《☆~ 富子の婚約破棄通告 ~》
御座所で義政公がぼんやり、昔の苦い経験を思い出しているところ。
遡ること十年ばかり以前、後花園天皇の御代、元号は康正の頃である。守護大名の中には、家督争いをする者もいて、ごたごたが絶えなかった。関東では、鎌倉公方と関東管領の間で争いが起きており、戦乱が広がっていた。
八代目征夷大将軍に就任してから六年が経過しており、義政公の結婚相手を親が勝手に決めていた。藤原富子という名の愛らしく聡明そうな少女であった。
当時の義政公は、既に将軍職を疎かにするほど頓智に心を奪われており、泥沼のような状況に首から下がすっぽり浸かって抜けられない。そんな酷い実態を知る者たちから、陰で「傾国の将軍」などと揶揄され始めていた。
富子にしてみれば、婚約しているにも拘わらず義政公と会えない、とても切ない日々が続いた。そして、ついに痺れを切らしてしまい、木刀を握って室町殿に乗り込んできた。
彼女が御座所に入るや否や、義政公に向かって険しい口調で話す。
「今日こそ結婚式場を選び、日取りもお決め下さりませ!」
「どうしてじゃ?」
「どうしてもこうしても糸瓜も瓢箪もありません! なにしろ、わたしたちは婚約しているのですから!」
「婚約と掛けて、問答は無用と解く。その心は?」
義政公は、「婚約といっても親が勝手に決めたことなので、それについてあれこれ問答するつもりはない」という意味で言った。
対する富子は頓智に疎く、駄洒落を駆使して返答する。
「婚約を蒟蒻に掛けて、蒟蒻の問答は無用と解きます」
「むむぅ、蒟蒻とは小癪な。はっははは!」
この頃、義政公が持つ頓智の技術は未熟で、適当に思いついたことを婉曲な言い回しで話し、相手の返す駄洒落を面白いと感じているに過ぎなかった。だから二人のやり合った問答は、頓智としての意味が成立していない。
笑っている義政公に富子が問う。
「わたしの大勝でしょうか?」
「いや違うのう」
「え、どうしてですの?」
「この程度の小さな問答、勝ちの価値も小さいからじゃ。わははは!」
義政公も駄洒落で対抗した。
富子は馬鹿にされていると思って、怒り心頭に発する。
「もお! それなら義政公、刀術勝負ですわよ!」
富子が威勢よく立って、持ってきた木刀を高く頭上に構えた。
「ええっ!? ちょ、ちょっと待て!」
「いいえ問答無用ですわ! さあ、全力で掛かっていらっしゃい」
「ちょ、富子、無茶苦茶じゃよ??」
「やかましいですわ。あなたさまは武士でしょ、刀で応じなさい!」
「ひぃえぇー、神座ヱ門! 神座ヱ門はおらぬか!!」
「はい、なに用でございましょうか?」
神座ヱ門さんが駆けつけた。義政公は「余に助太刀せよ」と命じる。
でも遅い。富子の振り上げた木刀が脳天に打ち込まれる。
義政公は一秒で倒された。富子が鋭い視線を注ぎ、強い口調で言い放つ。
「あなたさまとの婚約はなかったことにしますわ!」
「……」
義政公は言葉を返せない。気を失ったのだから、無理もない。
富子は平然とした面持ちで立ち去る。これが「富子の婚約破棄通告」と呼ばれる事件だった。




