#26 補充
「えっ、私、減給ですか!?」
突然の支社長からの一言に、私は驚きを隠せない。
「これは、本社からの通達だ。逆らうわけにもいくまい」
「いや、ですが……」
「そもそもだ、このところ、君は営業らしい営業をしていないじゃないか。当社の主力製品よりも安いスナック菓子を売り、しかも自分の領地にばかり顔を出す。それで営業マンと言えるのかね、ええっ!?」
まったく、この時ほど支社長が憎らしいと思ったことはなかった。
幸いなことに、私には「副業」からの収益がある。そのおかげで、なんとか減収分を補うことはできた。
イエーレの街からの税収も増えつつある。が、我が屋敷にはメイドも執事もいるし、アミラだって養わなきゃいけない。
うう、しかしだ、私がこの王都の市場を切り開いたというのに、この仕打ちだ。うちの会社は、鬼だ。ブラックだ。
しかし、平社員の私は文句を言えるはずもない。
「さて、使い物にならない君の代わりと言っては何だが、本社から一人、営業マンが異動してくることになった」
と、落ち込んでいる私の前で、皮肉交じりに支社長がそう告げた。
「あの、どなたが来るんですか?」
「元、営業部の君なら知っているだろう。中村 大河君だ」
ああ、中村さんか。マイペースで有名な営業マンだ。ちょっと頼りないけど、どういうわけか営業成績は良い。ようやく本社も、この支社に本腰を入れ始めたというわけか。
ならどうして、開拓者である私の給料を下げたりするのか?
とはいえ、サラリーマンである以上、会社の決定には逆らえない。
「あーあ、空しいなぁ」
私はその日、とある居酒屋で律君と一緒にやけ酒をあおっていた。
「飲み過ぎですよ、倉田さん」
「いいよ、どうせ私の代わりなんて、いくらでもいるんだから!」
「そんなことないでしょう。それにしても不可解ですよね。なんで倉田さんの給料が下がるんですか? 本社の利益の数倍も稼げるまで、こちらの星で市場を開拓した第一人者だというのに」
「さあね。どうせ本社は、現場のことなんて知らないし。でもさぁ、私、命かけてまで頑張ったのに……」
「こう言っては何ですが、命かける方が、どうかしてると思いますよ」
傍で私の行動を見ている律君まで、私のことを異質に見るのか。まったく、私は一体どうして、何のために頑張ってきたのやら。
そもそも、あれほど人員補充をお願いしたというのに、やっと一人、送り込まれることが決まったかと思えば、一方でこちらの給料が減らされる。こりゃあ本当に、転職を考えた方がよさそうだ。
だけどなぁ、それをしちゃうと、イエーレの街に卸したフライパンや鍋の手入れ用の洗剤やスポンジを供給しづらくなる。向こうでも、様々な料理店や宿で使ってもらってるからな。そのためにも、この会社に残るしかないか。
そうだ、ショッピングモールでうちの製品を扱ってもらえる店があれば、そこから入手できる……と思ったが、こちらの街では本星同様、あまり評判は芳しくない。おかげで、うちの製品を売ってくれる店がない。
うちのように過剰なコーティング加工のない他のメーカー製の方がずっと安いし、手入れも楽だ。もっとも、その分、焦げ付きは起きてしまうのだが、そこは値段の安さで諦めがつく。
地球七八八の人たちにとっては、うちの特殊加工は過剰品質なんだよなぁ。いくら魔法を弾き返すほどの強力なコーティング加工だと説いても、こちらの街ではそれが売り文句には繋がらない。
と、いうことで、イエーレの街でうちの製品の調理器具を使い続けるために、私はこの会社に残り続ける。たとえ、減給されても。
「なんだ、ミュー。お前、どれだけ飲んだのだ?」
「ふえ? ああ、アーシャしゃんですかぁ」
私がやけ酒を飲みまくったせいで、律君がアーシャさんを呼んでくれた。私の屋敷まで、送り届けてもらうためだ。で、私は屋敷の中までアーシャさんに抱えられ、どうにかベッドに入ることができた。
が、翌日が最悪だ。
「うう……ちょ、ちょっと、アミカ。そこの棚に、酔い止め薬があるから、出して頂戴」
「まったく、ミュー様、昨夜はどれだけ飲んだんですか?」
もはや記憶にないなぁ。なんだか、真面目に勤務するのが馬鹿らしくなってきた。酔い止め薬を飲むと、三十分ほどで二日酔いが消えるものの、それでもすぐに出勤する気にはなれない。
で、ようやく重い腰を上げて、支社に着いたのは午前九時過ぎだ。
「平社員の分際で、重役出勤とはいいご身分だな」
おかげで、朝から支社長の皮肉を言われる始末だ。いいじゃないか、その分、給料を減らされたんだし。ともかく、その場は適当に誤魔化して、仕事を進めようとする。
「ああ、お久しぶり」
ところがだ、私の隣にもう一つ、机が置かれている。そこにいたのは、新たに本社からこちらに異動となったばかりの、中村さんだ。
私より二歳年上で、営業部でも上位に食い込んでいた。が、なんというかマイペースな人で、その見た目からはとても営業マンが務まるとは思えない風貌だが、不思議と成績はいい。
「わざわざ本社から、君以上に優秀な人材が来てくれたんだ。これで売上のアップは間違いなしだ」
えらく上機嫌な支社長だ。よほど私のことが気に入らなかったらしい。少し、ムッとしてしまう。が、中村さんはといえば、そんな支社長など気にする様子もない。
「本社から来たといっても、ここ以外に当社には、支社がないからな」
小言でぼそっと、私にそう呟く中村さん。いやあ、それをいっちゃあおしまいですよと、思わなくもない。そんな中村さんはといえば、先ほどからずっと何かの資料を端末上でのぞいている。
「あの、中村さん。先ほどから何を見ているんですか?」
「ああ、いや、この支社の顧客情報だよ。私はまだ、ここに来たばかりだからね」
そりゃそうだな、来たばかりで、いきなり営業に出てしまうのは私ぐらいのものだ。だから、いきなり斬りつけられる羽目になる。その点、中村さんは実に基本に忠実だ。彼を知り、己を知る。その上で攻めに出るという、負けない営業をこなす、実に堅実な人だ。それが、周りから見るとマイペースな人と見られてしまう。
「支社長、そろそろ営業に行ってきます」
「おう、頼んだぞ、中村君」
「今日は、倉田さんと回ろうと思ってるんですが」
「なぜ、そんな営業下手なやつと回る必要があるんだ?」
「来たばかりの地で、いきなり一人で回る方が無謀というものでしょう」
「ああ、そういえば中村君は、堅実さとその自身のペースを大事にする男だったな。まあいい、今日はその底辺営業マンと行動し、王都レイバンというところをしっかりと見極めるんだな」
「はい、そうさせていただきます」
そういって、遅刻してきた私と共に、王都に入るための門の方に向かう。
「倉田君はいつも、門の外では一人で?」
「いえ、最近は律君と行動を共にすることが多いですが、当初はアーシャさんという方と一緒に行動してました」
「もしかして、噂の王国騎士団長のことかい?」
よくご存知だな。でも、確かにアーシャさんのおかげで私は、ここ王都での市場を広げることができた。律君も、今や多くの貴族らと人脈を作り、一人で営業に出られるまでに成長したが、それもこれも、アーシャさんがいたからこそだ。
「その、アーシャさんという騎士団長の方と、会うことはできるか?」
「はい、たいていは駐屯所にいますから。ですが……」
「なんだ、何か、懸念でも?」
「あの、私と一緒に行く人は、アーシャさんにはなぜか私の部下だと勘違いするんですよ。一度、それで支社長を不愉快にさせたことがありまして」
「ああ、なるほど、それで支社長はほとんど壁の外に出ることがないと……あ、いや、構わないよ。ここでは君の方が先輩だ。私が部下扱いで、一向に構わない」
そう中村さんがおっしゃるので、私はアーシャさんのいる駐屯地に向かった。案の定、そこにアーシャさんがいた。
「おお、ミューよ、来たか! 昨日はやけに酔っ払っておったから心配で……ところで、横にいる男は誰だ?」
「ええとですね、私の二つ上の先輩で、中村さんという方です」
「どうも騎士団長殿、お初にお目にかかります、私は中村 大河という者でございます」
「そうか、また手下が一人、増えたのだな。タイガーというのか、覚えておこう」
どうもアーシャさんは、我々の名前の呼び方、覚え方が独特だ。私はミューだし、律君はリッツだし、そして中村さんはタイガーか。
「あはは、タイガーですか。なかなか強そうな名でお呼びいただき、ありがとうございます」
「うむ。だが、やはり本当の強さとは戦場でこそ発揮されるもの。ミューはすでに二度の戦場、二度の暗殺事件を経験しておる。戦場を戦い抜き、勝利してきた。こいつは本当に、頼りになるぞ」
加えていうなら、アーシャさんに斬られそうになったこともあるから、すでに五回は命を落としかけてるんだけどね。よく生きていられたと、つくづく思う。
「そのようですね。大変、心強い社員ですよ。私など、足元にも及びません」
「まあよい、せっかく来たのだ。営業とやらに出向くのであろう」
「はい、お願いします」
「ならば今日は、アンドレ・ド・ノワイユ子爵様のところへ行くか」
「はぁ……あの、アーシャさん、その方、初めて聞くお名前ですね」
「長らくミューの鍋やフライパンに関心を示さなかったのだが、先日のイエーレでの戦いの話を聞いて、それで興味を示したらしい。で、昨日、私のところにノワイユ子爵様より相談があった」
「えっ、そういうことは昨日、教えてくれればよかったのに」
「給金を減らされて、やけ酒を煽って、記憶も定かではないお前に、そのことを教える意味はあったと思うか?」
「うっ……」
痛いところを突いてくるなぁ。しかも、それを中村さんの前でいうかなぁ。ところが、意外なことを中村さんがアーシャさんに尋ねる。
「騎士団長殿、その話は本当ですか?」
「ああ、本当だ。フライパン一つで矢を弾き返すと聞いて、それでノワイユ子爵殿が関心を抱いてだな……」
「いえ、そちらではありません。倉田君が減給になったという、そっちの話ですよ」
「ああ、減給されたことか。それは私も昨日、一言だけ聞かされた。それ以上のことは知らん」
あれ? 中村さん、私が減給されたこと、知らなかったのか。変だな、本社の決定だと聞いてたけど。あ、でもまあ、普通は他の社員のやる気を削がないよう、本人にのみ通知することだから、中村さんが知らなくて当然か。といっても、支社長は律君がいる前で堂々と私にその話をぶちまけたけど、その時、中村さんはいなかったからな。
「まあ、給金を減らされたとなれば、その分、売り込まねばならんだろう。ということでミューよ、今日は新たな顧客を三軒、それから手入れ用品を欲しがっている貴族の家を、二軒ほど回るぞ」
「えっ、五軒も回るんですか!?」
「バハナ騎士団の炎魔術を喰らったことに比べれたら、たいしたことではなかろう。さ、参るぞ」
「ひえええぇっ!」
まったく、やる気スイッチが入るととんでもないことを言い出すな、この女騎士団長は。で、最初のノワイユ子爵家にたどり着く。
「ほう、そなたが領民の前に立ちはだかり、矢を打ち返したというミュー・ド・ボアルネ男爵か」
「はい。といっても、本日は株式会社テラダの社員、倉田 美優として参りました」
「剣や魔法どころか、矢をも弾くことができる調理具があると聞いて、思わず興味を抱いてしまった。何せ我が領民の多くが、弓矢の使い手であるからな」
「はぁ……ですが、どうして領民に弓矢の使い手が多いことと、うちの調理具が繋がるのです?」
「弓矢の使い手が多いのは、狩猟民が多いからだ。ところが、領民同士で派閥があってな、度々、争い事になることがある。だが、そのフライパンがあれば、その争乱時の怪我人が減るであろうな」
うーん、そういう用途のための品じゃないんだよなぁ、うちのフライパン。頼むから、防具と間違えないでほしい。
「子爵様、彼の者の調理具は、我が炎魔術すらも弾く強固な調理具であリますぞ。弓矢ごとき、容易いものでしょう」
「うむ、そうであったな。騎士団長のお墨付きが得られたとなれば、なお気に入った。ぜひ二百ほど、注文したい」
「はい、ありがとうございます! あの、ですが一点、注意しなくてはならないことがありまして」
「なんだ?」
「うちの調理器具は、週に一度、手入れが必要です。専用の洗剤とスポンジを使わないといけないんですよ」
「その程度のことは、すでに聞いておる。第一、フライパンの手入れが大変なことくらい当たり前ではないか。それに比べたら、そなたの売るフライパンの手入れはむしろ楽だと聞くぞ」
「はぁ、まあ、確かにそうですが」
とまあ、いつもの調子で商談に臨む。そして二百のフライパンに加えて、同数の洗剤とスポンジも受注した。
で、そのまま二軒目、三軒目と向かう。途中、昼食を王都のあの「アクセル」を売る店の隣で取りつつ、営業を続ける。
「おう、また新しいのが来たのか」
で、その時、アクセルを売る店でマルチェロさんに出会う。
「はい、中村さんという、とても頼りになる先輩がわざわざ来てくださったんです」
「ほう、よかったな、ミュー。お前は時々、死にそうな奴隷のような目をしてることがあるからな。これで多少は、楽になるのではないか?」
そんなマルシェロさんにも、中村さんを紹介する。するとやはり、マルシェロさんも中村さんのことを「タイガー」と呼ぶ。
にしてもだ、中村さん、五軒の貴族家を回る間、挨拶はするが、営業には一切、加わらない。私が話すところを、ただじーっと観察している。マイペース、というより、鋭い観察眼を向けられて、こちらとしては緊張する。
「あの、中村さん」
それが気になったので、会社に戻るや、中村さんに尋ねる。無論、定時を過ぎているから、支社長はとっくにお帰りになっていた。アミカが伝票の照合作業をしており、律君は発注業務をしていた。
「なんだ?」
「今日の中村さん、全然、営業に加わりませんでしたが、どうしてですか?」
私のこの問いに、中村さんは飄々と答える。
「加われるわけがないだろう。大体、貴族とどうやって話すのかすら知らないんだから。それで、今日は一日、君の後ろで勉強させてもらったよ」
ああ、そういうことか。やはり慎重というか、マイペースというか、本当に自身の信念に従って動く人だ。
が、気になることを、ぼそっと呟く。
「相手が、これまで我々が相手にしてきた顧客とはあまりに違いすぎることは、肌身で理解した。あのような顧客にあの支社長は、とても相手にできないな」
ん? 最後に何か、余計な一言をつけてたような気がするぞ。まあいいや、ともかく、今日の受注分をアミカにも手伝ってもらいながら打ち込み、明日の配送準備を終えてから、帰宅の途につく。
「それじゃ、中村さん。お疲れ様でした」
「ああ、お疲れ様」
相変わらず、飄々とした人だ。それはそれでまあ、いいか。
にしてもあの人、どこか引っかかるなぁ。どうして営業部でもそれなりの成績を上げてる人を、急に寄越したりしたんだろう。それまでは、いくら応援要請を出しても断られ続けてきたというのに。
本社の考えていることは、わからない。




