39 古代の聖女と言われ、苦労。
悪役令嬢 ヴェロニカ・ルージュリス 炎魔法
皇太子 アルト・アズリオン 水魔法
皇太子弟 シエル・アズリオン 風魔法
婚約者 リリアーヌ・マーロウ 雷魔法
ヒロイン ミレイア・ノクス 光魔法
先生 カサンドラ
なぜか、お城に…王と王妃とアルト殿下と神殿の偉い人と、私が1卓に座っている。
普段ならあり得ない配置に、落ち着かない。
キョロキョロすることもできないから、膝の上に手を置いて、変な汗をかいていた。
「急ぎ、お時間を作っていただきまして、ありがとうございます」
神殿の偉い人が、王にそう挨拶をした。
その声が広い部屋に反響して、妙に重々しく響く。
「実はこちらの、聖女様ですが。どうやら異空間を行き来できる力もお持ちのようなのです」
そう言うと、その場にいる全員の視線が私に向いた。
聖女って、私のこと?
いつの間に聖女に昇格してたんだろう。
修行中だという認識しかなかったんだけど…
視線が集まったので、目だけを動かして、恐縮する。
異空間?
「…あの、光の扉のことですか?」
そう言うと、王様が「おお!」と声をあげた。
玉座の背後の空気まで揺れたような気がするほどの反応だった。
なに?なに?
「それは、古代の聖女が持っていたという力ではないか!」
王様がすごく大げさにそう言った。
玉座の間に響く声はやけに反響し、天井の高い石造りの空間に、芝居がかった余韻を残していく。
周囲の重臣たちも一斉にどよめき、さらに多くの視線が私に集まった。
こんな状況だけど、演技力なら、私の方が上だろう。
アルト殿下が心配そうに私を見ている。
いつもの落ち着いた瞳のままなのに、その奥だけがわずかに揺れているように見えた。
何を心配されているのか、何が起こっているのか、さっぱりわからない。
ただ、場の空気だけがどんどん重くなっていくのを肌で感じていた。
「この力、我が国だけに使うのは…。他の国が聖女様のことを知れば、大変な騒ぎになるのは想像に難しくありません」
神殿の偉い人が、そう言った。
白い法衣の袖がわずかに揺れ、慎重に言葉を選びながらも、その目は興奮と畏れの両方を含んでいた。
それはどういう意味だろう。
「そうだな…。異空間を行き来できる聖女が、我が国の皇太子妃になるとわかれば、他国が黙っていないだろうな」
王様がそう言った。
…それはどういう…意味だろう。
視線だけが宙を彷徨い、誰の表情も正しく読み取れなくなっていく。
どういう意味なのか、頭でわかってる。
でも、それを言葉にしてほしくないと思っていた。
変な汗が急に引いて、少し体が冷えた気がした。
これは、そういうことかと、見えてしまった自分の未来に絶望した。
絶望…
私は、アルト殿下と結婚したかったんだろうか?
「では、言わなければいいではありませんか!」
アルト殿下がそう言うと「しかし」と神殿の偉い人が困った顔をした。
殿下の声はいつもより少し強く、庇うように私の前に立つ気配すらあった。
それなのに私は、一言も言葉を発することができない。
アルト殿下は、私が魔法で殿下を治したことは言ったのに、光の扉については誰にも言っていなかった。
これが理由だったんだと理解した。
そうだよね。
どこにでも自由に行ける人なんて、迷惑だ。
味方であれば心強いけど、敵になったら脅威でしかない。
古代の聖女については、絵本で読んだことがある。
詳細は忘れてしまったけど。
ある日、突然現れた聖女様が、光の扉を使って困っている人を助けに行く。
世界中をその光の扉で行き来して、世界が平和になる。
でも、あるとき世界の人は気がついてしまった。
自分の家の中に勝手に入ってこられるんじゃないか。
大切なものを盗られてしまうんじゃないか。
そうして、聖女様は捕まってしまう。
哀れに思った神様が、聖女様を世界の果てに連れていく。
そうして「ここで自分のためだけに暮らしなさい」と言うのだ。
心優しい聖女様は、世界の果てで、この世が平和であるようにと祈りを捧げて終わる。
『幸せに暮しましたとさ。めでたし、めでたし』だった。
私も世界の果てに送られる、ということか。
胸の奥がひやりと冷える。
ああ…人生って上手くいかない。
アルト殿下と結婚なんて無理って騒いでたのが、もうずっと前のことのようだ。
「…しかし、ご安心ください。聖女様には、一生、生活のご苦労はさせませんので」
私が現実逃避をしている間に、どうやら話はまとまったらしい。
神殿の偉い人が恭しく頭を下げ、周囲の視線もすでに「決定事項」として私を見ている。
「そうですか。それは…ありがとうございます」
自分でも驚くほど力のない声が出た。
生活の苦労もなく、幸せに暮したとさ。
めでたし、めでたし。
それは、私が求めていたストーリーではない。
でも、ここから逃げる方法を思いつかなかった。
アルト殿下の視線を感じる。
殿下は何かを言いたそうにしているのに、それを飲み込んでいるようにも見えた。
私はもう、アルト殿下を見ることができなかった。




