46 ギャフンとは、茶番。
悪役令嬢 ヴェロニカ・ルージュリス 炎魔法
皇太子 アルト・アズリオン 水魔法
皇太子弟 シエル・アズリオン 風魔法
婚約者 リリアーヌ・マーロウ 雷魔法
ヒロイン ミレイア・ノクス 光魔法
先生 カサンドラ
「そこ、気になっちゃいます?…まあ、偽…ではありますが、ヴェロニカ嬢は全属性の魔法を使える聖女であることには変わりありません」
アルト殿下がそう言って、私の手をとってくれる。
その手は迷いがない。
思えば、アルト殿下はいつも、迷わず私を選んでくれていた。
ただ、ミレイア退場のあと、どうするかは聞いていないから、目が泳ぐ。
何が始まるんだろうと不安で…アルト殿下を見た。
アルト殿下と目があう。
すごく優しい視線で安心した。
…うん、大丈夫なんだろう。
ゆっくりとうなずくと、アルト殿下がミレイアのほうを見る。
「ですから、ヴェロニカ嬢は我が国が責任を持って、大切に見守らせていただきます。…皇太子妃として」
そう言われて、ひゃーっとなった。
周囲の空気が一気に弾けるようにざわめき、視線がこちらに集中する。
公開プロポーズ、キター!!!!!
ギャフンという言葉がミレイアから聞こえたような気もする。
頭がショートしてる。
「ア…アルト殿下、それって…あの…」
言葉が途中で、ぽろぽろこぼれていくようで、文章になってくれない。
「アルって呼ぶ約束だよ?」
そんな約束はしてないけど…そうだったような気になってくるから不思議だ。
「アル…あの、私…」
頭が真っ白になってしまった。
周囲の視線も音も、全部遠くに感じる。
私の経歴。
アルト殿下の婚約者からの、シエル殿下の側室候補からの、アルト殿下の婚約者からの、聖女、からの、アルト殿下の婚約者、を飛び越えて、皇太子妃。
なんじゃそりゃ?
「なによ、それ!なんなのよ!!」
ミレイアは納得いかないと叫ぶ。
その言葉には、私も共感する。
ミレイアは私に歩み寄ろうとしたけど、大人たちに連れていかれた。
左右から腕を取られ、半ば運ばれるようにして退場させられていく。
それが、私がミレイアを見た最後となった。
会場は静まり返ったけれど、すぐに華やかな会へと姿を変えた。
「皇太子殿下、おめでとうございます!」
「皇太子妃殿下、私、こちらの領土で、こういう事業をしておりまして…」
そう言って、我先にと、貴族が押し寄せてきたからだ。
まだ、なんの心の準備もできていないのに。
皇太子妃になっちゃった。
ミレイアはアルト殿下の予定通り、祈りの島という名の地の果てに追いやられた。
海風と断崖に囲まれたその場所を思い浮かべるだけで、背筋が凍る。
私が行くはずだったんだもん。
泳いで海を渡る根性があれば別だか、あの島から出ることはできないだろう。
壮行会での出来事があんなにスムーズだったのは、来ていた人のほとんどが、あの茶番を知っていたからだ。
会場の空気は緊張というより、どこか段取りどおりという落ち着きがあったのはそのためか。
誰もが次の展開を薄々理解していたんだ。
壮行会前の2日間で、アルト殿下が説明し、説得に回ってくれたのだ。
夜遅くまで灯りのついた部屋を行き来し、書類を抱えたまま各所に頭を下げていた姿が思い浮かぶ。
神官へも説明して、説得してくれていた。
言葉で言えばそれだけだが、それがどれほど大変なことだったかは想像に難しくない。
なにせ、相手は古代の聖女の生まれ変わりを恐れているのだから。
光の扉がもう現れないことを納得しない人もいたはずだ。
それを、根気強く説得してくれたアルト殿下はすごい人だと思う。
それに、今回の件では王様も尽力してくれたと聞いて、少し嬉しくなった。
てっきり、王様にも王妃様にも、側妃様にも嫌われていると思っていたからだ。
家の都合もあったけれど、アルト殿下だけではなく、シエル殿下のこともひっかきまわしてしまった。
もちろん、ルージュリス家がやろうとしていたことも忘れたわけじゃない。
そんな私のために動いてくれたことは、感謝してもしきれなかった。
そんなわけで、神殿からお城に帰ることとなった。
大理石の階段を下りるとき、ようやく日常に戻る感覚がじわりと広がる。
魔法はこれからも学ぶ予定だけど、それほど大きな力はもたないほうがいいだろうというのが、神殿の判断だ。
世界の脅威になるのは、よくない。
私もアルト殿下も、それを受け入れた。
それにしても。
胸の奥に小さな引っかかりが残る。
参加者を説得できているなら、壮行会なんてやる必要がなかったのでは、とも思う。
華やかな装飾や人の流れを思い返すと、少しだけ不思議な気持ちになる。
アルト殿下にそれとなくぼやいてみた。
愚痴だ。
すると、アルト殿下は少し困ったように眉を寄せた。
「恥ずかしい思いをさせてごめんね。でも、『古代の聖女の生まれ変わり」を今さら消せなくてね』
そう言われた。
今回、茶番とも言える壮行会をしたのは、民には古代の聖女の生まれ変わりが現れたと伝えてしまっていたからだ。
すでに国中にその話が広がってしまっている以上、いまさら、いなかったことにはできない。
だから、カタチだけでも祈りの島へ行く聖女が必要だったのだ。
「それに、2日前だよ。もう各国のお偉いさんが神殿に来てたんだ。なにかやるしかないだろ」
アルト殿下はそう言ったけど、私はアルト殿下が公開プロポーズをしただけだったんじゃないかと思ってる。
だって、あそこで、プロポーズすること、私は聞いていなかったもの。
ちょっとだけむくれたけど。
私がアルト殿下の婚約者として歓迎されたのはあの公開プロポーズのおかげであることは、いなめない。
あれだけ大々的に発表してしまったら、反対していた人たちも認めざるを得なかったというところだろう。
実際、多くの貴族に祝福の言葉ももらったし。




