#15 家族
『そうかね、それでこっちには、帰って来れなくなったんかね』
「うん、現地の人たちに、ああまで言われちゃったからね」
『がっかりすることはないよ、それだけ、そっちの人に頼られてるってことなんじゃからね。もっと胸張っていいんじゃよ』
異動中止が決まって一週間、金曜日のこの日、私は恒星間通信で実家に繋いでいた。あらかじめメールで知らせてはいたが、やはり直接話した方がいいだろうと思い、つないだ。画面には母が現れ、こう労ってくれた。
その後ろから、アミラが姿を現す。
「あの、ミュー様、こちらはどなたですか?」
「ああ、私のお母さん」
「な、なんと、ミュー様の母上様でございますか! 私は、バハナ出身のアミラと申します!」
『ああ、話は聞いとるよ。なんでも、美優と一緒に暮らしてくれとるんだってね』
「め、滅相もございません。私などが、かように贅沢な暮らしができるのも、ミュー様のおかげでございます」
『あれまあ、美優、お前、同居人に「様」付で呼ばせとるんかね』
「いやあ、好きでそうしてるわけじゃないけどね……とにかく、こっちは地球七八八とは違う文化だから、大変なんだよ」
『そうじゃろうな。だが、そんなところでも上手くやっとるんじゃろ? だから皆が引き留めたんじゃて』
母は元々、矢方の出身ではない。遠く、北東地方の生まれだ。それゆえに少し、訛りのある言葉を話す。
今、こちらは夜だが、向こうは真っ昼間だ。父は仕事に出掛けている。妹の美央がいるが、ちょうど大学受験の最中だったはず。そのため、家には母が一人だけだ。
『そういえば美央な、希望の大学に受かったんじゃ』
と、いきなり母からその美央のことが告げられる。
「えっ、もう受験、終わってたの!?」
「推薦入試じゃったからの。もう終わっとるぞぇ」
そういえば、美央は推薦入試を受けると聞いていた。こちらで奮闘しているうちに、美央は順当にその目的を果たしたようだな。
いやあ、美央も大変だっただろうな。かなり難関の大学を目指していたと聞いていたが、そこに受かったということのようだ。もっとも、こちらもその間に、別の方向の大変さを味わっていたところだが。
『そんで、大学の入学式までまだ間があるから、一度、そっちの星に行くと言って、今、そっちに向かっておるぞ』
「えっ、美央がこっちに来るの!?」
『そうだよう。別に妹が行くだけじゃけ、いいじゃろうが』
「そりゃそうだけど……」
『まあなんだ、アミラちゃんの邪魔にならん程度に言い聞かせとるけぇ、安心しとけ』
そういうと、通信が切れた。とんでもない話が出てきたな。美央のやつ、こんなところにいきなり来ると決めやがった。
「ミュー様にも、妹君がいたのですね。それはまた……」
うん、絶対やばいこと考えてるな、アミラのやつ。そう簡単に、手出しさせてたまるものか。
と思ってたら、なんとその翌日に、美央がもうやってきた。
「あれ!? ちょっと待って、なんでもう着いたのよ!」
「だってー、三日前にはもう出港したんだよー。美優姉、お母さんから何も聞いとらんの?」
まったく、この妹ときたら、思い立ったら即行動という、やたらと考えもなしに行動に移すとんでもないやつだ。歳は十八歳で、まさに来月からは大学生だ。
で、せっかくだからと、この地球一一三〇に行こうと考えたらしい。
「あのさぁ、私も美央のこと聞いたの、つい昨日なんだけど。まさかその次の日に来るなんて聞いてないよ」
「お母さんも、ちゃんと言えばよかったのに。相変わらず、抜けてるよねぇ」
いや、お前も大概だぞ。来るなら来ると、自分で出発前にメールか何かで連絡しろ。
「ところで、後ろにいるのが、例のアミラちゃんなの?」
姉妹の再会を私の背後から伺っていたアミラが、美央の言葉を受けてしゃしゃり出てくる。
「は、はい。私はミュー様の下で働かせてもらってます、アミラと言います」
「ふうん、君、可愛い顔してるよね」
「ミオ様にも気に入っていただき、ありがたき幸せ」
あらら、まずいな。アミラの心に火をつけてしまったぞ。私と美央は姉妹で似ているとよく言われる。ほんの少し、美央の方が背が高いという程度で、それ以外はほぼそっくりだ。
が、性格はといえば、私と比べてやや雑だ。それでいながら、なぜか勉強がよくできる。よく推薦入試に通ったものだと思うが、どうやら家ではだらしないが、外面はいいようで「面倒見のいい」妹だと言われていた。それゆえに、私などよりもずっと上の大学に入学を決めやがった。
ともかく、せっかく来たのだからと、王都レイバンに向かうことにした。
「へぇー、すごいねぇー。まるで西方国の中世のようだよー」
やる気のない返答をする美央に、私はくぎを刺す。
「いっとくけど、法体系も中世そのまんまだからね。貴族様の馬車の前を不用意に横切ろうものなら、その場で斬られても文句言えない場所だから」
「うわー、怖い―」
本当に怖いのかな。どうもやる気が感じられない。大丈夫か、こいつ。私でさえ、初日に死にかけたんだぞ。
が、そんなところに、一台の馬車がやってくる。それは私の前で止まると、扉が開いた。
見覚えのある馬車、まさしくそれは、アーシャさんの馬車だ。中から鎧姿で、腰に剣を携えた騎士団長の姿で現れる。
「おお、ミューではないか……って、どうしてミューが、二人いる?」
そっくり姉妹ゆえに、一瞬、私が二人いると勘違いしたようだ。
「あの、アーシャさん、こちらは私の妹で、美央って言います」
「はーい、美央でーす。ところで、美優姉、このお方はどなた?」
「なんだ、妹か。どおりでそっくりなわけだな。私は王国騎士団長をしている、アーシャ・カライと申す者だ。ミューにはいろいろと、世話になっている」
「あー、こちらがあの女騎士団長様なんだー。初めましてー、私、美央と申します」
もう全然、礼儀がなっていないが、アーシャさんは幸いにも気にしていない。私の時は、斬りかかってきたというのに……この落差は、なんなんだ?
「ということは、ミオとやらは、星の国からわざわざやってきたのか?」
「はい、もうすぐ大学生になるので、その前に私のところへやってきちゃったみたいです」
「大学生?」
「ええと、学問を学ぶ場にいく者で、大学とは一番高いクラスの学び舎のことです」
「なんだ、貴族学院のようなものか。大したものではないか」
「いやー、それほどでもー」
こいつ、喉に穴でも開いたような喋り方をするな。こんなやつだったっけ? まあいいや。受験が終わり、気が抜けているのだろう。
だが、こちらの世界は、そんな気の抜けたやつがのうのうと生きられる場所ではない。私自身が、それを体験している。
「わあー、王都ってきれーい」
が、そんな妹を馬車に乗せて、アーシャさんは王都巡りをし始めた。
「あそこが、国王陛下のおわす王宮だ。つい先日、あそこでミューと共に逆賊どもとの戦いが繰り広げられたのだぞ」
「うわー、そういえば美優姉、フライパンで剣を振り払ったって、メールで言ってたよねー、本当だったんだー」
当たり前だ。しかもその後、目にした凄惨な光景と言ったら……うう、思い出したくもない。なんだか口の中が、気のせいか血生臭く感じる。
「そして王都の広場の前には、『アクセル』を売る店がある」
「なんですかー、そのアクセルっていうのは?」
「うむ、合法な麻薬、と言ったところか」
「いや、違うよ! ただの栄養ドリンクだから!」
「うわぁー、麻薬とか、いかにもファンタジー世界って感じだねぇー」
いや、麻薬なら地球七八八でもあるだろう。と、その前にあれは、今や麻薬ではないし。敢えてその名を残しただけで、ごく普通の、当社で売っていた栄養ドリンクだ。もっとも、赤字事業をこちらに持ち込んだら、その名前のインパクトと「合法」という安心感から、たくさん売れていると聞く。頭がさえて素晴らしいという声もよく聞かれるが、あまり飲み過ぎも良くないので、頼り過ぎなきゃいいけどな。
で、馬車はその店の前に到着する。
「おう、騎士団長様に、剣魔除けのミューじゃねえか。って、何でミューが二人いるんだ?」
珍しく、店頭にマルチェロさんの姿があった。にしても、また「二人いる」と言われたぞ。私と美央って、そんなに似てるのかなぁ。歳も離れてるし、背も少し違う。姉妹同士ではそんな認識、まるでないのだが。
「美優は私です。で、こっちは私の妹の美央ですよ」
「へぇ、ミオっていうのか。お前、妹がいたんだな」
「こう見えても、七歳違いなんですから」
「はーい、美央でーす。で、美優姉、こちらの方は?」
そう尋ねる美央に、私は耳打ちする。
「王都の裏社会で、麻薬の販売を牛耳ってた、いわば麻薬の売人だった人だよ」
「えー、じゃなんで今、栄養ドリンクなんて売ってるのー?」
「裏社会に通じる人を陛下が求めてたから、栄養ドリンクの販売権を譲る代わりに、いろいろと裏の情報を探ってもらってるの」
「ちょっと美優姉さー、あんた、ここで何してきたのー」
何をって……私だって、生きるため売り上げを上げるため、そして陛下の意向に応えるため、命張ってやってきたんだ。こればっかりは、大学では教えてくれないことばかりだ。
「ま、いいや。ともかく、私が美優姉の妹でーす。よろしくー」
「……なんか、調子狂うやつだな」
マルチェロさんをここまで惑わすとは、たいしたやつだな。美央のやつ、案外大物かもしれない。
「やあ、ミューさん。あんたの鍋、絶好調だよ」
「ほんと? 大事に使ってくれて、ありがとう!」
ところで、この通り沿いには多くの料理店がある。たまたますれ違った料理人に、声をかけられた。
「美優姉、有名なんだねー」
「有名ってわけじゃないけど、まあ、いろいろあってね」
そんな会話をする二人とアーシャさんに、マルチェロさんがあるものを投げてきた。
「ほれ、俺からのおごりだ」
それは、栄養ドリンク「アクセル」だった。なんとまあ、一人一缶、サービスしてくれた。
「おい、本当にこれ、大丈夫なんだろうな?」
「なんでえ、騎士団長様よ。気になるんなら、ミューに聞けばいいじゃねえか。元はそいつから譲られたものだ」
「アーシャさん、これ、ただの栄養ドリンクですよ」
「いや、だが……麻薬並みの覚醒作用があると聞いたぞ」
「麻薬並みは言い過ぎですけど、確かに元気にはなれますね」
そう言いながら、私は缶をプシュッと開け、一気に飲み干した。美央も真似て、もらった「アクセル」を飲む。
「うーん、ちょっと甘すぎかなぁー」
「こっちじゃ、それがいいのよ。なんせ甘味というものが貴重なところだからさ」
私たち姉妹が飲み干したのを見て、「アクセル」を恐る恐る飲むアーシャさん。一口、それを口にすると、驚愕の声を上げる。
「な、なんという甘さだ。それに、どこかピリッとして、まるで香辛料のようだな」
「ちゃんと合法の材料で作ってますよ。もっとも、飲み過ぎるとあまり身体にはよくないので、一日に何本も飲まないようにしてくださいね」
「用量・用法を守ってお飲みください、ってやつだな」
どうやらこの手のドリンクを飲むのが初めてのようで、その味に驚くほど感動している。そんなアーシャさんに、私とマルチェロさんが定番の注意事項を告げる。
さて、その後は騎士団の訓練所を訪れ、そこでアーシャさんの炎魔法を見せてもらったり、騎士団たちの剣の訓練風景を目の当たりにしたりした。さすがに、裏社会へ連れて行くのだけはやめておいた。最後に、アンリ様のお屋敷を訪れ、そこで夕食をごちそうになる。
「何もかも、ありがとうございます」
「いやなに、せっかく妹君が来たというのに、もてなさないわけにはいかぬであろう」
「ありがとうございまーす。姉が、いつもお世話になっておりまーす」
「いや、世話になったのはこちらの方だ。まさに王家簒奪を防いだものの一人だ。感謝してもしきれない」
「そうですね。そんな私も、おかげさまで面目を保てたと言いますか、本当に感謝してるのよ」
「へぇー、美優姉、ここでも何か、やらかしたんだねー」
やらかしたとは何だ、人聞きの悪い言い方だな。結構、大変だったんだぞ。そんな私を見て、アンリ様とイゾルデ様が笑みを浮かべてこちらをご覧になっている。
いただいたのは、ベーコンのキッシュ、ブイヤベースに鴨肉のコンフィ、そして最後にババロアをいただいた。
すべて、私が売った調理器具で作られたものだという。うん、さすがは王族、とても美味しい料理ばかりだ。よほど腕のいい料理人がいるのだろう。
ということで、王都を散々堪能した美央だが、とんでもないことを言い出す。
「今日は、美優姉のところで寝るから―」
「えっ、美央さ、宿を取ってないの?」
なんてことだ、宿泊先を予約せずに来たらしい。というか、まさか私の宿舎を頼ってここに来たというのか。
「ちょ、ちょっと、あそこは元々一人部屋で、ただでさえアミラがいて狭いんだよ」
「いいよー、床に布団でもさー」
なんて雑な旅行計画だ。美央らしいと言えば美央らしいが、しかし、そんな美央は王都での洗礼らしいものを何一つ、受けていない。
どちらかというと、皆が私の妹というだけでちやほやしたものだから、すっかり上機嫌だ。このまま帰すのも、なんだか癪だな。
と、そこでいいことを思いつく。
「いいよ、ただし一つ、条件がある」
「条件? なにそれー」
「私の代わりに、アミラと一緒にベッドで寝ること」
「ええー、じゃあ美優姉は?」
「リビングのソファーで寝るわぁ」
「でもさー、それじゃ悪いじゃん」
「大丈夫だって。それに、歳が近い者同士、一緒に過ごすのも悪くないかなってさ」
「そう? じゃあ、お言葉に甘えてー」
よしよし、引っかかったな。私はアミラにも、その旨を伝えておいた。
無論、夜は「いつも通り」にやれ、と。
さて、何も知らない美央は、シャワーを浴びた後にパジャマに着替えると、ベッドに潜り込む。
「さて、ミオ様、私もご一緒いたします」
そういって、いつものようにアミラも添い寝する。その様子を、寝室の扉の隙間から私は見ていた。
「ちょ……アミラさー、どこを触ってー……あー!」
「ふふふ、さすがはミュー様の妹君でいらっしゃる。同じツボを、お持ちのようですね」
「ちょ、ちょっと待ってー、まさか美優姉、毎晩こんなのをー……」
「ほら、まだまだ夜は始まったばかりですよ。さて、次はどこを攻めましょうかね」
「ううーっ、なんだかー、変な感じになるー」
しめしめ、作戦は成功だ。美央のやつ、まさかアミラがこれほどのテクを持つ者とは思わなかっただろう。せいぜい、禁断の階段を登り切るがいいさ。
王都ではいい思いを過ごした美央だったが、宿舎のベッドの上でもまた、別の方向の「いい思い」をする羽目になった。息が上がる美央に、容赦のないアミラの攻め。
美央よ、これが地球一一三〇という星の、真の姿だ。それを知らずして故郷に帰ろうなどと、そんなことさせてたまるものか。




