#18 飢餓
西方には、まさに今、飢餓に苦しむ村があるという。
そこの領主でもあるベントレー男爵が、私に相談を持ち掛けてきた。
「要するに、だ。その村を、飢えから救い出してほしい」
だが、わざわざ私に懇願しにやってきたその男爵の願いを、支社長は無碍にも断る。
「あなた様の提示したお金では、とてもそんなことはできませんね」
「いや、分かっている! だがいずれ、その村で作物が取れたならば、倍にしてでも……」
「そんなあやふやな約束では、とても受けられませんよ。お帰り下さい」
そういって、事務所から男爵を追い出してしまった。
「うう、力になれなくて、すいません……」
「いや、仕方がない。ともかく、他を当たるよ」
まったく、うちの支社長ときたら、儲からない話には一切乗ってこない。こういうものは、長い目で見れば信頼を勝ち取ることができるから、受けた方がいいのに。それに、上手くいけばその村の土地の借地権も得られて、そこで取れた作物を売買できるようになる。
そろそろ、調理器具だけでなく、食材も現地で調達しなくてはと考えていたところだ。だが、周囲の畑のほとんどは他の業者が抑えてしまった。荒れ地を整地して作られた新規の開墾畑は、その開墾を行った企業の持ち物となっている。
そんなところに、まだ誰も見向きもしていない土地を当社が占有できるのだ。ならば、その村人を救っておいて恩を売ることは、長い目で見れば当社の大きな利益を生み出すことになる。
だが、そういう発想はなぜかこの支社長にはないらしい。本当にこの人、営業トップの営業マンだったのか? 発想が目先過ぎないか?
しかしだ、支社長はああは言ったものの、どうにかしてその村人を救いたい。当社の利益につながる話も、当然ある。だがそれ以上に、人が死ぬ話を聞くのは嫌だ。
そうだ。そういえば、そういう話は軍が動いてくれるはずだ。連合軍規にも、戦乱で苦しむ人々を救済する条項があったはずだ。それを適用すれば、軍を動かせるかもしれない。
「いや、残念ながらダメですね」
ところがだ、軍司令部の方へ行くと、けんもほろろに断られてしまった。
「ちょっと待ってください! だって、人が飢えで死んでいるんですよ!」
「気持ちは分かりますが、戦場ならばともかく、何も起きていない場所で、軍が動くことはできないのですよ」
なんてことだ……こう言っては何だが、我が地球七八八の艦隊司令部はほとんど役に立っていないじゃないか。一度、私はその命を救われたことがあるが、それを除けば、ほとんどが軍の怠慢ともいうべき状況で、民間人の私が動かざるを得なくなっている。
「私も、何とかしたいとは思う。が、騎士団では飢餓を救う行動は取れぬ」
アーシャさんも、こういう時は使い物にならない。まったく、こうしている間にも失われる命がある。当地ではついに人肉食まで始まったという噂まで聞いている。もはや、一刻の猶予もない。
「うーん、さすがの美優姉も、お手上げかー」
美央が、ぐさりとひと言、こう言い放つ。くそっ、好きでお手上げ状態になったわけじゃない。困ったものだ。そう思いながら、とぼとぼと門の方へと向かう。
その門をくぐり、支社へ向かおうとした、その時だ。私は呼び止められる。
「噂の美優殿とは、貴殿のことか?」
ふと振り返ると、そこにいたのは私と同じくらいの年齢と思しき軍人だ。つけている群青色の軍服の階級章から、大尉だと分かる。私と同い年で大尉とは、かなりのやり手だな。
「はい、私が株式会社テラダの倉田 美優です」
「ああ、やっぱり。女騎士団長や裏社会の麻薬王まで味方につけ、国王陛下にまで信頼を得たという、あの美優殿とは、あなたのことでしたか」
随分と詳しいな、この軍人さん。ともかく私は、用事を尋ねる。
「で、なんでしょうか。今、私、勤務時間中なんですが」
「そうそう、本題を忘れるところだった。美優殿は、西方のベントレー男爵領の村を救いたいと、そう動いていると聞いたが」
なんと、軍人からその話が出てくるとは思わなかった。なにせさっき、司令部に出向いて断られたばかりだからだ。私は尋ねる。
「もしかして、軍が動いてくれるんですか!?」
私の問いかけに、この士官はそっけなく答える。
「いや、ダメだ。今のままでは」
ああ、やっぱりダメじゃん。じゃあなんだって、声をかけてくるんだか。しかしだ、この士官は続けざまに言う。
「だが、それは平時の話だ。何らかの軍事行動があれば、軍は動ける」
その言葉に一瞬、戸惑う私。何を言っているんだ、この軍人は。まさか飢えに苦しむ村で、戦争を起こせとでもいうのではあるまいな。
「それってつまり、あの村に争いごとを起こさせろと、そうおっしゃるのですか!?」
「いや、違う。まずは聞いてくれ」
「違うって、でも、それじゃどうやって軍を動かすというんですか!」
「まずは先に名乗るのを忘れてたな。僕は井上 遥人。階級は大尉で、司令部では後方支援を担当している」
「では伺いますが、その井上大尉さんは、何をすれば軍が動いて、村が救われるというんですか?」
「美優殿には、王国騎士団長と知り合いなのだろう?」
「はい、そうですが」
「その騎士団長に、ベントレー男爵領の村に出兵をお願いするんだ」
「えっ、だって、隣国が攻めてきたわけでもないのに、動くんですか?」
「理由なんて、どうにでもなる。まさに国境を接するマレイ王国に動きありという情報があったと、そういう話にすればいい。どうせ、この国ではそういう誤報は日常茶飯事らしいからな」
なんか、とんでもないことを言い出したぞ。つまり、空の報告で騎士団を動かせと言っていることになる。
「で、でも、騎士団が動いたからと言って……」
「いや、騎士団が動いたとなれば、話は別だ。我々は軍規に則り、争いを停止しなければならない。当然、現地住人への救命活動も行う義務が発生することになる」
私は、ハッとした。この士官、相当すごいことを言ってるぞ。要するに、空の戦をでっち上げ、それを口実に軍を動かすと言っているのだ。
「さて、話はそれだけじゃない」
「まだ何か、あるんですか?」
「そういう話は、この王国貴族や王族に明るいものが動いてくれる方が何かと都合がいい。だから、美優殿に動いてほしいんだ」
「いや、ですが私は、支社長から止められます。さすがに勝手なことはできません」
「だからこそだ、動くための口実を作る。騎士団を止めるために、我々が軍事行動を起こす。現地住人に被害が想定されるから、大量の医薬品と共に、食糧、そして調理器具が必要となる」
調理器具という言葉を聞いて、私の脳裏にある者が閃く。
「つまり整理すると、騎士団が動けば、それを軍が止める。そのどさくさで、救命活動のために軍が動く。我が社の製品を買い上げるから、私も動きやすくなる」
「どさくさは酷いなぁ。あくまでも、軍規に則った行動を我々は実行した。そのために、民間の協力も仰いだ。たまたまそれが、美優殿だった。それだけのことだ」
それだけって……かなり大胆なことを言ってるぞ、この軍人は。だが、もはやそれしか手がないと感じた。
「おやー、美優姉が、本気になってきたねー」
「当たり前でしょう! そうとなれば、アーシャさんのところへ行くよ!」
偶然、遭遇した士官のアイデアにより、私は村を救う手立てを得た。当然、支社にとっても悪い話ではない。
だけど、うちは今まで、軍と取引したことないなぁ。軍は実績のない会社との提携をしたがらない傾向が強い。それゆえに、うちの会社が軍需に関わることなどできなかった。が、あの士官はどうやってうちから、調理器具を発注するつもりなのだろう。
◇◇◇
「なるほど、軍事行動が起きる兆しがある、と」
「はい、ですからそのための後方支援を立案いたしました」
その書類をじーっと見る、井上大尉の上官である大佐が、ある違和感に気付く。
「ちょっと聞きたいのだが、どうしてこの大型鍋の調達先が、テラダという会社になっている?」
「現地に成形機を備えており、現場の判断に合わせた調理器具を揃えられるメーカーだからです」
「いや、そんな会社なら他にもあるだろう。クラウス社などは、すでに軍用の調達でも実績があり、かつ成型機も持っている。なぜ、わざわざこんな実績のない中小の会社に調達を依頼する必要がある?」
これまでの実績のないところに発注をかけることを嫌うのは、ある種、軍人の性かもしれない。命がかかった戦場で何度も戦っているせいか、実績のあるものにこだわるのおは仕方がない。だが、そんな返答は、井上大尉にとっては想定済みだ。
「はい、おっしゃる通りです。が、その会社にしかないものが、たった一つだけございます」
「なんだ、この中小企業にしかないものとは。何か、特別な技術かでもあると?」
「いえ、違います」
「ではなんだ?」
「王国の貴族、王族、そして王都内で『ミュー』と呼ばれる人物が評判になっていることを、御存知ですか?」
「ああ、聞いたことがある。なんでも、特殊コーティングの鍋やフライパンで剣や魔法をはじき返し、それゆえに騎士団長をはじめ、王族や貴族、そして国王陛下の信頼まで得ているとか」
「その通りです。で、この人物とつながりを持てば、この先、なにかと利用できると思いませんか?」
井上大尉のこのひと言で、上官が身を乗り出す。
「まさか、そのミューという人物は……」
「『倉田 美優』、株式会社テラダの営業で、その実直さと行動力、それに運も重なり、今や我が地球七八八の者でもっとも王国中に知られた人物となっております」
「しかしだな、利用できるとは、どういうことだ?」
「残念ながら我々、外部から来た者を疎ましく思う人々は多いのが現状です。が、我々の側にそんな人々の仲介役となれる者がいるとなれば、いかがです?」
「……後方支援部隊の使命は、現地より安定した物資調達を行い、それを最前線に送り届けること、だ」
「その現地調達の安定化に、この者は必ずや、役立つかと」
しばらく腕を組み、考える上官。そして、口を開いた。
「いいだろう。やや露骨な茶番だが、今後のことを考えると、悪くない茶番だな」
「ここじゃ、奇麗ごとばかり言ってられませんからね。それに現在、飢餓に苦しんでいる地域があるのも事実です。人命救助による王国内での評判を上げる機会と同時に、我々は大いなる人脈の種を得られることになります」
「分かった。上層部に、それとなく打診しておこう。この作戦案、直ちに実行に移してくれ」
「はっ!」
井上大尉はこの「ミュー」という人物を、まだ不安定な関係にあるアレッシア王国との懸け橋としての役目を期待していた。
そんな人物と、偶然にも王都への入り口の前で出会った。しかも、軍を頼ろうとして、司令部に現れたと事前に聞いている。
千載一遇のチャンスだ。
司令部ですれ違ったと聞いた時は悔やまれたが、運が味方した。美優を見つけた時に、井上大尉の脳裏には衝撃が走った。
すぐさま接近し、声をかけた。当然の帰結だろう。
咄嗟に思い付いたのは、軍を発動させるための茶番劇と、それを説得する文言だった。だが、あながち彼の直感は、悪いことではなかった。
◇◇◇
「えっ、そんなにたくさんの鍋を!? ありがとうございます!」
井上大尉からの電話で、私は大型鍋の大量発注を受けた。その数、十個。
ただの十個ではない。浴場にできるくらいの大きな鍋を十個も受注したのだ。こんな注文は、聞いたことがない。
しかも相手は、宇宙艦隊司令部だ。初めて、軍からの発注を受けた。
「いやあ、まさか軍からの受注を受けられるほどになるまで発達したのは、まさに私の努力の賜物というべきだな」
と、支社長が珍しく上機嫌だ。
いやあ、支社長は別に何かしたわけじゃないでしょう。もっとも、私もたまたま出会った士官が後方支援担当だったというだけで、得られた受注だ。単に運が良かったとしか言いようがない。
でも、私が軍の司令部にあの村の飢餓状況を訴えてなかったら、こんな話にはならなかった。飛び込んでみるもんだな。
「ということで支社長、明日、この品の納品に行ってきます」
「うむ、相手は軍だ。粗相のないようにな」
よほど軍からの受注がお気に召したらしい。まあ、普通は決まった業者以外は使わないという、保守的な組織だからな。それがどういうわけか、当社もその陣列に加わることになった。その意義は、トップ営業マンだった支社長ならばよく理解しているはずだ。
さて、すでにアーシャさんとも話をつけた。今日中にベントレー男爵領の村に急ぎ出向き、見かけの軍事行動を起こすことになった。隣国のマレイ王国に不穏な動きあり、という報告を受けたということにして、出陣したと聞いた。もちろん、マレイ王国にそんな動きなどあるはずがない。
その軍事行動を阻止するためと称して、明日、軍と共に飢餓の村に向かうこととなった。




