#20 反乱
「確かに、その話は裏社会にも入ってきている」
私は裏社会のマルチェロさんのもとへ行き、噂のことを尋ねてみた。まさかアーシャさんに尋ねたところで、本当のことなど答えてくれるはずがない。となれば、やはり裏社会が一番確実だ。
だが、それは同時に、その噂が本当だったという話になる。
「なんでも、裏社会にいる者の何人かが駆り出されるという話だ。その反乱に乗じて、今の陛下に反旗を翻したい貴族どもも、一斉に蜂起するようだ。急な話だが、今夜にも動くらしいぞ」
「ああ、それで裏社会にもその話が……」
「そこまで動いてるってことはだ、その噂、やはり本当なのだろうよ」
なんてことだ。あのアーシャさんが、陛下に対して反乱を企ててるだって? そんな話、とても信じられない。
王国騎士団といえば、陛下に忠誠を誓った、百人からなる精鋭騎士の集まり。剣だけでなく、魔法も使える者が多く、まさに国王とこのアレッシア王国を守るための集団だ。
つい先日など、飢餓に苦しむ人たちを救うため、そして餓死者を弔ったばかりだ。そんなことまで手がけた人たちが、陛下に反乱を起こす意味がわからない。
が、その理由らしきものを、マルチェロさんが教えてくれた。
「なんでもその、飢餓の村を見たのが、騎士団が反乱を起こすきっかけになったらしい」
「えっ、そうなんですか? でも、なぜ」
「そりゃあそうだろう。あの時、国王陛下は何をした? 本来ならばあんたらの軍が動くよりも先に、国王が救済の手を差し伸べるべきだろう。にもかかわらず、その国の長たるべきものが何もしなかった。それが、決定打となったと聞いたぞ」
そういう理由なんだ。確かに、あの光景を見た後に王国としての動きを見ると、そう感じてしまうのは当然だ。私もちょっと、陛下を見損なってしまった。
でも、だからといっていきなり反乱はないでしょう。どうしてアーシャさんほどの人が、そんな短絡的な動きをする? もう少し、穏便な方法があるだろうに。
そこで私は、その足で王都騎士団のいる駐屯所に向かう。
「おお、ミューか。わざわざくるとは珍しいな」
「はい、近くに用事があったものですから」
反乱を企ててるとはとても思えないほど、穏やかなアーシャさんが現れた。
「そういえば、村の方は順調なようだな」
「そうですね。おまけに、作物が育たなかった原因も、律君が見つけ出してくれまして……」
「なんだと? リッツのやつ、そんなことまで調べていたのか」
などと、反乱に比べたらたわいもない会話を続ける。が、私はそこでふと、話題を変える。
「ところでですね、嫌な噂を聞いたんですが」
その瞬間、一瞬、アーシャさんの眉間にしわが現れる。やはり、何か隠しているな。私は構わず、続ける。
「ほう、どんな噂だ?」
「ええ、なんでもまた、陛下を狙う輩がいるらしいですよ」
「そ、そうなのか!? で、それが誰か、聞いたのか?」
「いえ、そこまでは……でもまあ、王国騎士団がいる限り、陛下は安泰ですよね」
「ま、まあな」
どうも歯切れが悪い。やはり、あの噂は本当だったのだろうか。この反応を見るに、そう考えざるを得ない。
「ともかく、我々に任せることだ。今夜あたりから、警戒を強化することにしよう」
アーシャさんは私に、そう告げた。そこで私は悟る。
つまり、今夜決行するつもりなのだな、と。
それらの情報をもって、再び軍司令部を訪れる。
「やはり、そうか」
「はい……信じたくはありませんが、総合的に判断すると、そういうことになります」
「大将閣下、やはり部隊を派遣すべきかと!」
「そうだな。守備をしやすいよう、陛下には玉座の間にて待機してもらうよう進言しよう。それから、強襲艦を三隻、王都上空に待機。動きがあり次第、人型重機隊を発進させる」
「はっ!」
大ごとになってきたな。でも、そりゃ当然か。前回のシャルテロー家の時は、まさに王国騎士団と私が、その陰謀を打ち砕いた。だが、今度の相手は騎士団そのものだ。
王国最強の戦士が揃う。とはいえ、我が地球七八八の軍を前に、騎士団は無力だ。
いや、その前に、アーシャさんの身が危ない。このままではアーシャさんは軍に阻まれ、確実に大罪人にされてしまう。
そこで私は思いつく。そう、今夜、私はなんとしてでも、アーシャさんを説得すると。
王宮にはすんなり入れた。アンリ様より賜った品を届けにきたと、そう偽って中に入り込んだ。手に持っているのは、片手鍋ひとつ。
そう、以前、アーシャさんの剣と魔法を弾いた、あの鍋と同じものだ。私は敢えて、それを選んだ。
そのままアンリ様の屋敷には向かわず、玉座の間につながる一本の廊下に私は立った。必ずや、王国騎士団はここを通る。
ふと、私は考える。
今夜こそ、私は死ぬかもしれない。これまではどうにか防げたものの、今、アーシャさんが持っているのは、あの伝説の剣、「剛剣」だ。
岩をも叩っ切るあの剣を、こんな特殊コーティングごときで防げるはずがない。一刀両断されるのがオチだ。勝ち目のないことなど、分かっている。
分かってはいるけど、それでも私はアーシャさんを止めなきゃならない。
アーシャさんを、大罪人にはしたくない。その想いだけが、私を今、駆り立てている。
ごめんね、美央、そしてお父さん、お母さん、それにアミラ。あと律君にも、お世話になったな。支社長は正直、嫌いだったけど、考えようによってはあの人が支社長だったからこそ、私はこの星で比較的自由に動き回ることができたようなものだ。
それも今夜で、終わりになるかもしれない。多分、終わりになる可能性の方が高い。
でも、今回ばかりは避けられない戦いだ。どうにかして、説得してみせよう。わずかな希望を抱いて、私は通路に立つ。
やがて、通路の向こう側からかちゃかちゃと、甲冑同士が擦れ合う音がする。
そう、ついに王国騎士団が、現れた。
「おい、そこにいるのはミューか!」
先頭に立つのは、やはり騎士団長のアーシャさんだ。私は答える。
「アーシャさん! 考え直してください!」
「か、考え直すとは、何をだ!」
「陛下の命を、狙っているのですよね!?」
一瞬、静寂が辺りを包む。が、アーシャさんはあの剣を抜く。そしてこう私に告げた。
「お前も見ただろう。あの村の惨状を」
「見ました! だから、アーシャさんの気持ちも、分かってるつもりです!」
「ならば、そこをどけ! 腐敗したこの国を、正さねばならん! だから我らは立ち上がった!」
「分かります。分かりますが、それじゃ大罪人になってしまうじゃないですか!」
「構わぬ! 王国を救うべき者が、王国を憂いて行動し、その結果として大罪人になるならば本望だ!」
「この先には、すでに我々の軍がいます! たとえその『剛剣』をもってしても、勝ち目なんてありません! それでも、戦うんですか!」
「当然だ! 騎士団の誇りにかけて、この国のために尽くす!」
そういうと、アーシャさんの剣が白く光り始めた。
「もはや、話し合っても仕方がないと、いったところか」
「あ、アーシャさん……」
「そこをどかぬというなら、たとえミューであっても、私は斬る!」
ああ、ついにアーシャさんがあの剣に魔力を込め始めてしまった。あれで斬られれば、確実に助からない。が、私は片手鍋を両手で構えて、こう叫ぶ。
「アーシャさんが大罪人になるくらいなら、斬られた方がマシです!」
もう涙が止まらない。これまでのアーシャさんとのやりとりが思い出される。最初は怖かったけど、いや、それ以外でも怖いなと思うことは多々あったけど、この人はとても純粋で、そして強い人だ。
だけど、そんな人が大罪人としての汚名を着せられる行為に及ぶのを、ついに止められなかった。
やっぱり私は無力な、ブラック中小企業の、いち平社員だ。
と、私が覚悟を決めたその時、急にあの剣の白い光が消える。
そして、ため息をつくアーシャさん。
「はぁ……」
まさか、説得に成功した? だが、そうとも言えないようなことを言い出す。
「こんなことなら、最初からミューにちゃんと話しておくべきだったな」
そうアーシャさんが言うと、私に手招きする。
なんか、妙だな。なんだろう。私は恐る恐る、アーシャさんのそばに寄る。
するとアーシャさんは、私にこう、耳打ちする。
「陛下への反乱は、あくまでも偽装だ」
一瞬、私は理解できなかった。が、アーシャさんは続ける。
「貴族には、陛下の意図に従わない者が何人かいる。それを一網打尽にするため、敢えて騎士団が反旗を翻すと、そういう噂をその貴族どもに流したのだ。そうすれば今夜、やつらは大挙して押しかけてくる。それを騎士団で取り囲み、捕まえるという策だ」
「えっ、それじゃあ、陛下の命を狙うつもりなんて……」
「元から、そのような意図はない。これは陛下もご存知のことだ。ともかく、もうすぐその貴族どもが集結する、すぐに陛下のもとへ向かうぞ」
アーシャさんは剣を鞘に収めると、走り出した。続いて、騎士たちも走り出す。私もアーシャさんについて行った。
「お前らの軍も、もう陛下から事情を聞いて把握しているかもしれんが、一応、軍に連絡しておけ。敵は、後方の貴族どもだ、と」
「は、はい!」
私は走りながら、井上大尉にメッセージを送る。
「敵は、騎士団にあらず、反逆者は、そのあとからやって来る貴族らだ」と。
そして、玉座の間に到着する。
「なんだ、倉田殿も来ていたのか。ここは軍に任せればよかったものを」
出迎えたのは、井上大尉だ。すでに玉座の間には、十体の人型重機が陛下の周りに配置されている。
「やれやれ、噂が軍にまで漏れていたとはな。騎士団として、不覚であった。が、そなたらもすでに、陛下から仔細を聞いておるのであろう」
「はい。おっしゃる通りです」
「ちなみに、ミューには今、知らせたところだ。私を止めようと、通路の真ん中で説得された。最初からこやつを巻き込んでおくべきだったと、今にして思う」
「そうですね、そうしてくれていれば、我らももう少し賢い作戦を立てられたのですが」
「まあいい、もう来るぞ。騎士たちよ、抜刀!」
王国騎士団が、一斉に剣を抜く。
「これより先、やつらを一人たりとも通すな!」
「重機隊、さらに十機投入。今、玉座に向かっている集団の、背後を取れ」
騎士団と軍が、連携を始めた、私も片手鍋を両手で構えて……
と意気揚々の私の腕を掴み、ひょいと抱えられる。
「おい、民間人の出る幕じゃないぞ」
「な、何いってるんですか! 私は今までだって、こうして戦ってきたんです!」
「戦いにはならない。やつらの戦意を奪い、そのまま一斉に捕縛する。だから、僕の後ろに下がってて」
そう言われて、私は井上大尉の後ろに下がらせられた。うーん、ちょっと不本意だな。
『国王陛下に反旗を翻す者たちに告ぐ! もはや、貴殿らは我ら、および王国騎士団の包囲下にある! 無駄な抵抗をやめ、直ちに武装解除せよ!』
玉座の間に駆け込んできた兵士たち、および貴族らが、その圧倒的な護衛を前に歩みを止める。
そう、味方だと思っていた騎士団が、こちらに刃を向けている。おまけに、とんでもない巨人と、群青色の服を着た幾人ものこちら側の軍人らが、銃を構えて立っている。
それを見て、逃げようとする者も現れる。が、井上大尉を含む軍人たちが、拳銃で威嚇射撃をする。
『動くな! 次動けば、当てるぞ!』
人型重機に取り付けられた拡声器で、玉座の間にいる者たちに呼びかける。その場でへたり込んだ反乱側の兵士や貴族は、軍や騎士団によって次々に捕えられる。
なお、この時、途中で騎士団の豹変に気づいて引き返す者がいた。が、玉座の間につながる通路の反対側にはすでに騎士団と軍がおり、やはり同様に捕えられてしまった。
結果としてこの夜、貴族が五人、そして兵士が数十人、捕えられた。まんまと王国騎士団の策にはめられて、本性を現して捕まってしまった。
もっとも、私もその策にはまってしまった一人だから、人のことは言えないけれど。




