#22 領地
そういえば私、ボアルネ男爵家を受け継いだために、その領地も引き継ぐことになってしまった。この若さで、しかも平社員の分際で、領主になった。
その領地は「イエーレ」という街。王都から見て東側にあり、馬車だと四日、トラックや車なら一日はかかる距離だが、人口は一万人と、男爵領にしてはかなり大きな街である。
それだけの街だから、よほど大きな産業があるに違いない……と思っていたが、今はさびれつつあると聞いた。元々は東側と接するパニッシュ王国との交易で栄えていたのだが、そのパニッシュ王国との関係が険悪になったため、交易が途絶えがちなのが原因だという。
それだけの人口を抱えた街が、窮地に陥っている。元々のボアルネ男爵が陛下に反旗を翻したのも、どうやらその辺りの事情があるようだ。つまり、今の国王陛下は周辺国を敵に回し過ぎた、と。
そりゃあ自身の領地の盛衰に関わっているとなれば、黙ってはいられないよね。でも、だからといって陛下にたてついたところでどうにかなるわけじゃない。もう少し、何とかできたんじゃないだろうか?
そう思った私は、休日を利用してその自身の領地へと出向くことになった。
遠い街ゆえに、レンタカーで一日中、走る。幸いなことに自動運転で行ける場所となっていたため、金曜日の夜に出発、寝てる間に夜が明け、昼頃には目的地に到着した。
到着と同時に、その街の光景を見て愕然とする。
あれ? なんかめちゃくちゃ、寂れてない?
建物が並んでいるが、行き交う人々の数が、街の規模にたいして明らかに少ない。馬車が三台ほど、走っていくのが見えるだけだ。
とにかくだ、今日、泊まる場所を探そうか。私は宿の場所を尋ねようと、とある店に立ち寄る。扉を開くと、中には数人の客と体格のいい女店員がいる。どうやら飲食店のようだ。
「いらっしゃーい」
なんかやる気のない店員だな。私は尋ねる。
「あの、ちょっとお聞きしたいんですが」
「なに? 客じゃないなら、帰って」
うう、一応これでも、この街の領主なんですけど。しょうがない、何か頼むか。
「じゃ、じゃあ、注文するから。ところで、メニューはありませんか?」
「ほいよ」
そのやる気のない店員から渡されたのは、わずか五品だけが書かれた貧弱なメニュー表だ。アレッシア王国の言葉は分かっても、文字は読めない。だから、スマホでアレッシア文字を解読させる。
なになに……アリゴ? タルティフレット? ペイザンヌ? アッシ・パルマンティエ? そしてポテトグラタン。
うーん、最後のだけは分かるけど、他の料理は何? よく分からないけど、ここはペイザンヌってやつにしてみようか。
「あいよ、ペイザンヌね」
そう言うと、店員は奥の調理人に注文を伝える。すると料理人は、何やら包丁で刻み始めた。
ジャガイモに玉ねぎ、そしてニンジンを刻んでいるようだ。が、ジャガイモの割合が多い。次いで玉ねぎ。ニンジンは、申し訳程度入っているだけだ。
それを、フライパンで炒め始める。なんていうか、簡素な料理だな。にしても、職業病だろうか、その調理人が使っているフライパンが気になる。
なんていうか、ぼこぼこだ。使い古しているなんてレベルじゃない。もう無理矢理使ってる状態だ。調理器具を売り歩いているという職業である手前、そのフライパンの劣化具合が気になって仕方がない。
「ほらよ。銅貨七枚だ」
料理を抱えた店員が、まずお金を要求する。この店、料理を食べる前に料金を取るのか。にしても、銅貨は持ち合わせていない。銀貨なら、何枚かある。
ということで、銀貨を一枚、出した。銅貨にすると十枚分。それを受け取った店員は、不愛想にこう返す。
「悪いけど、釣銭がないんだよ」
は? そんなわけあるかいな、と思ったけど、要するに残りはチップで寄こせってことだろう。まあ、たいした金額じゃないし、私はこう答える。
「あ、いいですよ、お釣りは」
「そうかい、悪いね」
まんまと銅貨三枚分を儲けたと思ってるだろうな。で、ようやく料理が目の前に置かれる。
その料理だが、簡単に言うと「刻んだ野菜の炒め物」だ。肉は……全然、入ってないな。にしても、やはりジャガイモが多い。八割がジャガイモで、二割近くが玉ねぎ。申し訳程度にニンジンが入っているくらいだ。なんという偏り具合か。てことは、よほど物流が滞ってるものとわかる。
「で、あんた、何を聞きたかったんだ」
私がほぼジャガイモだらけのペイザンヌという料理に悪戦苦闘していると、店員が尋ねてきた。
ああ、そうだった。宿泊場所がないかと聞こうと思って、ここに来たのだった。
「え、ええとですね、この辺りに宿はありますか?」
「なんだ、そんな事を聞くためにわざわざ注文してくれたのかい?」
そんなことって……客じゃなきゃ帰れと言ったから、頼んだのに。覚えてないのか、この店員は。
「宿なら、この隣だよ」
ところが、帰ってきた答えがこれだ。なんだってぇ? それじゃ、一軒となりに最初から行ってたら、ジャガイモだらけの炒め物を食べずに、釣り銭も取られずに済んだってこと?
「あ、そうなんですね……ところで、お水、あります?」
「ああ、銅貨三枚だ」
宿屋の場所は分かったものの、せっかくの食べ物を残すわけにはいかない。が、さすがにジャガイモだらけ過ぎて、水が欲しくなってきた。それで私は水をもらおうとする。
で、銅貨三枚だが、さっきのお釣りのことなど微塵も出さず、さらに要求してくる。
「あの……それはさっきのお釣り分で……」
「ああ!?」
「あ、はい、いいです、払います、お水代」
当然、銀貨しかない。で、案の定、またお釣りが出せないという。結局、銀貨一枚のお水を飲む羽目になる。
なんとまあ、がめつい店だな。私が他の星から来た者だと知ってのことだろう。まあ、金額は大したことはないし、この程度はどうでもいいんだけど、こういうことされると、店の信頼をなくしちゃうよね。二度と来るかと思う。
それよりもだ、どうしてもあの使い古されたぼろぼろのフライパンが気になって仕方がない。私は思わず、店員に声をかける。
「あの、ですね」
「なに?」
「ちょっとお聞きしたいんですけど、あのフライパン、変えないんですか?」
私がそう言うと、その女店員は睨みつけてきた。
「ああーっ!?」
「あ、いや、ちょっと気になったもので」
「変えられるなら変えてるさね! だけどさ、今じゃ交易が途絶えかけてて客もあまり来ないし、フライパンを買い替えるどころじゃないんだよ。そろそろ、店をたたもうかと思ってるくらいだ」
「そ、そうなんですね」
「まったく、ここの領主のボアルネ男爵ときたら、この惨状を見に来やしない。それどころか、陛下に反逆して、王都を追い出されちまったって話だ。ったく、何をやってるんだか」
うん、そうだね。ちなみに私もその時、その反逆者と戦った者の一人なんですけど。でもまあ、店員さんの言う通りだ。どう見ても客が少ない。この惨状は、何とかしないといけないな。
「ところで、なんですけど」
「なんだい!」
「あ、いや、その……新しいフライパン、持ってますけど、要ります?」
そう言いながら、私は持っていたカバンの中からフライパンを一つ、取り出した。
「な……なんだね、このピカピカのフライパンは?」
「ええと、護身用というか、サンプルというか……とにかく、いろいろな用途があるので、私は自身の会社の製品を持ち歩いてるんです」
「へぇ、あんた、調理具を売り歩いてるのかい?」
「ま、まあ、そんなとこですけど……よかったら、差し上げます」
「えっ、こんな立派なもん、もらってもいいのかねぇ!?」
「本当は、専用の洗剤とスポンジを使った手入れが必要なんですけど、まあ手入れしなくても、今のフライパンほど酷いことにはならないと思いますよ」
「そうかい? んじゃ、せっかくだし、いただいとくよ」
そう言いながら、女店員は料理人のもとにそれを持っていく。銀色に光るそれを見た料理人が、目を輝かせる。そりゃそうだろうな。この街じゃ絶対に手に入らない代物だし。
と、そこに一人の男が入ってきた。
「いらっしゃーい」
「おう、一人前、適当に見繕ってくれ」
「あいよ。といっても、ここじゃ先払いだよ。銀貨二枚だ」
「構わねえ。俺は王都から来たものだ、なるべく豪華なやつで頼む」
「へぇ、王都からはるばるねぇ」
「おうよ、とあるお方に頼まれて、ちょっといろいろな街を回ってるんだ」
「そんじゃ、タルティフレットとお水で」
えっ、豪華な食事って、タルティフレットってやつだったの? しかも、銀貨二枚で水付きときた。私が払ったお金と変わらないじゃない。
うーん、なんだかちょっと腹立ってきたな。だったら私も、そのタルティフレットってやつを頼めばよかった。店を一軒、間違えたばかりに変な料理は食わされるし、お釣りは取られるばかりだし、おまけに、見るに見かねてフライパンまで渡してしまった。どう見ても、大損だ。
今日は運が悪いな。食べ終わったらすぐに宿に行き、その後、ちょっと街を見回りしてからさっさと寝よう。そう思っていたが、あのフライパンを使った料理人が騒ぎ出す。
「な、なんだぁ、このフライパンは!」
えっ、何か不備があったのか? いや、そんなはずはない。うちのはあの、特殊コーティング加工の製品だ。少なくとも、さっきのフライパンよりは使い勝手は良いはずだ。
「どうしたんだい、あんた」
「いや、信じられないくれえ、つるつるしてるんだよ、このフライパン。ほれ。しかもちっとも焦げ付かねえし」
ああ、そっちに驚いていただけか。当たり前じゃん。当社自慢の特殊コーティングだよ。剣や炎魔法だって弾き返すほどの、つるっつるな品だ。もっとも、一週間もすると焦げ付きが始まってしまうが、それはごく普通のステンレス鍋に変わるだけだから、さっきのフライパンよりはぜんぜんいいはずだ。
「なんだ、それ、王都で大流行りのフライパンだぜ。それを知って、買ったんじゃねえのか?」
「いや、そんなことはねえ。こいつはもらいもんだ」
「もらいもん? そんないい品、一体、誰からもらったんだ」
すると女店員が出てきて、私を指差してこう言った。
「ああ、そこのお客だよ。なんでも、調理具を売り歩いている売人らしくてさ。なぜかうちに、一つくれたんだよ」
で、指された私はといえば、苦笑いをして返すしかなかった。が、その男が叫び出す。
「な、なんと、ミュー様じゃないですか!」
えっ? 私は一瞬、戸惑う。いきなりミュー様と言われても、私はその男を知らない。
だけど、王都から来たって言ってたよな。私は尋ねる。
「あのー、私、あなたを知らないんですが……」
「まあ、そりゃあそうでしょうねぇ。俺はアンリ様のもとで働く剣士でして、つい先日のミオ様がお帰りになるときの晩餐会では、端の方にいたんですがね。さすがに、知るはずもねえですか」
ああ、あの場にいた人なんだ。だから、私のことを知っているんだ。
「ああ、ごめんなさい。私、みんなの顔を覚えられなくて」
「いえいえ、当然でしょう。にしても、なんだってここに……って、聞くまでもないですね」
あまりに私に対して敬語を使うものだから、その女店員がその男に尋ねた。
「ちょ、ちょっと、ミュー様ってのは、どんなお方なんです?」
「えっ、ミュー様を知らないのかい?」
「知るわけないでしょう! 王都のことなんて、この街では知る者なんてほとんどいないさね!」
するとその男は大声で、こう告げた。
「このお方は、王国騎士団長の剣と炎魔術をも跳ね返す鍋やフライパンを王都中に広め、さらには陛下のお命をも助けたというお方で、さらに第二王子のアンリ様とも顔馴染みで、つい最近ここの領主様となった、ミュー・ド・ボアルネ男爵様だよ」
別に敢えて隠してたわけじゃないけど、私がここの領主だってことが、店中に知れ渡ってしまった。




