#23 特産品
「あ、あはは、実はですね、そうなんです。こう見えて私、ここの領主になってしまいまして」
店内に、緊張が走る。そりゃそうだ。領主が現れたとなれば、普通じゃいられない。
「ちょ、ちょっと、なんだって早く言ってくれなかった……じゃない、おっしゃってくれなかったんですかい! まさか、御領主様とは知らず、とんだご無礼を」
「ま、まあ、領主になったばかりだし、そもそも、鍋やフライパンを売る営業が本職なので……」
「ミュー様、まさか自分が領主だと知らせずに、ここへ来たので?」
「いやあ、そう言われても、私もまだ領主という自覚がないですから」
領主様が来た、その話を聞きつけた街の人が、一斉に集まってきた。気づけば、この店一杯に人があふれている。皆、私のところへ何か陳情したいようだ。
「あいよ、ペイザンヌ二つに、アリゴ三つね!」
おかげで、日も暮れかかったこの店には、一気に人が押し寄せてきた。予想外の客の量に、さっきの女店員も、そして店主でもある料理人も大わらわだ。
「この街の代官をしております、ルネ・エマニュエルと申します。前の当主が陛下に反逆して平民階層に落とされ、その代わりに家を継がれた方がいるとは聞いてましたが、まさかあなた様が、あの噂のミュー様だったとは」
貴族の当主は普段、領地を訪れることはない。代わりに代官を立てて、当地の運営を代行してもらっている。代官というのはいわば、領主の代わりということだ。
が、領主本人が現れた。よく、ドラマ映画などでは悪代官が私腹を肥やして民を困らせるなんて話があり、それを領主に見抜かれて……という展開になるかと思いきや、この代官は真面目に領地経営をしてくれているようだ。
「ご覧の通り、隣国との関係悪化で交易がほぼ途絶えてしまいました。今、まさに街は、瀕死の状態です。それで私は再三、領主様をお呼びしていたのですが、一向にいらっしゃらず、困っておりました。まさか新しい領主様が、いきなりいらっしゃるとは。せめて一報下されば、お出迎えに上がりましたのに」
「いや、そんな迎えなんていいってば。それよりも、やっぱりこの街、寂れてるんだよね」
「ええ、一時は大変な賑わいでした。が、ご覧の通り、今では通る馬車も少なく、大変困っております。この窮状をぜひ、領主様に何とかしてもらいたくて」
うーん、そう言われてもなぁ。いきなりどうにかしろと言われたところで、この街がどういう街なのかすら知らない。ともかく私は、その代官にこう答える。
「あのですね、とりあえず、今夜は休みます。明日、街の中を視察させてもらっていいですか?」
「おお、ありがたい! ぜひ、ご案内いたします!」
と、いうことで、明日早速、領地を回ることになった。案内してくれる人もいるし、かえって好都合だ。
「えっ、領主様、そんな質素な部屋でよろしいのですか?」
「いや、だって、一人だけだし」
領主だとバレた途端、宿の店主からもご覧の通りの待遇だ。宿代は要らないとまで言われたが、そこはちゃんと払っておいた。
にしても、隣国との関係悪化だけでここまで衰退するものだろうか。もしかすると、我々のもたらした民間船や空中を走るバスなどが交易品を運ぶようになり、その結果、中継地であるこの交易街が寂れたのではないだろうか。
となると、交易外の何かに頼らなくてはならない。何かいいものはないだろうか?
そこで翌日、早速領内を見て回ることになった。代官のエマニュエルさんと共に、まずは街の郊外を見て回った。
「……青々と、してますね」
「ええ、畑ですから」
「ところで、ここは何の畑なんですか?」
「ジャガイモです」
見渡す限り、広大なジャガイモ畑が広がっている。これほど広大なジャガイモ畑があるとは思わなかった。
「あの、なんでジャガイモなんです?」
「ここの土地ではそれしか、上手く育たないんですよ」
代官のエマニュエルさんの話によれば、ここはなぜか、ジャガイモしか育たない土地だそうだ。
で、かつてはジャガイモを売ることでどうにか生計を立てていた街だったが、交易が盛んになり、宿場町としても栄えた。が、それもここ半年ほどでその流れが止まり、街の人々はこのジャガイモ頼りの生活に戻りつつあるという。どおりで、ジャガイモだらけの料理を食べさせられたわけだ。
しかし、半年ほどといえば、やっぱり我々がここに来てからの話だよな。となると、それまで馬車に頼っていた交易が、大容量の輸送船で高速、大量輸送が行われるようになったため、中間地点であるこの宿場町を通らなくなった。そういうことなのだろう。
にしても、ジャガイモかぁ……これだけの広大なジャガイモ畑があれば、何かできそうな気がしてならない。
そうだ、ジャガイモと言えば、あれだ。私はふと思いつき、律君に電話する。
「あのさ、律君。休日中に悪いんだけど」
『はい、なんでしょう?』
「頼みたい品があるの。私が今いる、イエーレという街に運んでほしいんだけど……」
私は律君に、とあるものを頼んだ。最初は驚いた律君だったが、ここにある広大なジャガイモ畑の映像を見せると、途端に目の色を変えて応じてくれた。
「とりあえず、請求書は『ボアルネ男爵』宛てで出しておいて」
『それってつまり、倉田さんが賜った男爵家ですよね。自分で、自社の製品を買うんですか?』
「……まあ、そういうことになるけど、一応、男爵家としての税収もあるから、そこから払うことにするよ」
『まあ、いいですけど。それじゃ、明日の朝には届くようにしますね』
「お願いね」
そんなスマホでの通話のやりとりを、ぽかんとした顔で聞いている代官殿。何が起きるのか、さっぱり分からないのであろう。
「あの、何をなさるおつもりなのですか?」
「いやあ、これだけたくさんのジャガイモがあるんだから、それを活かした特産品を作れないかなぁと考えてね」
「特産品、ですか?」
「ジャガイモを使った、とても癖になる食べ物を作ることができるのよ。王族や貴族に売り込めば、あっという間にいい商品になると思うなぁ」
何を言っているのか分からない様子のエマニュエルさんだが、私には、勝算がある。
これだけのジャガイモがあれば、あのやめられない止まらない、ついつい手をのばしてしまう食べ物ができてしまうからだ。
で、その翌日。
驚いたことに、なぜか強襲艦が上空に現れた。私も街の人も、唖然としてしまう。
えっ、ちょっと待って、何か軍事行動でもあったの? と懸念したが、そうではなく、ただ単に井上大尉が、ちょうど私の得た領地を見学に来るつもりだったため、ついでに律君とその注文品を乗せて運んでくれた、というだけだった。それならそうと、連絡してくれればよかったのに。
「あの、井上大尉殿、いきなり強襲艦で来るなんて、脅かさないでくださいよ」
「いや、すまない。僕もこれほど大ごとになるとは思わなかったので」
大ごとになるでしょう、普通。ここの人は宇宙船、特に艦艇というものを見慣れた人は少ないんだから、いきなり人型重機でうちの商品を運んでくれば、大騒ぎにならないはずがないでしょう。
「で、頼まれた二種類の機械ですが、どうするんですか、これ?」
「その前に、律君には見てもらいたいものがあるの」
そう言って、私は街の外れから見えるあのジャガイモ畑の光景を見せた。見渡す限り、一面のジャガイモ畑。それを見た律君は、私の意図を察したようだ。
「なるほど、これだけあればいいもの作れますよ。すぐにやりましょう」
「でしょ? ここで作ったあれを売り込み、ついでに飲料会社とコラボすれば、一気に王都で大流行するものになるよ、きっと」
すると律君、早速、持ってきた機械を、最初に私が食事したあの店の中に持ち込む。
「ちょ、ちょっと、領主様。ここで一体、何をされるので……」
「ちょーっとこのお店の一角をお借りしますよ。昨日のお釣りをもらえなかったし、それに新しいフライパンもあげたじゃない。なら、その分だけ、場所を借りてもいいですよね?」
昨日まで不愛想だったあの女店員は黙りこむしかない。いくら少額とはいえ、お釣りについて私はまだ根に持ってるからね。どうせ客も少ないんだし、それに、結果的にこの店を繁盛させることになるだろうから、別に間借りしたっていいでしょう。てことで、店のど真ん中に、運び込まれた二種類の等身大ほどの機械が二つ並ぶ。
「さて、エマニュエルさん」
「はい、領主様」
「例のジャガイモ、運んできてください」
「は、はい、ただいま」
大急ぎでエマニュエルさんは、店の外に出る。やがてカゴを担いだ農夫の人たちが続々と入ってくる。
カゴにあるのは、大量のジャガイモだ。それを、二つの機械にそれぞれ入れ始める。
「それじゃ、この機械を使って、まずは洗浄を行い、皮をむいて、その後、カットして揚げます。最後に岩塩で味付けをすると、とても美味しいものが出来上がるんですよ」
律君は説明するが、何を言っているのか分からないだろうな。まあいいや、出てきたものを見れば、何のことか分かるはずだ。
しばらくゴロゴロとした音が鳴っていたかと思うと、シャーッと皮が向かれ、油であげる音が鳴り響く。じゅーっという音と共に、香ばしい臭いが店内に漂う。
「……美味しそうな匂いがするんですが、何ができるんです?」
「まあまあ、できてからのお楽しみ、ということで」
正直、口で説明するのは難しい。もうすぐ、それが目の前に現れるのだから、それを待って見てもらった方が早い。百聞は一見に如かず、だ。
やがて、それぞれの機械の端に置かれた網かごの中に、出来上がったものが出てきた。
そう、それぞれの機械が作っていたものは、我々が「フライドポテト」「ポテトチップス」と呼んでいるものだ。
で、律君がそれぞれを皿に載せて、その場にいた人たちに振る舞う。
「さあ、領主である倉田さんが、皆さんに食べてほしいそうですよ」
見たこともない食べ物が、数少ない客は目の前に置かれて戸惑っている。が、まずは女店員が、恐る恐るポテトチップスの方を手に取り、それを口にする。
「ん!」
あれ、もしかして、口に合わなかったかな? と思いきや、そうでもなかったようだ。
「う、美味い。これ本当に、ジャガイモなのかね?」
うん、やはり気に入ったようだ。そうだよねぇ、古今東西一万光年、どこでも共通の、人気の味だもんね。
残念ながら、岩塩しか手に入らなかったので塩味のみだけど、それでも集まった客は大いに気に入る。
そして、ある者が店員に言った。
「おい、店員さんよ、これ、エールと合うんじゃねえか?」
エール? ああ、いわゆる「ビール」のことか。そのつまみに合うとか、よくぞ気づいたものだ。そこで女店員が、客に次々とエールを振る舞う。もちろん、一杯あたり銅貨七枚をちゃっかりといただいていたが。
昼間だというのに、酔っ払いだらけになってしまった。もっとも、ここのビールはアルコール度が少なく、しかも冷えていない。だが、そんなものと一緒に食べるポテチやフライドポテトでも、なかなか格別なようだ。
「うーん、これはいい組み合わせだねぇ」
「ちょっと倉田さん、まだ勤務時間ですよ。何、昼間から酔っぱらってんですか」
「いいじゃなーい、これも営業の一環だよ、一環」
機械は次々とポテチとフライドポテトを生産する。揚がるたびに、次々と消費されていく。
夕方ごろには、それもすっからかんになってしまった。
「うーん、やっぱりこれ、ここの特産品になるよねぇ〜」
「酔っぱらってる人に言われると、まるで説得力ないですが、でも確かにそうですね」
律君も認めた。うん、これを「イエーレ名物」として貴族に売れば、かなり売れるぞ。コーラと一緒に売ろうかと思ったが、いっそ王都のエール工房とコラボした方が売れるかもしれない。まさか、エールとこれほど合うとは思わなかった。
なんて考えていたら、井上大尉が現れた。
「美優殿、実は折り入って……って、あの、酔っぱらってません?」
「はい、大尉殿。倉田さん、街の人と試作のポテトチップスとフライドポテトを食べ続けて、ついでにここのビールを飲んだので、この有様です」
「いやあ、ビールと言っても、うちの星のやつより薄いから、まだまだいけるよ〜」
ほろ酔い状態の私に、井上大尉はなんだか呆れ顔だ。まあ、昼間っからビールを飲む営業なんて、呆れられて当然か。
が、そんな私の酔いが覚めるようなことを、井上大尉が言い出す。
「まあいい、実は美優殿に、おり入ってお願いがあるんです」
「お願い? ポテチですか〜?」
「いや、そんなちっぽけな話じゃない」
「えっ、ポテチよりもでかい話なんですかぁ? で、どんな話ですぅ?」
「ここにですね、大規模な修理用ドックを備えた軍事基地を作りたい。建設許可をもらいたいのですが」
それを聞いた瞬間、酔いが一気に覚めた。ポテトチップスなんて、本当にちっぽけだと思えるほどの、どでかい規模の話が井上大尉から告げられた。




