44 作戦の裏側と、緊張。
悪役令嬢 ヴェロニカ・ルージュリス 炎魔法
皇太子 アルト・アズリオン 水魔法
皇太子弟 シエル・アズリオン 風魔法
婚約者 リリアーヌ・マーロウ 雷魔法
ヒロイン ミレイア・ノクス 光魔法
先生 カサンドラ
アルト殿下はハッとして、柔らかい表情に戻った。
「…それを、終身刑にしてやろうっていうんだ。悪くないと思わないか?」
アルト殿下は、やっぱり腹黒いんじゃないだろうかと思った。
それにしても、私がその終身刑になるところだったのかと思うと素直に喜べない。
どこまでも、断罪がついて回るんだなとため息が漏れた。
「ねえ、ヴェロ。もう諦めないでよ。俺を、諦めないで」
アルト殿下にそう言われて、ドキっとした。
胸の奥が跳ねるように揺れて、あらためてアルト殿下を見た。
学園では、アルト殿下に好かれることを諦めた。
アルト殿下と再会したときは、王位についてほしくて諦めた。
古代の聖女の生まれ変わりと言われて、結婚をまた諦めた。
考えると、何度も何度も、アルト殿下を諦めようとしてる。
そのたびに、自分で距離を置いて、勝手に終わらせようとしていた。
そんな私を追いかけてくれたのは、アルト殿下だ。
何度も。
本当に、何度も、何度も。
殿下が諦めずにいてくれたから、私はこうやってまたアルト殿下の隣にいる。
『俺を、諦めないで』
そう言われて、涙が溢れた。
視界がにじんで、アルト殿下の輪郭がぼやけていく。
「ごめんなさい…ずっと、ありがとう…」
胸の奥から絞り出すように言葉が漏れる。
親にも愛されなかった私を愛してくれる、ただ1人の人なのに。
私はこの人を、悲しませてばかりいる。
「いいよ。だから、アルって呼んで」
ん…?アルトじゃなくて、アルになった。
調子がいい。
こんな性格だっただろうか?
クスッと笑みがこぼれた。
涙の残りが頬に伝ったまま、自然と表情が緩む。
「アル、大好き」
そう言って微笑むと、唇が重なった。
一瞬、時間の流れが止まったように感じるほど静かで、世界の音が遠のいた。
これは、挨拶的な?
そういうキスということだろうか?
いや、話の流れで、これは挨拶ではない。
アルト殿下の顔がはなれていく。
「…あ、目…つぶってない…くて、すみません…」
ぷしゅぅっと顔が熱くなっていく。
耳まで一気に熱が上がっていくのが自分でもわかる。
何を謝ったんだ、私。
クスッとアルト殿下が笑った。
その笑い方がやけに優しくて、余計に心臓が落ち着かない。
「じゃあ、今度は、目をつぶってくれる?」
アルト殿下が私の髪をなでる。
指先が髪をすくうたびに、意識がそちらに引っ張られる。
また、キスするの?
心臓…心臓がもたない…心臓、頑張れ。
きゅっと目をつぶると、アルト殿下が小さく笑う声が聞こえて、唇から幸せに包まれた。
視界が閉じられている分、触れた感覚だけが強く残って、余計に意識が研ぎ澄まされる。
それと同時に、覚悟もできた。
何が起こるかわからないけど、アルト殿下の作戦に乗っかるしかない。
もう、この手を、唇を、はなしたくないから。
作戦の実行は2日後に行われる、壮行会。
それまで、ミレイアに祈りの島がどんなところかバレないようにすること。
そうして、私がチヤホヤされているように、ミレイアに見せつけることが最大のミッションとなった。
それほど大袈裟に崇められていた記憶はないのだけれど、少なくともミレイアの目には、私は古代の聖女の生まれ変わりとして盛大にチヤホヤされているように映っていたらしい。
たとえば廊下ですれ違えば、侍女や騎士たちは恭しく頭を下げる。
礼拝堂へ行けば司祭たちはやけに丁重な態度を取るし、お茶を飲みにサロンへ行けば「聖女様のお隣をぜひ」と席を譲り合った。
端から見れば、それは確かに唯一無二の聖女として敬われている光景だったのだろう。
実際、ミレイアは私がそう扱われるたびに、ものすごい顔をしていた。
…まあ、実際は少し違うのだけれど。
あれは別に、尊敬とか親愛だけではなかった。
むしろ恐れだ。
聖女の力を持つ者へ不用意に逆らってはいけない。
怒らせれば天罰でも下るのではないか。
だから皆、やたら丁寧だったし、距離感も妙によそよそしかった。
笑顔では接してくれるけれど、本音では腫れ物に触るように扱っている人も多かったと思う。
けれどミレイアは、そこまで見えていなかったらしい。
彼女からすれば私は、『チヤホヤされている』のだった。
だから私が少しでも褒められるたびに、ものすごく睨んできた。
ただ、睨んだ瞳の奥に「いまに見ていろ」という気持ちが溢れ出ていることにも気がついていた。
ミレイアの中で、私はギャフンされるキャラクターだから。
その未来を疑っている様子がない。
ヒロインにこんなことを言ってはいけないのだろうが。
頭の中、お花畑か?




