違えるつもりのようだ。が、その前にアーシャさんが立ちはだかる。ダルク様の短剣はアーシャさんの鎧に当たり、当社の特殊コーティングがそれをはじき返した。そして、アーシャさんが短剣を振り払い、こう叫ぶ。
「玉座の間にて、陛下の許しなく刃を抜くとは何事か! 王国騎士団長の使命により、成敗いたす!」
そう叫ぶとアーシャさんは、一瞬で腰の剣を抜く。そして、ダルク様を一刀のもとに斬りつける。
血飛沫を上げて倒れる、ダルク公爵家当主、ジョセフ・デ・ダルク様は玉座の下で息絶えた。この瞬間、宰相閣下の座は当初の予定通り、フーコー公爵家当主、カブリエ・ド・フーコー様となった。
が、平和的に終わるはずが、何とも血生臭い式典となった。公爵家の当主が一人、斬り捨てられたのである。遠く離れている私からも、その不快な臭いがただよってくる。
「これにて、即位の儀、並びに宰相の指名の儀を終える!」
新たな国王陛下の一言で、この血生臭い式典の終わりが宣言された。
が、実に後味が悪い。
「お前が手を挙げるであろうことは、上王様も確信しておられた」
式典後、中庭に出た私に、アーシャさんがそう告げる。
「あの、どうしてそんなことを確信されていたのですか?」
「私の魔力剣を前にして、微動だにしなかった者だ。此度の件でもきっと、まっさきに上王様の意を組んで手を挙げると踏んでいたのだ」
「……で、私につられるように、他の貴族の人たちも手を挙げた、と」
「正直に言えば、上王様の画策で、多くがお前と同じで擁立派のフリをしていただけだ。が、他の多くの貴族もそうであるとは知らない。互いが偽の擁立派だと知った上で行動すれば、ぼろが出るかもしれない。そう懸念して、だれが偽の擁立派かを知らせることはしなかった。それゆえに、お前の勇気がこの場の空気を作り出すことに期待した」
「ちょ、ちょっと待ってください! それならそうと、最初からそう教えてくださればよかったのに!」
「それでは意味がない。そんなことをすれば必ず、お前の態度にあざとさが現れる。ダルク公爵を心底信じさせるためには、やむを得ない措置だったのだ」
つまり、私はうまく演技をさせられるために敢えて、他の多くの貴族も擁立派のフリをすることを嘆願され、しかし一方で他の貴族にも同様であることを知らされなかった。
危ない橋を渡らせられたものだ。もしも私が躊躇し、手を挙げなかったらどうなっていたことやら。
ともかく、ダルク様は反逆を働いたとしてその場にて処された。が、これはジョセフ・デ・ダルク様個人の意向ということで、ダルク家そのものの存続は許される。その日のうちに、長継の者がダルク家当主となった。
それにしても、不愉快な方だった。
まず、ダルク様は私に対し、ずっと冷たい態度を取り続けていたことだ。伝統を破ると言った本人は、貴族の威厳という古い伝統だけは、破ることができなかった。
今回の件は、その自己矛盾が招いた結末ではないだろうか?




