19 コンプリートで、安心。
悪役令嬢 ヴェロニカ・ルージュリス 炎魔法
皇太子 アルト・アズリオン 水魔法
皇太子弟 シエル・アズリオン 風魔法
婚約者 リリアーヌ・マーロウ 雷魔法
ヒロイン ミレイア・ノクス 光魔法
先生 カサンドラ
翌日、カサンドラ先生が目を輝かせながら私とリリアーヌ嬢に、シエル殿下からお茶のお誘いをいただいたと伝えてくれた。
扉を開けるなり、抑えきれない喜びを隠しきれない様子で、声が弾んでいる。
アルト殿下が、すぐに動いてくれたのだろう。
今度…いつか会えたときにお礼を言わなくてはいけない。
「私だけではなく、ヴェロニカ嬢もですか?」
リリアーヌ嬢は、露骨におもしろくないという顔をした。
唇を尖らせ、視線をわずかに逸らす仕草がわかりやすい。
「まあ、シエル殿下はお優しいのですね。シエル殿下に気に入られるように、少し体型を絞らないといけませんわ~」
そう言って、ウエストのあたりを意識しているようなしぐさをする。
リリアーヌ嬢がそれを見ているのを感じる。
ウエスト、つまりは、お腹。
ここをキュッとさせるのよ。
心の中で、リリアーヌ嬢にアドバイスを送る。
リリアーヌ嬢にやる気を出させるため、私はあれやこれやと演技をしてきた。
言葉や表情を少し誇張しながら、リリアーヌ嬢を煽ることにも慣れてきている。
もしもこれから9年、これを続けたら、私は立派な女優になれると思う。
内心で少しだけ遠い目になる。
「まあ!さすがヴェロニカさんは、男心がわかっていらっしゃるのねー」
カサンドラ先生、棒読み。
まだ恥ずかしさが拭いきれていないのだろう。
頬にうっすら赤みが残っていて、視線も少し泳いでいる。
でもね、棒読みのほうが恥ずかしいのですよ、カサンドラ先生。
早く吹っ切ってくれないと、1人で熱演していてバカみたいになる。
頑張れ、カサンドラ先生。
「カサンドラ先生、私は明日から2時間、庭を歩くことにいたしますわ!」
勢いをつけて宣言するように言いきった。
するとカサンドラ先生が「それはいいですね!」と言った。
私とカサンドラ先生の様子を見て、リリアーヌ嬢があたふたとし始めた。
ノッてこい、ノッてこい。
ここは、祈るしかない。
「まあ、私なんて、3時間は歩きますわっ!」
リリアーヌ嬢が、ようやく乗ってくれた。
声に張りが出て、目には競争心のようなものが宿る。
「あら、リリアーヌ嬢は、そのままでもふっくらされていて、ふっくら、されていて、可愛いのですから。運動なんてしなくてよろしいのではないかしら」
ふっくらという部分を強調して伝えると、リリアーヌ嬢は顔を真っ赤にして怒っていた。
椅子から身を乗り出しそうな勢いで反応している。
「見ていらっしゃい!あなたより、痩せてみせますわっ!」
リリアーヌ嬢はそう言って部屋を飛び出していった。
リリアーヌ嬢に運動させるというミッションもクリアできたようだ。
お茶会の開催は1週間後。
悩んだけれど、その実、私、つまりヴェロニカは痩せる必要がない。
ただ、リリアーヌ嬢に運動しているという姿を見せる必要はあったから、筋肉をつける運動をすることにした。
パン屋をやって生活していた頃より、ぐっと筋肉は落ちてる。
これから歳をとると、太りやすくなるから、今のうちから筋肉をつけておくのもいいだろう。
という、現世の知識が役に立った。
庭に出ては歩き、また部屋に戻ってストレッチをして、さらに歩いて…
石畳の上を一定のリズムで踏みしめる音が、だんだんと習慣のように体に染みついていく。
リリアーヌ嬢をダシにして、私も真剣に運動してしまった。
結果、少し体重が…増えた。
鏡の前で体の線を確かめて、ホッとする。
以前と変わっていない。
ちゃんと筋肉が増えたのだろう。
だから、私はそれほど悲観していない。
「おほほっ!ヴェロニカ嬢は体重が増えたそうですね」
扇子を軽く振りながら、リリアーヌ嬢は勝ち誇ったように言った。
声にわざとらしい明るさが混じっている。
負け惜しみではなく、本当に気にしていないんだけど、一応悔しがる演技をしておいた。
胸の前で小さく拳を握り、視線を少し落としてみた。
騙せたかな?
リリアーヌ嬢も実はそれほど体重は減っていない。
でもそこはリリアーヌ嬢の侍女と結託して少しずつ痩せていることにしている。
侍女たちが密かに数字を調整しているのを思い出して、内心で苦笑する。
そうして、シエル殿下とのお茶会の日となった。
朝から空気が少しだけ澄んでいて、庭園の方角を意識するだけで緊張が増していく。
王宮の廊下を抜けるたびに、足音がやけに響いて聞こえるほど静かで、今日という日が特別だと分かる。
リリアーヌ嬢に運動させるためだけの会だったけど、せっかくならシエル殿下とリリアーヌ嬢の仲を深めるのもいいだろう。
あくまで仕事、あくまで付き添い、と何度も心の中で繰り返す。
そう思って同行する。
小さいリリアーヌ嬢の歩幅を合わせながら、少し後ろをついていく。
なんとなく、小学校教師にでもなった気分だ。
途中で転ばないか、飛び出したりしないか、突然、別のことに興味を持って走りだしたりしないか…って、これは、まさに先生目線だ。
でもまあ『怪我無くお家に帰らせるのがお仕事』的な気持ちにはなっている。
シエル殿下のお茶会は王族しか入れない庭園で開催される。
門の向こうに見える庭は、いつも見ている庭よりさらに整えられ、剪定された花々が均一に並び、静謐な空気が漂っていた。
噴水の音だけが規則正しく響き、豪華ではあるけれど、落ち着きを感じる空間だった。
婚約者であるリリアーヌ嬢が入るのは問題ないが、側妃の、しかも候補でしかない私が、この庭に入れていただけるのは異例だ。
使用人や護衛の視線が、ほんの一瞬だけこちらに集まり、すぐに逸れていくのがわかる。
シエル殿下が取り計らってくれたのかもしれない。
ただの7歳の子ども。
そう思っていたけれど、やっぱり王族なんだなと実感した。
権力という、私にはない力を持っているんだ。
美しい花々の先に、お茶会の席は用意されていた。
「シエル殿下、お茶会のお誘い、ありがとうございましゅ」
リリアーヌ嬢が緊張のためか挨拶を噛んでしまった。
頬が一瞬で赤くなり、視線が泳ぐ。
その隣にいる少年が、シエル殿下だった。
けれど、想像していたより、ずっと小さい。
7歳という年齢のはずなのに、体つきはさらに幼く、頬もまだ丸みが残っていて、背丈も同年代より低く見える。
整った衣装に身を包んでいるのに、その中に収まっている存在があまりにも「子ども」だった。
瞬きをするたびにまつ毛が揺れて、表情もどこか頼りない。
それでも真っ直ぐこちらを見ている瞳だけが、妙に大人びていて、そのアンバランスさが余計に幼さを際立たせていた。




