05 まさかの再会で、窮地。
『蒼い誓いと紅い秘密、その扉の向こうで』
ヒロイン ミレイア・ノクス 光魔法
皇太子 アルト・アズリオン 水魔法
悪役令嬢 ヴェロニカ・ルージュリス 炎魔法
最初は試しに買っていく程度だった客が、いつの間にか常連になっていく。
食事処のバイトはやめて週6日の営業にして、食事処にもパンを卸してもらえることになる。
焼き上がったパンを木箱に詰めて渡すと、マスターが満足そうに頷いた。
マスターにはお世話になったから、ときどき、マヨネーズもサービスした。
とても、いい調子だ。
週6日の営業は大変かなと思ったけど、パンが売りきれたら終了にしたし。
朝に焼いた分が昼前にはなくなる日もあれば、逆に夕方まで残る日もあるけれど、残ったら自分のごはんにすればよかったから、ちょうどいいくらいだった。
余りにも残ったときは、フレンチトーストにしたら、それも売れた。
前世の知識、万歳だ。
そもそも、小さいお店だからお客さんの数もしれている。
店の中はいつもほどよい静けさで、パンの香りだけが満ちている。
いつもくる人が、いつものパンを買っていってくれて、ときどき遠くからお客さんが来てくれる。
そんな感じだった。
いい感じだと、調子にのってしまっていたことに、このときはまだ気づいていなかった。
木製の棚を拭きながら、鼻歌まじりに過ごす午後が続いていた。
パン屋が思いのほか上手くいっている。
釜の前で汗をかきながらも、焼き上がりの香ばしさに幸せを感じる。
焼き立ての香りが楽しめるのは、パン屋の特権だ。
趣味がこんなところで役に立つとは思わなかった。
人生、なんでも経験しておくものである。
ここには、私がヴェロニカ・ルージュリスだと知る人はいない。
ただのヴェロニカとして生きていける。
窓から差し込む光がカウンターに落ちて、ゆったりとした時間が流れる。。
お客さんがいない店内で、本を読むのも楽しみの1つになっていた。
ページをめくる音だけが響く。
カランカランっと、お店の入り口につけたドアチャイムが音を立てた。
反射的に顔を上げると、入口の扉がゆっくりと開いていく。
「いらっしゃいませ…」
本からゆっくりと目線をあげて、凍りついた。
世界が白黒になるとは、こういう瞬間のことを言うんだろう。
「ヴェロ、探したよ」
一瞬、空気の温度が下がったような錯覚がした。
周りの色が消えているのに、言葉を発した人だけの色が残る。
どうして…
「アルト…殿下。どうして…」
喉がひきつって、言葉がうまく繋がらない。
口が震えて、声が上手に出せない。
おもわず名前を呼んでしまった。
学園でそう呼んだら、すごく冷たく「名前を呼ぶなんて不敬だ」と言われたのに。
どうしてセレネイド王国に、ルミナリス王国のアルト・アズリオン皇太子殿下がいらっしゃるのか。
頭がフリーズしてわからない。
手の中の本がずしりと重く感じる。
もしかして、私を捕まえにきたのか。
恐怖で頭がクラクラとした。
こんな、まさに、地の果てまで追いかけてきたというのか。
そこまでして、私をギロチン処刑したいのか…
足が一歩後ろに引けそうになった。
この部屋を出て、キッチンまで行けば、裏口から外に出られる。
視線だけが無意識に逃走経路をなぞる。
落ち着いて行動しよう。
心臓の音だけがやけにうるさい。
また、逃げればいいんだ…また。
どこまで?
以前のように、準備して逃げるわけじゃない。
今度もうまく逃げ切れる可能性はどれくらいだろう。
「ヴェロ…その。うまく言えないんだけど…探してたんだ」
アルト殿下がそう言った。
少し視線を落としたアルト殿下が、言葉を選ぶようにゆっくりと続ける。
ゲームをしていたときは、最推しだったアルト殿下。
まさか、二度と顔を見たくないと思う日がくるなんて。
「君に、ひどいことを言った自覚はあるし、ひどいことをした自覚もある。でも、なんていうか…あれは、自分であって、自分でなかったというか…」
手を握りしめたり開いたりしながら、言葉を探している。
アルト殿下は何を言っているんだろう。
「落ち着いてください、アルト・アズリオン殿下。と、とりあえず、どうぞ」
動揺を隠しきれないまま、無理やり『よそいき』の声を出す。
アルト殿下の様子がおかしい感じがする。
私には関係ないけれど、一応、殿下だ。
国際問題に発展しても困るし、とりあえず部屋にあがってもらった。




