2話 神様に会えました
悲鳴、驚愕、恐怖。
様々な感情を乗せた叫びがあちこちから聞こえてきた。
「おいおいおい、なんだよ!」
俺も突然の出来事に、思わず叫んでしまった。
なんだ?何が起こった!?
俺は周りと同様、想像もしていなかった事態にパニックに陥る。しかしそんな俺とは違い
このような状況でも冷静さを保っている奴がいた。
「みんな落ち着くんだ!」
委員長の剣城晃輝だ。
彼の声は絶妙なタイミングで響き渡った。ショックから立ち直ったほかのクラスメイト達が騒ぎ始めるまでの一瞬の隙をついたおかげで、皆が晃輝の方に注目した。
「一度冷静になるんだ!すぐに機長や客室乗務員が状況を説明してくれるはずだ。だから今は落ち着いて冷静になろう!」
その言葉を聞いて、俺は多少の平静を取り戻した。皆も互いに不安そうな目をしてささやきあっているが、大声でわめきたてるようなやつはもういない。
そうだ、落ち着くんだ。
自分にそう言い聞かせながら深呼吸する。
考えろ、考えるんだ。
いったい何が起きた?
目の前で揺れている緊急用の酸素マスクを横目に考える。
…もしかしてこれがエアポケットってやつなのか?
そこまで考えてはっと思い出した。
そうだ、さっき波田は何を言おうとしてた?
窓の外がなんだって?
直接聞こうとするも、機体がまだ不安定に揺れているためにうかつに動けない。
しかたがない、自分の目で直接確認するかと体を横に向けた時だった。
「…ねぇ竜也、何があったの…?」
こちらを不安そうに見つめる瞳と目が合った。
羽月だ。どうやら彼女も先ほどの揺れで目を覚ましたらしい。問いかけるその声は動揺を隠しきれなかったせいか僅かに震えている。
俺は咄嗟に彼女を安心させる言葉を探したが、残念ながら口に出すことはできなかった。
ふわり、という奇妙な感覚が腹部を襲う。
一瞬だった。
まさか、と思ったと同時に、とてつもない圧力で全身が座席に押し付けられる。機内のありとあらゆるものがポルターガイスト現象のように飛び回っている。
—ああ、これは死んだな
妙に冷静になった頭でそんなことを考える。自分の死というものも、いざ目の前までやってくるとそこまで恐ろしくは感じないものらしい。
もういつ最後の瞬間が瞬間が来てもおかしくはない。
俺はぎゅっと目を閉じて最後の瞬間に備えた。葉月のことを気にしたくても、もう彼女の状況を見ている余裕すらない。
—そういえば、羽月に気持ちを伝え損ねたなぁ…
どうせなら、もっと前にいっておけばよかったな。
最後にそんなことを考えながら俺はその時を待った。
「まだそのチャンスはあるかもしれないよ?」
どこからかそんな声が聞こえてきた。
—そんなわけないだろう。もうすぐ死ぬっていう…の、に?
…おかしい。何かがおかしい。
これはどういうことだ?
自然に話しかけられてそのまま返事を返してしまったが、ここは墜落直前の旅客機の中のはずだ。
こんな状況で悠長に話をできる人間がいるわけがない。
そして俺はもう一つの異変に気が付いた。先ほどまでの加速による圧迫感がなくなっている。といっても普通とは違う、どうもフワフワした感覚はあるが…
—ああ、なるほど。俺は死んだのか。
これならつじつまが合う。俺の肉体はもう死んでしまっていて今は魂だけの状態なのではないだろうか。だからあのようなよくわからない声が聞こえてきたのだ。
うん、きっとそうに違いない。しかしあの声は何だったのだろう…男とも女ともつかない、今までに聞いたことがない声だったけど…
「…あのさ、いろいろ考えているところ申し訳ないんだけど、とりあえず目開けて周りを見てみなよ。」
また聞こえてきた。
…どうやら幻聴ではなさそうだ。
今回は先ほどと違い、どことなく呆れを含んでいるみたいだが。でもさ、実はさっきからずっと目を開けようとしているんだけどどうも開かないんだよね。なんというか、瞼が引っ付いてる?みたいな感じで。
「あ、そっか。魂だけの姿は初めてだもんね。ええと、これでどうだい?」
今さらっと魂とか聞こえたんだけど。やっぱり死んでるじゃないか。そう思ったのも束の間、
瞼(?)に仄かな温かみを感じた。ようやくこの暗闇から解放されるらしい。
…ええい、ままよ!ここが天国であれ地獄であれ驚くものかとその瞳(?)を開く。
「…え?」
しかし、視界に入ってきたその景色を見て俺は凍り付いた。
空中を飛び交うペットボトルや雑誌
天井から釣り下がる酸素ボンベ
恐怖を滲ませた顔で席にしがみついている人々
俺はそんな落下中の機体の通路に立っていた。
「これは、どうなってるんだ…?」
その言葉を絞り出すのが精いっぱいだった。思わず口からこぼれた言葉だったが、たった一人だけ、それに応えるものがいた。
「見ての通りだよ。ここは墜落直前の機内。私と君はその瞬間にいるんだ。」
いつの間に現れたのだろうか、目の前に青年が立っていた。いや、少年のといった方が近いか?そもそも男かどうかも断定できない。あまりこれといった特徴がなく、例え街中でであっても次の瞬間には忘れてしまいそうだ。そんなことを考えていると突然、彼はクスクスと笑い出した。
「あまり私の外見について考えても意味はないよ。これは仮初の姿だからね」
それに、と目の前の人物は付け加える
「僕の正体なら君も薄々理解しているだろう?」
そう言って悪戯っぽく笑った。
ああ、間違いない、この人は…いや、この方は神様だ。あの声が聞こえ始めたころからもしかすると、とは思っていた。しかし、今は確信している。目の前にいる存在はまごうことなく神であると、理性ではなく本能が訴えかけていた。
「もしかして、私たちを助けに来てくれたのですか?」
僅かな期待を込めてそう問いかける。もしかしたら、という願いを込めたその願いはしかしながらあっけなく打ち砕かれる。
「ごめんね、それは無理なんだ。私は基本的には君たちに干渉できないんだよ。まぁ簡単に説明するとね…」
どうやら俺たちが神様と呼ぶ存在は全くと言っていいほど俺たちの住む世界の出来事には首を突っ込むことはないらしい。世の中のありとあらゆる出来事はすべて最初から運命づけられており、今回の事故もそのうちの一つであったようだ。
ここまで説明したところで、神様の表情が変わった。
「本来、君たちが乗るこの機体はここで墜落して、全員死亡という運命になるはずだった。しかし、すこしばかり面倒なことになってね。」
下を見てごらん、と言われて初めて自分の足元をよく観察した。
ん?なにか変な線が見えるな…
周りの床も注意深く見渡してみると謎の線が浮かび上がっているように見えた。
「まだ言っていなかったけど、君たちが神と呼ぶものはたくさん存在していて、それぞれが別の世界を管理しているんだ。今回はその世界のどこかに住む人間たちが私の世界の人間を召喚しようとしているらしい。それが不幸にも君と、君の所属するクラスの人間全員になったというわけだ。」
なるほど、本来ここで死ぬはずだった俺たちはこの魔方陣らしきものでどこかの世界にお引越しするみたいだ。俺たちが消えた後のつじつま合わせなどをしないといけないらしいために神様的には非常に面倒くさいことらしいが、こちらとしては頑張ってくださいとしか言いようがない。ご愁傷さまです。
自分が死なないと分かると、急に力が抜けた。
我ながら、人間って現金な生き物だよな。
そんな感じに他人ごとに考えている俺だったが、神様の次のセリフを聞いて耳を疑った。
「まぁ、こっちは何とか頑張るけど問題は君の方だよ、二宮竜也君。」
なぜか神様がこっちを憐れむような眼で見つめている。あれ、なんだろう?突然すごーく嫌な予感がしてきたぞ。
「…もしかして俺だけ召喚に失敗してこのまま死ぬんですか?」
だから俺だけ死ぬ前に呼び出し食らったの!?
それならほっといてくれた方がずっとマシだったじゃないですか…
嘘だろう、とショックで頭を抱える。
しかし、そんな俺に向かって違う違うと手を横にひらひらさせながら神様が告げる。どうやら俺もあっちに行くらしい。
では何が問題なのだろうか?
「ただし、召喚の際にすこし問題が発生したみたいで…君だけ魂のみの姿で召喚されてしあったみたいでなんだ。残念ながら向こうでどうなってしまうのかは僕にもわからない。それでね…っと!」
突然足元からズン!という衝撃が加わった。
慌てて周りに目を向けると魔法陣立ち上る光がどんどん強くなっていくではないか!
「全部説明してあげたかったが…どうやらこれ以上悠長に話している時間はないみたいだ、もう限界らしい。」
というや否や、突然神様が詰め寄ってきて、俺の心臓部分にそっと手を乗せた。するとそこから暖かく、優しさを感じるなにかが流れ込んできた。
「神様からの祝福だ!君が向こうにたどり着いたらきっと役に立つだろう!」
だめだ。
光がまぶしすぎてもう目も開けられない!
「君たちはみな私の大事な創造物(子供たち)だ!だから…」
—負けるんじゃないぞ!
その言葉を最後に俺の意識は溶けるように消え去った。




