#24 基地
「あそこに見える山、代官殿によれば、あそこまでが『ボアルネ男爵領』だと聞いたんですよ」
そういえばこの軍人さん、強襲艦でこんなところまで乗りつけてきて、ポテト料理も食べずに周囲を探索していたと思ったら、そんなことを調べてたのか。
「……で、それは分かったんですが、なぜ基地をここに?」
「はい、美優殿は、『戦艦』は御存知ですよね?」
「ええと、乗ったことはありませんが、知ってますよ。全長がだいたい四、五千メートルほどの小惑星を削り出して作った、巨大な軍艦のことですよね」
「もっとも、機動性が悪いため、戦闘をすることはほとんどない戦闘艦なんですけどね。運用上はどちらかというと、駆逐艦の前線補給基地と言ったところでしょうか」
そういえば、戦艦の中には二万人ほどが住む四階層の街があり、さらに三十から四十隻ほどの駆逐艦を常時停泊させることができる。そのため、宇宙空間では補給のために訪れた駆逐艦乗員が、鬱屈した狭い艦内のストレスを発散させるために、補給時間中にその街で羽を伸ばしている、という話は聞いたことがある。
が、その戦艦の話が、どうして今、出てくるんだ?
「あの、それで、その戦艦がどうかしたんですか?」
「戦艦というのは、数年に一度は地球上でメンテナンスする必要があるんです。というのも、閉じられた空間ですからだんだんとカビが蔓延し、時折、大気圏内に降ろして空気の入れ替えやら清掃やらをしないと、維持できない艦なのです」
「そんな苦労があるんですか、知りませんでした。で、それとさっきの基地の話が、どうつながるんです?」
「つまりですね、ここに戦艦用のドックを中心とする軍事基地を作らせてもらえないか、という相談なんです」
なんとまあ、とんでもない話が出てきたぞ。五千メートルもの巨大な戦艦が停泊できるドックを、ここに作るだって?
どうやら、あの小高い山とそのすそ野に広がる広大な平地が、戦艦用ドックを作るには理想的な地形らしい。ちょうどこの領地内に、その条件に合致する場所があった。しかも、その領主はこちら側の星の、中小企業の平社員と来た。
軍としては、交渉相手に都合がよすぎる、というわけだ。
「ええと……ですがもちろん、ただってわけじゃないですよね?」
「そりゃあ、借地料も払います。なによりも、ここに宇宙港ができるから、交易拠点になるじゃないですか?」
「えっ、宇宙港?」
「まさか、修理用ドックだけを作るわけにはいかないでしょう。当然のことながら、駆逐艦も停泊できるドックが併設され、そのための宇宙港も併設されます。となれば、その周辺地域に物資を送り届けるための交易拠点としても使われることになりますね」
なんだかますますデカい話になってきたぞ。しかしだ、そうなれば我が領地は安泰だ。再び、この街に活気を取り戻せる。
ポテトチップスやフライドポテトどころじゃない。とんでもない利権が舞い込んできた。
「ぜひ、基地を作ってください。街のためにも、その方がよいと考えます」
「それじゃあ、正式契約はまた軍司令部にてかわしましょう。では」
そういいながら、井上大尉は強襲艦に乗り、帰っていった。
「なんだか、とんでもない商談を取りつけちゃいましたね」
その日の晩、レンタカーの自動運転で、律君と一緒に王都へと向かう。
「ほんと、基地ができるなんて、そんな大それた話、予想もしてなかったよ」
「でも、よかったじゃないですか。その基地と宇宙港が建設されて軌道に乗れば、あの街は大いに活性化しますよ」
「それはそうなんだけどね……」
大量に取れるジャガイモ畑を特産品にしようかと思っていたが、もはやそんなものが微々たるものに感じるほどの大型案件が入ってきた。それも、軍からの直接要請だ。
ともかくだ、自身の領地を活性化させることには成功した。
だが、営業マンとして、大事なことを忘れてた。
「で、この三日かけて売ったのは、フライドポテトとポテトチップス製造機各一台ずつ、というわけか」
あ……そうだった。そういえば、うちの会社として基地は、何の利益も生まないんだった。支社長からの一言で、それに気づく。
「いや、でも、その大量のジャガイモを使ったポテチは、きっと貴族の間でものすごく売れるので……」
「そんなわけあるか! たかが袋菓子ごとき、何の利益を生むというんだ!」
雄二支社長からは、ぐうの音も出ないほどの正論を叩きつけられてしまった。ああ、なんてことだ。私としたことが、肝心の自社製品の売り込みをし忘れるとは。
が、ともかく、せっかく作った「特産品」だ。この際だから、まずはアンリ様に売り込んでみよう。そう思い、私は翌日、サンプル品をもって王宮へと伺う。
「こ、これが本当にジャガイモから作られたというのか!? 信じられない!」
驚くアンリ様とイゾルデ様だったが、そんなに驚くような味なのかな。でも、ジャガイモだらけのペイザンヌを食べて感じたのは、同じジャガイモでも、この食感とはかなり異なる、ということだ。とても同じ材料から作られたとは思えない。
で、案の定、アンリ様はそれを大量に買い付けてくれた。しかも、結構な金額で。なんでも、ワインのつまみにするんだそうだ。確かにワインにも合わないことはないが、にしても皆、このスナック菓子を口にするとすぐに酒のつまみを連想する。
しかも、アンリ様のおかげか、その特産品の噂が知れて、徐々に注文が舞い込んでくる。
挙句の果てに、とんでもないところから注文が入る。
「おい、なぜかポテチの注文ばかりが入るようになったぞ。どうなってるんだ?」
やや皮肉ともとれる支社長からの言葉に、私はこう返す。
「いやあ、こればかりは応えないと、まずいと思いますけど」
「なぜだ? そんな安いものを売るよりも、さっさと主力製品である調理器具を売りつけないとだなぁ……」
「えっ、陛下からの受注を、断ってもいいんですか!?」
「は? 陛下だと?」
「はい、このポテチがいたくお気に召した模様で、次の社交界の目玉にしたいからと、ビール会社と協賛で大量受注をいただいたんですよ」
国王陛下が相手となると、支社長と言えども手のひらを返さざるを得ない。
「す、すぐに生産し、用意するんだ! ぐずぐずするな!」
ぐずぐずするなといわれても、納品は一週間後だ。それほど急がなくても、注文量はさばける。それにさっきまで、そんな安いものを売るなと言ったのはどこのどいつだ?
いや、それよりもだ、いい加減、社員を増やしてくれないかなぁ。私と律君しか営業がいない。そろそろ販路も確立したし、私は領地経営と特産品の販売、そして軍との基地建設に向けた契約やらで大忙しなんだけど。とても調理器具だけを売り歩いている暇がない。
まあ、いいや。陛下の注文のおかげで、一週間ほどは領地にも行ける。幸いなことに、井上大尉が用意してくれた軍用機——哨戒機というらしいが——に乗せてもらい、領地であるイエーレに向かった。
「いやあ領主様、このところ、とんでもなく儲かってますよ!」
そう私に告げるのは、初対面では不愛想な上にお釣りを渡さなかったあの女店員だ。それが、手のひらを返したように私にすり寄ってくる。
「あのポテトチップスとフライドポテトの製造機のおかげで、お客が増えてねぇ。そうそう、軍の関係者も訪れてお金を落としてくから、余計に繁盛してますよ」
うーん、あの時お釣りをごまかしたお方とは思えないが……まあ、領民が喜んでいるんだ。ここは領主として、素直に喜ぶべきところだろう。ついでに、フライパンがちょうど手入れの時期に来てたので、専用の洗剤とスポンジを使って手入れをし、手入れ方法をその女店員に教えた後に、いくつかをその店に置いていった。
で、店を出て丘陵地帯のある北側を見る。私は、圧倒された。
いつの間にか、ドックの建設がかなり進んでいる。大型船、つまり戦艦用ドックの骨格部が、大型船によってちょうど降ろされているところだ。やがて、ズシーンという音と共に、それは地上に降り立つ。
「本当に助かりましたよ。なかなか都合のいい土地がなくて、しかも、ようやく見つけても、その領主には基地化に反対されましたからね。理解ある領主であるあなたのところに、最適な場所が見つかって本当によかった」
うーん、井上大尉も苦労してるんだなぁ。私の領地内に都合のいいところがあってほんと、よかったね。ただ、心配したのは、あそこに大型艦が停泊している間、街やジャガイモ畑に日が当たらなくなるんじゃないか、ということだが、幸いにもジャガイモ畑は街の南側にあり、一方あの基地は北側になる。これなら、日陰になることはない。
「さてさて、今宵はどのようなご奉仕が望みですか?」
「うう、あんまり刺激的じゃないやつ……」
「これほど広大な領地をお持ちでありながら、お手軽なご奉仕で済ませようなんて、大変申し訳ないです。ですから、ミュー様を最高潮に……」
ところで今回の領地巡りだが、アミラも連れてきてしまった。おかげで宿では毎夜、アミラの手にかかる羽目になる。そろそろ私の喘ぎ声で、この宿を追い出されるんじゃないかと心配になる。うーん、もっとお金があったら、専用の別荘でも建てたいところだな。
さて、軍用とはいえ宇宙港ができるということは、それなりの街も併設される。ということはだ、こっちにも支社を作れば商売ができるんじゃないか? 少なくとも、軍関係の注文はこちらで受けた方がよさそうだし、王都レイバンの支社は王族、貴族を相手に、そしてイエーレ支社は軍専門、という具合に棲み分けできる。
と思って、それをリモート会議で支社長に提案したのだが。
『二つも支社を持てるほど、うちの会社に余裕があるはずがないだろう! 余計なことはせず、さっさと注文の品を作れ!』
と一蹴された。くそっ、良い提案だと思ったんだけどなぁ。
そういうわけで、私は社交界が行われる直前までの一週間ほどを、このイエーレで過ごすことになった。
「はい、あのあたりの土地なら、使っても大丈夫だそうです」
「そうか、助かった」
ところがこの一週間、ポテトチップスの生産のためだけに、この地に踏みとどまっているわけではない。どちらかと言えば、軍関係とのやり取りが多い。
なにせ、軍の施設を作るためにどの土地を使っていいかと、いちいち聞かれる。その度に代官のエマニュエルさんに確認し、私が許可を出す。それの繰り返しだ。司令部に併設する街を作るための土地、あと、食糧生産用の土地に、街中に軍司令部の出張所……軍の施設一つ作るにも、いろいろなものがいるようだ。
広大なジャガイモ畑だけは、手を出させないことにした。当面の間は、このジャガイモ畑が第一の収入源だからだ。基地ができるまでのこの街の収入は、ジャガイモで支えるしかない。が、イエーレという場所は思いのほか広く、特に北側はやせた土地が広がっているため、荒れ地となっていた。そんな土地に限って、軍が使いたがる。わざわざジャガイモ畑をつぶそうとまでは、考えていないようだ。
さて、そんなやり取りを繰り返す間に、一隻の戦艦が初めて、この真新しいドックに、まさに横付けされようとしていた。
「ミュー様、なんですか、あの巨大な雲のような岩は!?」
「ああ、あれが戦艦っていう、大きな宇宙船だよ」
アミラが驚くのも無理はない。街中の人々も、空から急に巨大なものが下りてきて、動揺している。降りてきたのは、全長が四千三百メートルある戦艦「長島」だ。
巨大な山のような宇宙船が、そのドックに繋留される。ガシャーンという、船体が固定されたことが遠くからでもわかるほどの金属音を響かせる。
しかし、あれも見ようによっては、灰色のジャガイモのようだな。泥をかぶったジャガイモのような船体を長めながら、実際に泥だらけの収穫されたジャガイモの山が私のすぐ横に置かれている。奇妙な対照だ。
「うん、長島が係留できるくらいならば、他の船は大丈夫そうだな」
などとぶつぶつと私の脇でしゃべる井上大尉だが、私は尋ねる。
「でも、あれが一番大きな船ってわけじゃないですよね。五千メートル級もあると聞きましたけど」
「長島が一番長い戦艦というわけじゃないですよ。が、あの戦艦は、我が遠征艦隊ではもっとも幅が広く、重い艦なんですよ。それが無事、繋留できたということは、他の艦ならば問題ない、ということでもあるんですよ」
ちなみに戦艦「長島」は、建造されてから百年以上経つ。初期の戦艦であり、我が地球七八八では一番の老朽艦だ。
もっとも、宇宙には二、三百年ほどの老朽艦もあるから、たかが百年ほどで「老朽」などと言ってはいけない。が、それでもやはり年季の入った艦だからか、表側の塗装がところどころ剥げている。
その船体の補修作業と、艦内の空気の入れ替えも兼ねて、まずこの艦が降りてきたというわけだ。
大きく開いた側面の穴からは、戦艦内の街が見える。奇妙な話だが、こちらの街よりも狭いはずなのに、四層に分かれぎっしりと詰め込まれたそこは、まさに異次元な場所に見える。側面を開けると同時に、その街中に清掃車が走り回り、汚れを落としている。その洗浄水が、ざばざばと滴り落ちるのが見える。
へぇ、戦艦のメンテナンスって、ああやってやるものなんだ。こうしてみると、かなり大変な作業だな。近くの川の水を運び込み、艦内に供給して洗浄する。歩道やビル、車道の汚れが、一斉に洗い落とされていくのが見える。
その作業が終わりを見届けることなく、私は王都へと帰ることになった。
「また、来てくださいね、領主様」
と、例の女店員から言われるが、この店に来ることはあるかなぁ。手のひらを返し過ぎて、ちょっと複雑な気分だ。ともかく私は王都に戻り、社交界用のポテチを大量に納品する。
で、社交界の場。そこに、陛下が現れ、こう宣言する。
「此度は、珍しき食べ物を振る舞おうと思う。皆の者、楽しまれよ」
この陛下の第一声で、貴族や王族らが一斉に拍手する。そして、出されたのはあのポテチだ。まだ貴族の間では物珍しいこの食べ物に、皆、冷えたビールと共に食す。
が、そんな和やかな雰囲気の中、やや不機嫌なお方がいる。
そう、今はドレス姿の、アーシャさんだ。
「あ、アーシャさん……お久しぶりです」
と、私は声をかけるが、機嫌が収まる気配がない。それどころか、こちらを睨みつけてきた。
あれ、私、何かやっちゃいました?
「おい!」
「は、はい!」
「この一週間ほど、ミューと全然顔を合わせられておらんではないか!」
えっ、機嫌が悪い理由って、それ?
「ええと、あの、どうしても領地に行かなきゃならない用事があってですねぇ」
「お前、まさかとは思うが、あの井上大尉とやらと、何かいかがわしいことをしておったのではないか!?」
「えっ、井上大尉と? なんで?」
「なんでって……その、井上大尉の乗る哨戒機とやらに、同乗したのであろう」
もしかして、嫉妬してるのか? いやあ、相手は確かに男だけど、アーシャさんは女騎士だぞ。嫉妬する理由が見当たらない。
「と、ともかく、何もないですって」
「本当か? では時々、貴殿の屋敷から喘ぎ声が聞こえてくるという話、あれは何だ?」
「ああ……あれはですねぇ、アミラが私に……」
いや、これ以上話しちゃいけない気がする。が、アーシャさんの矛先はアミラに向かう。
「おのれ、バハマ人の分際で、ミューをたぶらかすなどとは不届千万! 今度会ったら、たたっ斬ってやる!」
「いや、だから、ダメですって! アミラは我が社の大事な従業員なんですから!」
まさか一週間合わないだけで、ここまで嫉妬深くなるアーシャさんを目の当たりにして、困惑する私。だが、悪くない気分だ。
いやあ、まさかアーシャさんから妬まれる日が来るなんて、思ってもみなかった。
しかし、その裏では着々と、別の嫉妬が渦巻いていた。が、この時の私は、知る由もなかった。




