17 運動をさせる、口実。
悪役令嬢 ヴェロニカ・ルージュリス 炎魔法
皇太子 アルト・アズリオン 水魔法
皇太子弟 シエル・アズリオン 風魔法
婚約者 リリアーヌ・マーロウ 雷魔法
ヒロイン ミレイア・ノクス 光魔法
先生 カサンドラ
リリアーヌ嬢は、お菓子が好きだ。
王妃教育の休憩時間のための菓子が運ばれるたびに、目が少しだけ輝くのを何度か見ている。
そうして、全種類を余すことなく食べる。
通常は、好みのものを1ついただくものなのだけれど…
机の端には必ず小皿が置かれていて、ページをめくるたびに手が伸びていた。
あれで太らないほうがおかしいだろう。
「…そうですね。勉強はずいぶん、頑張られるようになりましたが。運動もお嫌いですものね…」
リリアーヌ嬢は、頑張ること全般が嫌いなのだろう。
机に向かっている時間と同じくらい、休憩しているように見える。
「はい…ですが、このままでは巨漢の王妃が誕生してしまいます。民に慕われるべき王妃が、巨漢では…」
カサンドラ先生が泣いている。
ハンカチを握りしめる指先が少し震えていて、本気で心配しているのがわかる。
少しふっくらしているくらいならいいけど、あまりにも大きいと贅沢をしていると民から反感を買う恐れもある。
カサンドラ先生が心配する気持ちもわからなくはない。
とはいえ、運動はシエル殿下と繋がらない…いや。
「繋がる!」
閃いて、やっぱり私って天才!っと心の中で叫んだ。
カサンドラ先生は驚いた顔で私を見ている。
「カサンドラ先生、シエル殿下ですわ!シエル殿下に協力をお願いいたしましょう」
そう伝えると、カサンドラ先生は困った顔をした。
「さすがに、シエル殿下に運動をしてもらうのは…」
カサンドラ先生は、シエル殿下にリリアーヌ嬢と一緒に運動してもらうようにお願いすると思ったようだ。
でももちろん、王族にそんなお願いはできない。
「いいえ、そうではありません」
慌てて手を軽く振り、誤解をとく。
「シエル殿下に、リリアーヌ嬢をお茶にお誘いいただくようにお願いしていただけませんか?」
カサンドラ先生は首を傾げる。
「お茶会…では、また太ってしまわれるではありませんか…」
そう言って泣いている。
「違うんです…つまり」
そう言って、作戦を説明した。
つまり、こういうことだ。
リリアーヌ嬢はシエル殿下が大好き。
大好きな男性の前で、女性は綺麗でいたいと思うもの。
それは現世でも異世界でもかわらない。
シエル殿下からお茶に誘われたら、きっとリリアーヌ様はおしゃれをして参加されるだろう。
「そこで『痩せていたほうがシエル殿下も可愛いと思ってくださるでしょうね』と囁けばいいのですわ」
私が自信満々にそう言うと、カサンドラ先生が少し考えている。
視線を上に向け、指先で顎に触れながら整理している様子だった。
「いい考えだとは思いますが、そうであればヴェロニカさんも参加すると言ったほうがリリアーヌさんはやる気を出すかもしれませんね」
そう言われて、なるほどと思った。
確かに1人だけの参加では張り合いが足りない可能性はある。
「ただ…私ではシエル殿下にそれをお願いするのは難しいです」
カサンドラ先生はそう言って、申し訳なさそうな顔をした。
先生は王妃教育を任されているけれど、シエル殿下と気軽に話せるような階級ではない。
身分の壁がこういう場面でははっきり出てしまう。
仕方がないか…
ソワソワする。
胸の奥が落ち着かず、視線が宙をさまよう。
シエル殿下に頼んでいただけそうな人を、私は1人、知っている。
その人物の顔が頭に浮かんだ瞬間、図書室の光景が思い出された。
たぶん図書室に行けば、その人に会える。
ソワソワした。
会う口実を作ろうとしている気もする。
でも…これは、最終的にはリリアーヌ嬢のためになるのだし。
自分に言い聞かせるように心の中で繰り返しながら、少しだけ歩幅を早めて図書室へと向かった。
廊下の窓から差し込む光が床に長く伸びていて、その光の帯を踏み越えるように進んだ。
図書室の前まで来て、深呼吸する。
もし今日会えなかったら、この計画は諦めて、もう図書室には来ない。
それでもう、アルト殿下のことは、今度こそ忘れる。
勝手に決め事を作った。
ゆっくりとドアを開けて、いつもの棚に行く。
木製の扉がわずかに軋む音がして、静かな空気がふわりと揺れた。
そうして。
やっぱりここは乙女ゲームの世界だなと思った。
視界に入った人物の存在感が、現実というより演出のように感じられたからだ。
アルト殿下が静かにそこに立っている。
きっと、アルト殿下は図書室で会えるキャラクターなのだろう。
そんな馬鹿げた考えが頭に浮かんで、笑みがこぼれた。
アルト殿下がゆっくり目線をあげて、下げて、もう一度、私を見た。
綺麗な二度見だ。
って、挨拶、挨拶。
慌てて意識を戻し、姿勢を正す。
「失礼いたします…アルト・アズリオン殿下に…」
挨拶をしようとして、アルト殿下に腕を掴まれた。
突然の出来事に肩が跳ねる。
驚いて、挨拶が飛んでしまった。
「体調でも崩していたのか?…なにかされたりしたの?」
距離を詰めるような声で、少しだけ早口にそう言われて、きょとんとした。
アルト殿下の視線も。焦りの色が混じっている。
「い、いえ…特に何も」
自分でも驚くほど素直な声が出た。
本当に特に何もなかった。
ただしばらく、図書室に来なかっただけだ。
私がきょとんとしているのを見て、アルト殿下が慌てて私から手をはなした。




