23 お庭で気分転換をして、思案。
悪役令嬢 ヴェロニカ・ルージュリス 炎魔法
皇太子 アルト・アズリオン 水魔法
皇太子弟 シエル・アズリオン 風魔法
婚約者 リリアーヌ・マーロウ 雷魔法
ヒロイン ミレイア・ノクス 光魔法
先生 カサンドラ
「シエルのことはシエルって呼ぶのに、どうして俺のことはアルトって呼んでくれないの?」
アルト殿下が真っすぐ見つめてくる。
距離は近くないのに、視線だけが妙に強く届く。
かっこいい…最推しはやっぱり最推しだな。
心の中で現実逃避気味に感想が流れる。
「シ、シエル殿下ってお呼びしておりますよ?」
声がわずかに揺れるのを自覚しながらも、平静を装う。
ここで演技力が役に立つとは思わなかった。
それに、シエルなんて呼んでない。
シエル殿下って、ちゃんと呼んでいるもの。
「…ヴェロは、シエルのことが好きなの?」
アルト殿下から、思いもよらない言葉が飛び出した。
一瞬、意味がわからず思考が止まる。
私がシエル殿下を好きか?とは?
私はシエル殿下の側妃候補ですから、嫌いなわけがないっていうか。
嫌いだったとしても嫌いなんて言えます?
そして、側妃ですよ、側妃。
正妃も決まってるのに、好きって言えます?
いや、そもそもシエル殿下より11歳年上ですけど。
もう弟にしか見えてませんけど。
私の最推しはアルト殿下ですけど。
無表情でここまで考えられるのだから、私の演技力はますます上達している。
内心の大騒ぎを完全に封じたまま、表情だけは静かに保つ。
「シエル殿下のことは側妃候補として尊敬申し上げております」
言葉を丁寧に整え、角のない回答をした。
好きとも嫌いとも伝えない。
100点満点の答えでしょう。
尊敬という言葉は、使い勝手がいい。
尊敬している相手を嫌いなわけがないけれども、愛情表現ではないから好きとか愛しているからも少し距離がある。
ベストなお答えでした、私。
ハナマル。
さすが、私。
「シエルと話すときは、いつも楽しそうだから。俺とは…会話にもならないのに」
アルト殿下がなぜかシュンとしている。
視線が少しだけ下に落ちているのが見える。
どうしたんだ最推し。
心の中で思わず呼びかける。
いつも完璧な王子様なのに、今日はシエル殿下と同じくらい子どもっぽく見える。
「…何かありましたか?愚痴ならお聞きしますよ」
シエル殿下に話すときのように、視線を合わせてみた。
少しだけ前傾になり、距離を詰めすぎないよう注意しながら顔を向ける。
アルト殿下の頬が少し…赤くなったような気がするのは、気のせいだろう。
風のせいか、光の加減か、判断がつかないまま視線が彷徨う。
「ヴェロが、シエルと仲良さそうにしているのが嫌だ」
アルト殿下が、本当に子どもみたいにそう言った。
言葉の選び方に遠慮がなく、感情がそのまま伝わってくる。
さっき私のことを愛称で呼んだ気がしたけど、気のせいじゃなかったか。
仲良さそうにって。
シエル殿下は、7歳ですよ。
アルト殿下の目には、シエル殿下と私がどう映ってるんだろう。
たった7歳の弟に…まさか、嫉妬?
いやいや。
さすがにそれは、自惚れすぎだ。
自分に対して、ため息が漏れる。
「アルト・アズリオン殿下。私はシエル殿下の側妃候補です。適度な距離を…」
言葉を選びながら、一歩、後ろに足を引いた。
すると、突然、体が前に出る。
「?」
驚いている間に、抱き寄せられてしまった。
視界が一瞬だけ揺れ、顔の前にアルト殿下の胸がきた。
バランスを崩してアルト殿下にもたれかかってしまったに違いない。
恥ずかしい。
慌てて体をはなそうとして、しっかり抱きしめられてしまう。
腕の力が予想よりもずっと強くて、逃げる余地がない。
これは事故だ。
たぶん、アルト殿下は…そう、私の服についていた葉っぱを取ろうとしただけ。
私の背中に葉っぱがついているんだ。
私はバランスを崩しただけ。
足場が悪かっただけ、と言い聞かせる。
だからすぐにはなれれば、これは事故になる。
そうわかっているのに、抱きしめられた腕の中が思っていたより居心地がよくて。
アルト殿下の胸から聞こえる鼓動が心地よくて。
なかなか手をほどけない。
指先が動くタイミングを失ったまま、時間だけがゆっくり流れる。
もう、バランスを崩したという言い訳がきかないくらい抱きしめられてしまっている。
こんなところを誰かに見られては大変なのに…
「ねえ、ヴェロ。俺と結婚しよう」
アルト殿下に耳元でそう囁かれて我に返った。
びくっと肩が動く。
風が止まったような静けさの中、アルト殿下の声だけがやけに鮮明に響いた。
距離が近すぎて、息遣いまで触れるほどに感じられる。
思考が一瞬遅れて…いや、思考が止まった。
ぐっと、アルト殿下の体を引きはなす。
「大変、大変失礼しました。私ったらうっかりバランスを崩した上に、うっかり貧血になってしまいまして。もう、大丈夫ですので…」
言葉を並べながら、必死に平静を装う。
指先が微かに震えているのを隠すように、両手を重ねて前に揃える。
心臓がバクバク言っている。
この音が口から漏れださないか不安になって、思わず口を塞いだ。
聞かなかったことに。
さっきのは聞かなかったことにしなければいけない。
いや、違う。
あれは、私の妄想で、現実に言われたことではない。
私の妄想が、爆発して、あんな幻聴を聞いてしまったんだ。




