#19 炊き出し
「想像以上だな……」
飢餓の実態は、予想以上だった。蓄えは全て食い尽くされ、あちこちで餓死者が放置されている。その村に漂う悪臭に、私は思わず鼻をハンカチで覆う。
強襲艦から十体の人型重機が、「軍事行動の停止」の名目で降りてきた。が、その惨状に、パイロットたちも言葉を失う。
「軍事行動は、強襲艦により、未然に阻止された。が、現地住人の食糧事情が逼迫化しているのを確認。これより、救命活動に移る」
私の横で、井上大尉が無線機にそう叫んでいた。元より、そのためだけにここまでやってきたようなものだ。アーシャさんたちは今回、その口実に過ぎない。
「このような惨状を目の前にして、王国騎士団としても指をくわえて見ているだけなどできない! 我らも動くぞ!」
アーシャさんが、百人の騎士に命じて行動を開始する。やるべきことは、単に食料を配布することだけではない。
まずはトラックから大型の鍋が十個、下ろされる。それを人型重機が並べて、大量の水を入れて粥を作り始めた。
長期間、何も食べていない住人にいきなり普通の食事を与えると、それ自体で命を失う場合もある。消化の良い粥をまず与え、徐々に普通の食事に戻していく。
一方の騎士団だが——こちらの方が、むしろ過酷な役割かもしれないのだが——道端や家屋の中にいる餓死者の遺体を、村の広場に集める。
中には腐敗したものもある。その多くに欠損したものもあるが、それはつまり……いや、考えるのはよそう。それほどまでの飢餓地獄が、ここでは繰り広げられていたということだ。
さて、村の道端には、生き残った村人が列をなし、できた粥を受け取っていく。住人は、全部で数百といったところか。歩けない者は、兵士が担いで連れてくる。
テントが作られ、簡易の医療施設も作られた。栄養失調時には抵抗力が落ち、伝染病が流行りやすい。それを調べるためだ。
「はぁ……なんとか、我が村は救われた……」
私の傍で、ベントレー男爵がそう呟いた。が、私はふと、不思議に思う。
他の地域では、これほどの飢餓が起きていない。どういうわけかこの地だけ、今年は作物が育たなかったという。
何か、ここだけ異変が起きている。が、今はその前に、やらなきゃならないことがある。
広場には餓死者が山のように集められた。その山に向かって、アーシャさんが炎魔法を放つ。
「……我が炎の精霊よ、我の左手に鎮魂の炎を顕現し、道半ばにして亡くなった者たちを弔いたまえ!」
放たれた炎の球は、餓死者たちを焼き尽くす。わざわざこのようなことをしたのは、伝染病予防のためだ。往々にして、飢餓に陥った村や街では、しばしば感染症によって二次的な死者が出てしまうことが多い。
「軍としても、しばらくはここで彼らの救助活動を続けることとなった。もちろん、軍事行動を未然に防いだ、という報告もつけてあるがな」
いちいち建前がないと動けない組織だが、いざ動き出すと、その行動力は凄まじい。あとは、任せるしかないだろう。
「美味いねー」
「うん、美味しいね」
私のそばで、支給された粥を食べる親子がいた。いずれも痩せ細っていたが、なんとか救われたのだ。一方で、死んだ子供も多い。むしろ、大人よりも子供の方が多く亡くなった。抵抗力の差が、こういうところではもろに出る。
ああ、もうちょっと早く動けたら、あと何人かが救われたかもしれない。そう思うと、やはり私自身の力のなさを痛感する。所詮は中小企業のいち社員だ。せめて支社長くらいの権限があれば、もうちょっとやりようはあった気がしてならない。
「我々としても、もう少し詳細に状況把握をすべきだったな。ここまでくると、もはや災害級だ。それだけで、軍が行動する理由になったな」
おそらくは、井上大尉も同じような気持ちでいるのだろう。互いにこの惨状をなんとかできたかもしれないという思いを、この光景を見て抱かざるを得ない。
その日の夕方には、救助活動にあたる軍の一部を残し、私も王国騎士団も引き上げることとなった。私はアーシャさんと共に戻る……つもりでいたのだが、井上大尉の強襲艦に乗り込むことになった。
「あの、わざわざお送りいただき、ありがとうございます」
「いや、貴殿の訴えがなければ、軍は動けなかった」
「は、はぁ……ですがなぜ急に、軍が動くことに?」
そう私が質問すると、井上大尉は率直に答える。
「単刀直入に言おう。我々、地球七八八とアレッシア王国との間を取りもつ者が必要だったからだ」
「えっ、取りもつって……確かに私は王国の人たちと商売上の交流はありますが、見ての通り、ただのいち社員ですよ」
「いや、王国内においては、貴殿はその程度の認識ではない。評判はもちろんだが、一方でそれを妬む者もいる。誘拐事件や、貴族に刺されそうになったほどであろう」
「ああ……まあ、確かに」
「逆に言えば、それだけ陛下の信頼を得ているということの裏返しでもある。残念ながら、我々、地球七八八遠征艦隊の総司令部に、王室とそこまでのつながりがある者はいない」
「そうなのですか? でも、大将閣下などは爵位を受け、社交界などに出向いていると聞きましたが」
「確かに、軍の将官以上は爵位を授与されている。が、上辺だけの付き合い、といった方がいいだろう。それほど我々の軍上層部は、そこまでこの王国から信頼されているというわけではない」
「はぁ……ところで、その王国との繋がりがある者がいると、軍としてはどのようなメリットがあるんですか?」
「僕は後方支援の担当だ。となれば、食糧や物資の確保が必要となる。今はまだ大半を本星からの供給に頼っている状況だが、いずれは現地調達できるようにしなくてはならない」
「……つまり、そのための農地確保だったり、現地の人たちを集めたりする上で、陛下や貴族たちの協力を得たい、と?」
「そういう交渉には、信頼があって好印象な人物がもっとも適している。そうは思わんかね?」
「まあ、そりゃそうですよね。それは、営業の基本でもありますし」
「それで、貴殿に恩を売り、その見返りとして、現地人との仲介役を頼みたい。それが一番の動機ではあるのだが、そればかりでもない。このアレッシア王国というところは、やけに権力闘争が激しい。近いうちに、何かが起こりそうな情報もある。その辺りの事情も、我ら軍としては無視できない」
「は、はぁ……」
「場合によっては、探りを入れてもらうことになるかも知れない。その点では、陛下のみならず、裏社会にも通じている貴殿の人脈が役に立つだろう」
あれ、裏社会にまで通じてることがバレてるぞ。うーん、どこまで知ってるんだ、この軍人は。
「ともかく、何かあったら貴殿に頼ることになる。そのきっかけが、今回の取引というわけだ」
「は、はぁ……」
「ということで、これからも頼む」
「はい、是非とも、弊社をご贔屓に」
そうこうしているうちに、王都レイバンのアレッシア宇宙港に到着した。私は自社に戻る。
にしても、とんでもないことを聞かされたぞ。なんだって、私をこの王国と軍との間を取りもつための「道具」にしようとしてるってことか。
とはいえ、おかげで軍の調達企業の一つに加わることになった。となればこの話、断るわけにはいかなかった。
で、事務所に戻るや、律君が興奮気味に私に報告した。
「あの村の、作物が育たなかった理由が、分かったんですよ!」
そういえば律君も、トラックに同乗してついてきていたが、トラックが引き上げると同時に帰っていったはずだ。が、そんな短い時間で、何が分かったというんだ?
「その理由って、なんなの?」
「塩害ですよ」
「塩害?」
「つまりですね、多量の塩が、土壌に含まれてたってことです」
そこから、律君がとくとくと語り出すのだが、私が理解したことは以下のことだけ。
あの場所は乾燥地帯のため、川の水を引き込んでの灌漑農業を行っていた。が、その結果、徐々に土壌が流れ出し、代わりに地中奥深くにあった岩塩が徐々に地表に出てきて、その結果、作物が育たない土地になってしまったのだという。
昨年までは、その塩害に比較的強い大麦を育てていたが、今年はそれすらも育たなくなった、ということのようだ。
だから、あの土地の回復には、大規模な土壌回復工事が必要だと力説された。
「……ええと、つまりはそれを、軍に伝えればいいわけね」
「はい! 倉田さんならきっと、やってくれるはずです!」
うーん、いくら軍と繋がりが持てたからといって、そんなことまで頼んでくる? 律君自身が言えば良かったことじゃん。全く、何でもかんでも頼りすぎだよ。
「へぇ、とうとう軍にまで、潜り込んだんだー」
「さすがはミュー様ですね」
などと言いながら、帰ってきた私を出迎える美央とアミラだが、二人とも、タオルを纏っただけの姿で、しかも汗だくで……おい、私が帰ってくるまでに、何をしていたんだ。って、聞くまでもないか。
「でー、その村は救えたんだよねー」
「いや、でもさ、やっぱりちょっと、遅すぎたかなって……」
「それでもさー、美優姉が動かなかったことを考えると、ずっとマシだったわけじゃない。昔からそうだけど、あまりさー、後悔しない方がいいよー」
相変わらず、能天気な妹だ。こういってはなんだが、現場を見て同じことが言えるのか?
さて、その翌日。私は軍司令部から急に呼び出しを受けた。
つい昨日、話をしたばかりだというのに、やけに急だな。何かあったのかな? まあ、ついでに律君の塩害の話をしておこうと考えつつ、私は軍司令部に向かう。
無人タクシーが、軍司令部の前で止まる。ここに来たのは、これで三度目だな。最初は、バハナ王国との戦闘の場にいたことを怒られるため呼び出された時、二度目は先日の飢餓救済の陳情で訪れた時、そして三度目となる今回は、なんだろうか?
で、私はそのまま司令部の上層階にある会議室に向かうことになった。上層階は、特に軍の機密情報を扱う場だ。
そんなところに、私は通される。そこにいたのは、井上大尉に……あとは、軍服から察するに、大佐クラスの人と、そして将官が一人。
「あ、あの、昨日は村人の救出をしていただき、ありがとうございます。ベントレー男爵に代わって、お礼申し上げます」
「うむ、まあ我々ももっと早く動くべきであったな」
「と、ところで、あの村だけ作物が取れなかった理由なんですが、どうやら塩害だったみたいで……」
「うむ、それならば軍としても、対処しておこう」
なんか、反応が薄いな。どうやら昨日の村のこととは無関係のようだ。なんの話で、私は呼び付けられたのだろう。
そんな中、井上大尉の前に座る大佐クラスの人が、突然、こう言い出した。
「倉田殿に、探りを入れていただきたいことがある」
やはり別件だ。それは間違いない。どうやら、軍が懸念するほどの何かが起きたか、起きかけているということだ。でなければ、こんな上層階に、しかも将官がいる場に私が呼ばれるわけがない。
「はい。で、どのような調査をすればいいのでしょう?」
そう私は尋ね返す。すると、驚愕すべき内容を、正面に座る将官が言い出した。
「王国騎士団が陛下に対し、反旗を翻すという情報が入ってきた。その真偽を、確かめてもらいたい」




