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破滅エンドが確定しました。悪役令嬢ですが知ったこっちゃない、逃げる。  作者: 西園寺百合子


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07 結婚はできなくて、困苦。

『蒼い誓いと紅い秘密、その扉の向こうで』

ヒロイン ミレイア・ノクス     光魔法

皇太子  アルト・アズリオン    水魔法

悪役令嬢 ヴェロニカ・ルージュリス 炎魔法

皇太子弟 シエル・アズリオン    風魔法

「もう、ミレイア・ノクス嬢はいないし、君も気兼ねをしなくていいだろう?」

穏やかな声とともに、アルト殿下が微笑む。

その笑みに一瞬だけキュンとする。

最推しの微笑み、いただきました!


ではなく。

現実として状況がまったく整理できない。

それはそれで、とても困るのだ。

異世界転生して、自分が悪役令嬢だとわかったとき。

まだ状況が固まっていなかった頃の自分を思い出す。

意味のないことはやめようと思ってしまったのだ。

具体的には、王妃教育…


どうせ、私はアルト殿下の妻にはなれない。

だったら、王妃教育なんて意味ないじゃん。

分厚い教本の束を思い浮かべるだけで、肩がわずかに重くなるような気がした。

勉強も苦手だったから、これ幸いと思ったのも事実だけど。


アルト殿下からも、王妃教育からも逃げてしまったんだから。

だから、いまさらアルト殿下と結婚なんてできない。

王妃教育どころか、一般教育も怪しいところがある。

覚えようとしていなかったから、頭の片隅にも残ってない。

当時は、勉強どころじゃなかったんだもん。


断罪回避、処刑回避、ヒロインとの接触回避に、噂の火消し…

授業中にぼんやり窓の外を見ていた自分の姿まで浮かんできて、少しだけ苦笑いした。

もしもこれがゲームで。

私がコントローラーを持って画面を見ているプレイヤーだったら。

アルト殿下の言葉を聞いて、飛び跳ねて喜んだだろう。

『嬉しい。私もアルト殿下と結婚したかったの』という選択肢を選んでに違いない。

画面の中のキャラクターが笑っている姿まで、ありありと想像できてしまう。

そうして、『2人で仲良く暮らしましたとさ』というエンドロールを見て満足するんだ。

淡い音楽とともに文字が流れていく光景を、現実味がない映画のように思い浮かべる。


でも、これは現実だ。

足元の感覚が急に重くなる。

もしも、アルト殿下の申し出を受け入れたら。

その先の未来が想像できない。

ただわかるのは、明るい未来がくることはないということ。。

私はうる覚えの王妃教育の知識でアルトの隣に立つことになる。

そんなことをしたら、アルト殿下の評価はダダ下がり。


周囲の視線が冷たくなる様子まで勝手に想像してしまい、背筋がわずかに冷える。

タブロイド紙には『今世紀最悪の皇太子妃誕生!』なんてタイトルが躍るかもしれない。

それに…それだけじゃない。

言葉にしきれない現実に、押しつぶされそうになる。


無理だ。

「アルト・アズリオン殿下…申し訳ありませんが、そのお申し出はお受けできません。私は町人として暮らしていきたいのです」

呼吸を整えるように一度まぶたを閉じてから、静かに言葉を続けた。

「ここで、好きなことして暮らしたいです」

アルト殿下が、ぐっと下を向いて考えている。


しばらくの沈黙。

大好きなパンの香りが鼻をくすぐるのに、気持ちが張り詰めていた。

「…そうか。ならば、俺も町人になろう」

一瞬、時間が止まったような気がして、目の前にいるアルト殿下を二度見した。

空耳か?


予想外の言葉だった。

アルト殿下が乱心したようなセリフが聞こえてきた。

ご乱心…。

「え?」

反射的に声が漏れてしまい、慌てて口元を押さえる。

予想していなかった返答に、私が混乱していた。

自分でも落ち着きがないと思いながら、必死に言葉を頭に入れようとした。


「俺も、町人として君と一緒に生きよう」

静かで真剣な声が、はっきりと部屋に響いた。

聞き間違いではなかった。

なかったか…。


やっぱりアルト殿下は、ご乱心になったようだ。

心の中で結論づけるしかないほど、理解を超えた発言だった。

「あの…アルト・アズリオン殿下は、王族です」

慎重に言葉を選ぶ。

「ああ。だが、安心するといい。俺には弟がいる。王位は弟が継げばいい」

うん、知ってる。

王位のことまで考えてなかったから、そういう意味ではなく、王族が町民の暮らしに馴染めるわけないじゃん、って話だったんだけど。


ちなみに、アルト殿下の弟は、シエル・アズリオン。

幼い頃の姿しか知らない記憶がなくて、ぼんやりとその姿を思い浮かべた。

お会いしたのはずいぶん前だけど、まだ、幼かったはずだ。

アルト殿下とシエル殿下は母親が違う。


いわゆる、正妃と側妃の関係だ。

「アルト・アズリオン殿下のお母様は、それをお許しになるでしょうか?」

窓の外から差し込む光が、キッチンの木製テーブルの上に細く伸びている中で、私はカップを両手で包むように持ち直し、慎重に言葉を選びながら問いかけた。

「許すも何も、俺が戻らなければ自然とそうなるよ」

アルト殿下は自信満々にそう言った。


背もたれに軽く体重をあずけ、当然のように言い切る。

王族らしい、なんとかなる感。

窓の外の光さえ味方にしているような、ゆるぎない姿。

世界は俺を中心に回ってる感。


ゲームをしていたときは、これもカッコいいって思ってたけど。

それはゲームの中だから許されるやつだ。

現実には「どーにもならないこともあるんだよ、ぼくちゃん?」って感じだ。

目の前のカップを見つめて、ふうっと息を吐いた。


「では1か月。1か月、ここで過ごしてみてください。それから考えましょう」

テーブル越しにアルト殿下の表情を探りながら、慎重に、言葉を選んで提案してみた。

ともかくも、アルト殿下は私を捕まえにきたわけではない。

だったら、私のことはさくっと諦めていただいて、自国へお帰りいただけばいいんだ。

余計な期待も、過剰な警戒も、今は必要ない。


アルト殿下に王妃教育をさぼっていたから結婚できません、と伝える選択肢はない。

そう伝えたらたぶん「じゃあ、もう一度、学べばいいよ」と言われるだろうし。

もう、勉強は懲り懲りだ。

だからここは、あくまでも、ご本人の意思で帰っていただこう。

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