38 光の扉の説明は、無理。
悪役令嬢 ヴェロニカ・ルージュリス 炎魔法
皇太子 アルト・アズリオン 水魔法
皇太子弟 シエル・アズリオン 風魔法
婚約者 リリアーヌ・マーロウ 雷魔法
ヒロイン ミレイア・ノクス 光魔法
先生 カサンドラ
もともとパンを焼くためくらいしか魔法なんて使ってこなかったから、コツがつかない。
あの頃は単純に火を安定させるだけでよかったのに、今はそれどころではない複雑さがある。
手のひらに意識を集中させても、感覚がつかみきれない。
指先に魔力を集めようとしても、すぐに霧散してしまい、空気に溶けていくようだった。
「ふふっ、やっぱり噂通りですわね。聖女候補だなんて言われていても、基礎もできていないのでは?」
毎度、私の失敗を見つけてはミレイアが周囲に聞こえるようにわざと声を響かせる。
その目は明らかに楽しんでいる。
私が困る様子を見ること自体が、彼女にとっての娯楽なのだろう。
ヒマなんだろうか?
「簡単な光魔法すら安定しないなんて……これでは神殿に来た意味がありませんわね」
口元に手を当てながら、わざとらしく肩を揺らして笑う。
周囲の数人が視線を逸らし、気まずそうに沈黙する。
誰も強くは止めないのは、ミレイアが光魔法を使えるからだろう。
ため息をついて、再び集中した。
教えられた通りやってるんだけど、ふわっと現れた光の玉はすぐにほどけて、糸のように空に吸い込まれていった。
「ほら、ご覧になって?何も起きませんわよ」
ミレイアがさらに声を弾ませる。
腹が立つけど、言われていることは間違ってない。
魔力はあるけれど、魔法が使えないなんて。
手のひらに意識を集中させても、感覚がつかみきれない。
それでも何とか形にしようとするたびに、ミレイアの笑い声が遠くで響く。
「こう…イメージをしていただいて」
神官は一生懸命教えてくれている。
穏やかな声と丁寧な身振りが、何度も繰り返された。
現世だったら、スマホとかでやり方を見ながら自主練できるんだろうけど。
参考書とかも作られたかもしれない。
でも、この世界には魔法に関してはテキストがない。
机に置かれた本の類もなく、ただ口伝と実践だけが頼りだ。
人から人へ伝え教えるものなのだ。
というのも、魔法を使える力を持っていても、使わずに生きていく人も多いからだ。
例えば、雷魔法はその名の通り雷を落とせるのだけど。
騎士や警官など、戦う必要がある職種につけば使いどころもあるけど、普通の人には必要がない。
サバイバル生活をするなら、川に雷を落として魚を捕まえる、なんてこともできそうだけどね。
他の魔法に関しても、生活で使う程度の魔法は使っても、大きな魔法を使うことなどほとんどない。
火を起こす、水を出す、風を整える、その程度の実用性に留まる。
だから、多くの人は自分の属性は知っていても、魔法を使わず生活している。
乙女ゲームをしているときも、クエストで使うくらいで普段の生活では使っていなかった。
考えてみると、魔法がある世界なのに、学園には魔法の授業もなかったし。
なぜ、学園で教えてくれなかったんだろう。
授業がなかったから、今、とても困っている。
涙を浮かべながら、神官に教えてもらった方法を繰り返した。
「あ!たしかヴェロニカ嬢はアルト・アズリオン殿下を治療されたとか。そのときのことをイメージしてください!」
神官にそう言われて、ぎょっとした。
周囲の視線が自分に集まるのを感じながら、思わず姿勢を正す。
まてまて。
私がアルト殿下を治したことになってるの?
「え?…いえ、あれは…」
言いかけて、言葉が宙に浮いたまま止まる。
あの時のことをどう説明すればいいのか、自分でも曖昧で、喉の奥で言葉が引っかかった。
あれは、なんだろう?
気づいたら治ってました、って言っていいのか?
ミレイアがつまらなそうに私を見る。
肘をつき、あからさまに興味がなさそうに、何かを投げている。
自分がちやほやされないのが気に入らないんだろう。
「そーんなスゴイ力があるなら、とっとと見せてくださいよー」
口元だけ笑っているような、投げやりな調子でそう言われた。
見せられるものなら、そうしたい。
「いえ…あのときはその。光の扉が現れて…」
言いながら、自分でも不確かな記憶を手繰るように視線が泳ぐ。
「光の扉?!」
神官が私の言葉に驚いている。
椅子を引く音まで聞こえそうな勢いで身を乗り出してくる。
私、何か言っちゃったかしら?
「その、光の扉というのはどういうものですか?」
よくわからないけど、神官が興奮している。
「え?…普通の…ああいう感じの扉が光ってて、開けても光ってました」
説明しながら、自分でも何一つ伝わっていない自覚はある。
だって、あのときは夢の中だと思ってたんだもん。
しっかり覚えてなんかいない。
それでと言われたので、入ってみたらアルト殿下の部屋に繋がっていたと伝えた。
その瞬間、周囲の空気がさらにざわりと揺れる。
「つまり、ヴェロニカ嬢の部屋に光の扉が現れて、それを使って、アルト殿下の部屋に行けたんですね!」
そう言われて、簡単にまとめるとそうかなと、頷いた。
「大変だ」と神官が走ってどこかに行ってしまった。
なに?なに?
ミレイアが、すごい顔で私を睨んでいる。
唇を噛みしめ、明らかに苛立ってる。
…なんだというんだ。




