#25 侵略
アレッシア王国とその隣国のパニッシュ王国との関係が悪化しているとは、以前に聞いていた。
だが、ここまでとは思いもよらなかった。
「斥候より、パニッシュ王国軍の進軍の知らせが入った。これより我が王国騎士団は、イエーレに向かう。貴殿も向かうぞ」
と言われ、そのままアーシャさんに首根っこをつかまれ馬車に放り込まれ、強制的に私は連れだされてしまった。
とはいえ、本当にパニッシュ王国が攻めてきているかどうか分からない。軍に連絡しようと井上大尉を呼び出すが、なかなかつながらない。
その間も、騎士団らを乗せた馬車や馬は走り続ける。通常ならば四日かかるところを、一日半でたどり着こうとしている。しかし、こんなに馬車を走らせたら、すぐに馬がへたって動けなくなるのでは?
と思いきや、途中に駐屯地があり、そこで馬車や馬を乗り換える。こうすることで、常に全力の状態で走り続けられる。そんな中継地点を三つほど過ぎて、本当に一日半ほどでイエーレに着いてしまった。
『ちょっと待ってください! なぜ、美優殿がわざわざ行く必要があるのですか? しかも、もっと早く連絡してくれれば……』
到着と同時に、やっと井上大尉と連絡が取れた。うーん、私は何度も連絡したんだけどなぁ。私だって、ここに来たくて来たわけではない。が、聞けばどうやら井上大尉は、つい昨日まで宇宙に出ていたらしい。どおりで連絡がつかなかったわけだ。
とはいえ、前回のバハナ王国との戦いとは事情が大きく異なる。なにせここは、私の領地だ。となると、領主である私が来なければならないだろう。
が、直後、支社長から電話が入る。
『なんだってお前が、騎士団たちと行動を共にする必要があるんだ!』
支社長からの電話は当然、お怒りモードだ。やむなく私は、こう答える。
「陛下より、この地を守り、次もポテトチップスが納品できるようにせよと命じられたのです!」
と、陛下の名を使わせてもらった。もちろん、嘘やでまかせではない。といっても、陛下が本当に私に一字一句、そう言ったわけでもない。が、王国貴族である以上、領地を守るというのは暗黙の了解として存在する。だから、その暗黙の了解を支社長にもわかりやすく言語化して伝えたまでだ。
あーあ、でもこれでまた、私の評価は下がるんだろうなぁ。でも、領地経営が上手くいけば、「副業」である貴族経営で、何とか収入は確保できる。
むしろ、そのうちにこっちを本業として、会社を辞めちゃおうかとまで考え始めている。あんなブラック企業にいつまでもいたら、身が持たない。
と、そんなことは置いておこう。そんなことよりも、今は目前の問題解決が先だ。つまり、パニッシュ王国軍が本当に攻めてきたのかどうかが、一番の問題だ。
が、悪い知らせというのは、こういうタイミングでやってくる。
「申し上げます! パニッシュ王国軍、およそ千人の兵士らが、ついに国境を越えました!」
「来たか。よし、騎士団よ、全軍、敵軍に向けて進撃開始!」
あらら、本当に隣国の軍が動き出しちゃってたよ。って、よく考えたら、ここには軍事用ドックが建設されてるじゃん。王都にいる井上大尉に頼るより、そちらにお願いした方が……
と思ったが、イエーレにはまだ、軍の建物がない。遠く離れたドックに行かないと、軍関係者がいない状態だ。連絡先も、まるで分からない。
しかも、すでに戦艦「長島」もいなくなっており、停泊している艦艇も一隻もいない。ちょうど軍が手薄となるその隙を突いてやってくるとは、なんという運の悪さか。
仕方がない。私の領地だ。私も、守らなきゃならない。
そこで、フライパンを片手に、街の西方に、騎士団たちと共に立つ。すると、向こうの方角から行軍する兵士たちの姿が見えた。
うわ……本当にたくさんいる。千人もいるというのは本当のようだ。どうみても、こちらの騎士団百人より、圧倒的に多い。
もっとも、かれらのほとんどは鎧を身に着けていない。が、やつらは魔法ではなく、弓矢を放ってきた。
弾道を描きながら、無数の矢がこちらに向けて飛んで来る
「抜刀!」
騎士団らが、空から降り注ぐ無数の弓矢に向けて、剣を掲げる。それらが着地するところを、剣で斬りつける。打ち漏らしたものは、例の鎧ではじき返す。
アーシャさんはといえば、炎の魔法で空中の矢を撃ち払っている。多くは空中で灰と化したが、それらをかいくぐり、何本かが私の方に向かってくる。
もう、私も無我夢中だ。
手持ちのフライパンを振って、私は矢をはじき返す。
しかし、第二波がくる。まだ、軍は来ない。が、意外なことが起きる。
街の人々がやってきて、なんと、私の周りを固め始めた。
「領主様を守れ!」
そういいながら、私が持ち込んだフライパンや大型鍋を持ち、右手には鎌や槍を持って参戦してきた。彼らもフライパンなどを振り回し、降り注ぐ矢を防いでくれる。私も、飛んでくる矢を必死に打ち返す。
しかしだ、これだけ街の人がいると、矢に刺さる人が出てきた。何人かがその場で倒れる。ああ、なんてことだ。幸い、致命傷ではないものの、肩や脚元に矢を受け、怪我をしている。
そんな中、第三波の矢が、飛んできた。
このままではさらに犠牲が増えてしまう。私の領民の命を、失ってしまうかもしれない。私はフライパンを構えた。
と、その時だ。
『この地域にいる両軍に告ぐ! 直ちに兵を後退させよ!』
拡声器で叫ぶ声が響く。それを聞いて、私は確信する。
ようやく軍が、現れたのだ。
上空には強襲艦二隻がいて、一斉に人型重機を発進させる。と同時に、中型のビーム砲による攻撃を始めた。
それは、ちょうど弾道を描いてまさに落ちようとする無数の矢を、一瞬にして薙ぎ払った。灰すらも残さないほどの高温で焼き尽くし、全ての矢が消滅した。
「や、やった。間に合った」
パニッシュ王国軍一千と、アレッシア王国騎士団百人の間に、十機の人型重機が降り立つ。そのうちの二機が、威嚇射撃を行う。パニッシュ王国軍のすぐ脇に着弾し、猛烈な爆発と共に炎が上がる。
その強大な力を前に戦意を失ったパニッシュ王国軍は、後退を始めた。
「大丈夫ですか!」
と、そこに哨戒機が降り立ち、中から井上大尉が降りてきた。私は、大尉に叫ぶ。
「私は大丈夫です! ですが、街の人が!」
何人ものけが人が出ている。街の人だけではない。騎士団にも数人、鎧の隙間から矢が刺さったものがいる。
「衛生兵!」
すぐに衛生兵が呼ばれ、怪我人のもとに駆け付ける。弓矢というものは、そのまま引き抜くとかえって傷口が広がり、怪我を悪化させてしまうことがある。それを心得ている衛生兵たちは、矢じりを共鳴装置で粉砕し、その鉄紛を電磁石で取り除き、治療している。
「幸い、毒矢の使用は認められません。このまま、傷の消毒と縫合を行います」
井上大尉に衛生兵の一人が報告する。その奥では、人型重機が二機、簡易の治療所を作り始めていた。重傷者は担架で運ばれ、その即席の治療施設で手当てを行う。
「まったく、どうして軍人でもない美優殿が、前線に立ってたんですか!」
で、一連の治療に目処が立つと、井上大尉が私に怒鳴りつけてくる。
「だって、ここは私の領地で……」
「いくら領主でも、最前線に立つ必要はないでしょう!」
「それを言うんだったら、どうしてあの大きな軍事施設から誰も助けが来なかったんですか! せっかく軍の施設を誘致したのに、誰も助けてくれなかったんですよ!」
「うっ……そういえば、なぜ現地の軍がいないんだ? いや、いないタイミングを狙って、隣国が攻めてきたんだ?」
井上大尉も少し、不自然さを覚えていた。そこで調べてみると、昨日までなら、戦艦「長島」がいた。これが昨日だったら、そこに搭載された人型重機隊がすぐに発進し、戦いを未然に防げたはずだ。さらに明日になれば、駆逐艦隊が十隻、訪れることになっていた。明日であれば、今度はその駆逐艦とその艦載機によって、街が守られたはずだ。
たまたまこの日だけ、イエーレの基地はほぼ空になっていた。
偶然にしてはちょっと、出来過ぎてないか? いや、いくらなんでも考えすぎか。
ともかく、怪我人は出てしまったものの、どうにか街は救われた。
「騎士団として、街の防衛にひと役買えたことは誇りに思う」
「アーシャ殿、これからは我々、軍が何とかします。そのうち、騎士団にも我々と同じ武器を使えるようになってもらうことになるでしょう」
「そうなのか?」
「そうです。なにせ、敵は宇宙から来るのですよ。剣や槍、そして弓矢や魔法でたたかえるものではないでしょう。宇宙からの脅威に備えて、やがて隣国とも手を組まなければならなくなります」
「そういうものなのか……やはり、時代は変わってしまうのだな」
やや寂しそうな顔をするアーシャさん。そうだよなぁ、剣や魔法を使い、地上で戦うのは、この先はもうほとんど起こり得ないだろう。それどころではない敵が、宇宙にはいる。
連合側に組したこの星にとっての「敵」とは、連盟と呼ばれる集団だ。私はあまり軍事に詳しくはないが、とにかく数百年もの間、連合と連盟と呼ばれる二つの勢力は、宇宙での支配権を巡り、戦ってきた。これから先も、ずっとそれが続くことだろう。
弓矢や剣、それに魔法なら私の持ってる鍋やフライパンでもなんとかなるが、さすがに高エネルギービーム砲ともなると、こんなものは何の役にも立たない。
が、そんな無力なフライパンだが、今回のこの戦いでは思わぬ効果を生む。
「しかし、領主様自らがフライパン片手に前線に立たれるとは、何と誇らしいことでしょう。我らイエーレの街の民一同、ミュー様に絶対の忠誠をお誓い申し上げます」
「えっ、でも、自分の領地だったら、領主が前線に立つのは当然じゃないの?」
「おい、ミューよ。そんなことはないぞ。現にアルトマーレにバハナ騎士団が攻めてきた時は、そこの領主が前線に立っていたか?」
「……そういわれてみれば、その地には領主はいなかったですね」
「貴族というものは、そういうものだ。お前が珍しすぎる」
「んだけど、それだけに我らからすれば、頼もしい領主様だ。こんな領主様は、初めてだな」
「そうだそうだ」
なぜだか知らないが、私は街の人たちから感銘を受けてしまったようだ。最前線で、民のために戦う領主ということで、尊敬されてしまった。とはいえ、私がやったことはただ、フライパンをもって矢をはじき返したことくらいだけどね。あとは、軍の人が何とかしてくれた。
ともかく、奇妙な話だが、この軍の隙を狙った侵略騒ぎは、結果的に私と領民との信頼を強固なものにしてくれた。




