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#11 奴隷

 「裏社会」には、奴隷がいる。

 野放しにすれば、大変なことになる。

 だからと言って、いち社員に過ぎない私に、何ができる?

 展示会が終わって八日目、展示会のおかげで、大量の受注を抱えて大わらわの支社で、一人悩む社員がいた。要するに、私のことだ。

 一方で、その支社内でも大きな問題が浮上しつつあった。そう、人手不足だ。

 受注は問題ない。私とアーシャさんで営業し、技術面は律君が支えてくれている。

 輸送も、トラックが二台となったことでどうにかまかなえている。

 問題は、宇宙港についた品をトラックに積み込む作業だ。そのための人が足らず、王都の平民街で募集をかけて人集めしているのが現状だ。が、人が集まらない。

 実は王都では空前の好景気で、人不足が深刻化している。このため、我が社のような会社にはなかなか人が集まらない。

 全く、ただでさえ王都の危機が迫っているというのに、人が足りなくてせっかく得た大量受注をさばけない状態が続いているとは、嘆かわしい限りだ。

 が、この二つを同時に解決する方法を、思いついてしまった。


「なんだって? 俺に、奴隷商のところまで案内しろと?」


 相変わらず、パイプタバコを吸ってふんぞり帰っているマルチェロさんに、頼むしかない。


「お願いです! さすがに奴隷商のところまで行こうとしても、その道順がわからないんですよ」

「まあ、人身売買は極刑だからな。普通に行ってはたどり着けないのは当然だ。だからと言ってだな……」

「お願いします! これは王国を救うことにもなるかもしれないんですよ!」

「はぁ? 王国を救うだって?」

「マルチェロさん、言ったじゃないですか。バハナ人の奴隷に武器を持たせ、王都内を混乱させ、王家転覆を謀る者がいると」

「確かにそうだが……まさかお前、その奴隷たちを処分すると!?」

「まさか。買うんです……じゃなかった、雇うんですよ」

「はぁ! 雇うだって!?」


 そう、人手不足と王都の危機、これを同時に解決するためには、その混乱の元凶となるバハナ人奴隷を当社の従業員にする。一石二鳥、もはや、これしかない。


「……まったく、お前さんの考えることはいつもとんでもないことばかりだな。まあいい、付き合ってやるか」

「ありがとうございます!」


 裏社会で、麻薬の売人として名を馳せていたマルチェロさんだが、案外、根は優しい人だ。好きでこういう道に進んだわけではない。本当は、人助けをしたいと心から考えている人なのだ、と私は知っている。

 だから多分、私の用事に付き合ってくれるはずだと確信していた。


 ついた先は、思いの外、大きな建物だった。三階建ての、白い漆喰塗りの殺風景な建物。窓は、ほとんどない。

 小さな入り口から入ると、汗と汚物の混じったような異様な臭いがする。あまりの臭いに、思わずハンカチで鼻を抑える。


「奴隷館だからな、これくらいの悪臭は当然だ」


 うう、結構酷いところだな。想像以上だ。その先の扉を抜けると、私はその光景に圧倒される。

 ずらりと、檻が並んでいる。鉄格子の向こうには、男女に分かれて二、三人ずつ、閉じ込められている。糞尿の類いは……狭い部屋の端で、済ませているようだ。だからこその悪臭か。


「おや、薬屋の男が、こんなところに何の御用で?」


 そこに、奥からやけに太った、装飾品をまとったいかにも悪徳商人と言った風貌の男が現れる。マルチェロさんは、そのふてぶてしい男に答える。


「今日の俺は案内人だ。こちらの娘が、ここに用事があってな」

「ほう、珍しいな。こんな小娘相手に、お前ほどの男が動くとはな」


 などといいつつ、私を見下ろす奴隷商人に、私は名刺を差し出しながらこう告げる。


「は、はい、私がマルチェロさんにお願いして参りました。私は株式会社『テラダ』の営業をしております、倉田 美優と申します」

「ミュー……はて、どこかで聞いたような……」


 なんというか、この奴隷商、第一印象は絵にかいたような悪徳商人だ。文字通り、大きな腹で「私腹を肥やす」タイプの男といった風貌をしている。で、私の名刺を受け取るや、服のポケットにさっさと入れてしまった。


「で、ミューと名乗る小娘よ、何しにここまでやってきたというのか?」

「はい、ここにいらっしゃる奴隷をすべて、買い取らせていただきたく」


 それを聞いた奴隷商の顔色が変わる。そりゃそうだ。いきなり全員買い取る、と言い出したからな。


「いや、小娘よ、全員といったが、すべてバハナ人で、かつ二十人もいるのだぞ」

「はい、構いません。それを承知で、買い取らせて……いえ、雇わせていただきたいと考えてます」

「や、雇う?」

「まさか、我々の法にも、こちらの法にも禁止された人身売買をするわけにはまいりませんから、弊社にて『契約社員』として雇用する、という形を取りたいのです」

「しかし、こちらは売買をする身だ、雇用契約などと言われてもだなぁ……」

「一人、毎月、二千ユニバーサルドル」

「は?」

「ここにいる方々は、すべてあなた様に『雇われた』方で、その人たちを弊社に『契約社員』として派遣していただく。その費用が、一人当たり毎月二千ユニバーサルドルでいかがですか? と提案しております」


 二千ユニバーサルドル。こちらの価値で行けば、金貨二枚分だと聞いた。それが毎月、定期的に入ってくる。

 奴隷というものは、一度売ってしまえば、その後は何らかの形で仕入れない限り、次の売り上げが見込めない。ところがだ、「契約雇用」という形をとれば、安定した収入になる。

 おまけに、「人身売買」には当たらないから、違法とはならなくなる。そのあたりを突いての、私の提案だ。


「だ、だが、一人当たりだいたい金貨三十枚というのが相場だぞ? 毎月とはいえ、金貨二枚分というのはいささか安すぎるのではないか?」

「そんなことありませんよ。一年半で元が取れる上に、さらにうちが雇用し続ける限りはお金が入る。もちろん、衣食住の方はうちで負担しますし、これでも良い条件だと思いますけどね」

「こ、この、小娘め……」


 違法行為をしていることで足元を見られていると感じたのか、私の話を聞いてやや苛立ちを露わにする。が、その時、マルチェロさんが口を出す。


「おい、奴隷商よ。あまりミューに口ごたえしない方がいいぞ」

「な、なんだと?」

「こいつは、例の王都騎士団長の剣と魔法を弾いた、『剣魔除けのミュー』だ」

「何!? こんな小娘が、あの『剣魔除けのミュー』だというのか?」

「それだけじゃねえ。国王陛下の覚えもよろしく、うちにもこの先の提案を持ち掛けてきた、なかなか豪胆なやつだ」

「この先……それは、どういうことだ」

「考えてもみろ、この王都のすぐ隣に、星の国から来たとんでもねえ力を持った連中が街を作っている。今、俺たちがやってる商売なんざ、星の国の連中が本気を出せばあっという間に潰される。が、こいつはその妥協案を提示してる、ってことだ」

「妥協案、だと?」

「そうだ。俺たちが合法的に、持続的に商売できるよう、そう提案しているんだ。それも、国王陛下のお墨付きでな」


 ナイスフォロー。思わず心の中で叫んでしまった。このマルチェロさんの提案は、この商人にとって実に魅力的に感じたことだろう。誰だって、違法行為に手を染め続けたいわけじゃない。日の当たる場所で堂々と、商売ができるものならしたいはずだ。


「わ、分かった。ならば金貨二枚分の、毎月二千ユニバーサルドルで、奴隷たちを渡そう」

「あの、渡すのではなく、『派遣する』とおっしゃってくださいね」

「しょ、承知した」


 と、いうことで、私はいきなり二十人分の労働力を手に入れてしまった。

 もっとも、単に二十人分の労働者が入ってきた、という生易しいものではない。

 なにせ、相手はバラバラだ。労働に適した屈強な男が十三人、妙齢の女性が五人、そして、十五歳の娘が一人。

 まさか十五歳の娘に労働させるわけにはいかないな。とはいえ、ここに残すのも忍びない。ともかく、十五歳ならばギリギリ、労働年齢に当たるから、一旦は契約社員として雇うことにした。

 幸いなことに、言葉の壁はなさそうだ。皆、このアレッシア王国の王都に来て長いようで、我々と同じ統一語を話すことができる。

 が、問題は彼らを「労働者」に変えることだ。文化も慣習も、それどころか国も違う相手に、どう我々の仕事を伝えていけばいいのだろうか?


「と、いうことで律君、荷下ろしの仕方の方は任せたから!」

「ええーっ!」


 足りない仕事は、二つ。一つは宇宙港に届いた荷をトラックへ積み込む作業。これは、十三人の男の人に頼む。

 で、女性七人は、梱包作業。そのやり方を、せっせと教える。

 が、一日でどうにかなるものではない。


「おい、労働者が増えたのはいいが、全然なっとらんじゃないか! いくつの品が壊れたと思っている!」

「す、すいません!」


 初日は散々だった。体力の落ちた元・奴隷……じゃない、派遣社員さんたちが、いきなり力仕事や手作業を上手くやれるわけがない。そこまでいうなら、支社長自ら「指導」してくださればいいのに、そういうことは丸投げだ。

 おまけに、来たばかりの彼らは、敵国であるアレッシア王国の貴族のための仕事など、真面目に取り組もうとはしない。そういう事情もあり、初日は届いた品がいくつも壊されたり、違うものを届けてしまうなどのアクシデントが続く。

 が、彼らを変えたのは、意外なものだった。


「こ、こんなもの、食べていいのか?」

「こんなものって……ここではごく普通の、社食ですよ」


 三食、住居付き。彼らの住居はこの街の中に構えるわけにはいかないから、門からほど近いところの平民街の空き地に、大きな宿舎を立てた。鎖につながれ、檻の中で粗末な食事だけで暮らしていた彼らにとって、それでも天と地ほどの待遇差だ。

 衣食住が整ったこと、週に二日、休みがあること。これらの待遇が、彼らを徐々に変えていった。


「なあ、ミューさんよ」

「はい」

「この品なんだけどよ、次の便じゃなくて、今の便の空きに押し込んで運んだ方がいいんじゃねえか?」


 よく見ると、トラックに空きがある。それを見た奴隷……じゃない、従業員の一人が、そんな提案をしてくれた。


「いやあ、おかげで早く届けられましたよ。感謝します」

「た、たまたまだよ、たまたま!」


 一週間もすると、そんな小さな心配りができるほどに、彼らは成長した。

 もっとも、わだかまりがまったくないわけではないが、とはいえ、今は彼らを「合法的に」遇するには、こうするしかない。


「しかし、奴隷を使って街を混乱させるつもりが、まさか全員を雇ってしまうとはな、よく考えたものだ」


 苦労した甲斐もあって、陛下よりこのようなお言葉までいただけた。


「おかげで、我々、王国騎士団の出番がなくなってしまったではないか」


 さらに、アーシャさんからはこんなことを言われる羽目になる。


「ご、ごめんなさい! だけど、計画通りだったなら王国騎士団は彼らを、バサッと斬りつけてたんですよね」

「当たり前だ」

「だったら、今の方が彼らも死なずに済み、良いことづくめのように思うのですが」

「別に責めてはいない。むしろ、感謝しているほどだ。我々が王都内で暴れるなどという事態になれば、国王陛下の威信にも関わるからな」


 なんだ、皮肉だったのか。って、素直に感謝だけしてくれればいいのに。


「しかし、こうなるとシャテルロー家がどう出るか、だな。資金も徐々にではあるが、手元に流れなくなってきている。そろそろ裏社会の変化に、気づき始めている頃だろう」

「何か、仕掛けてきますかね?」

「可能性は高いな。こればかりは、そちらの軍の協力を得たいものだ。なんとか、交渉してみよう」


 不穏な動きが、予想される。って、もはや調理器具を売る社員の出る幕じゃないぞ。だけど、なんやかんやと巻き添えをくらう気がする。

 そんな不穏な動きも心配だが、一つ、未解決なことがある。

 それは、奴隷の一人で、年齢の若い十五歳の「アミラ」をどうするか、である。

 今はほかの女性従業員と共に仕事をさせているが、どうにも不器用だ。どう扱っていいものか?

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