#27 擁立
どうして、貴族という人種は主導権争いが好きなのだろう?
そんな争いごとに、私も巻き込まれることになった。正確には、貴族を二分する争いが、まさに始まってしまった。そのどちらかに加われ、というものだ。
事の発端は、宰相を誰が務めるか、というものだ。
どうやらアレッシア王国の慣習では、およそ二百年もの間、トゥールーズ公爵家とフーコー公爵家が交互に宰相を務めてきた。任期は、だいたい十年から二十年ずつで、例えば王太子が成人になられた、国王陛下が王太子に王位を継承される際など、陛下の御一家に何か変化があった際に宰相の後退が行われる場合がある。
これはかつて、長年勤めた宰相がその職権を濫用し、国家を揺るがすほどの金を掠め取り蓄財した者が現れたためで、そこでこのような慣習が生まれたのだという。
で、ちょうど今、陛下が王太子であるエノワール殿下へ王座を委譲することとなった。そのタイミングで、宰相交代の話も浮上した。
が、その伝統に異を唱えるものが現れる。
それが、最近急速に力をつけつつあるダルク公爵家である。地上、および宇宙での貿易により蓄財し、その勢いはトゥールーズ家、フーコー家をも上回るとされる、新進気鋭の公爵家だ。
ゆえに、宰相の座をダルク家にも与えよ、という機運が生まれた。
ある意味で、至極真っ当な要求かもしれないが、伝統を重んじる陛下はそれを許さない。
そこで、貴族内で動きが起きる。簡単に言うと、ダルク家を宰相にする派閥と、そうでない派閥だ。噂によれば、ほぼ精力的に二分している。
で、一応、貴族の私も、両陣営から誘いがかかっている。
「そろそろ、我らに組するよう心を決めてはもらえんのかね、ボアルネ男爵家、ミュー殿よ」
やってきたのは、ダルク擁立派の貴族だ。私が陛下に近い存在であること、さらに星の国から来た、常識にとらわれない人物であることから、むしろ改革路線の者たちからやたらと期待されている。
「あのぉ……そういわれましても、私にはその、宰相というものがどういう役目の方なのかさっぱりでして……」
そういって、毎回はぐらかしている。が、そろそろ限界かな。
しかし、表向きはブラック企業の平社員に、宰相閣下の擁立有無を左右する勢力への加担など、荷が重すぎるというものだ。その前に、うちのあの支社長を変えてほしい。
と、そんな中、井上大尉が現れる。
「あなたが、ダルク擁立派から誘いを受けていると聞きまして、お願いがあります」
この人、後方支援担当のはずなのに、やたらとこういう争いごとに首を突っ込んでくるな。軍の中では、どういう役目を持ってる人なんだ?
「はぁ、なんでしょう」
「ぜひとも、ダルク擁立派に加わってもらいたい」
とんでもないことを言い出したぞ、この軍人は。それって、陛下の意向に反することじゃないか。私はこう返す。
「あのですねぇ、今の状況を考えれば、擁立派に加わるということはすなわち、陛下の意向に反する行為ですよ」
「それは分かってます。が、陛下の許可もいただいている」
「は? 陛下の意向に沿わない側に、私が加わることに、どうして陛下が許可なさるんで?」
不可思議なことを言うお方だ。すると、メイドが運んできた紅茶を一口飲むと、こう続ける。
「今の宰相は、シャルル・ド・トゥールーズ公爵閣下が務めている。で、近々、陛下はエノワール様に玉座をお渡しになろうとしている。つまりだ、そのままで行けば、フーコー公爵家に宰相の座が移ることになる」
「は、はぁ」
「が、つい先日、フーコー家当主であるカブリエ・ド・フーコー公爵閣下が、何者かに命を狙われた。幸い、護衛についていた我が軍の特殊部隊がそれを阻止した。残念ながら、誰の回し者かは分からないが、どう考えてもダルク男爵家当主のジョセフ・デ・ダルク公爵閣下か、その擁立派の誰かの手の者であることは間違いない」
「……で、その話からどうして、私が擁立派に入ることになるんですか?」
「簡単な話だ。虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ」
「なんですか、そのことわざは?」
「敵地に入らなくては、敵情を知ることはできない。ダルク擁立派は、かなり強硬な手段に出ようとしている。その内情を探るために、美優殿にその擁立派へ加わってもらいたい」
うう、それってつまり、私自身も危険な橋を渡らせられるってことになるよね。あれだけ戦場にしゃしゃり出るなと苦言を呈していたお方とは思えない、とんでもない無茶振りだ。
「もちろん、あなたの護衛は軍が責任をもってさせていただく。ともかく、王国に混乱を招きかねない擁立派を、なんとしてでも抑えなくてはならない」
ということで、結局私は、擁立派に加わることになった。
「そうか、ようやく腹を決めたか、ミュー殿よ」
「陛下に口利きのできる者も加われば、さらに我らが有利になること、間違いなしだ」
とまあ、私が出向いたダルク擁立派の集会で私は、この持ち上げっぷりだ。正直言って、気味が悪い。なんか露骨すぎるな、この集団は。
とまあ、取り巻きがこれだけ大喜びなのだから、当のダルク公爵閣下もさぞかし歓迎してくれるだろう、と思っていたのだが。
「うむ、ごくろう」
なんか、予想以上に薄い反応しか返ってこなかった。いや、むしろ私が入ってきたことを、どこか歓迎していない節もある。
まさか、潜入目的だとバレているのか? だとすれば、もっと露骨な対応を取ってくるか、あるいは逆に歓迎して油断させ、隙を作って私の命を狙うことを画策するはずだ。
だから、どうにもこの態度が腑に落ちない。
それよりも、事態はさらに厄介なことになる。
「おい、ミューよ! 陛下のご意向に反し、ダルク擁立派に入るとは何事か!」
「ひええぇっ!」
そう、アーシャさんが私に怒鳴り込みに来たのだ。あまりに大きな声で怒鳴るので、さすがの私も震え上がる。
アーシャさんと敵対したのは、まさしくあの「陛下暗殺未遂事件」以来のことだ。しかもあの時とは違い、今度は私が陛下を裏切る側に回った、ということになっている。
うう、困ったな。せっかくアーシャさんとはうまくいっていたのに、こんなことでまた仲違いとなるなんて……
と思いきや、アーシャさんが私に、耳打ちをしてくる。
「……と、私が怒鳴り込んだとなれば、お前が完全にダルク擁立派となったことを、他の貴族らも知ることとなるだろう」
……あれ? この物言い、もしかしてアーシャさん、最初から私が潜入目的であることを知っている?
よくよく考えてもみれば、井上大尉が根回ししないはずがない。そりゃそうだよな。で、アーシャさんの演技はまだ続く。
「この上は王国騎士団一同、そなたらの動き次第では一網打尽にしてやるから、覚悟しておけ! 分かったな!」
そう、辺りに聞こえるように怒鳴り散らし、出ていった。
うう、演技だと分かっていても、アーシャさんに怒鳴られるのは正直言ってきつい。そんなアーシャさんと入れ替わるように、今度は中村さんがやってきた。
「やれやれ、貴族とは大変なものだな」
この人は他人事のように、いや、実際に他人事なのだが、ぼそっと私にそっけない感想を漏らす。
「はい、大変なんです……というわけで、当面は中村さん、営業をお願いします」
「そっちの方は、任せておいてくれ。でも、それをすればまた、君の給料はさらに下がるだろうがな」
何とも辛辣な一言を吐いて、屋敷をあとにする。うう、もうそろそろ私、クビになるのかな。別に会社に愛着はないが、製品を使ってくれている人たちの気持ちを無碍にはできない。だからこそ、やめられない。
でも、このごたごたが終わらない限りは、私はとても営業どころではないな。ともかく、二日に一度の擁立派の集会に、私は参加し続けることになる。
そこは、正直言うと、国王陛下と現宰相への不満の声をさらけ出す場でもあった。
「まったく、パニッシュ王国との交易が盛んであれば、我らがこれほど減収となることもなかったであろうに」
「今の陛下は、周囲に対して敵を作り過ぎだ。それもこれも、あのトゥールーズ宰相閣下の指図なのだろう」
「なんとしてもダルク公爵を宰相にせねば、国は廃れる一方であるぞ」
そういって、皆が私の方を見る。私は……これといって、陛下や宰相に恨み辛みはない。が、そういわざるを得ない雰囲気だ。仕方なく私は、こう言った。
「わ、私の領地も、パニッシュ王国に攻められましたからねぇ」
まあ、さらっと事実だけを述べたのだが、これがまた貴族らの心に火をつけた。
「そうであったな! まったく、周辺国を敵に回し過ぎた結果がこれだ! 何を考えておられるのやら……」
「ともかくだ、一刻も早くダルク宰相を実現し、この状況を打開するぞ」
前回のあの反乱騒ぎで、反陛下派は一掃されたかと思われた。いや、この人たちは陛下にというよりは、現宰相に不満を抱いている。なればこそのダルク公爵の宰相への擁立を願っている、ということのようだ。
にしても、当のダルク公爵様は、私のことを何とも思っていないのか、擁立派の中ではかなり格下の扱いをする。私とは目を合わそうとしないし、会話もしない。やっぱり、バレてるんじゃないかな。
しかし、どうやって貴族らがダルク公爵様を宰相閣下にするつもりなのか。やはり、血みどろの争いが生じるのだろうか?
その計画が、その場で明かされる。
「……で、王太子のエノワール殿下が王になられると陛下が宣言されるその式典にて、我らが一斉にトゥールーズ宰相を断罪する」
「それに、多くの貴族が同調すれば、王になられたばかりのエノワール殿下は、我らの主張を追認せざるを得ないだろう」
「元々、宰相の位を長く務めることが、腐敗の温床となった。それが二つの公爵家に分かれただけで、すでに二百年も経っている。再び、腐敗が進んだと言っても過言ではない。それを盾に、我々の訴えを認めさせるのだ」
要するに彼らは、一週間後に行われる王太子のエノワール殿下の即位の儀に合わせて、一斉に宰相の座をダルク公爵様に引き渡すよう懇願し、多くの貴族の指示を取り付けるつもりのようだ。一見、平和的ではあるが、どちらにしてもただ事では済まないだろうな。
で、そのことを私は、私の屋敷の地下庫にて、井上大尉に話す。
「……なるほど。実力行使ではなく、同調圧力をかけようというのですね」
「そんなところのようです」
「ならば、こちらもその策に対抗しなくてはならない。情報、ありがとうございます」
「ところでなんですが、そのダルク公爵様は私に、どこか疑いの目を持っている模様です」
「ああ、それは想定済みのことだから、気にしなくていいですよ」
えっ、想定済みなの? でも、なんで?
「単純な話ですよ。ダルク公爵はあなたのことを、平民階級の者でありながら男爵の座を奪った人物とみているからですよ」
「えっ、そんな理由で、私は冷たくあしらわれてるんですか?」
「貴族なんて、そんなものですよ」
なんてこった、伝統をぶち壊そうとしている者が、そういうところの伝統は守りたがる。矛盾している人だな。
などと悶々としているうちに、エノワール様の即位の日がやってきた。
「エノワール殿下、ご入場ーっ!」
広い玉座の間の真ん中に敷かれた赤い絨毯、その脇に並ぶ、大勢の貴族たち。その間を、従者を伴いながら玉座の方へと向かって歩いていくエノワール様。玉座には国王陛下がお座りになり、その左脇には、トゥールーズ宰相閣下が立っておられる。
新たに宰相となるはずのフーコー公爵閣下は、玉座のすぐ下にて控えている。即位の儀が終わると同時に、次期宰相として指名される予定だからだ。
が、そんなに簡単に事が運ばないことは、私は心得ている。陛下の周辺には、アーシャさんをはじめとする騎士団が立ち並び、護衛任務についている。残念なことだが、アーシャさんと私は、今は表向きは「敵」同士だ。
戦いの火蓋は、次の宰相閣下の一言で切られた。
「これより、陛下よりエノワール殿下への玉座委譲、即位の儀を執り行う!」




