12 王妃教育再びで、驚き。
悪役令嬢 ヴェロニカ・ルージュリス 炎魔法
皇太子 アルト・アズリオン 水魔法
皇太子弟 シエル・アズリオン 風魔法
リリアーヌ・マーロウ 雷魔法
ヒロイン ミレイア・ノクス 光魔法
先生 カサンドラ
遠くにそびえる王城は、青空を背に白く輝いている。
ゲームで何度も目にした華やかな王城が、今は監獄に見える。
膝の上で手を組み、私は小さく背筋を伸ばす。
この世界で穏やかに生き抜くために、私にはすべきことがある。
それは、空気になることだ。
馬車はやがて重厚な城門をくぐり、静かに止まった。
城門をくぐると、広間に通された。
磨き上げられた大理石の広間は、陽光を受けて眩いほどに輝いている。
そこで、数人の侍女が私を待っていて、部屋へ案内してくれた。
高い天井には精緻な絵画が掛けられ、壁には金縁の鏡や豪奢な織物が惜しげもなく飾られている。
廊下には深紅の絨毯が果てしなく続き、そこを無言で歩く。
「こちらが、側妃…いえ、ヴェロニカ様のお部屋でございます」
侍女がドアを開けて、うやうやしく頭を下げた。
扉の蝶番がきしむ音が、やけに大きく感じる。
王族の部屋としては広くない。
むしろ、狭い。
でも、私にはちょうどいい。
異世界転生するまでは2DKのマンション暮らしだったんだもん。
壁に手を触れると、石の冷たさがじんわりと指先に伝わる。
うん、王城の中でも、悪い部屋を割り当てられたんだな。
そう理解した。
結局、シエル殿下の側妃になる話は断れなかった。
すでに決定事項で、令嬢ごときがなんとかできる話ではなかった。
救いだったのは、側妃になるのはシエル殿下が結婚した後だということ。
シエル殿下が結婚するのは、おそらく16歳。
あと、9年は側妃(仮)というわけだ。
その間に、王妃教育をやり直すことになった。
またあの机と教本に向き合うのか、肩を落とした。
アルト殿下とシエル殿下の周りの貴族たちの考え方は違うから「一部は覚え直さなければいけないものもあるでしょうが」と侍女は言ったが。
全部だよ。
全部、覚えないといけないんだよ、と心の中で叫んだ。
ありがたいことに(?)、王妃教育はイチからやり直してもらえるらしい。
ただ、不思議なことがある。
部屋の待遇を見ても、私は歓迎されていない。
どうしてわざわざ、王妃教育をイチからやり直してくれるんだろう。
もしも私が反対派なら、正妃となる人にだけ正しい教育をさせる。
そうして「学が無い側妃」と貶めたほうがいいだろう。
不思議に感じながら、王妃教育が行われる部屋に行った。
廊下の窓から差し込む光が床に長く伸びている。
窓、大きいんだなと、視線を窓の外に向けた。
店にいたら、今頃はちょうど一息つけるとき。
本を読みながら、明日は何を焼こうかなと考えていただろう。
トントントン、とノックをすると「入ってもよろしいですわよ」と可愛い声がした。
ドア越しでも分かるほど、少し弾むような明るい声で、まだ幼さの残る響きが混ざっている。
ずいぶんと若い先生のようだ。
「失礼いたします。本日から授業を受けます、ヴェロニカ・ルージュリスでございます」
そう挨拶した先には、可愛い女の子が座っていた。
髪も丁寧に結われていて、ドレスのリボンもきちんと整えられているのに、全体としてはまだ子どもの柔らかさが残っている。
まさか、こんなに若く見える先生がいるなんて。
しばらく2人で見つめ合う。
沈黙。
何か話したほうがいいのかしらと思うけれど、社交界からしばらく離れていたこともあり、適当な話題が思いつかない。
相手の女の子も瞬きを繰り返しながら、こちらを観察するように見ていて、どちらが先に口を開くべきか分からない時間が続いた。
トントントン、とノックが聞こえる。
音の方向に視線を向けると、ドアの前に影が落ちた。
光を背負う形で誰かが立っているのが見える。
振り返ると、すらりとした女性がドアを開けて入ってきた。
衣服の質も姿勢も整っていて、入室しただけで空気の温度が変わるようだった。
「え…?あ…えっと…」
私が戸惑っていると、空気が一段階切り替わったように、座っていた女の子が椅子から立ち上がった。
先ほどまでの柔らかい雰囲気をまとったまま、背筋がぴんと伸びる。
「本日から授業を受けます、リリアーヌ・マーロウでございます」
そう言って挨拶をしている。
声の調子も姿勢も、先ほどまでとはまるで別人のようだ。
「はい、リリアーヌさん。上手に挨拶ができましたね。…それにひきかえ」
そう言って、すらりとした女性が私を足下から頭に向かって舐めるように見る。
視線がゆっくりと動くだけなのに、まるで評価されているような圧がある。
いや、これは、評価されてる。
「あ…失礼しました。本日から授業を受けます、ヴェロニカ・ルージュリスでございます」
そう言いながら、無意識に背筋を伸ばし、ドレスの裾を軽く整える。
指先が少し震えているのを自覚しつつも、それを悟られないように静かに頭を下げた。
久し振りのカーテシー。
こんな挨拶、本当に久しぶり過ぎて、上手にできているか不安だった。
一応、昨日の夜にやり方は確認したけど、どうだろうか。
チラリと女性を見る。
どうやら、この人が先生のようだ。
目の前の女性は姿勢がよく、視線の動かし方ひとつにも余裕がある。
ちなみに、この国では挨拶の順番に暗黙のルールがある。
決まっているわけではないけれど、王族をのぞいて階級が高いものから挨拶をする。
言葉にしなくても、視線や立ち位置だけで順番がわかる世界なのだ。
一歩間違えれば無礼、不敬。
知らずに『暗黙のルール』を犯せば、刑罰を与えられることもある。
パーティーやお茶会に呼ばれたとき、主催者への挨拶は階級が高いものからしていく。
その暗黙のルールから、先生や目上の方への挨拶もまた、階級が高いものからしていくとされている。
さらに言うなら、基本的に王族は民と紹介を兼ねた挨拶をすることはない。
なぜなら、王族のことを知らない人などいないからだ。
あらためて名乗る必要はない。
もちろん、他国の方と話すときは名乗るけれどね。




