#14 帰還
「ええーっ、ほ、本社に帰るのでありますか!?」
私は、支社長からの言葉に耳を疑った。
「そうだ、倉田君。こちらでの営業成績を受けて、本社に栄転することとなった。喜ばしいことだろう?」
うん、普通に考えたら、喜ばしいことだ。故郷に帰れる。家族にも会える。
だが、素直に喜べない事情がいくつも、できてしまった。
「えっ、ミュー様、ご自分の国に帰ってしまわれるんですか……」
事務仕事を覚え、バリバリと業務をこなせるようになったアミラが、寂しげに私にこう告げる。
「し、仕方ないよ、本社の命令だし……」
「で、でも、星の国には身分差はなくて、ただの職級の差しかないと仰ってたじゃありませんか!」
「その、職級の差を大きく上げるためには、ここにいるより本社に戻った方が、本当はいいんだけどねぇ」
それを聞いて、悲し気な顔をするアミラ。そして、私の肩をつかんで、こう叫ぶ。
「それじゃあ、夜のお相手を、私は誰にすればいいんですかぁ!」
律君やトラックの運転手、そしてその他の従業員が一斉にこちらを見る。おい、アミラよ、お前の私が残ってほしいと感じている理由は、そっちか。
「だ、大丈夫だよ。衣食住は確保されるし、それに事務仕事をこなせるようになってきたアミラなら、絶対に今より高い職級を得られるようになるって」
「うう、でも、夜の営みがあったからこそ、頑張ってこられたというのに……」
あまり露骨に私生活をばらさないでほしいなぁ。私だって、アミラの夜のあれがないと寝付けない……じゃない、アミラがいないと寂しいと感じているくらいだ。
だが、本社の決定だ。そう簡単に、曲げられるわけもない。
しかし、だ。律君から不穏な話を聞いた。
「どうやら、倉田さんの本社異動を打診したのは、雄二支社長だと聞きましたよ」
「えっ、そうなの?」
意外だ。どちらかというと、ほぼ毎日のように疎まれ続けている私を、本社へ戻してくれるなんて、普通はあり得ない。
いや、逆かな。疎ましいからこそ、自分の居場所ではないところへ私を飛ばそうと企んだのかもしれないな。私が言うのもなんだが、今や本社をもしのぐ勢いで売り上げを上げつつあるアレッシア支社。これまで売った調理器具や鎧、それらをメンテナンスするために必要な洗剤やスポンジも順当に売れており、さらに特注品を作るための重力子成型機も何台か稼働しており、顧客の要望に応じた調理器具や食器、そして鎧などの防具まで作り出している。
このところの私は、営業というよりは王族や貴族の陰謀、裏社会と言った、王都の裏側の世界に入り込んだ仕事が多い。それはそれで、信頼を勝ち得るために不可欠なものばかりだったが、売り上げとしては決して多くない。
となれば、本社に戻した方がマシ、という判断になってもおかしくはない。
正直に言えば、支社長にこれまでの実績を奪われたような、そんな気にならないわけでもない。が、表向きはどう見ても英転だ。文句を言えるはずもない。
ということで、私の異動は一週間後に決まった。宇宙船チケットをもらったが、今度はビジネスクラスだ。前回、来た時よりも快適な旅になる。
「さ、寂しいです。せっかくこれだけ調教してきたというのに……」
などと、私の全身をまさぐるアミラだが、今、調教と言わなかったか? やっぱりこれ、ヤバいやつじゃないのか?
でもまあ、毎回アミラの「マッサージ」は、かなり危険なところまで感情が高揚させられるものの、その後は死んだようにぐっすりと寝られる。そのおかげで、あの危険な仕事もこなせるほど精神的に強くなってきた。
しかし、なればこそ、寂しいなぁ。
せめて、アミラだけでも連れていけないか、聞いてみようかな。
そう思った翌日、私が来週に本社へ戻ると聞いたアーシャさんが、激高した。
「なんだと! おい、お前のところのあの支社長とかいう手下は、何を考えている! 今すぐ断れ!」
案外無茶な事を言うな、このお方は。そもそも支社長は、手下じゃないってば。
「あの、アーシャさんには大変お世話になりました。今後の業務はちゃんと律君をはじめ、他の方々に引き継ぎますので……」
「そういう問題ではないだろう! ミューよ、お前ほど命がけで我が王国に尽くした者が、あの会社にはいるというのか?」
「いやあ、私以外はほぼ、命はかけてませんね」
「ならば、お前を残すのが道理というものではないか! 今から、その支社長とやらにかけ合ってやる!」
イキリたったアーシャさんは早速、支社の建物にやってくる。剣は持ち込めないため、鎧姿のまま乗り込んだ。周囲の従業員たちが、その異様な女騎士団長の姿に慄く。
「おや、アーシャ殿ではないですか」
そんな中、雄二支社長は涼しい顔でアーシャさんを迎え入れる。
「おい、聞いたぞ! ミューを元の国へ返すと!」
「はい。こちらでの働きが評価されて、本社へ栄転となったのですよ」
「冗談ではない! だいたい、国王陛下や王族、貴族、そして王都の裏まで知り尽くした者を、わざわざ追い出すというのか!」
「追い出すとはまた物騒な。本来、いるべき場所へ返すと、そう決めただけのことですよ」
「ならば聞くが、王都のため、王国のため、王族のために、ここまで尽くした者を手放すという貴殿の見識はなんだ! 今やミューの信頼無くして、この会社が成り立つはずがなかろう!」
「そんなことはありませんよ。確かに最初の頃はアーシャ殿に大変お世話になりました。が、当社は今や自身の足で立ち、自身の力で良い品を届けられるまでに成長したのです。倉田君に頼らずとも、やっていけるほどに成長したのです」
「そんなわけあるか! これからも王族や貴族の間で、様々な権謀術策が蔓延るこの王都で、ミューを失うことの意味を考えたことはあるのか!」
「申し訳ありませんが、当社の社員が本来、そのような王国の陰謀や企みに関与することは危険が大きすぎるため、軍から禁じられているのです。ですから、そのようなことは軍にご相談されるか、あるいはご自身で処理なさってください」
とまあ、この通り、アーシャさんと支社長の話は平行線のまま終わる。相手を説き伏せることが困難と感じたのか、アーシャさんは無言で出ていってしまった。
私としても、こんな形でアーシャさんと別れるのは辛い。もっとも、最初は私の首を正にはねようとしたお方だったが、今となっては良いパートナーだ。
並みの営業マン同士のつながり以上に、深い関係を築いた仲だ。それがこんな喧嘩別れになってしまうことは忍びない。
「アーシャ様、何も言わずに出ていかれましたね」
「うん……せめて出発前までには、私からきちんと話をしておきたいなぁ。このまま別れるなんて、心残りだから」
「その通りでございます。では早速、明日にでもアーシャ様のところへ参り、話をいたしましょう」
「そうだね、アミラ」
「と、そのためには身体をしっかりとほぐさなければなりませんね。体内のもやもやしたものを全て、洗いざらい取り除かねば」
「ちょ、アミラってば、ああーっ!」
その晩のアミラの「施し」は、かつてないほど激しいものであった。私の声が、宿舎の隣の部屋にまで響いたほどで、そのため夜中に、管理人室から注意の電話が入ったほどだった。なんてことをしてくれるんだ、アミラよ。
そして、その翌日の朝。
いつものように支社へ行き、制服に着替える。ここのロッカーを使うのは、あと数回か。そう思いながら、制服を着てオフィスに入った時だ。
何やら、外が騒がしい。
「支社長とやらに告ぐ! 我ら王国の王族、貴族、および王都の調理人らは、ミューのいないこの会社からは一切、品を買わないことを誓約する!」
アーシャさんの声だ。その声を聞きつけ、支社長が窓の外を見る。その光景に、圧倒されている様子だ。私も、外を見た。
ああ、これは圧巻だ。
アーシャさんの後ろには、ものすごい数の調理人に、マルチェロさんをはじめとする裏社会の人たち、その中にはあの太った奴隷商人——いや、今は「派遣業者」だったな——までもがいる。
それだけじゃない、アンリ様とイゾルデ様までわざわざこんな会社に足を運んでくださっている。貴族の姿も、何人かいる。
その圧倒的な人々の姿を見た私は、こう思った。
うん、やっぱり本社に、帰ろう。
これほど多くの人たちとのしがらみを、私は築いてしまったことに気づく。これは、入社三年の平社員には荷が重すぎだ。一度、リセットしないととんでもないことに巻き込まれ続けるぞ。私はかえって、その圧倒的な王都の人々を前に、むしろ慄いてしまった。
が、もっと慄いたのは、雄二支社長だ。
「ちょ、ちょっと皆さん! べ、別に倉田君が会社を辞めるというのではないのですよ!」
「だが、国に帰してしまうのであろう! となれば、残された我らはどうなる!」
「いや、ですから、別の者が対応すると……」
「ならば、そなたは我らに別の会社の調理具を買ってもよいというのだな?」
「いや、それとこれとは……」
「同じことではないか! すでに信頼を得たものを手放すのだ! ならば、その信頼に応えられない会社のものなど、誰が買おうと思うものか!」
昨日、無言でさっさと帰ったのは、まさに協力者を集めるためだったのか。アーシャさんの行動力たるや、恐ろしいものがある。伊達に女で騎士団長をしていない。
こうなると、さすがの支社長も、動かざるを得ない。
「……はい、そうです。ですから、倉田君の本社異動は中止ということで……はい、承知しております、申し訳ありません」
どうやら、恒星間通信で、自身の父親、すなわち社長に電話をしているようだ。やがて話はまとまり、支社長は再び、皆の前に姿を現す。
「倉田君には、このアレッシア支社に残ってもらうことに決定した。なれば、これまで通りの付き合いを、ぜひともお願いしたい」
「おおーっ!」
そう支社長が告げるや、アーシャさんたちが歓声を上げた。
「皆の者、我らは勝利したぞ!」
狭い宇宙港の街の一角に集まった、数百人もの人々。だが、その人々が私を、まさに引き留めるべく立ち上がってくれた。
ああ、私はもはや、ここを離れられない運命のようだ。
「よかったな、ミューよ! お前がいなくては、やはり王都は成り立たぬ!」
「いやあ、よかったですねぇ。私もヒヤヒヤしましたよ」
「お前以外のやつと取引なんて、俺は考えられないからな」
「ぜひともまた、フライパンと鍋で戦った武勇伝をお聞かせください!」
裏と表の社会に暮らす騎士団長や麻薬王に奴隷商、さらには貴族までが、私の手を握りながら喜びを表している。
正直いうと、とても複雑だ。故郷から三百光年も離れた場所で私は、暮らし続けることを余儀なくされた。
が、まあ、結果的にはそれでよかったのかな。
「よかったですね、ミュー様」
などと喜びながらも、相変わらずベッドの中で私の胸や尻を撫で回す元・奴隷がその喜びをいかがわしい手段で表している。
そんなアミラの「施し」を受けつつも、ただ一つ、気がかりなことがある。
それは、遠く離れた家族のことだった。




