《☆~ 乱れのない応仁 ~》
義政公が我に返ったところ、神座ヱ門さんがひょっこり姿を現す。
「上さま、お見受けしましたところ、どうやら浮かないご様子でいらっしゃるように思いますけれど、どうかなさいましたか?」
「ぼんやりしながら、富子のことを考えておった。一昔前、余は富子に木刀で脳天を打たれた。あの折、なぜ余を救ってくれなんだ?」
「あ、あの時ばかりは、富子さまが韋駄天のごとく早業にて、拙者が動こうとする矢先、上さまは……」
「余は失神させられておったのじゃな」
「はっ、その通りにて。誠に申し訳ござりませぬ」
「もうよい。余は怒っておらぬゆえ」
「ははあ」
深々と頭を下げる神座ヱ門さん。
対する義政公は、しんみりと胸の内を話す。
「余は今日から心を改めるつもりじゃ」
「ええっ、一体どういう風の吹き回しでございましょうか??」
「昨日、余は頓智九番勝負で三休に大敗を喫してしまい、その腹いせで、あの坊主を痛めつけてしもうた。今こうして冷静に考えてみれば、愚行じゃった」
「確かに、あのようなお振る舞いはちょっと……」
「一昔前に余が富子に痛めつけられ、それはもう悲しかった。余は気絶しておったから、その瞬間を知らぬが、後で聞いた話、富子から婚約破棄されたとか。それはそれで惨めな気分になった」
「はあ」
「三休に、十年経っても忘れられぬほど大きな苦痛を与えたのかと思うと、どんなに反省しても、し尽くせるものでない」
「そうでございましょうか」
「余は、そうに違いないと思う。それで金輪際、頓智をきっぱり捨て去る。ここから先は将軍職に全身全霊で打ち込むのじゃ」
「上さま、よくぞ仰せになられました。ああ、この蛸壺神座ヱ門、上さまにお仕えして十六年、ようやく上さまのことを《本当に将軍なのだろうか?》などと疑う余地なく、心より信じてお仕えさせて頂けまする」
「これ、神座ヱ門!」
「ははあ」
「おぬし、余のことを《偽りの将軍》と思うておったのじゃな?」
「いえ、滅相もござりませぬ」
「陰で《傾国の将軍、死ね馬鹿》などと吐き捨てておったか?」
「いえいえ、そのように畏れ多い罵詈雑言、吐ける訳ありませぬ!」
全身全霊で否定する神座ヱ門さん。
しかしながら、義政公は近くにある刀を手に取った。
「神座ヱ門、この場で打ち首ぞ?」
「ひっ、ど、どうか、どうかお許し下さりませ!!」
「戯れじゃよ。はははは」
「……」
神座ヱ門さんには返す言葉がない。
兎も角、今日から義政公は宣言した通り改心する。ジパングで起きている、ありとあらゆる懸案事項を、直接的または間接的に次々と解決してみせた。
次の年、元号が応仁に改められる。
以前のように義政公のことを「傾国の将軍」などと揶揄する者は、今では一人としておらず、その代わりに、「ジパングのどこへ出掛けても、《尭舜時代に勝るとも劣らぬ義政公時代》と褒めそやす人たちでごった返して困る」と誰もが苦笑いして話すのだという。これは誇張で、義政公が、明国に伝わっている古い物語に登場する名君の「尭」や「舜」に匹敵する素晴らしい将軍だという意味で言っているに過ぎない。
各地で一揆も起こらなくなり、皆が「乱れのない応仁」と喜んでいる。こちらは誇張でなく、正真正銘に民たちの放つ言葉そのものである。




