24 散歩にでかけてうっかり、密会。
悪役令嬢 ヴェロニカ・ルージュリス 炎魔法
皇太子 アルト・アズリオン 水魔法
皇太子弟 シエル・アズリオン 風魔法
婚約者 リリアーヌ・マーロウ 雷魔法
ヒロイン ミレイア・ノクス 光魔法
先生 カサンドラ
「ヴェロ。俺は本気だよ?隣国にいたときとは状況が変わったよね?」
アルト殿下がそう言って私の腕を掴む。
せっかく私が、幻聴だと思おうとしているのに。
腕を振ってみる。
その手は強引に掴まれているわけではないのに、振りほどけない。
アルト殿下の体温が、腕から伝わってくるようで怖くなった。
流されそうになっている。
「いいえ。何も変わっていませんわ、アルト・アズリオン殿下。私はルージュリス家の娘です」
私はシエル派のルージュリス家の娘で、アルト殿下の暗殺を企んでいるルージュリス家の娘なのだ。
何も変わっていない。
自分に言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を区切る。
視線を上げると揺らぎそうになるから、まっすぐ前だけを見るようにする。
しかも、今はシエル殿下の側妃候補になってしまった。
むしろ、隣国にいたころより状況は悪い。
こんな私がアルト殿下と結婚できるはずがない。
もしそんなことをしたら、私はシエル殿下からアルト殿下に乗り換えた悪女と噂されるだろう。
百歩譲って、私が悪く言われるのはいい。
すでに悪役令嬢として認知されているのだから。
でも、アルト殿下は違う。
アルト殿下だって、シエル殿下から私を奪ったと面白可笑しく噂されるのは耐えられない。
私がアルト殿下に関わっていいことなど、1つもない。
言い切ったあと、呼吸が少しだけ乱れているのに気づいた。
じっと下を向いていると、アルト殿下のため息が聞こえた。
「結局、ルージュリス家なんだね。ヴェロは、ルージュリス家から逃げたいんじゃないの?」
アルト殿下にそう言われて、叫びそうになった。
喉の奥まで出かかった言葉を、無理やり押し戻す。
逃げたいし、ルージュリス家との縁を断ち切りたい。
できるなら、とっくにそうしている。
できないから、お飾りの側妃になるんじゃないか。
でも、言わない。
アルト殿下に伝えたところでどうにもならないことはわかっているから。
ぐっと飲み込んだ。
私は、ヴェロニカは、生まれてから我慢してばかりだ。
父や母から嫌悪されて、悪役令嬢にされて、好きな人とは結ばれず、お飾りの側妃となる。
報われない。
「ヴェロの気持ちが知りたい。ヴェロは俺のこと、どう思ってるの?」
アルト殿下が憎い。
その問いがあまりにまっすぐで、逃げ場がない。
生れながらの王子で誰からも愛されて、ゲームのストーリーの強制力とはいえヒロインとイチャイチャしていたくせに、私にそんなことを聞くんだ。
なんて、ヒドイ男を好きになってしまったんだろう。
だから、1回くらい我儘を言ってもいいような気がした。
「セレネイド王国の広場で言った気持ちと変わっていません」
そう言って、アルト殿下を見る。
視線を合わせた瞬間、胸の奥がきゅっと締まる。
アルト殿下が「じゃあ」と何かを言いかけたのを遮る。
「ですが、私はもう、シエル殿下の側妃候補です。…アルト・アズリオン殿下、どうか早く、いいかたをみつけて、お幸せになってくださいね」
そう伝えて、挨拶をして帰った…というか逃げた。
私の最推しには、やっぱり幸せになってほしい。
憎くて、すごく好き。
憎い、好き、…悔しい。
しっかり嫌いになれれば、こんなに悲しくないのに。
そう思っても、嫌いになる材料がどこにも見当たらないことが余計に腹立たしい。
もっと性格がひんまがっていて、嫌味ばかり言う人だったらよかったのに。
冷たい言葉を吐く人間なら、もう声も聞きたくないと思えただろう。
もっと不細工で、生理的に受けつけない人だったらよかったのに。
そうなら、こんなふうに視線を探したりもしなかっただろう。
本当に、イケメンでムカつく。
せめて、私のこと、嫌いなままでいてくれればよかったのに。
どうして、あんなことを言うんだろう。
ずるい、悔しい。
それなのに、どうしても嫌いになれなくて、苦しい。
王城の中庭を包む、穏やかな日差しが心地いい。
大理石のベンチに並んで座ると、淹れたての紅茶が白いマグカップの中で優しく揺れていた。
立ち上る柑橘系の甘い湯気が鼻先をくすぐり、日常の疲れが解けていくようだ。
目の前には手入れの行き届いた薔薇が咲き誇り、吹き抜ける風が心地よく頬を撫でていく。温かな光に包まれながら、静かな昼下がりを楽しんでいた。
「それでね、僕、アルト兄様にプレゼントを差し上げたくて…」
お茶をいただきながら、私の弟分、シエル殿下のお悩み相談会が開催されていた。
シエル殿下と私、そして、リリアーヌ嬢にカサンドラ先生も参加していただく。
小さな手をもじもじと絡めながら、視線をこちらに向けたり逸らしたりしている様子は、いかにも悩んでいる様子だった。
本日のお悩みは『アルト兄様に何をプレゼントしたらいいか』である。
これは、なかなかの難題だ。
顎に指を当てながら、少しだけ考え込む。
シエル殿下の年齢と立場、そして相手がアルト殿下であることを考慮する必要がある。
シエル殿下が女の子なら、ハンカチに刺繍をしてアルト殿下にあげるのもいいだろう。
だが、男の子は刺繍を嗜むことはない。
7歳という年齢も、中途半端だった。
5歳くらいなら、お手紙や絵をかいてプレゼントするという方法がある。
だが、7歳でお手紙や絵だけというのも…
ギリセーフか?
かと言って、時計やら宝石やら、お金がかかるものを7歳児がプレゼントっていうのも引く。
どうする。
視線が自然と天井へ向く。
何が正解なんだ。
私だったら、シエル殿下が一生懸命に選んでくれたものなら何でも嬉しいけど。
沈黙を破ったのは、リリアーヌ嬢だった。
「お菓子を作って差し上げたらどうかしら」とリリアーヌ嬢が身を乗り出して言った。
カサンドラ先生があたふたしている。
手元の紙をばたばたと揺らしながら視線を左右に泳がせた。
「あ…シエル殿下は、あれですよね。料理とか、されないですから…」
言葉を選びながら、必死に「無理だ」ということを伝えようとしている。
カサンドラ先生が慌てるのもわかる。
王族を火に近づけてなにかあったら大変だ。
「リリアーヌ嬢がシエル殿下にお菓子をプレゼントされたいだけなんじゃないですか?」
軽く笑いながら話題をずらすように声を挟む。
カサンドラ先生にアイコンタクトで伝えると「それはいいですわね」とカサンドラ先生が誘導してくれた。




