11 連れ戻されて、絶望。
悪役令嬢 ヴェロニカ・ルージュリス 炎魔法
皇太子 アルト・アズリオン 水魔法
皇太子弟 シエル・アズリオン 風魔法
ヒロイン ミレイア・ノクス 光魔法
どうやら私は、どこかに嫁がされるようだ。
自分より何倍も年上の男性の後妻か。
なにか問題がある高位の爵位を持った男か。
どうせ相手はロクでもないやつだろう。
それでも、この家にいなくていいなら、それもいいかもしれない。
そう思ってしまう自分がいた。
「まあ、よかったわね。で、いつお城に?」
母が上機嫌で父に尋ねた。
やけに明るく、声が弾んでいるようだ。
父のことも母のこともどうでもいい。
お城という言葉に、ドクンと心臓が波打つ。
大きなお屋敷のことを比喩したお城なのか。
そうであればいい、そうであってほしいと願った。
でも、最悪の事態も頭をよぎる。
もしかして、相手はアルト殿下なんだろうか。
その可能性に至った瞬間、胃のあたりがきゅっと縮む。
あの人に関わってはいけない…暗殺をするのも手伝うのも嫌。
「私、アルト殿下とは結婚いたしません!」
ガタンと椅子を押し倒して立ち上がる。
勢いで後ろに引いた椅子が床を擦り、耳障りな音を立てた。
椅子が床に倒れる音が、食堂にやけに大きく響いた。
父と母は静かに私を見て「ふんっ」と、言った。
驚くでもなく、怒るでもなく、ただ「何を言っているんだ」とでも言いたげな目だった。
「アルト殿下とではない。シエル・アズリオン殿下とだ」
そう言われて、ますます意味がわからなくなった。
頭の中で名前だけが空回りする。
今度は私が、「何を言っているんだ」と言いたげな目になっているはずだ。
「シエル殿下?…シエル殿下は、私の11歳年下ですよ?」
思わず確認するように聞き返す。
声が少し上ずっているのが自分でもわかった。
「あら。歳をとれば、11歳差なんて大して気にならないわ」
母がそう言って、笑った。
それは冗談でも慰めでもなく、本気でそう思っている声だった。
冗談じゃない。
食堂のシャンデリアの光の明るさが、逆にこの場の異常さを際立たせていた。
大人の11歳ならたしかにそうだ。
社会的に見れば、そういう結婚もあるのかもしれない。
けれど、私。
この世界では18歳ですよ?
シエル殿下は、7歳。
犯罪です…
この世界にそういう概念がないのはわかっている。
わかってるけど、7歳なんて子どもですよ。
だって、現世の私だったら、自分の子どもだと言っても大丈夫なお歳。
恋愛対象には、どうしてもならない。
「それと、お前は正妃じゃない。側妃だ」
父にそう言われて、体から力が抜けた。
視界がわずかに揺れ、立っているのがやっとになる。
側妃…いわゆる、側室。
妾。
正妻公認の愛人。
7歳のシエル殿下の、側妃。
頭の中でその単語だけが何度も繰り返され、意味が理解できているのに感情が追いつかない。
父と母の考えは、すぐに理解できた。
シエル派で大きな力を得るために、私を側妃にしたんだろう。
おそらく、無理矢理。
反対した貴族もいたはずだろうけど、家門の力でねじ込まれたのだ。
本当に私は、この人たちにとって道具でしかないのだろう。
磨き上げられた黒塗りの馬車が、朝靄の中で静かに待っていた。
家紋を刻んだ扉が開かれると、侍女たちが裾を整え、私はその中へ足を踏み入れる。
ゆっくりと馬車が動き出した。
窓辺のレース越しに、生家の屋敷が少しずつ遠ざかっていった。
できれば二度と、あそこには戻りたくない。
石畳を打つ車輪の音と、馬の蹄の規則正しい響き。
揺れる車内で深く息を吸い込めば、かすかに革張りの座席と香木の匂いが混じった。
王城へ近づくにつれ、街並みは華やかさを増していく。
人々の近くを馬車が通り過ぎたけど、誰もその馬車に興味を持っていない。
ただ時折、家紋を見て指を差されているようだった。
はいはい、ヴェロニカですよ。
自虐的に、心の中で思う。




