3話 新しい体は…ヘビでした
―ここは、どこだ?
微睡みの中で考える。朦朧とした頭で自分の体を動かそうとしてみるが、まるで水中にいるような感覚がして上手くいかない。
どうにかして体を動かそうとあーでもない、こーでもないとごそごそしているうちに、徐々に意識がはっきりとし始めた。
…そうだ、俺は神様に会ったんだ。それから…確か、異世界に呼び出されたんだっけ?
しかし、これはいったいどういう状況だ?
意識がはっきりしてくると、自分がとても奇妙な状況にいることに気が付いた。
まず分かったことは、俺が今小さな謎の容器の中にいるらしいということだった。なにやら暖かな液体で満たされたその中に閉じ込められている…ようだ。内部は完全に真っ暗というわけでなく、外からの光が容器を僅かに通り抜けている。
そして、体を動かしているうちに、非常にまずいことが判明した。どうにも手と足の感覚がほとんどないのだ。もう少し正確に言うと、足に関しては違和感がぬぐえないもののどうにか動かせている気がするのだが、手は全くと言っていいほど動かせない。掌はおろか、腕、関節、肩まで全く思い通りに反応してくれない。
それにしても分からないことがある。
俺は魂だけでこちらの世界に送られてしまったのではなかったのか?
ところどころおかしい点はあるものの、確かに自分の体があるではないか。
もしかして神様の当てが外れたのかな?別の世界のことに関してはほとんど知らなかったみたいだし。
まぁいいか。今はここから脱出することを第一に考えよう。
壁をつついてみると変な感触がした。
ゴムのようだけどそこまで弾力はない感じ、かな?
でもそこまで厚みはなさそうだ。これならいけるかもしれない。
だが今の俺は手を使うことができない。
しかたがない、頭で押し破っていくしかない!
うりうりと壁を押していく。
ピシッ
お、開いたか?押し込んでいた部分を見やる。
そこにはひびが入っており、わずかだが光が差し込んできて白く光っている。
よし、これならいけるぞ!
先ほどよりも強く押し込む
ぐりぐり…
まだか?
ぐりぐり…ペキン!
やった!
っと、うわわっ!?
先ほどよりも手ごたえ、もとい頭ごたえを感じると同時に、勢いよく頭が壁の外に突き出る。
さて、突然ですがここで問題です。
Q.暗闇から光の下へ飛び出すとどうなりますか?
答えは…
眼がっ、眼がぁーっ!
眩しすぎてなんも見えねぇ!
なんとなくこうなる気はしてたけどさぁ!
咄嗟に目を閉じる。
くっそぅ…割りと長いこと閉じ込められていたのか?
そんなことを考えているうちに瞳孔が光に順応していく
さてさて、いったいここはどこなんだろうな
一体どのような世界に飛ばされたのだろうかと不安と期待が渦巻いている。
なんてったって地球じゃないどこかの世界だ。
一体どのような景色が目に入るのだろうか
いざ、覚悟を決めて飛び出す!
しかし、脱出した俺の目に飛び込んできたのは予想とは違う光景だった。
えっと…森?
早速目に入ったのは…横倒しになった大きな木の幹。
下に目を向けるとそこにあるのは柔らかそうな土。
まったく違う意味で予想とは違った景色だ。
なんか…拍子抜けだなぁ
気を取りなおして周りを見ようとしたところで、奇妙な点に気が付いた。
どうにも目の前にある倒木に違和感を感じるのだ。
コケに覆われていることから長い間この状態だったのかと思ったが、倒木って割りにはみずみずしすぎる気がする。どちらかというと木の根みたいに見えるけど、目測で直径が1mはありそうだ。こんな巨大な根っこがあったら本体はどれだけデカいんだよ…
まさかそんなものあるわけないか、と思いながら頭上を見上げた俺は言葉を失った。
嘘だろ…
あったのだ。
今までに見たことがないくらい巨大な樹木が。樹皮は堅牢な城砦を思い起こさせるほどに重厚で、その高さは優に20階建てのマンションほどはありそうだ。
あたりを見渡してみれば同じような大木があちこちに乱立している。
樹木だけでない、そこら辺の下草なども、人間の背丈を超えるくらいの高さがあるではないか。
どうやら俺はとんでもない世界に来てしまったようだ。
はっ!落ち着け落ち着け。
ここは異世界だ、こんなファンタジーでしか見ないような巨大植物があってもおかしくない。うん、きっとそうに違いない。
それよりも今は確認すべきことがあるじゃないか。
俺の体はいったいどうなってしまったんだ。
巨大樹の衝撃から足りなおった俺はようやく自分の体の異変を思い出す。
恐る恐る自分の体を見下ろしてみると…
見下ろしてみると…?
見下ろせないんですけど。
立っているはずの状態なら本来ならお腹や足が見えなければならないが、その位置には何も見えない。それどころか、顔から地面までの距離がやけに近い。
いや、正直に言おう。実はさっきからなんとなく自分の今の姿に想像がついているんだ。
外に出てきた時から全身の隅々まで神経がいきわたってる感じがはっきりするんだけど、まずこれがおかしい。
長いのよ。明らかに体が。
もうこの時点でおかしいわけで。
そしてこの巨大森林ときた。
冷静に考えよう。
もしかしして…いや、もしかしなくても植物が大きくなったんじゃなくて、俺が小さくなったんじゃないのか。
この世界に来てから今までできるだけ下を見なかったのは、自分の体から無意識のうちに目を逸らしちゃってたんからかもしれない。
手の感覚が一切なく、足を引きずるように動かしている感覚。
小さくなった自分の体。
これらのことからなんとなく自分の正体には気づいていた。
俺は観念して自分の背後を向き、下方に目をやった。
そこにあったのは細長い若葉色の胴体。
よく見てみると、表面は鱗でびっしりと隙間なく覆われている。
そしてそのさらに後方を見てみると、同じ色をした卵が一つあり、ついさっき中身が出てきたかのように、内部の粘液が零れ落ちている。
そしてこの細長い胴体は、俺が動かしたいと思うと同時に動き出す。
あぁ…
理解したくはない。
理解したくはないが…認めざるを得ないみたいだ。
俺の体は転移が失敗したせいで置いて行かれ、神様の言っていた通りに魂だけこっちに来た。そしてその魂は目の前の卵に乗り移って、新しい肉体を得たわけだ。
…どうやら俺はヒトではなく、
ヘビとしてこの世界を生きていかないといけないらしい。




