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破滅エンドが確定しました。悪役令嬢ですが知ったこっちゃない、逃げる。  作者: 西園寺百合子


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8/50

08 条件付きで同居、驚愕。

『蒼い誓いと紅い秘密、その扉の向こうで』

ヒロイン ミレイア・ノクス     光魔法

皇太子  アルト・アズリオン    水魔法

悪役令嬢 ヴェロニカ・ルージュリス 炎魔法

皇太子弟 シエル・アズリオン    風魔法

そんなわけで、1か月だけアルト殿下と同居することとなった。

同居が決まって最初の1声は「で、部屋はどこなんだ?」だった。

しばらくの沈黙。

王族の住むお城で住んでいたら、私の家なんて物置小屋みたいに見えるだろうけど。

ここが家だし、今、まさにここが部屋ですよ。


もう、絶対、町人としてなんて生活できないじゃん。

「部屋はここしかありませんから、ここを仕切るので、南側をアルト・アズリオン殿下がお使いください」

店の奥にある生活スペースを指で示しながら、簡易的な仕切りを置いて伝えた。

「え?部屋…え?」

アルト殿下がキョロキョロしている。


視線が天井、壁、床へと忙しなく移動し、理解が追いついていない様子がそのまま顔に出ている。

キッチンを見て、お風呂を見て、トイレを見て、お店を見て、複雑な顔をしていた。

あきらかに、城との違いに戸惑っている顔だ。

1週間、耐えられないだろうなと思った。


翌朝、私がパンを作っていると、目をこすりながらアルト殿下が起きてきた。

髪は少し乱れ、いつもの整った雰囲気とは違う、寝起き特有の緩んだ表情のままだ。

いつもフカフカのベッドで寝ているだろうから、町人が使う硬いベッドでは寝られなかったんだろう。

ちなみに、私はソファで寝た。


アルト殿下が起きてきたことには気がついたけど、手は止めずに生地をこね続ける。

「ずいぶんと早いんだね」

まだ半分眠っているような声で、カウンター越しにこちらを見ている。

「パン屋さんは、早起きなんですよ。朝食でパンを食べる人もいますから」

そう言ってパンを焼いていく。

オーブン代わりの石窯からは、ほのかに香ばしい匂いが立ち上っていた。

「見事な炎魔法だね」

アルト殿下は眠そうな顔をしながら、石窯を眺めていた。

炎の揺らぎをぼんやりと追いながら、まだ完全には目覚めきっていない様子だ。


「もう少し寝ていていいですよ」

そう伝えたけど、お店を手伝ってくれるというので手伝ってもらうことにした。

こき使った方が、早く帰ってくれるだろうと思ったからだ。

パンの並べ方を教えて、食事処へパンを運んでもらって、簡単な接客も教えた。

木の棚に焼きたてのパンを種類ごとに並べながら、崩れないように間隔を調整している。

意外と器用だなと思った。

初めての仕事だと思うけど、動きが様になっているのを横目で確認する。

これが、皇太子スキルというやつなんだろうか。


「営業中にアルト・アズリオン殿下とは呼べませんから…アル、と呼ばせていただいてよろしいですか?」

お店が始まる前のふとした休憩時間にそう尋ねると、アルト殿下の目がぱっと輝いた。

私たちの朝食がわりのパンを食べていたアルト殿下が慌ただしくパンを飲み込む。


「もちろんだよ。アル…うん。普段からアルと呼んでくれ。俺も、ヴェロと呼ぶから」

そう言ったアルト殿下の声は、いつもの堅い響きではなく、どこか肩の力が抜けた柔らかいものだった。

嬉しそうにそう言われると、なぜだか照れくさくなる。

視線を少し外して、並んだパンの位置を意味もなく直しながら誤魔化した。

焼き上がったばかりのパンが木の棚に並び、まだほんのりと湯気を立てている。

いつもと同じ開店前の光景なのに、ちょっとだけ特別な感じがした。


そんなわけで、アルとヴェロと呼び合いながら仕事をすることになった。

最初はどうにもむず痒かった呼び方も、開店準備の忙しさの中では自然と口から出るようになっている。

朝の仕込みで「アル、そっちお願い」と声をかければ「了解、ヴェロ」と返ってくる。

そのやり取りが、パンの焼ける音や窯の熱気と混ざって、いつの間にか店の空気そのものになっていく。


客が来るたびにベルが鳴り、アルが笑顔で袋を渡し、私がパンを追加する。

最初は意識していたのに、数日もすると当たり前の日常に変わっていた。

営業中だけアルと呼ぶつもりでいたのに、仕事が終わっても、なんとなく、そのままになった。

夕焼けが店の窓から差し込んで、木の床に長い影を落としている。

ふたりで黙々と作業しているのに、沈黙が気まずくならないのが不思議だった。

1週間で逃げ帰ると思っていたのに、3日目にはアルト殿下はすっかり仕事を覚えてしまった。


最初はぎこちなかったエプロンの結び方も、今では手慣れたものだ。

朝の仕込み時間にはすでに窯の温度を確認し、焼き時間を頭に入れて動いている。

私、焼き時間なんて教えていないのに。

恐るべし、皇太子スキル。


袋詰めもレジも迷いがなく、常連さんには軽く会釈しながら世間話までこなしている。

「今日もいい焼き色だね」と笑う老人客に、自然に「ありがとうございます」と返している姿を見ると、どこに皇太子の威厳を置いてきたのか本気で分からなくなる。

外に出れば子どもたちがアルに向かって駆け寄り、彼はしゃがんで目線を合わせて笑っていたりする。

樽を片手で軽々と運ぶ姿に、通りの人たちが少しだけ驚いた顔をするのも日常になりつつあった。


もう10年くらい、この仕事してたんじゃないかというくらい『パン屋』になっていた。

粉まみれのエプロンも、手際のいい動きも、すべてが自然すぎて違和感がない。

むしろ王城の礼服姿より、こちらのほうが本来の姿なのではと錯覚しそうになるほどだった。

腐っても…いや、腐ってないけど、皇太子。


思わずそんな失礼な考えが浮かんで、自分で否定しながら苦笑する。

隣でアルがパンを並べ替えている横顔は、やけに楽しそうで、その表情を見ていると余計に何も言えなくなる。

焼き上がったパンを並べながら、ふと視線を向けると、アルト殿下が当たり前のように店に立っている。

夕方の光に照らされて、彼の金色の髪がやわらかく光っている。

違和感。

郊外の小さなパン屋にいる人ではない。


やっぱり、アルト・アズリオン殿下は皇太子なのだ。

何をやらせても完璧。

人望に厚く、人に優しく、器量もいい。

こんな人こそ、国の王となるべきだ。

そんな人を、町人にするなんてできない。

手を止めたまましばらく考え込んだ。

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