47 久しぶりのお城で、迷子。
悪役令嬢 ヴェロニカ・ルージュリス 炎魔法
皇太子 アルト・アズリオン 水魔法
皇太子弟 シエル・アズリオン 風魔法
婚約者 リリアーヌ・マーロウ 雷魔法
ヒロイン ミレイア・ノクス 光魔法
先生 カサンドラ
馬車から王城が見える。
王城の尖塔が見えた瞬間、胸の奥が小さく揺れた。
白亜の城壁は陽の光を受けて淡く輝き、規則正しく並ぶ窓硝子が赤金色の光を返している。
風に乗って届く噴水の音も、庭園に咲く薔薇の香りも、何一つ変わっていない。
帰ってきたんだなと、ホッとした。
いつの間にか、ここが私の帰る場所になっていたんだなと思う。
「ヴェロニカ嬢!」
元気な声が聞こえて振り向くと、リリアーヌ嬢がいた。
廊下の先から軽やかに駆け寄ってきて、裾を押さえながら笑顔を向けてくる。
少し背が伸びただろうか。
並ぶと視線の高さがわずかに変わっている。
子どもの成長は早い。
「もう、大変だったのよ!あなたがいないから、私ひとりで王妃教育を受けていたのよ」
不満と嬉しさが混ざったような声で、腕を軽く叩いてくる。
「…それは申し訳ありませんでした。では、リリアーヌ嬢から教えていただかなくてはいけないことが多いですね」
そう言うと「まあ、教えてあげてもいいわ」と言われた。
胸を張ってそっぽを向く仕草があまりにも可愛い。
本当に可愛い。
「アルト兄様っ!」
そう言って、シエル殿下がアルト殿下に駆け寄っていっている。
廊下を小走りで抜け、少し跳ねるようにしてその腕の中へ入っていく。
お互いの母親の問題は残っているけど、この2人の仲はいいみたいで安心した。
ぎこちなさはまだあるが、距離は確かに縮まっている。
ふわっとした風が吹く。
窓から入り込んだ空気が髪を揺らし、長い緊張のあとに静けさを運んでくる。
日常が戻ってきたんだなと思えた。
それぞれに挨拶をして、丁寧に頭を下げたり軽く会釈を交わしたりしながら、部屋に戻ることにする。
廊下に靴音が小さく響き、窓から差し込む光が床に淡く揺れているのを横目に見ながら歩き出す。
ちょっと気になっていた。
なぜ、アルト殿下もついてくるんだろう。
すぐ後ろにある気配が落ち着かない。
「…あ、大丈夫ですよ。久しぶりですけど、迷わずに行けますから」
そう言いながら振り返って軽く笑ってみせると、アルト殿下も微笑んだ。
心配性なのか?
それとも…部屋でキス…キスとかしちゃうのかな。
そんな想像が浮かんでしまい、慌てて視線を逸らす。
変なことを考えてしまったから、顔が熱くて、少し足早に部屋に向かう。
廊下の角を曲がり、記憶を頼りに進んでいった。
「そっちじゃなくて、こっちだよ」
アルト殿下に即座に指摘されて、戸惑う。
やっぱり久しぶりだったから、道を間違えたんだろうか。
案内されるままに一歩引き返し、覚えていなかったことが恥ずかしくて少し頬が熱くなる。
けっして、キスされるとか思ったからじゃない。
「すみません…うっかり。えっと、ここは右…」
「左だよ」
おっと?そうだっけ…と心の中で首をかしげながら、素直に方向を直す。
足元の感覚すら曖昧になっている気がして、少し不安になる。
もしかして、色々あって、記憶喪失…いや、記憶障害にでもなったんだろうか。
「…えっとぉ」
曖昧な声を漏らしながら歩き続けるうちに、ついに目的の扉の前へたどり着いたようだ。
ここは?
扉の前に立ちつくす。
「アルト殿下の部屋ですよね」
「違うよ」
アルト殿下がツーンとしている。
腕を組み、わずかに顎を上げている姿が妙に堂々としている。
「…アルの部屋ですよね?」
「そう、俺の部屋。そして、今日からヴェロの部屋でもある」
そう言われて、背中を押された。
まって、まって…と心の中で連呼するしかない。
「殿下…私たちまだ、結婚してませんから」
そう言うと、アルト殿下が頬を膨らましている。
殿下と言ったことに怒ってるんだろう。
妙に子どもっぽい表情で、先ほどまでの威厳との落差に困惑する。
ゲームのアルト殿下と違い過ぎないか?
「…アルと私はまだ、結婚前ですから」
そう言うと「ヴェロは真面目だな」と言われてしまった。
肩をすくめるような軽い言い方に、逆にこちらが困る。
真面目なキャラはアルト・アズリオンでしたけど。
ルールや一般常識を重んじていませんでした?と心の中で問い直すが、当然答えは返ってこない。
「…でもまあ、たしかに結婚前だから、ヴェロの部屋はこっち」
そう言って、奥の扉を開けた。
軋む音とともに空気が少し変わり、隣室の存在が明らかになる。
どうやら隣が私の部屋で、内扉を開ければいつでも行き来できるようになっているようだ。
「この扉は鍵がかからないから。いつでもきていいからね。いつでも行くけど」
いつでも行くけど?とは?
内心で繰り返しながら、説明を聞いた。




