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#21 帰宅

「私、明日の便で帰るわー」

 美央が緊張感のない声で、突拍子もないことを言い出した。


「はぁ!? 明日ぁ!?」

「あれー? 言ってなかったっけー」

「初耳よ。なんだって明日なの」

「そろそろ帰らないと、大学が始まっちゃうよー。準備もあるしー」


 ああ、そうだった。こいつ今年から大学生なんだ。しかし、来るのも突然なら、帰るのも突然か。


「なに? ミオが帰ってしまうだと?」

「元々、短期滞在の予定でしたからね」

「そうだよー、おっかない目にもあったけど、楽しかったなー」

「これは、すぐにアンリ様に知らせなくては」

「えっ、なぜアンリ様に?」

「なんだ、知らんのか。地球(アース)七八八のことを毎日、ミオに尋ねていたのだぞ」

「あれ、美央、昼間はそんなことしてたの?」

「あれー、言ってなかったっけー?」


 そういえば昼間、何をしているかなど知らなかったが、王宮に出向いてそんなことをしてたのか。なんとまあ、畏れ多いことを平然とするやつだ。

 だが、アンリ様はすでに美央が明日、旅立つことを知っており、すでに美央の門出を祝う晩餐の準備がされているのだという。どおりで最近、アンリ様からやたらと食器の注文が多いと思った。


「いや、名残惜しい。もう少し、地球(アース)七八八についていろいろと聞かせてほしかったな」

「アンリ様ー、地球(アース)七八八にいらっしゃればいいんですよー」

「それはそうだがな、そう簡単にはいかんよ。こちらでまだ、することがたくさんあるからな」

「そだねー、アンリ様、忙しいですものねー」


 アンリ様は今、まさに貴族反乱の後始末に追われている。ほぼ未遂に終わったとはいえ、加担した貴族は処刑……という、物騒な処置ではなく、平民階級に落とされるという、むしろ死ぬよりも耐えがたい処分を下された。

 そうなると、お家取り潰しとなるところだが、その空いた貴族家を、他の貴族の次男や三男に継がせるなどの措置をして、貴族家の穴を埋めている。

 その人選がかなり大変な作業らしく、アンリ様がその重責を担っていた。で、王太子である長男の第一王子のエノワール様はといえば……そちらはそちらで、まさに陛下の王位継承の引き継ぎをしているらしい。王子ともなると、たとえ継承権がない第二王子であっても、することが山積みなようだ。

 もっとも、今の責務が一段落すれば、地球(アース)七八八に行く時間も取れそうだという。様々な社会システムや技術、人々の暮らしを調査するという目的を担っており、近いうちにイゾルデ様とともに、我が本星である地球(アース)七八八に来ることは間違いない。

 むしろ、私が帰れないんだよなぁ。年末の復活祭休みくらい、長期休暇を取らせてもらえないだろうか、と思っている。


 ちなみに「復活祭」とは、私の国の皇室に伝わる神話で、年末に大神がお怒りになり神殿奥に引きこもってしまった。世界が真っ暗になり、このままでは我が国の民が寒さにやられてしまう。そこで残された神が年明けと同時に、復活の祭りをその神殿の前で七日七晩行い、その音を聞きつけた大神が姿を現した、と言われている。その神話の故事に倣って、年末年始に七日間の休みを取るというのが我が国の通例だ。


 が、ここは本星ではないし、そんな休みを取らせてもらえるかどうか。あの支社長、労働基準法を無視した長時間残業を平気でやらせているくらいだからな。しかも、残業代無しで。そろそろ転職したいと思うほどだ。

 とまあ、そんな話はおいておき、美央の帰宅のための晩餐が始まる。


「では、ミオ殿の無事の帰還と祈りつつ、ミュー殿の男爵位授与を祝って、かんぱーい!」

「かんぱーい! って、ええーっ!? ちょっと、待ってください!」


 今、聞き捨てならないことが耳に入ったぞ。なんだってぇ、私が、男爵位授与ぉ?


「ちょ、ちょっとアンリ様! どどどどういうことですか!?」

「うむ、空いてしまった貴族家の一つで、ボアルネ男爵家を、ミュー殿に継いでもらおうかと考えていてな」

「あ、あの、私、女ですよ! こちらの貴族家は男子が継ぐものではないのですか!?」

地球(アース)七八八には、女社長も珍しくないと聞いた。ならば、女当主の貴族家があっても、これからの時代、おかしくはないだろう」

「で、ですが……」

「それにだ、貴殿は飢餓の村のために奔走し、かつ、貴族の反乱のときは、身を挺して陛下をお守りしようと、騎士団の前に立ちはだかった。これほどの忠義のものに爵位を与えずしては、これからの時代の王国は成り立たぬ。ゆえに、ミュー殿には男爵位を与えると、そう陛下が決断されたのだ」

「おめでとー、美優姉!」


 なんてことだ。なんだかますますとんでもないことになってきたぞ。聞けば屋敷も、侍女も、そして領地もあるという。過分すぎないか? 私はブラック企業の、いち平社員だぞ?

 あとで聞いた話なのだが、実は国王陛下は例のベントレー男爵の領地の村の惨状を聞き、その救済に向けて動いていたという。その時に、救済のための資金を与えられ、物資集めや輸送を命じられたのが、まさにボアルネ男爵だったそうだ。

 が、この男爵、あろうことか陛下から賜った資金を着服した。

 こういうことは度々起きていたらしいが、この一件がきっかけで、ついに陛下は反意を抱く貴族の一掃に乗り出すことを決意する。それで起きたのが、先日の事件というわけだ。で、ボアルネ男爵もまんまとその罠にかかった。今は平民階級に落とされ、王都からも追放された。果たして今、どこで何をしていることやら。

 そういった経緯で空いたのが、まさに「ボアルネ男爵家」という家名なのだが、本来、この男爵家が行うはずだったことをやってのけた私にこそ、この男爵家を譲るのが筋だということで、私はこの王国内で男爵家の当主にされてしまった。

 なお、王国貴族や陛下の前では以降、「ミュー・ド・ボアルネ男爵」と呼ばれることとなる。

 そんなサプライズの連続で、思わず疲れが出てしまった。晩餐会場の脇のテラスで、酔った私は少し涼んでいた。

 まもなく、この王国は春になる。まだ少し肌寒いテラスだが、あまりにも突拍子のない事実を知ってしまい混乱気味の頭を冷やし整理するには、むしろこれくらいがちょうどいい。


「どうした、男爵位授与のことが、そんなに驚きだったか?」


 と、そんな私のところに来たのは、アーシャさんだった。


「そりゃあ驚きますよ。他にも、美央が明日帰ることや、その美央がアンリ様の屋敷の通って教え役してたことなど、私の知らないことを幾つも知らされましたからね。疲れるのも、当然です」

「そうか、それは大変だったな」

「ですが、ここ最近、それ以上に驚いたことがつい最近、ありましたからね」

「なんだ、それ以上のことなんてあったか?」

「何を言ってるんですか。アーシャさんが陛下に反乱を企てている、その話を聞かされた時のことですよ」


 そう、はっきり言えば、今日の話など、あの噂を耳にした時に比べたら大した話ではない。


「……まあ、なんだ。極秘に進めねばならない話だったからな。とはいえ、まさかそちらの軍を動かし、さらにミュー本人まで王宮に乗り込んでくるとは思わなかった。今にして思えば、ミューには事前に話すべきだったな」

「当然です! あの時、本当に心配したのですよ! アーシャさんが大罪人になったらどうしようかって!」

「だからといって、騎士団の相手に鍋一つで挑んでくるやつがあるか!」

「しょうがないですよ。私、剣とか魔法は使えませんし。せいぜい鍋かフライパンしか持ってないんですから」

「そうか? お前、自覚がないかもしれんが、何かを持っているぞ。まさか、ただ運だけで、今の地位を得られたと思ってないか?」

「まあ、運の要素は大きいですが、それなりに努力しましたし、無茶もしましたから」

「いや、それだけでは説明がつかぬ。ミオといいミューといい、どこかお前ら、見えない魔法を持っている気がするぞ」

「えっ、魔法? でも、どんな魔法です?」

「上手くは言えんが、そうだな、人を惹きつける魔法、とでもいえばいいか」

「そうですかね?」

「万人には効かない。だが、騎士団長の私や裏社会の者、それにアンリ様や陛下までも味方になってしまった。これはどう考えても、偶然ではないぞ」


 うーん、言われてみれば、確かに。でもそれは別に魔法とまでは言わない。やっぱり運が良かっただけではないか。


「へー、私、魔法使いだったんだー」


 と、そこに美央までやってきた。


「ちょっと美央、あんたいつからここに?」

「美優姉が、大罪人がどうのこうのと言ってたあたりからかなー」


 まったく、主役が会場を抜け出しちゃいかんでしょう。


「ちょっと美央、あんたが会場から抜けたらだめじゃない。今日の晩餐会の主役なんだよ」

「でもさー、もう一人の主役が戻ってこないって、アンリ様に言われてさー」


 ああ、そうだった。私も主役にされてたんだった。


「ならば戻ろうか、ミュー。いや、ボアルネ男爵様」

「……なんか私、今、からかわれてませんか?」

「何をおっしゃいます、ボアルネ男爵閣下。今やこのアレッシア王国の、貴族の一員であらせられるのですぞ」

「いや、あっちに戻れば、ただの平社員ですけどね」

「まあ、その通りだけどな」


 とまあ、そんな感じのやりとりのあと、晩餐会場に戻る。そして、食事を堪能しつつ、アンリ様やイゾルデ様とも談笑する。

 そして、その翌日。


「美央、お父さんとお母さんに、よろしく言っといてね」

「分かったー、美優姉が、鍋を片手に騎士団と戦って、男爵になったって話しておくー」


 おい、それはあまりに端折り過ぎだろう。もうちょっと、ちゃんと経緯を話せ。


「それじゃあ、今度は復活祭の頃に、来れたら来るわー」

「ちょっと待って、復活祭の時は、私がそっちに帰るつもりだから!」

「無理でしょー、美優姉、ここの男爵だし、ブラック企業勤めだし」

「そんなの関係ない! なんとか頼み込んで、長期休暇を取ってやるんだから。とにかく美央、向こうでも身体に気をつけてね!」

「それは、こっちのセリフだよー。死なないでねー」


 この騒がしく雑な私の妹は散々言いたいことを言い残して、地球(アース)七八八へと帰っていった。


「寂しくなるな」


 隣には、アーシャさんがいる。わざわざあの無礼千万な宇宙港ロビーまで、見送りに来てくれた。


「いや、静かになっただけです。美央が来て二週間あまりの間、騒がしすぎましたからね」

「まあでも、ミオのせいばかりでもないだろう」

「そりゃそうですけど。でも、もしかしたら、美央にはそういうトラブルを引き寄せる魔法でもあったんじゃないかって思うくらい、いろいろとありましたよね」

「そうかもしれんな。となれば、この先は静かになる。やはり、寂しくなるな」


 美央を乗せて上昇する白い大型民間船が、徐々に高度を上げ、やがて雲の上に消えていく。静かになるなぁ。そう思うと、やっぱり少し、寂しくなってきた。

 が、そんなこともなかった。私はその日のうちに新たに得た屋敷に引っ越した。そこには、メイドと執事が一人づつ、そしてアミラも待っていた。


「おかえりなさいませ、お館様」


 それから、この屋敷から毎日、支社へ出勤するのだが、帰ってくるとこの通り、まるで貴族のような出迎えを受ける。いや、確かに貴族なんだけど。


「さて、このところミオ様ばかり相手にしてましたが、男爵様となられたミュー様に、しっかりご奉仕しなくてはいけませんね」


 で、同じく支社から帰宅したアミラが、早速私を狙って来る。そうだった、アミラのマッサージを美央に押し付けていたが、いなくなった途端、その矛先は私に向かうことになる。


「へぇ、男爵様ねぇ。そうは見えねえが」


 裏社会へ行けば、マルチェロさんが失礼なことを言ってくる。今日は栄養ドリンクの材料を届けに来たのだが、制服姿の私を見るなり、こう言い出した。


「それは本人もそう思っています。でも、しょうがないでしょう、私だって突然だったんですから」

「いやいや、実に陛下は真っ当な判断をされたと思うぜ。俺にとっても、貴族様とのつながりができたわけだし。そうは思いませんか、ボアルネ男爵様」


 あー、この人、絶対バカにしてる。パイプタバコをふかしながら、皮肉たっぷりな物言い。でもまあ、この人にはいろいろと助けられたしな。まあいいか。


「最近、またバハナ王国の動きが不穏だ。それで我が軍の強襲艦が派遣されることになった。が、陛下の顔を立てるため、王国貴族と騎士団長の立ち会いがあると、こっちだとしては都合が良い。頼まれてはもらえないか?」


 そういう余計な仕事を持ってきたのは、井上大尉だ。この人、後方支援担当だって言ってたけど、強襲艦派遣など、いろいろやらされてない? 軍も案外、ブラックだな。そもそも、連盟軍との間での戦闘もやるから、命かかってる職業だし。


「何だってこのところ、営業以外の余計な仕事ばかり請け負ってくるんだ! まったく、貴族になったからとたるんどるんじゃないのかね!?」


 で、会社にいけばこの通り、不機嫌な支社長の小言を聞かされる。特に私が男爵位を受けてからというもの、さらに機嫌が悪くなった気がする。

 だいたい、業務量に対して、人が足りないんだって。営業社員は、私と律君だけ。上司は支社長のみで、この人は一切、外回りをしない。文句を言ってる暇があったら、社員を増やしてほしい。

 と思いつつも、毎回、にこやかな笑顔でこう答える。


「はい、申し訳ありません。以後、気をつけます」

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