40 めでたしの先は、暗闇。
悪役令嬢 ヴェロニカ・ルージュリス 炎魔法
皇太子 アルト・アズリオン 水魔法
皇太子弟 シエル・アズリオン 風魔法
婚約者 リリアーヌ・マーロウ 雷魔法
ヒロイン ミレイア・ノクス 光魔法
先生 カサンドラ
神殿では、呑めや歌えやの大騒ぎだった。
石造りの回廊の奥からも祝祭のような声が響き、普段の厳かな空気は完全に消えている。
私は神官たちから古代の聖女の生まれ変わりだともてはやされた。
…全然、嬉しくない。
誰かの祝福の言葉が、遠くの音みたいに聞こえるだけだった。
神殿の偉い人からも頭を下げられてしまって、本当に居心地が悪い。
視線の重さに耐えきれず、指先だけがそわそわと落ち着かない。
私が世界の果てに行くのは、1週間後となった。
本当に逃げようがない。
各国から、凄いものが色々と贈られていると聞いた。
いちいち私に見せにきて、それらの箱が宝物庫に運ばれていく。
ドレスも宝石も、お酒もあるらしい。
どれも素敵なものばかりだけれど、世界の果てで、豪華なドレスや宝石を誰に見せるというのだ。
世界の果てに行ったら、1人で酒盛りでもしようかしら。
パンを焼いて、日がな一日、のんびり過ごす。
この国から逃げたとき、そんな日が続けばいいなと思っていたときもあった。
でも、今は。
アルト殿下に会いたい。
あんなに結婚を悩んで渋っていたのに、すごく会いたい。
胸の奥がきゅっと締め付けられるように痛み、神殿の冷えた空気が呼吸のたびに重たく感じる。
あれから、王城に帰ることができていない。
私は、言葉には出されないけれど『要注意人物』だから。
最後のお別れすら言えないまま…このまま、たぶんもう二度と会えない。
でも、これは自業自得。
私が光の扉のことをペラペラしゃべってしまったからだ。
そのときの神官たちの顔や、驚いた王の声が蘇る。
あの瞬間、自分の口からこぼれた言葉が取り返しのつかない形を持ったことを、今さら実感していた。
自業自得。
口は災いの元。
昔どこかで聞いた言葉が、今になって鋭い刃のように胸の内側をなぞってくる。
思わず唇を噛みしめ、視線を逸らした。
誰のせいでもないから、誰を責めてもいけない。
自分に言い聞かせるようにゆっくりと息を吐く。
受け入れよう…
アルト殿下に手紙くらいは書いてもいいのかな。
そんなことを考えながら、ぼんやりと窓から外を見た。
遠くの庭園では風に揺れる木々が見え、そこだけが変わらず時間を刻んでいるようだった。
光の扉…もう1度出てきてくれないだろうか。
あの不可思議な光景を思い返すたびに、胸の奥でかすかな期待が疼いてしまう。
ありえないとわかっていても、目で空間のどこかを探してしまう。
夢のせいにして、アルト殿下に会いたい。
叶うはずのない願いだと理解しながら、それでも心のどこかで諦めきれないまま、唇だけが小さく動く。
会いたい、会いたい…
眠る前、ベッドの上で光の扉が出てきてほしいと願って祈る。
でも、どんなに会いたいと願っても、光の扉が現れることはなかった。
夜の闇は残酷なほどに静かで、期待だけが宙ぶらりんのまま行き場を失っている。
きっとあれは、奇跡だったから。
奇跡は何度も起こらないから奇跡なんだ。
それがわかって、涙が溢れた。
そんなもののせいで、私はもうアルト殿下に会えない。
ふらふらと神殿を歩く。
要注意人物が夜中に1人で歩いていたら、捕まるかもしれないな。
そんなことを思って微笑む。
足取りは定まらず、どこに向かっているのか自分でもわからないまま、長い回廊をただ進んだ。
また、逃げ出そうか。
壁を指先で触れながら、そんな選択肢を思い浮かべた。
たくさんの贈り物の中には、大きなカバンや、野宿にぴったりなテントがあるかもしれない。
お金にかえられそうな宝石も。
今度はどこに…そこまで考えて、笑いが込み上げた。
逃げても逃げなくても変わらない。
どこに行っても…アルト殿下に会えないじゃないか。
その結論にたどり着いた瞬間、胸の奥がひどく空っぽになった。
フラフラと歩いていたら、いつの間にか礼拝堂のようなところに来た。
足音の反響が変わったことで初めて、自分が別の空間にいることに気づく。
ここがどこなのか、結局神殿を案内されなかった私にはわからない。
それっぽいけど、本当に礼拝堂なんだろうか?
高い天井と並ぶ柱を見上げて視線を戻すと、目の前にミレイアが現れた。
唐突に現れた影に、反射的に足が止まる。
「古代の聖女の生まれ変わり様は、古代の聖女の像に挨拶にでもきたの?」
やけに響く声を聞いて、ミレイアが見ているほうを見た。
視線を追うと、薄明かりの中に石像が浮かび上がり、その輪郭がゆっくりと現れる。
女性の像のようだけど、これが古代の聖女の像なのか。
長い年月を感じさせる石の質感に、ただ静かに見入ってしまう。
「散歩していたら、偶然…ここにいただけです」
声が少し掠れながらも、どうにか平静を装って言葉を返す。
言い争うのも疲れる。
適当に受け流して…部屋に戻るか。
そう判断し、踵を返そうとしたその瞬間だった。
ミレイアに頬を叩かれた。




