《★~ 全世界は無限分岐した ~》
全世界管理者が時空間交信器を介して話し掛けてきたのは、なにも思念量子波の無免許使用を咎めるためだけではなかった。おそろしい陰謀を阻止しようとして、パンナコッタがアンゲランと交信したことにより、全世界は無限分岐した。これこそ万死に値する罪よりもさらに重いらしい。パンナコッタは、全世界学者を名乗っていながら、想定し得ない全世界的事態を起こしてしまった。
この説明は難解極まりない。だから、富子が思わず苦言を呈する。
「さっぱり意味が分かりませんわ」
「僕も、完全に理解できた訳ではありません」
アンゲランが蝶を殺しても、この全世界の今現在、その蝶は生きたまま眠りに就いており、死んだ状態と生きた状態の両方が実存している。これは全世界が二つに分岐したことを意味する。しかも、駆除を依頼した蝶、それは「ネイムレス」という愛称を与えられた蝶系統動物の技師であり、自己複製復活能力を有する身体なので、殺されると、まったく同等の個体が俄かに湧き出てくる。つまり、アンゲランがネイムレスを駆除すると同時に、ネイムレスが生きている全世界から、ネイムレスが死んで「ネイムレス二号」と呼ぶべき蝶の実存する全世界が分岐した。
それだけなら全世界が一つ増えたに過ぎないけれど、事態の悪化は、もっと深刻だった。ネイムレス二号のせいでアデライードが別人のようになり、アンゲランは婚約破棄されて、四百年ばかり後に、そちらの全世界にいるパンナコッタが蝶の駆除を依頼する。それがネイムレス三号を発生させ、また一つほとんど同じ全世界が現れ、さらにまた一つというように全世界の分岐は延々に繰り返される。
この複雑怪奇な異変を誰が予想できたであろうか。今のところ、地球人の中に自力で考えつく者など一人としておらず、この説明を聞かされて完全に理解できる者も存在しないだろう。
「僕たちの作戦は失敗に終わりました。この全世界に繋がっている過去を変えたところで、この全世界の現在には、なんら変化をもたらさないのです」
「ほんなら御破算で、なんもなかったことになるんやろ? 全世界管理者はんは、なんでお怒りになったんでっか?」
「全世界の管理というのは莫大な労力を要するため、全世界を増やされると困るそうです。一つでも大変なのに、無限に増えるともなると労力がすぐに枯渇してしまい、全世界管理者は雁字搦めにされてしまうため、大変ご立腹なのです」
「なんやよう分からん理屈やけど、要するにパンナコッタはん、どえらいことやってもうたんやなあ?」
「ご尤もです」
「それでどうなるん?」
「無限分岐した全世界を一つに収束させるそうです。すべての全世界で実存しているネイムレスたちを、復活が不可能な方法で根刮ぎ消滅させるのだとか」
「ふうん。それもえらい労力やろな」
他人事のように話す三休さん。それと、黙っているけれど、後土御門天皇と富子も「我関せず焉」という表情である。
「兎も角、沙汰があるまで、首をよく洗っておきましょう」
「パンナコッタはん、処刑される気満満やなあ?」
「犯した罪は償わなければなりません」
「くれぐれも、拙僧らを巻き添えにせんといてや?」
「全世界管理者の考え次第だと思います」
「いやはや困ったなあ。まだ死にとうないわ、嫌やなもう」
愚痴を溢しても溢し切れない三休さん。後土御門天皇と富子は、今なお黙り込んだままだけれど、おそらく「傍迷惑なこと」などと思っているに違いない。




