20 緊張感のあるお茶会で、冷汗。
悪役令嬢 ヴェロニカ・ルージュリス 炎魔法
皇太子 アルト・アズリオン 水魔法
皇太子弟 シエル・アズリオン 風魔法
婚約者 リリアーヌ・マーロウ 雷魔法
ヒロイン ミレイア・ノクス 光魔法
先生 カサンドラ
シエル殿下に見惚れそうになって、リリアーヌ嬢のフォローにまわらなければいけないことを思い出した。
固まっている場をなんとかしないと。
「シエル・アズリオン殿下、私までお誘いいただきありがとうございます」
食い気味でシエル殿下に挨拶をした。
間を埋めるように一歩前に出て、姿勢を正す。
顔を上げて、少し戸惑う。
視線の先にある光景が予想外だったからだ。
シエル殿下の隣に、アルト殿下が座っている。
まさかの、アルト殿下。
この国のルールではパーティーやお茶会に呼ばれたとき、主催者への挨拶は階級が高いものからしていく。
アルト殿下は主催者ではないかもしれないけれど、王族だ。
早く挨拶をすべきなのだろうけど、まだリリアーヌ嬢が挨拶をしていない。
視線が一瞬だけ宙を彷徨う。
リリアーヌ嬢はシエル殿下の正妃となる人で、私は側妃予定のただの貴族。
困った…
このままアルト殿下に挨拶をしないのは不敬。
しかし、リリアーヌ嬢より先に挨拶するのもまた不敬…
いや、リリアーヌ嬢がアルト殿下に挨拶をしないのは不敬なだけではなく。
アルト派とシエル派の派閥争いの火種になりかねない。
変な沈黙が流れた。
「あ…アルト・アズリオン殿下に、ご挨拶申し上げます。…あ、申し訳ありません。うっかり私ったらリリアーヌ嬢がいるのを忘れていました~」
視線はアルト殿下に向けたまま、わざとらしく周囲を見回す仕草も添える。
うっかり順番忘れちゃったという演技。
指先を軽く頬に当てて困ったふりまでしてみる。
バレバレだろうけど。
私が挨拶をしてようやくリリアーヌ嬢がアルト殿下に気がついた。
どんだけシエル殿下しか見えていないんだ。
「あ、アルト殿下、に、ご、ご挨拶申し上げますわ。申し訳ありません、緊張してしまいまして」
リリアーヌ嬢もかなり苦しい嘘をつく。
声が少し上ずっていて、手元の扇子も落ち着きなく揺れている。
でも、アルト殿下は気にしないといった感じで挨拶を返された。
さすがは大人。
大人な対応だ。
これでとりあえず、火種にはならないはず。
私の評価は下がっただろうけど、まあいい。
リリアーヌ嬢が、これ以上、やらかさないように気をつけておくことが私の役目だ。
なぜアルト殿下がいるのかわからないけど、着席する。
椅子の引かれる音が響く。
シエル殿下の前は当然、リリアーヌ嬢なので、私はアルト殿下の前に座ることとなった。
視線の置き場に困って、背筋だけを無駄に正す。
なんとなく気まずい。
手のひらにじんわりと汗がにじむのを感じながら、膝の上に置いた手を見ていたら、ガチャンと音がした。
音がしたほうをみると、緊張しまくったリリアーヌ嬢がティーカップを転がしている。
ソーサーの上から滑るようにカップが傾き、紅茶がわずかに揺れる。
ひゃーっとなる。
どうした?
思わず肩が跳ねる。
淑女のマナーとしてはいただけない。
シエル殿下も固まっている。
小さな体が椅子の上で硬直していて、視線だけがカップを追っている。
シエル殿下とリリアーヌ嬢の仲を深める作戦もあったのに、これでは悪いほうへ行ってしまう。
思わず自分のカップを掴んで、中に入っている紅茶を、リリアーヌ嬢のドレスにかけた。
わざとではないように見えるように、勢いだけは自然にする。
「きゃあっ!申し訳ありません、リリアーヌ嬢!大変!すぐにお着替えを…」
声を少しだけ大きくして場の注目を集める。
そうして、リリアーヌ嬢の侍女に目配せをする。
「緊張されているようだから、ちゃんと緊張をほぐしてさしあげて」
口元だけ動かしてこっそり侍女に伝えて、一旦、ドレスを着替えてきてもらうことにした。
ここはあれだ、私が悪者になったほうがいいだろう。
「シエル殿下、申し訳ありません。私がうっかりお茶をこぼしてしまったせいで。お見苦しいところを…」
言葉を続けながら頭を下げようとした瞬間、シエル殿下が私の袖口をクイクイと引っ張った。
可愛い…
思わず内心で声が漏れる。
座っているシエル殿下の前にしゃがんで「どうかされましたか?」と尋ねると、片手をクイクイと動かす。
これは、秘密の話をしたいということかなと耳をシエル殿下の口に寄せた。
「あのね、相談があるの。2人でお話できる?」
小さな声が耳元で響く。
幼い子どもの独特の鼻にかかるような声。
可愛い…
アルト殿下をちらっと見た。
シエル殿下は小声で言ったつもりだろうけど、アルト殿下にも丸聞こえだったはずだ。
一瞬だけ沈黙を確認してから口を開く。
「…あ~、アルト・アズリオン殿下、申し訳ありませんが、シエル・アズリオン殿下に…あ、あそこの花について教えていただきたいのですが、席を外してもよろしいでしょうか?」
バレバレの嘘。
言いながら自分でも視線が泳ぐのを感じる。
「ああ、どうぞ」
アルト殿下はやっぱり大人だから、聞いていなかったフリをしてくれた。
余計な詮索もせず、軽く頷いて紅茶を飲み始めた。
2人きりになると、シエル殿下がもじもじとして話を始めた。
小さな指が落ち着きなく動き、視線もあちこちに揺れている。




